上 下
105 / 192
十三章

しおりを挟む
「あら。この切り方雑なんじゃないの? これじゃあ火の通り方が甘くなるわ。まるで貴方の耳と尻尾みたいじゃない」
「私はできるだけ食べやすい大きさにしたつもりですがまだだめだったようですね。お義母様から事前にお教えいただいていなかったので。ついユーグ様と一緒に暮しているときの癖でやってしまいました」
「そう。ユーグはその辺のこと気にしない優しい性格だから。繊細できっちりしてる私とは真逆だから。自分のしたことを棚にあげる奴隷でも許してくれるんでしょうね」
「私見ですが、ご自分の欠点をよくよく理解しておらず都合のよい解釈をしてしまう脳天気で自己中という点ではそっくりなのではないかと。あ、別にお義母様に似てしまったというわけではいので」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 ギスギスした二人の溝は埋まらない。逆に深くなっている。ルウはなんとか認めさせたいらしいけど、それだと逆効果なんじゃないか? 意地のほうが強くなってるんじゃないか? 

 ルウが心配だからできるだけ二人っきりにはしていない。家事をしているときはできるだけこっそりと影から見守っている。最初は母親の頑なさの原因もわかるんじゃないかってはじめたけど、今では不穏すぎる二人にハラハラしっぱなしでそれどころじゃない。

「おいユーグ。ちょっと買い物手伝え」
「え? 買い物って」
「お前がダメにした家具を新調しにいくんだよ」
 
 消し墨にはならなかったけど、机と椅子は黒焦げでとても使い続けることができなくなっている。兄貴に示された残骸に、罪悪感しかない身としては無言で首肯するしかない。

「じゃあお袋。俺達ちょっと出掛けてくる。ルウもちょっと手伝ってくれ」
「え? ですが」

 二人きりにしたくはないっていう本音と、もう一つ目的があるから誘ってみたら俺とお袋を交互に見やるルウ。

「ちょうどいいわ。耳と尻尾がうざいとおもってたから」
「ああん!? てめ、いい加減にしろゴラ」
「行きます行って参ります」

 ずるずると引きずられながら、俺達は家を後にした。

「くそ、あのやろう・・・・・・・・・・・・・本当に燃やしてやろうか」
「この親不孝者。産んでくれた母親になんてことしやがる」

 街を歩きながら四人で話す。こんな時間を持つのは初めてだから新鮮でいい。それに、こうすれば親父と兄貴とルウが交流を持てる。ルウはお袋にだけこだわってるけど、俺の家族は兄貴も親父もいる。二人とも積極的に話して仲良くなってもらいたい。お袋を納得させるとき味方になってくれるかもしれない。
 
「お義父様。大丈夫ですか?」

 少し転びそうになった親父を、ルウは即座に助けに入った。計算ではない労りの心を、親父も察したのか隣に並んで会話をしている。

「あの、お義父様。つかぬことをお聞きしますがユーグ様はどのようなお子様だったのでしょうか」
「うん? う~~ん、どうだったかなぁ」

 いいなぁ、羨ましい。

「お前、よっぽどあの奴隷が好きなんだな」
「なんでわかるんだよ・・・・・・・・・・・・・・・」
「子供のとき、俺がもらったおもちゃを羨んでたときと顔が同じだったからだ」
「どんな顔だよ」
「しかし、わざわざ奴隷にしておくなんて。お袋に認めさせるなら解放したらいいんじゃないか?」
「それは、あの子の意志を尊重してるからできない」
「自ら奴隷でいたいっておもってるのか? はは、そんなやついるわけないだろ」

 いるんだよ。目の前に。あんたの親父と仲良く話しこんでいる子だよ。

「まぁでも、俺と親父はまだしも。だとしたらお袋に認めさせるのは無理だろうな」
「なんでだよ」
「だって奴隷だし。ウェアウルフだし」

 指摘されて、考えこんでしまう。今まで実は気にしていなかった問題だからだ。お袋がしきりに言う奴隷とウェアウルフという言葉に、改めておもいだしてしまう。

 キロ氏は奴隷達を大切にしている。もしかしたら肉体関係もあるかもしれない。シエナも使い魔であるネフェシュを愛している。けど、その二人だけで他にはいない。

 シエナ達は、隠している。俺は驚いて受け入れられたけど全員そうだとは限らない。身分差によって結ばれることは数多いけど、それでも必ず噂される。穿ったくだらない嘲笑とおもいこみで中傷しネタにされることは帝都でもあった。騎士ともなれば、身に沁みているんだろう。

 異種族同士の婚姻は根が深い問題だ。遠い昔から禁忌とされていた。今と違って種族同士で固まって暮すのが当たり前で、その他の種族と積極的に交流しようとはしなかった。稀に異種族婚があったらしいけど、どちらの親からも性質を受け継ぐから、習性と体質、本能のバランスがおかしくなる。だから避けられる。

 異種族同士の子供は雑じり者と呼ばれ、どちらにも属することができなかった。まじりもの。血が混じったという意味と、けがらわしいという意味がある。罵倒、迫害の対象で隠れるように暮すのが一般的だった。種族、歴史の研究は専門じゃないけど、遺跡調査に赴いたときの文献で少なからず記述があるからそれくらいは覚えている。

 異種族同士との結婚と奴隷。くだらないって笑い飛ばせればどれだけ楽だろう。昔からの風習に囚われた古い価値観。関係ないやつらの噂話なんて、無視すればいいと言い切れればよかったのに。事実、今まで気にしていなかった。たとえルウがドラゴンであってもスライムであっても神話に登場する化け物であったとしても愛を貫く自信はある。

 でも、できない。生き物として認められていない、所有物でしかない奴隷は、場合によってはひどい扱いを受ける。帝都じゃ特にそれが酷かった。普段奴隷がどんな風に扱かわれ、見られて、接しているか。そして、それに異種族同士という条件が加わったら、世間はどう見るか。

 俺はルウを愛している。けど、他のやつら、世間は違う。だから面白おかしく嘲笑する。悪意のない悪感情を露わにする。噂される側の気分は、いやってほど知っている。ルウへの不器用な説明と突飛な行動のせいで奴隷に鬼畜な扱いをする魔道士(予定)なんて噂されていた俺としては。

 お袋は自分を含めた家族が面白おかしく噂されるのをおそれている。それを否定するには、俺は大人になりすぎたのかもしれない。魔法士としても研究者として知識を深めただけじゃない。世間で生きてきたんだから。

「それに、領主様の件もあるしなぁ」
「え、領主様?」
「やっぱり知らなかったか。戦争が終わったのと同じくらいのとき、領主様が倒れてな。ご令嬢が今代理を務めているんだよ」
「へぇ。あの領主様子供いたんだ」
「そのご令嬢はな。どうも奴隷との子供だったらしい。しかも人間じゃなかった」

 兄貴は深刻そうな顔をしているから、こっちも自然と聞き入ってしまう。

「戦争中、街のやつらが何人も徴兵されてな。返ってこなかったのも多い。それで何軒か店じまいしちまって、税も上げられた。しょうがないとはいえ、領主のご令嬢を恨みがむかうのも仕方ないだろう?」
「あ、」

 街に帰ってきたときの違和感の正体が、今はっきりと判明した。寂れている雰囲気も至るところ変わっていたのも偶然じゃない。お袋がルウを受け入れられないのは、そういった事情もあったのか。

「いくらなんでも、魔法じゃ現実も世間体も心の問題も解決できないんじゃないか?」
「やろうとおもえばやれる。暗示とか幻術とか」
「お前、お袋だけじゃなくてこの街の住民全員操るつもりか? 反乱に近いだろ」
「冗談だよ」

 ドン引きしている兄貴を茶化すけど、内心は穏やかじゃない。ルウの努力だけじゃどうにもならない。俺と二人でもどうにかできる問題じゃない。

「兄貴はどうなんだ?」
「俺? ん~~~~。俺はなぁ。表だって味方はできんがお前次第じゃないか。自由にやればいいさ」
「呑気なことを無責任に」
「そりゃあ俺の問題じゃないからな。でも、お前らしいといえばお前らしいな。はっはっは」

 どういう意味だよこのやろう。本当に。この人は昔から。

「でも、親父は違うんじゃないか?」

 顎を動かして視線を誘導させようとする兄貴にイラッとしたけど、親父とルウを見てはっとさせられた。親父は椅子を五つ買おうとしている。ルウの分も含めて、だ。

「君は、どんな物がいいんだ? いろんな色があるぞ」
「私は、そんな別に」
「どうせお金はユーグが払うんだ。遠慮しなくていい」
「いえ。色よりも座りやすさと頑丈さと材質が大切かと」
「なるほど。合理的だな」

 俺と兄貴が話している間に、二人はどんな話をしたのか。想像するしかない。でも、二人のやりとりに、なんとかなるって希望がわいた。いや、なんとでもしなければいけない。
 
「つまり、敵は世間でご近所さんと歴史と領主代理ってことか。よし」
「よしじゃねぇ。どうするつもりだ」
「とめないでくれ。これは俺への試練だ。俺のルウへの愛がどれだけか。それを証明するチャンスなんだ。いうなればこれは戦争だよ戦争」
「あほか。戦争がどれだけのことかわかってんのか?」
「わかってるからできるんじゃないか。従軍経験者なめんな」

 あのときの敵は国だった。そして、兵士。恐怖。餓え。それに比べたら軽いものだ。

「俺はルウのためなら、この街を焦土と化して戦争をおこしてもかまわない」
「まぁ、ほどほどに頑張れ」

 親父に呼ばれ、兄貴とともに二人に駆け寄る。四人で和気藹々と話していると、俄然やる気が芽生える。なにも本当に戦争をするつもりじゃない。領主と世間とご近所さん達とやりあうわけじゃない。それほどの気概ってだけだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

白紙の冒険譚 ~パーティーに裏切られた底辺冒険者は魔界から逃げてきた最弱魔王と共に成り上がる~

草乃葉オウル
ファンタジー
誰もが自分の魔法を記した魔本を持っている世界。 無能の証明である『白紙の魔本』を持つ冒険者エンデは、生活のため報酬の良い魔境調査のパーティーに参加するも、そこで捨て駒のように扱われ命の危機に晒される。 死の直前、彼を助けたのは今にも命が尽きようかという竜だった。 竜は残った命を魔力に変えてエンデの魔本に呪文を記す。 ただ一つ、『白紙の魔本』を持つ魔王の少女を守ることを条件に……。 エンデは竜の魔法と意思を受け継ぎ、覇権を争う他の魔王や迫りくる勇者に立ち向かう。 やがて二人のもとには仲間が集まり、世界にとって見逃せない存在へと成長していく。 これは種族は違えど不遇の人生を送ってきた二人の空白を埋める物語! ※完結済みの自作『PASTEL POISON ~パーティに毒の池に沈められた男、Sランクモンスターに転生し魔王少女とダンジョンで暮らす~』に多くの新要素を加えストーリーを再構成したフルリメイク作品です。本編は最初からすべて新規書き下ろしなので、前作を知ってる人も知らない人も楽しめます!

エルティモエルフォ ―最後のエルフ―

ポリ 外丸
ファンタジー
 普通の高校生、松田啓18歳が、夏休みに海で溺れていた少年を救って命を落としてしまう。  海の底に沈んで死んだはずの啓が、次に意識を取り戻した時には小さな少年に転生していた。  その少年の記憶を呼び起こすと、どうやらここは異世界のようだ。  もう一度もらった命。  啓は生き抜くことを第一に考え、今いる地で1人生活を始めた。  前世の知識を持った生き残りエルフの気まぐれ人生物語り。 ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバ、ツギクルにも載せています

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

処理中です...