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十二章

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「はああああああああああああ!!」
 
「ぐぬ、うう!」

 激しく動揺するゲオルギャルスは、口の中を激しく傷つけているのか頻りに血を零し続ける。さっきと違って様子を探る動きじゃない。勝つための、死にもの狂いの僕の攻撃は、ゲオルギャルスには手負いの獣の最後の抵抗でしかないのか。そうじゃないはず。折れた剣の先に、雷で刃を形成した。青白い小さい閃光と爆発、触れたら痛みさえかんじる間もなく消滅する電撃の刃。

 電撃の刃に触れず、鍔と鉄に刃を当てて逸らしていく。おかげで僕もダメージを負うけど、なにもしないよりはマシだ。

「あなたを、倒します! 絶対!」

 鍔迫り合いを解いたあと、そのまま斬りかかると見せかけて、左手に持ち替える。空を斬ったあと、そのまま回転しながら斬撃を浴びせる。死ぬための戦いじゃない。勝つため。生きるための戦いが、僕に活力を与えてくれる。

「まだ!」

 元々、魔法の知識に明るいわけじゃない。戦いに役立つ魔法をそのまま使い続けているしか能がなかった。戦いながら使い方を磨き、力を伸ばすしかできなかった。これまでゲオルギャルスと刺し違えるために使った対策は、捨てた。僕がこれまで培ってきた技を、ぶつける。力任せなごり押しは、ゲオルギャルスには通じない。純粋に体格では彼に分がある。

 だから、体中ののしなりと柔らかさを併用する。ダンスを踊る貴婦人のようだ、と以前例えられた僕の剣捌きはハンデを伸ばすためのもの。『ゴレーム』を操るのも僕自身が戦うのにめんどうだから、発動をやめる。そのぶんの魔力は、身体能力と筋力を底上げするのに使用する。

「どうしたぁ! そんなんじゃ後ろから殺すぞ!」
「うるさいね! さっさと援護しろよ!」

 さっきまでと打って変わってずいぶんと気持ちがいいのは切羽詰まっていないから。いつもの慣れた動きで、心のままに流れるように攻撃を受け流す。殺気を読んで、視線で誘導して、刃に当てるなんてまどろっこしいこともしないで捌いていく。翻弄する。体力も魔力も残りあとどれだけ必要か。考えるなんてしない。 

 高速で移動するゲオルギャルスの電撃も、斬撃も、ネフェシュを使って宙へと逃げて次の攻撃へと切り替える。土魔法で引き寄せる力に利用している剣を土壁で覆い、阻止する。そのまま背中に斬りかかる。

 僕は、ゲオルギャルスをおそれすぎていた。二年前までの強さを基準にして考えていた。けど、間違っていた。最前線の騎士としての僕の感覚は、魔力で強化されているのも相まって、ゲオルギャルスの動きに対応できる。逆にゲオルギャルスの動きと反応は鈍くなっている。それだけじゃない。雷魔法の攻撃はあきらかに数が減り、力も弱まっている。

 衰えた身体能力と剣術と戦闘技術を、勘と染みついている習性でなんとかごまかしている。それだけじゃなく、魔法を維持し続けるのなんて今の彼にとっては相当きついはず。肉体にかかる負担だってある。このまま戦いをしていけば先にバテるのは、確実に。

「そこだぁ!」

 僕の剣が、ようやくゲオルギャルスに届きはじめた。切っ先がゲオルギャルスの動きを捉えていく。電撃の刃が、さっきよりも薄くなっているのは決して見間違いではないだろう。血反吐を撒き散らしながら、反撃された。

「ぐへ!」

 拳が、顔面に直撃した。二発、三発。鼻が折れる感触がした。頬を殴り抜けた後、真一文字で銅を狙ってくる。大剣の鍔に足を踏み下ろし、そのまま膝を叩きこんだ。大きく後方によろめいたゲオルギャルスの、腹部に剣を突き入れる。

「ぐ、ぬぐぅ!」

 やった。やっと一撃入れられた。油断してしまったのが悪かったのか、深々と刺さり背中を貫通しているレイピアを、そのまま掴まれてゲオルギャルスは頭上から振り下ろす。咄嗟にレイピアを放し、地面から新しい剣を引き抜いて斬りかかる。

「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 打ち合う。剣戟が交わる。傷が増えていく。本当に化け物だ。気を抜くとそのまま押しきられる。それはむこうも同じこと。届いている。僕の剣は、着実にゲオルギャルスに届いている。でも、まだ足りない。

「まだ!」

 一撃でも足りないなら二撃。それでもだめなら何百だって繰り返す。
 
「まだ! まだ!」

 武器が折れたからってまだ終わりじゃない。何度折れたって意味のないほどの無限の剣を。

「まだまだだあああああ!」

 それでもだめなら、もっと。もっともっともっと。もっともっともっと! 

「まだだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 崩せるまで、続ける。そうやって、僕は騎士として戦ってきた。そうすることしかできなかった。そして、そうして勝ってきた。騎士としての任務を成功に導いてきた。いつしか抜け殻のようにただ漫然とこなしていた。

 それは、無駄ではなかった。だって、山のように大きく遙か高みに仰いでいたかつての上司と渡りあっている。いつの間にか彼は血と傷だらけで、砂埃に塗れているんだから。僕も同じだけど。でも、無敵じゃない。僕の剣が、通じている。

剣先から電撃を放ってくる。距離をとった僕をフォローするネフェシュが、いい具合に僕を隠してくれる。直接魔法で攻撃しようとしたら、目の前に現われて視界に現われる。そのままネフェシュごと刺突を繰りだす。もちろん逃げられたけど、それはフェイント。ピタリとネフェシュに当たる寸前でとめる。

 そして、逃げた先のゲオルギャルスに追撃。明らかに困憊が増していくゲオルギャルスの動きは重くなっている。

 小さい電撃を連発しながら近づけさせないようにしつつ、走りだす。斬りかかってきた一撃を、くるりとバク宙で後方へと下がりながら降り立ったと同時に、土魔法で足場をゴゴゴゴと天高く反り立たせる。即席の土の柱は、豪快に切断されたけど、次々に発動を繰り返してぴょんぴょんと跳ねて移動を繰り返す。

 ちょこざいな、と地団駄を踏みたいだろう。僕だったらそうする。一際大きい雷魔法の一撃を避けつつ飛び降りる。まだ次の攻撃の動作に入っていtゲオルギャルス目掛けて斬りかかる。雷の光が一筋迫ってくる。僕を空中で掴んだネフェシュのおかげで掠めたに留められた。そのままぶんぶんと振り回して投げてくれたおかげで、加速しつつ位置を修正。

「そこだぁ!」

 腕を鞭のようにしならせながら、懐に飛び込みつつ袈裟斬りに。ゲオルギャルスの三撃目の魔法は、明後日の方向へと。斬った、たしかな手応えどおり。深々と刻まれた左肩から斜めに走る傷口から、ドバドバと血が鮮やかに流れ落ちている。

「ぬ・・・・・・・・・・・・・がああああああああああああああああああああああああ!!」

 吠えた。獣のように、型もなにもないでたらめな振りは、いとも容易くバックステップで対処できる。膝をつき、傷口を押さえだした。手応えは、あった。このままだと死に至る斬撃だと、お互いにわかっている。

「はぁ、はぁ、やっぱり机で書類を眺めているより、こっちのほうが合ってるでしょ、団長」
「お、おま、え、は・・・・・・・・・・・・・・・」

 きっと、一番ダメージを負っているだあろう口腔内を、懸命に働かせてなにかを絞りだそうとしている。

「な、ぜ、かわ、らない・・・・・・ゲフォ、ガハ!」

 お前は、何故変わらない。そう伝えたいのかな。けど、僕に言わせればどうしてあなたは変わってしまったんですか? と聞き返したい。立場? 責任? 役職? 見える景色? 僕も、団長になれば変わってしまうのかな? それでも、僕は答える。
 
「変われないですよ、僕は。今でさえ限界なんです」

 僕は、女だ。この事実は、僕を生涯苦しめ続ける。忘れられない。捨て去ることもできない。騎士として生きるには。葛藤も、秘密を守る努力も惜しめない。秘密がバレたら、罰せられるだろう。夢を叶えた。夢の先を今も生きている。たしかに、おもいえがいていた騎士とは違う。苦しいしやめたいとおもったことは何度もある。

 それでも、僕はこの生き方を捨てたくない。捨てられない。僕がしてきたことの一切が無意味になる。

 それに、仲間に出会えた。もう皆死んでしまったけど、今も彼らと過ごした時間は心に残っている。ネフェシュに出会えた。ユーグと出会えた。ルウと出会えた。彼らとの思い出も、感情の起伏に至る細かな動きでさえ、捨てることになる。

 だから、僕は変われない。このままの生き方を、僕の正しい騎士としての在り方を維持する。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 悲しそうなゲオルギャルスは、キッと表情を戻して、かまえなおす。空気が変わった。魔力が、集まってくる。明滅していた青白い刃が激しさと火花を増していく。大剣が、轟音と光を纏って巨大化していく。

 ゲオルギャルスの最強の魔法、『雷業』。ただ単純な、だからこそ強力すぎる。広範囲に渡るだけじゃなく、防御のしようがない、圧縮された雷の塊。

 まいったな。まさかここにきてこんな魔法を使うなんて。けど、それだけ本気なんだろう。僕には『雷業』に対抗できる強すぎる魔法なんてない。ただ単純な魔法と剣術。それしかない。

 魔力のすべてを大地に注ぎ込む。『錬成』。僕の一番得意で、自慢の魔法。それで、一つの剣を生み出した。太陽をキラキラ反射させ、輝く宝石。この地上でもっとも価値のある鉱物。最も高く、最も価値ある宝石とされる。ダイヤモンド。『錬成』の中でもそっくりダイヤモンドを作るなんて、僕以外にはできた人はいないらしい。

 よく知らないけど。とにかく、一番難しく、レベルが高いとされているダイヤモンドを、僕は剣にした。硬度が高いとはいっても、本来は武器に加工するには適していないらしい。それでも、この煌めくダイヤモンドの剣は、僕の唯一の自慢。誇りの一つでもある。今の僕の、ありったけを込めた。

 ゲオルギャルスと対抗するには、これしかおもいつかない。単純な魔法の完成度と実力、魔力で、どちらが上回るかしか。

 真正面から、立ち向かう。逃げても意味はない。胸の前で掲げるようにして、かまえる。

「『雷業』」

 音さえ消え去った、ただの光が殺到する。横向きにした剣で、受け止める。腕が消し墨になるほどの『雷業』は、ダイヤモンドの剣に直撃。剣どころか、指が千切れそうになるほどの威力、腕の筋肉が悲鳴をあげる。肌がピリピリと熱く、服が少しずつ弾けていく。足に力を入れ、踏ん張ろうともがく。少しでも耐えられなければ、即 飲みこまれる。

「ぐあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 負けられない。気合いを叫び、振り下ろした。光がやんだ。全身の力が急に抜け、尻餅をつく。喉が焼けるように痛い。叫びすぎて喉が傷ついたのか。咳きをするたびに、擦り切れた箇所から血の味が広がる。

「まさか私の『雷業』を、斬り捨てるとは・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・これまでか・・・・・・・・・・・・・」

 ゲオルギャルスの呟きと視線につられて、周りを見渡す。僕を中心真っ二つに裂けた焼け焦げた巨大な痕ができていた。どこまで繋がっているのか、大きく永井道のように彼方へと続いている。

 僕の剣が、魔法が、『雷業』に勝ったんだ。にわかに信じがたい事実に、喜ぶことができない。

「おまえは、そのままで、やってみろ。どこまでいけるか」

 ゲオルギャルスは、それだけ言い残して仰向けに倒れた。

「死んでるぜ、こいつ」

 ネフェシュがどこからともなく現われて、つんつんと突いたあと、報告してくる。こいつめ、今までどこにいたんだ。途中からいなくなっただろ。怒りたいけど、喉が痛くて喋れない。

「残念だ。ここで殺されてればよかったのに」

 ははは、それは残念だって、ツッコむ余裕もないね。ゆっくりと体を寝かせることもできないから、横に傾けたそのままの勢いで、地面に倒れた。
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