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十四章

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 俺になにができるのか。課題は山積みだ。魔道士試験も研究もひとまずは後回しにする。部屋にこもっていても、研究のときと違って発想と閃きは働かない。親父と兄貴は仕事にいっているので、自然と三人になってしまう。ルウの気持ちを優先したいから、できるだけ触れないようにしてるけど。

「洗濯物もっと運べるんじゃない? 私と違って若いんだし。そんなんじゃ日が暮れるわよ」
「無駄に多く運ぶと落としたとき大変なので。お義母様と違って効率的にどう動けばよいか考えておりますので」
「そう。じゃあウェアウルフ特有の無駄に長い爪でだめにしないようにしっかり汚れを落として」
「お義母様ほどではございませんがきちんとお手入れをしておりますので」

 うん、無理。二人のこんなやりとりが朝から晩までずっと続いている。

「ご主人様?」
「俺も手伝うよ」
「いけません。これは私の仕事です」

 なんの助けにもならないかもしれないけど、少しでもルウの負担を和らげたい。

「だめです。ご主人様は魔道士試験をお受けになられるのでしょう。お仕事のことだってあるではありませんか」
「一緒になにかしていたほうが気が紛れるんだ。それにずっと一人で考えていたらなにも浮かばないんだよ」
「本末転倒です。いけません。お金だって余裕がないのでしょう?」
「うん、それは俺の自業自得だから・・・・・・」

 洗濯物を取り合いながら、グサッと辛いことを指摘された。一部の家具を弁償しなきゃいけなかった。そのせいで懐事情が厳しくなった。ははは、と力なく笑ってごまかそうとしたけど、呆れたかんじだ。

「いざというときは、私も働きます。ご主人様と二人ならば、稼げるでしょう」
「いや、そこまでは」
「家事をしながらだと、難しいかもしれませんが。ですが大丈夫です。お義母様もそうやってご主人様を養ってこられたのでしょう?」

 そうだった。うちは元々両親が働いていて、父方の祖母にお世話をしてもらっていたんだ。小さい頃亡くなったけど、それ以来お袋は家事と仕事を両立させていた。

「あれ? なんでルウ知ってんの?」
「お義兄様が教えてくださいました」

 あのやろう。我関せずな態度だったくせに。今日だっていつもより早い時間に仕事に出掛けていったくせに。

「なのでお気になさらず。いざというときは私が身を粉にして働きます。ご主人様はお好きな研究をなさって生きてください。ご主人様はお心の赴くままに」

 なにそのヒモ男に対してのセリフ。やだ。このままじゃいかん、と洗濯物を奪いとりゴシゴシと洗っていく。けど、あれ? 中々汚れが落ちないぞ。

「なにをなさっているのですか」

 ひょい、と奪われた衣服がみるみるうちに身綺麗になっていく。手際のよさもあってあっという間に籠の山が消えていく。

「すごいじゃないかルウ」
「この程度のこと誰にでもできます。ご自身の生活能力のなさを無視して無駄に持ちあげないでください」
「・・・・・・・・・・・・・・・・うん」

 でも、ルウと出会う前は洗濯物なんて適当に洗うなんてのはザラにあった。研究に夢中になって、何日も服を着続けたなんてことも日常茶飯事。初めて俺の住んでいる場所の光景を、脳裏におもいうかべる。今まで気にしていなかったけど、ずっとルウは俺にできないことをやり続けていてくれた。

 だからこそ、今こうして生きているといっても過言じゃない。

「だめだな俺は。はは、だめだめだ。もっとできるようにならないとな」
「いいえ、ご主人様はだめのままでいてください」
「え? どうして?」
「だって――――」

 チラッと流し目で言葉を切った。

「そうでなかったら、私がご主人様の奴隷でいられませんので」

 洗濯板でごしごしとこすりつけて、静かな水面が揺れる音が響く。今の意味を考えるけど、わからない。

「え? どういうこと?」
「・・・・・・・・・・・・・・・私を辱めようとしてそんなに嬉しいですか? この鬼畜」
「どうしてそうなるんだ!」
「ですが私はご主人様の奴隷ですので。どうぞご命令してください。もしくは『念話』を発動してください。逆らえませんので。どうぞお心の赴くままに」
「できるわけないだろ!」
「そうして、ぐへへへ。なんだ体では拒絶していても心の声は正直だな、と気持ちの悪い下卑た笑みを浮かべて堪能なさってください」
「意味不明だわ! やらねぇよ!」
「へたれ」
「お前は俺にどうしてほしいんだあああああああ!!」

 そうしていたら、洗濯物を洗い終わったらしいルウが、急に立ち上がって干しにむかった。俺も一緒に移動しながら運ぶ。風はあるし日も出ている。このままやっておけば昼過ぎには乾くだろう。

「いや、いっそ『紫炎』で一気に乾燥させるか?」
「やめてください。また弁償するはめになりますよ」
「あら、ユーグなにやってんの?」

 様子を見にきたお袋の登場で、一気に場がぴりつく。ルウなんて戦闘態勢とばかりに手首と首を回してポキパキと音を鳴らしている。殴りあうつもりじゃないよね?

「ルウと一緒に洗濯物やってたんだよ」
「なんであんたがやるのよ。意味ないじゃない。奴隷を手伝うなんてみっともない」
「俺がやりたくてやったんだよ。気分転換にもなるし。じゃあお袋は今までなにやってたんだよ」
「黙りなさい無職」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「ご主人様、おさえてください」

 エドガーとモーガンほどじゃないけど、お袋への敵愾心が芽生えそうになった。単なる事実の指摘は、ときとして
人を犯罪者にしてしまうっていう事例だな。

「それに、主を手伝わせるなんて。それでも奴隷なの? 帝都の奴隷じゃそれが当たり前なの?」
「うるせぇわ! あんたに奴隷のなにがわかんだ! それに、ルウはもっとすごいことをして俺を支えてくれてんだよ!」
「なに? あんたまさかえっちなことさせてんの? うわぁ・・・・・・・・・・・・」
「勝手に想像して勝手に気味悪がるな! 俺を愛に目覚めさせてくれたんだよ! 恋することの素晴らしさを教えてくれて毎日生きる希望と楽しさを与えてくれる存在なんだよ!」
「ご主人様」
「恋愛経験がないからのぼせているだけでしょ。恋に恋してるだけよ。そいつじゃなくても誰でもよかったんでしょ」
「っ」
「違う! ルウじゃなかったら一目惚れなんてしてなかった! ルウだから好きになったんだ!」

 それだけは、絶対に否定させたくない。させてたまるか。お袋だろうと神だろうと帝王だろうと誰にも。

「ご主人様・・・・・・・・・・・・・・・」
「じゃあそいつじゃなきゃだめな理由はなに?」
「全部だ!!」 
「それ言われるほうはがっかりする最悪の答えよ」
「いつも無表情なところが好きなんだよ! 感情が耳と尻尾の反応でわかってどういう心境なんだろうって考えたりするのも毒舌で罵倒してくれる正直さがいいんだよ! 文句を言いながらも結局は俺の意志を尊重してくれたり奴隷だって理由で一歩ひこうとする健気さがたまらないんだよ!」
「それは――――」
「それにルウがいてくれたおかげで助かったこともあったんだよ! 癒やしてもらって魔法の研究ができなかったとき救ってもらったんだよ! 俺を心配してくれることだってあるんだよ! 一回奴隷から解放されたのに自分から奴隷に戻ったとき嬉しかったんだよ! ルウが俺の生きる糧になって生きる理由の一つになってるんだ! 人生ってこんなに楽しんだって日々のなんでもない時間が大切で貴重で一つ一つがもう二度と取り戻せないものなんだよ!」
「ちょ、ご主人様。そこまでで――――」
「ユーグ、ちょっと――――」
「もうルウは俺の一部になってるんだ! ルウがいないと生きていけないんだよ! 毎日好きになり続けているんだよ! 俺にとってのルウは魔法と同等! むしろ酸素と同じでなくてはならない存在なんだ!」
「ご、ご主人様。お願いですから――――」
「それから、とっておきがあるぞ! ルウじゃないとできないこと! それは『もふもふタイム』だ!」

 お袋は明らかにドン引きしている。訝しむ余裕もないほど、一心不乱に喋り続ける。

「お袋だって『もふもふタイム』をすれば絶対俺と同じ――――いやだめだ! 絶対させない!『もふもふタイム』は俺とルウにだけ許された神聖な儀式、何者にも侵せない聖域なんだ! たとえお袋であってもさせないぞ!」
「一人で盛り上がってなに勝手に怒ってんのあんた・・・・・・・・・・・・」
「わかったぞ! あんた『もふもふタイム』したいんだろ! だったら勝負だ!」
「いい加減にしろご主人様」
「うぐっっっ!!」

 どんな攻撃なのか判別できないけど顎、鳩尾、臑と次々に固く重い衝撃に、たまらず倒れる。

「ユーグって、こんなに頭おかしかったの? 私の教育が悪かったのかしら」
「いいえ、お義母様。これはご主人様が産まれもった性(さが)でございます。おそらくはご主人様にしか備わっていない本能、もしくはご病気。いえ、もしかすると呪いかもしれません」
「・・・・・・・・・・・・・あんたも苦労しているのね」
「いえ。覚悟のうえですので。それにもう慣れました」
「・・・・・・・・・・・・そう。昔はもっとこの子も普通だったのにねぇ」
「というか諦めております」

 あ、あれ? なんだかお袋とルウがいいかんじに? なんで?

「あ――――。じゃああんた達ちょっと買い物いってきて。なんだか疲れちゃったわ」
「はい。かしこまりました」

 なんだかわからないけど、二人の距離が縮まった? 

「それではご主人様。行きましょう」
「あ、ああ。でもお袋なんだか少し態度が柔らかくなったな」

 痛む部位を押さえながら歩きだす。俺がルウの素晴らしさを訴えかけたからか? ならこれから毎日ルウのことを喋ればルウの大切さをわかってくれて認めてくれるんじゃ? 

「いえ、まだです」
「え?」
「足を踏まれました。お義母様に」
「・・・・・・・・・・・・」
「それから指を買い物籠を渡すときにですが、きっとわざとでしょう」
「いや、なんかごめん」

 あの野郎・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

「倒しがいがあります」
「物理的にじゃないよね?」
「実の母親を焼き殺そうとした人がほざきますか?」
「ついカッ! となって・・・・・・・・・・・・」
「ついじゃないでしょう。それに、お義母様のおっしゃったことも、正しいとおもったので」
「え? どこが?」
「恋愛経験が――――いえなんでもございません。お気になさらず」

 尻尾と耳に、元気がない。なにか落ち込んでいる。どうしても気にならざるをえない。

「『念話』は禁止です」
「え、心読んだの!?」
「なんとなく、です。それに知られたくないことだって、私にもありますので。ですがご主人様がおのぞみとあらばどうぞご命令してください」

 命令という形にすれば、俺がなにもできなくなるとわかりきっている。ずるいとはおもうけど、こうなったルウは頑なだ。どうしようもない

「うううう~~~~~~ん・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「まいりましょう」

 唸りながら、ルウに従うしかない。
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