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十六章

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 実家に帰宅後、今後のことを考えるけど、うまくまとめられない。それは義眼で呪いの解析ができなかったということが尾をひいていたからだ。魔法、魔道具、魔法薬の制御を奪い、解析できる義眼でも呪いを制御することはできなかった。

 呪いと魔法は別物。わかってはいたけど、自分の至らなさと力不足だからだと認識せざるをえない。更に精進しなければいけないって事実。ルナに散々煽られて貶されて、落ちこんでいる。

 その落ち込み気分がそのままルウとのことに直結している。呪いも流民も、きっとこのままいけば解決する。お袋のルウへの態度も、きっとよくなる。けど、その後は? 俺はルウが好きで、ルウのためになるとおもって行動に移した。けど、結局それは彼女を苦しめて悩ませる結果にしかなっていない。

 このまま、俺はルウを好きでいていいのか。ルウを苦しめ、悩ましつづける存在でしかないんじゃないか。

 コンコン。

「ご主人様。入ってもよろしいですか?」

 凛としていながらも、澄んだ声、ルウの声だと自覚するとどうしようもなく後ろめたくなって返答に困る。

「すまん、今ちょっと――――」
「失礼します」

 聞く意味あった? ノックの理由は?

「お風呂、沸かしました。どうされますか?」

 うちは別に入る順番なんて関係ない。各々が好きなタイミングに任せている。

「俺はあとでいい。ルウ先に入りなよ」
「このけだもの」

 なんで。

「私が入った後のお風呂の残り湯を堪能なさるおつもりなのでしょう。もしくは尻尾と耳の毛までも。そんな変態をけだものと呼ばずなんとしますか」
「お前自分の主がそんなのでいいの?」
「嫌だから申しているのですが」

 そりゃそうか。だとしても、決めつけと暴論がひどい。

「いろいろと考え事がしたいんだ。だから先に入ってくれ」
「やはり私が入浴している場面を想像して――――」
「なにお前やってほしいの? だからわざと言ってんの?」
「ご主人様は私のことが好きすぎますし、常識外れな方なので。それくらいは予想しておかなければ。奴隷としての嗜みでございます。まぁ、毎回ご主人様は私の想像を軽~~~~く越えてきますが」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・申し訳なさが限界突破しそう。

「疲れていらっしゃいますね?」
「ああ、うん」

 原因は主に君だけどね。口が裂けても言わないけど。

「それほどお疲れでは、簡単にはとれないでしょう。明日からの調査にも差し支えます」
「うん。だから――――」
「特別ななにかによって心の底からリフレッシュできて癒やされるなにかを用いるしかないのでは?」

 フリフリ、と意味ありげに尻尾を抱きかかえながら流し目になるルウ。

「ご主人様がお好きななにかでなければ、意味がないと奴隷ですが私は推察します」

 尻尾の真ん中を持ちあげてくい、くい、と折り曲げて戻してを繰り返している。パッと放すとそのまま蛇のごとくにょろにょろといやらしくくねらせはじめた。なんとも器用だな。

「私は、ご主人様の奴隷です。なので、ご主人様を癒やすために、奴隷としての義務として、特別に、今でしたら『もふもふタイム』してもよろしいのですが」
「いや、いいよ」

 ルウに対する説明できない後ろめたさが、躊躇わせてしまった。最近はご無沙汰だから、喉から手が出て歓喜に噎び泣くほど嬉しいことだけど。今はそれどころじゃない。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」

 ポス、とそのまま力なく尻尾がベッドに落下した。

「しないのですか? 『もふもふタイム』を?」
「うん」
「な、なにゆえですか? 昼間の怪我がひどいからですか? どこか痛いからですか? 頭打ちました? あなたは本当にユーグ様ですか?」

 珍しく焦ったルウが聞きまくってくる。それほどおかしいだろうか。

「今でしたら口に入れてしゃぶったり舐め回したり擦ったりキスしてもよろしいのですよ? 欲望のかぎりを尽くしてもよろしいのですよ?」

 したいかしたくないか。どっちかと問われればしたい。でも、できるかできないかと問われれば、できない。俺のルウへの気持ちについてまとまっていない今の状態では、できないんだ。それに、好きじゃない人に、そんなことやられたら嫌だろう。たとえ主でも。奉仕心と忠誠心があるとしても。

「ルウも、早く風呂に入って寝たほうがいいよ。俺も明日のこととかいろいろ考えたいし」
「いろいろとは、なんなのですか?」
「それは、ルナのこととか。ガーラ様のこととか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 君のことについて考えたいだなんて、言えない。だから適当にごまかした。ルナと一緒に調べた呪具とか、ガーラ様が手配する流民問題については、今後に関わる問題だし。納得してくれるはず。

「は?」

 ガリ!

「痛あああああああああああああああ!!」

 背中に鋭く激しい痛みが生じた。なにかで引っ掻かれたみたいな。

「え、今なにした!?」
「そのような些末なこと今はどうでもよろしいのです。ご主人様、『念話』を使用してください」
「え?!」

 爪が何故かシャキン! と尖っているのを隠そうともしないルウはどこか真剣で、勢いに呑まれた。ジンジンと熱くなる背中も、どこか鈍くかんじるほどだ。

「今のご主人様の説明では不十分です。具体的に、ルナ様とガーラ様のことで、どのように考えたいのか『念話』で対話をしたほうが行き違いがございませんので」
「いや、『念話』は緊急事態以外は発動しない約束だろ」

 というか、今『念話』をすれば心の葛藤がそのままルウに伝わってしまう。未だに爪が出っぱなしで構えた手に視線をチラチラ向けながらだけど、それくらいは冷静に考えられる。

「私には知られたくないお二人のことを、考えたいのですか?」
「そういうわけじゃなくて」
「『もふもふタイム』そっちのけで、他の女性のことについて考えたいのですか? 私の尻尾以上の想いを抱いていらっしゃるのですか?」
「それは――――」

 咄嗟に手を伸ばしかけた。違う、と否定してしまいたかった。けど、それすらこの子を苦しめるだけなんじゃないか、自分の気持ちを優先しているだけなんじゃないか。不安になって、躊躇ったままできなかった。
 
「いえ、よろしいのです。私は、奴隷ですから。ご主人様の恋人でも将来を誓った相手でもないのですから。むしろ清々いたします」
「ルウ」
「私のご自慢の尻尾以上の、『もふもふタイム』以上の相手に巡り会えたということですから。ご主人様のお望みが叶うのと同意義です。奴隷としてこれほど喜ばしいことはございません」

 そのまま、去っていってしまうのか、立ち上がってのろのろと出入り口のほうへ歩いていった。

「おやすみなさいませ」

 扉が閉まった。なにか取り返しのつかないことをしでかしたんじゃないか。自分はまたなにか間違えたんじゃないか。

「けど、どうしろってんだよ・・・・・・・・・・・・・・・・!」

 どんな呪いを解けても、凄い魔法を創れても、恋一つ実らせることさえできない。好きな子一人に対して正しい行動をすることができない。こんな自分がひどくちっぽけで、情けなくて、悔しい。
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