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十章
Ⅳ
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処刑。通常の死刑とは違って人々の衆目を浴びながら殺される。見せしめの意があるそうです。既に処刑場の準備は整っていて、帝都中に知らされているそうです。人々も噂し合っていて、処刑日を待っているとか。
「野次馬根性は種族に関係ないということですかね」
「なんでそんなに落ち着いていられるんだい!?」
いやぁ、だってここまで来ると一週回ってしまうといいますか。急展開すぎましたし、シエナ様とネフェシュ様が慌てているから、逆に冷静さを取り戻せたんです。現にコーヒーとお茶を用意してしまうくらいに。そんなわけで、作戦会議をしているわけですが、あ~でもないこうでもないと議論が続いています。とはいて、営舎なのでバレないように小声でひそひそ話ですが。
「時間が足りない。今から証拠を集めても間に合わない」
「騎士団長を誘拐してみてはどうでしょう?」
「ユーグを助け出すにも牢獄は厳重だし」
「モーガン達を拷問にかけられないのでしょうか?」
「いっそのこと司法に直接訴える・・・・・・・・・軍にも知り合いはいるし」
「そうだ。反乱をおこすのはどうでしょう」
「ナチュラルに物騒な提案はなんだ?」
シエナ様達の考えがまとまらないので、私が現実的かつ簡単なアイディアを出すのですが、お気に召さないのでしょうか。けど、それくらい強引なことをしなければユーグ様は助けられません。ただ時間を無駄にしているだけですし。ここにいても意味はないでしょう。
「おい、どこに行く」
「ちょっと出掛けてきます」
「勝手な真似すんな。外の様子は教えただろ。まだあんたを探してるだろうしな」
部屋から出ようとしてもネフェシュ様は小さい体をバッと大きく広げて扉の前で通せんぼ。仕方なく窓から出ようとしても飛んできて通せんぼ。小さい体躯だからでしょうか。ネフェシュ様が健気というか、子供が一生懸命なにかをしているかわいさと重なって不謹慎にも笑いそうになります。
「ご心配なく牢獄に殴りこみに行くだけなので」
「余計行かせられるか! なんだそのちょっと飲みに行ってくるくらいのノリは!」
足にしがみついてきて、歩きにくくなって困ってしまいました。凄い軽いのですが、まだ体調も万全ではない私はそれだけでキツいです。それでも、私は行かなきゃいけません。
「お前、本当は焦ってるな!? 内心混乱しまくってるな!」
「私は冷静です。今なら神にも戦いを挑めます」
「おい! お前もとめろ! こいつの頑なさはゴーレム並みだ! 主どの!」
「あ、うん。その・・・・・・・・・まだ行かないでくれないかな? お願いだから」
「なんだその弱々しさ! なんでもじもじしてんだ気持ち悪!」
シエナ様は、私が女の子であると知ったことから接し方に困っているんでしょう。ばらされるかもしれない、と。
今はそれどころじゃないんです。シエナ様がどんな事情で女の子なのを隠しているのかどうでもいいんです。
――――ルウ――――
「ッ」
声が、聞こえました。ユーグ様の。
――――ルウ、どこにいるんだ?――――
私は、疲れているのでしょうか。ここにいもしないユーグ様の声が、幻聴として聞こえるなんて。どうかしています。そうです。私はどうかしているのです。だってまともでいられるわけないじゃないですか。ユーグ様が死んでしまうなんて。私の気持ちをまだはっきりできていないのに、ユーグ様とどうなりたいのかもわかっていないのに。
けど、今の私にはなにもできません。この身を犠牲にしてでも。例え無駄だとわかっていても、どうしようもないじゃないですか。ここで黙って待っていられるわけないじゃないですか。
「おい、シエナ? ちょっといいか?」
一斉に静まりかえります。一気に緊張感がはしって、シエナ様、ネフェシュ様の表情から只の騎士がやってきただけではないってはっきりしています。
「はい、騎士団長。少々おまちください」
騎士団長。事態の深刻さを感じ取った私はネフェシュ様に手を引っ張られてクローゼットの中に。
「どうかされましたか? 着替えをしていたものですから」
「誰かいたのか? カップが三つあるじゃないか」
しまった、と露骨に迂闊さを呪います。
「ええ。実は女の子とちょっと楽しんでいまして」
「どこにいる?」
「もう帰りましたよ? それで、どうかされましたか? 何やら大勢いますけど」
外を確認できないのですが、なにやらゲオルギャルスは一人ではないようです。
「一昨日ある倉庫でボヤ騒ぎがあった」
どくん、どくん。バレてしまうんじゃないか、荒い呼気が聞こえるんじゃないかって気が気じゃありません。
「既に鎮火しているが、大事な商品を盗まれたと届けが出された。相手は奴隷だったそうだ。
「へぇ。それはそれは。じゃあ僕はそっちに行けばいいんですか?ちょっと待っててください。今準備してくるんで」
? つい声が出そうになりました。足が沈んでいき、体が床に沈んでいきます。シエナ様の土魔法でしょう。そうか、これで脱出を――
「嘘が上手くなったな、シエナ」
「ッ!?」
金属がかち合う音。雷鳴が轟く音。クローゼットを突き破ってシエナ様とぶつかる音。額がじんじん痛んで目が眩みました。外にいるゲオルギャルスが、私を見定めるとバチィ! とけたたましい音を纏いながら高速で移動してきます。掲げられた体験がバチバチと青白く爆ぜている閃光を走らせて、振り下ろします。私たちを囲むように土の防御壁が誕生しますが、クローゼットごと破壊されます。
ゴロゴロゴロと転がって脱出、そのまま三方向からそれぞれ攻撃を仕掛けます。けど、ゲオルギャルスはシエナ様のレイピアを体験で防御しつつネフェシュ様を掴んで、そのまままた高速移動、私を通り過ぎがてら殴りかかります。
人の出せる力ではありません。両掌を重ねて止めましたが、ビリビリと痺れてそのまま突き破られました。そのまま吹き飛んで、けどくるくる回転しながら着地を試みます。
けど、またなにかに引き寄せられます。空中で固定されて逆らえない力が体に働いて、部屋中を引きずられます。元々あった傷もあって、体力を消費してしまいます。ぐったりとしたところに、新たに室内に現われた人物のせいで、仰天しました。
「あなたは!」
「やっぱりここにいたのか。団長、これぞ動かぬ証拠ですよ」
「仕方ないな」
ゲオルギャルスとモーガンが繋がっているので、二人が一緒にいるのは驚きません。どうしてシエナ様のところにアコ―ロンが来たのか、私の居場所がバレたのかもしれませんけど、だとしても、あれから私は倉庫での一件以降、私は外に出ていないのに。一体どんな方法でわかったのか。
「足音と髪の毛。そんなもので本当にわかってしまったとは。そんな魔法を使えるのであれば騎士団に入ってはどうだ? ちょうど一人空くしな」
「お戯れを。僕はモーガン様の弟子ですので」
会話の内容よりも、外のほうからガヤガヤと人が騒ぎだして人の気配が集まってくるほうに気をとられます。
「残念だ、シエナ。お前が犯罪の片棒を担いでいたとは」
「犯罪? 人聞きの悪い。僕の正義に従っただけですよ」
「罪人とその奴隷を助けるのが正義か?」
「背信行為は罪ではないと? 現場から離れて、魔道士と仲良くなったせいで、騎士がどういうものか忘れちゃったんじゃないですか?」
剣が、数合交わります。壁からゴーレムが現われ、ゲオルギャルスを囲みます。ひゅん、と軽やかに飛びながらアコ―ロンに斬りかかり、一閃。腕を斬り落としてしまいました。ネフェシュ様と私と合流。
「シエナ、団長権限で貴様の騎士の称号を剥奪する」
「へぇ。ありがとうございます。ちょうど騎士隊の仕事と団長が嫌になっていたので助かりますよ」
「軽口を叩くのもいいかげんにしろ」
大剣に、力が集まっていきます。とてつもない光、地面に触れただけで木片が蒸発するほどの熱量、けたたましい轟音。バチバチとあちこちで生じる爆発。それらは今も尚大きく強くなっていきます。
「ネフェシュ、ルウを連れて逃げろ!」
「ダメだ、俺の力じゃ運べねぇ!」
ゴーレムを大量に生産させつつ、ゲオルギャルスに突撃させ、二人がかりで運ばれます。
「『雷業』」
この世を終わらせるかのような白い光。それが私がかんじられた、ゲオルギャルスの攻撃のすべてです。
「ぐ、だ、大丈夫かい?」
「たく、むちゃくちゃやりやがるぜ・・・・・・」
「う、なにが・・・・・・?」
おそらく営舎の一角、シエナ様のお部屋が消失しています。庭全体に抉れたようなクレーターができていて、焼け焦げてプスプスと煙を上げています。今目の前に広がっている焦土と、無事な箇所、営舎の外との違いが大きい分ゲオルギャルスの強さが引き立ちます。
「寸でで避けられたけど、やっぱりあの人は強いな・・・・・・。これで全盛期より弱くなっているなんて。今でも勝てる気がしない」
え、これで弱体化しているんですか? 「騒ぐな!」と一喝したゲオルギャルスが威風堂々と近づいてきます。何故か斬り落とされた腕が元に戻っているアコ―ロンも。万事休す。シエナ様が弱いとはおもいたくありません。ですが、どんな魔法を使うかもわからないアコ―ロンとゲオルギャルスは圧倒的すぎます。
「騎士の皆を留めておいたのは、僕の話すことを聞かれたくない・・・・・・・・・からですか?」
軽口を叩くシエナ様に目をやると、擦っている肩が黒焦げになっていました。額に滲んでいる汗と強ばっている顔から重症なのを悟らせないようにしているのでしょうか。
「シエナ、お前を認めている」
「あなたになにがわかるんですか!」
「ここで命を落としてなんになる。わかっているだろう? 一人の騎士ができることなんて、たかが知れている。諦めろ」
「だから友を、罪なき者を殺すと!?」
そこでフッと力が抜けて、ゲオルギャルスは懇願するような顔になりました。
「すべては大義のためだ」
「た、大義!? なにを寝言を――!」
「お前もしてきたことだろう。騎士として何人も殺めてきただろう」
「そ、それは・・・・・・・・・違う! 関係ないでしょう! 僕はあなたとは違う!」
「いいや、同じだ」
「な、なにを―――?」
「お前は、かつての私だ。だから、気持ちは痛いほどわかる」
「嘘だ!」
「ではどう違う? 私とお前と。今までお前が殺して、痛めつけてきたことと、どう違うのだ?」
「それは、帝国を守るためです! 罪なき親友が殺されそうになってて怒るのとではまるで違うでしょう!」
「大臣や政治家たちの不正も、多かろう。知られれば危うい任務も、法すれすれの行為もしてきただろう。上の尻拭いで割をくったことがあるだろう。それでも犠牲にされかけたこともあっただろう」
「ですから!」
「騎士でありながら個人的感傷で動くお前と、個人的利益で動く私とどう違うのだ?」
ピタリ、と否定がとまりました。
「国を裏切っているだなんて、言うな。国の決定に異を唱えたお前は、忠誠ではなく親友を選んだ。その時点である意味裏切り者だ、シエナお前もな」
「ぼ、僕は・・・・・・・・あなたたちが、賄賂を・・・・・・・・・」
「証拠もないのにか?」
「理不尽であると、おもうか? 私が許せないか? これが現実だ。真実がどうであろうと、用意された都合のいい事実が、認められる」
「・・・・・・・・・」
「今まで不正で逮捕され、処刑された者たちを、あとで知ったな。 その者たちを助けようとしなかったな」
「あ・・・・・・・・・」
「上からの命令で、拷問をしたことは何度もあったな。殺めてきたこともあったな」
「こうも考えたことはないか? どうして僕たちにこんなキツい仕事がフラれているんだ、どうしてこんな仕事をしなければいけないんだ、と。上はなにかしても賄賂で助かる。相手を引きずり落とす足を引っ張るの繰り返しに巻き込まれたこともあるだろう」
「・・・・・・・・・」
「命令を忠実にこなしつつ、こう考えたことはないか? 理不尽だって。どうして自分がこんな辛い仕事をしなければいけないんだ、と」
「・・・・・・・・・」
「しょうがない、と溜飲を無理やり下げて、我慢し続けてきただろう。見て見ぬ振りをしてきただろう。いいか、お前だけではない。お前の親友だけではない。こんな理不尽はずっと繰り返され続けてきたのだ。だが、私は変えたいと騎士団の長となって願うようになった」
私は、事の成り行きを見守るしかできません。騎士と騎士。その二人でしか通じ合えない話で、立ち入ってはいけないような気がして、そして実際に立ち入れなくて。
「お前の、騎士としての苦悩も気づいていた。かつて私が通った道だ。騎士団に入ったばかりの頃のお前は、キラキラと輝いていた。昔の私を見ているようだった。かつては私も理想を抱いていた。騎士に憧れ、騎士になった。お前のようにな。そんなお前が、ここ最近は澱んだ目で諦めてしまった顔で仕事をしている。かつての私のように」
「・・・・・・・・・」
「私たちだけではない。過去の、今いる騎士たち。皆同じ苦悩を抱いている。騎士団の長に就任し、よりよくその気持ちは強くなったのだ。だから私は変えたいのだ、騎士団だけではない。国さえも」
「国? この帝国ですか?」
おもわず問いかけた私を忌々しげに一瞥すると、ゲオルギャルスはすぐにシエナ様に視線を戻しました。
「不正に賄賂。そして仕事の押しつけあい。責任のなすりつけあい。上は腐っている。騎士団を変えても、上を変えなければ意味はない。私たちが死ぬかいなくなるか。どちらにせよまた同じことの繰り返しだ。お前の友が無実で処刑されるのも。私がこんな不正を行うのも、これで最後にする。だから――――」
す、と差しだされた手を、シエナ様は迷った様子で眺めています。
「共に、変えよう。この国を。親友を犠牲にしなければいけない腐った国を。なんだったら私が口をきいてユーグとやらを助けてやろう。処刑に及ばずとも、罪の軽減くらいはできる。改革を終えたあと、牢獄から出してやればいい」
「あ、」
だめ、その手を取ってはいけない。甘い言葉に騙されてるって、だけじゃない。ユーグ様どころじゃない。このままではシエナ様はだめになる。だめ。この人と同じになってしまう。ユーグ様と親友ではいられない。対等な立場での関係でいられなくなる。そんな予感があります。だから、とめないと。
「ダメです! シエナ様、この人が約束を守る保証なんてありません!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!! 離せえええええええ!!」
「うっわ、これなんの生き物? モーガン様喜ぶかな」
「ユーグを助ける・・・・・・・・・僕は・・・・・・・・・・・・」
「シエナ・・・・・・・・・様・・・・・・・・・!」
だめだ、私の声は届いていない。焦点の合っていない暗い目でブツブツと呟いています。私はどうすればよいのでしょうか? どう動くべきなのでしょうか? わからない。だって私はただの奴隷ですから。ユーグ様のためだけの奴隷で、それ以外のことなんて。どう考えれば。
ユーグ様だったら、このときどうするでしょうか?
――――ルウ――――
教えてください、あなたならどうしますか?
――――ルウ――――
記憶でしょうか。私も切羽詰まっているのでしょうか。しきりにユーグ様の声が聞こえるように錯覚してしまいます。それも、頭の中に直接語りかけてきています。
「ご主人様・・・・・・・・・」
あなたの親友が、ピンチです。どうすればいいかわかりません。教えてください。
そんなことをしても無駄なのに、無力である私には願うことしかできません。
ここです。ルウはここです。助けてください。どうすればいいかわかりません、と。
「この奴隷はここで殺してもかまいませんか?」
「ああ。好きにしろ」
アコ―ロンが、ナイフを取り出して迫ってきます。ここで終わりなのでしょうか。ユーグ様ともう一度会うこともできないまま。けど、せめて私はこの人たちから目を背けないで居続けようと決めています。最後の最後まで、それがせめてもの意地だから。それしかできないから。
「俺の奴隷に触るな」
え?
ボッ、とアコ―ロンの服に小さい火が。すぐに燃え広がって火達磨になります。叫び声を上げるアコ―ロンの隙をついて、ネフェシュ様が離脱。これは、魔法。それも『紫炎』。ゲオルギャルスもシエナ様どころじゃありません。突如としておこった仲間の異変に周囲を警戒します。
四方八方から迫り来る、『炎球』によって距離ができ、空から紫色の炎の塊、『天啓』が、発動して攻撃を開始します。どこからともなく『炎獣』が現われ、私たち三人を載せて、ある人物のところまで運びます。
髪の毛も髭も伸びていて、汚れきっています。近づいていくごとに異臭が強くなって、棒きれみたいな細いシルエットの人物が在り在りと。そんなはずはない、とおもいながらも期待でドキドキがとまりません。
「やっぱりここにいたのか」
ユーグ様でした。いつもみたいににっこりとした笑顔は間違いようがありません。さすがの私もこれには呆けてしまいます。
「どうしてここに・・・・・・だって牢獄にいたのでは・・・・・・・・・?」
「うん、脱獄してきた」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
「は?」
「それで、牢獄の中で創った魔法の実験で、なんとかルウの場所がわかったから。まさか騎士団にいたとは」
「は?」
いや、なにとんでもないことをしてくれているんですかこの人。どうやって脱獄できたんですか。
「それよりも、ルウその傷は?」
「これはあの人たちにやられました。そんなことよりも――――」
「・・・・・・・・・・・・・・・ほぉ」
あ、しまった。とめようとしましたけど、間に合いませんでした。身体中のあちこちから炎がボッ! ボッ! とついては消えます。簡単にこうなる原因が想像できてしまうのが情けないような呆れるような。
「あいつらが・・・・・・・・・・・・ルウを・・・・・・・・・傷つけたのか・・・・・・・・・・・!!」
ただでさえげっそりとして怪しげな風貌に、怒りが灯ったものですから、ユーグ様の迫力は尋常ではありません。
「俺のルウを傷物にしやがって!!! ぶっ殺してやらああああああああああああああ!!!」
ゴォォォン! と全身から勢いよく吹き出す『紫炎』が、火柱をあげます。感情のまま魔法が暴走しているのでしょうか。とにかく、全身の炎は消えることなくメラメラと燃え上がり続けたままゲオルギャルスたちに突進、しかけましたが。
「うう、ご主人様。痛いです。ご主人様、どこかここではない別の場所へ」
「オッケェイ、地平線の彼方まで!」
単純、馬鹿なご主人様をなんとか操ることに成功しました。ふぅ、ここで戦っていても不利ですし、一旦逃げたほうがいいでしょう。
ゲオルギャルスたちは、ユーグ様の魔法で追いかける余裕はないですし、今のうちに逃げて――――
「ルウ、会いたかった」
なんでこのタイミングでそれを言うんですか。
「そうですか。私はもっと感動できる再会がしたかったです」
なんか・・・・・・・・・いつもどおりなユーグ様がむかつきます。
「好きだよ、ルウ」
「・・・・・・・・・・・・そんな寝言をほざいている暇があったら口を閉じてください。歯をちゃんと磨いていないでしょう。口臭で死ねます死んでくださいむしろ殺しますよ」
「牢獄じゃ歯ブラシなんてねぇよ!」
こんなときに、こんなことを言って、不思議なときめきを与えるのもむかつきます。おかしいってわかっているのに嬉しくなる私もむかつきます。ともあれ、ひとまず安全なところへ。
「おい、さっきから騎士団のやつら騒いでねぇか?」
「あ、あいつ! 元・魔法士ユーグ!」
「処刑されるんだろ!?」
「脱獄だ脱獄!」
「反乱だあ!」
門の外には、一般の平民の人たちが集まっていて、逃げるのも一苦労しそうです。というか、どこに安全な場所があるんだろうって、途方にくれました。
はぁ、これからどうなるのでしょうか。
「野次馬根性は種族に関係ないということですかね」
「なんでそんなに落ち着いていられるんだい!?」
いやぁ、だってここまで来ると一週回ってしまうといいますか。急展開すぎましたし、シエナ様とネフェシュ様が慌てているから、逆に冷静さを取り戻せたんです。現にコーヒーとお茶を用意してしまうくらいに。そんなわけで、作戦会議をしているわけですが、あ~でもないこうでもないと議論が続いています。とはいて、営舎なのでバレないように小声でひそひそ話ですが。
「時間が足りない。今から証拠を集めても間に合わない」
「騎士団長を誘拐してみてはどうでしょう?」
「ユーグを助け出すにも牢獄は厳重だし」
「モーガン達を拷問にかけられないのでしょうか?」
「いっそのこと司法に直接訴える・・・・・・・・・軍にも知り合いはいるし」
「そうだ。反乱をおこすのはどうでしょう」
「ナチュラルに物騒な提案はなんだ?」
シエナ様達の考えがまとまらないので、私が現実的かつ簡単なアイディアを出すのですが、お気に召さないのでしょうか。けど、それくらい強引なことをしなければユーグ様は助けられません。ただ時間を無駄にしているだけですし。ここにいても意味はないでしょう。
「おい、どこに行く」
「ちょっと出掛けてきます」
「勝手な真似すんな。外の様子は教えただろ。まだあんたを探してるだろうしな」
部屋から出ようとしてもネフェシュ様は小さい体をバッと大きく広げて扉の前で通せんぼ。仕方なく窓から出ようとしても飛んできて通せんぼ。小さい体躯だからでしょうか。ネフェシュ様が健気というか、子供が一生懸命なにかをしているかわいさと重なって不謹慎にも笑いそうになります。
「ご心配なく牢獄に殴りこみに行くだけなので」
「余計行かせられるか! なんだそのちょっと飲みに行ってくるくらいのノリは!」
足にしがみついてきて、歩きにくくなって困ってしまいました。凄い軽いのですが、まだ体調も万全ではない私はそれだけでキツいです。それでも、私は行かなきゃいけません。
「お前、本当は焦ってるな!? 内心混乱しまくってるな!」
「私は冷静です。今なら神にも戦いを挑めます」
「おい! お前もとめろ! こいつの頑なさはゴーレム並みだ! 主どの!」
「あ、うん。その・・・・・・・・・まだ行かないでくれないかな? お願いだから」
「なんだその弱々しさ! なんでもじもじしてんだ気持ち悪!」
シエナ様は、私が女の子であると知ったことから接し方に困っているんでしょう。ばらされるかもしれない、と。
今はそれどころじゃないんです。シエナ様がどんな事情で女の子なのを隠しているのかどうでもいいんです。
――――ルウ――――
「ッ」
声が、聞こえました。ユーグ様の。
――――ルウ、どこにいるんだ?――――
私は、疲れているのでしょうか。ここにいもしないユーグ様の声が、幻聴として聞こえるなんて。どうかしています。そうです。私はどうかしているのです。だってまともでいられるわけないじゃないですか。ユーグ様が死んでしまうなんて。私の気持ちをまだはっきりできていないのに、ユーグ様とどうなりたいのかもわかっていないのに。
けど、今の私にはなにもできません。この身を犠牲にしてでも。例え無駄だとわかっていても、どうしようもないじゃないですか。ここで黙って待っていられるわけないじゃないですか。
「おい、シエナ? ちょっといいか?」
一斉に静まりかえります。一気に緊張感がはしって、シエナ様、ネフェシュ様の表情から只の騎士がやってきただけではないってはっきりしています。
「はい、騎士団長。少々おまちください」
騎士団長。事態の深刻さを感じ取った私はネフェシュ様に手を引っ張られてクローゼットの中に。
「どうかされましたか? 着替えをしていたものですから」
「誰かいたのか? カップが三つあるじゃないか」
しまった、と露骨に迂闊さを呪います。
「ええ。実は女の子とちょっと楽しんでいまして」
「どこにいる?」
「もう帰りましたよ? それで、どうかされましたか? 何やら大勢いますけど」
外を確認できないのですが、なにやらゲオルギャルスは一人ではないようです。
「一昨日ある倉庫でボヤ騒ぎがあった」
どくん、どくん。バレてしまうんじゃないか、荒い呼気が聞こえるんじゃないかって気が気じゃありません。
「既に鎮火しているが、大事な商品を盗まれたと届けが出された。相手は奴隷だったそうだ。
「へぇ。それはそれは。じゃあ僕はそっちに行けばいいんですか?ちょっと待っててください。今準備してくるんで」
? つい声が出そうになりました。足が沈んでいき、体が床に沈んでいきます。シエナ様の土魔法でしょう。そうか、これで脱出を――
「嘘が上手くなったな、シエナ」
「ッ!?」
金属がかち合う音。雷鳴が轟く音。クローゼットを突き破ってシエナ様とぶつかる音。額がじんじん痛んで目が眩みました。外にいるゲオルギャルスが、私を見定めるとバチィ! とけたたましい音を纏いながら高速で移動してきます。掲げられた体験がバチバチと青白く爆ぜている閃光を走らせて、振り下ろします。私たちを囲むように土の防御壁が誕生しますが、クローゼットごと破壊されます。
ゴロゴロゴロと転がって脱出、そのまま三方向からそれぞれ攻撃を仕掛けます。けど、ゲオルギャルスはシエナ様のレイピアを体験で防御しつつネフェシュ様を掴んで、そのまままた高速移動、私を通り過ぎがてら殴りかかります。
人の出せる力ではありません。両掌を重ねて止めましたが、ビリビリと痺れてそのまま突き破られました。そのまま吹き飛んで、けどくるくる回転しながら着地を試みます。
けど、またなにかに引き寄せられます。空中で固定されて逆らえない力が体に働いて、部屋中を引きずられます。元々あった傷もあって、体力を消費してしまいます。ぐったりとしたところに、新たに室内に現われた人物のせいで、仰天しました。
「あなたは!」
「やっぱりここにいたのか。団長、これぞ動かぬ証拠ですよ」
「仕方ないな」
ゲオルギャルスとモーガンが繋がっているので、二人が一緒にいるのは驚きません。どうしてシエナ様のところにアコ―ロンが来たのか、私の居場所がバレたのかもしれませんけど、だとしても、あれから私は倉庫での一件以降、私は外に出ていないのに。一体どんな方法でわかったのか。
「足音と髪の毛。そんなもので本当にわかってしまったとは。そんな魔法を使えるのであれば騎士団に入ってはどうだ? ちょうど一人空くしな」
「お戯れを。僕はモーガン様の弟子ですので」
会話の内容よりも、外のほうからガヤガヤと人が騒ぎだして人の気配が集まってくるほうに気をとられます。
「残念だ、シエナ。お前が犯罪の片棒を担いでいたとは」
「犯罪? 人聞きの悪い。僕の正義に従っただけですよ」
「罪人とその奴隷を助けるのが正義か?」
「背信行為は罪ではないと? 現場から離れて、魔道士と仲良くなったせいで、騎士がどういうものか忘れちゃったんじゃないですか?」
剣が、数合交わります。壁からゴーレムが現われ、ゲオルギャルスを囲みます。ひゅん、と軽やかに飛びながらアコ―ロンに斬りかかり、一閃。腕を斬り落としてしまいました。ネフェシュ様と私と合流。
「シエナ、団長権限で貴様の騎士の称号を剥奪する」
「へぇ。ありがとうございます。ちょうど騎士隊の仕事と団長が嫌になっていたので助かりますよ」
「軽口を叩くのもいいかげんにしろ」
大剣に、力が集まっていきます。とてつもない光、地面に触れただけで木片が蒸発するほどの熱量、けたたましい轟音。バチバチとあちこちで生じる爆発。それらは今も尚大きく強くなっていきます。
「ネフェシュ、ルウを連れて逃げろ!」
「ダメだ、俺の力じゃ運べねぇ!」
ゴーレムを大量に生産させつつ、ゲオルギャルスに突撃させ、二人がかりで運ばれます。
「『雷業』」
この世を終わらせるかのような白い光。それが私がかんじられた、ゲオルギャルスの攻撃のすべてです。
「ぐ、だ、大丈夫かい?」
「たく、むちゃくちゃやりやがるぜ・・・・・・」
「う、なにが・・・・・・?」
おそらく営舎の一角、シエナ様のお部屋が消失しています。庭全体に抉れたようなクレーターができていて、焼け焦げてプスプスと煙を上げています。今目の前に広がっている焦土と、無事な箇所、営舎の外との違いが大きい分ゲオルギャルスの強さが引き立ちます。
「寸でで避けられたけど、やっぱりあの人は強いな・・・・・・。これで全盛期より弱くなっているなんて。今でも勝てる気がしない」
え、これで弱体化しているんですか? 「騒ぐな!」と一喝したゲオルギャルスが威風堂々と近づいてきます。何故か斬り落とされた腕が元に戻っているアコ―ロンも。万事休す。シエナ様が弱いとはおもいたくありません。ですが、どんな魔法を使うかもわからないアコ―ロンとゲオルギャルスは圧倒的すぎます。
「騎士の皆を留めておいたのは、僕の話すことを聞かれたくない・・・・・・・・・からですか?」
軽口を叩くシエナ様に目をやると、擦っている肩が黒焦げになっていました。額に滲んでいる汗と強ばっている顔から重症なのを悟らせないようにしているのでしょうか。
「シエナ、お前を認めている」
「あなたになにがわかるんですか!」
「ここで命を落としてなんになる。わかっているだろう? 一人の騎士ができることなんて、たかが知れている。諦めろ」
「だから友を、罪なき者を殺すと!?」
そこでフッと力が抜けて、ゲオルギャルスは懇願するような顔になりました。
「すべては大義のためだ」
「た、大義!? なにを寝言を――!」
「お前もしてきたことだろう。騎士として何人も殺めてきただろう」
「そ、それは・・・・・・・・・違う! 関係ないでしょう! 僕はあなたとは違う!」
「いいや、同じだ」
「な、なにを―――?」
「お前は、かつての私だ。だから、気持ちは痛いほどわかる」
「嘘だ!」
「ではどう違う? 私とお前と。今までお前が殺して、痛めつけてきたことと、どう違うのだ?」
「それは、帝国を守るためです! 罪なき親友が殺されそうになってて怒るのとではまるで違うでしょう!」
「大臣や政治家たちの不正も、多かろう。知られれば危うい任務も、法すれすれの行為もしてきただろう。上の尻拭いで割をくったことがあるだろう。それでも犠牲にされかけたこともあっただろう」
「ですから!」
「騎士でありながら個人的感傷で動くお前と、個人的利益で動く私とどう違うのだ?」
ピタリ、と否定がとまりました。
「国を裏切っているだなんて、言うな。国の決定に異を唱えたお前は、忠誠ではなく親友を選んだ。その時点である意味裏切り者だ、シエナお前もな」
「ぼ、僕は・・・・・・・・あなたたちが、賄賂を・・・・・・・・・」
「証拠もないのにか?」
「理不尽であると、おもうか? 私が許せないか? これが現実だ。真実がどうであろうと、用意された都合のいい事実が、認められる」
「・・・・・・・・・」
「今まで不正で逮捕され、処刑された者たちを、あとで知ったな。 その者たちを助けようとしなかったな」
「あ・・・・・・・・・」
「上からの命令で、拷問をしたことは何度もあったな。殺めてきたこともあったな」
「こうも考えたことはないか? どうして僕たちにこんなキツい仕事がフラれているんだ、どうしてこんな仕事をしなければいけないんだ、と。上はなにかしても賄賂で助かる。相手を引きずり落とす足を引っ張るの繰り返しに巻き込まれたこともあるだろう」
「・・・・・・・・・」
「命令を忠実にこなしつつ、こう考えたことはないか? 理不尽だって。どうして自分がこんな辛い仕事をしなければいけないんだ、と」
「・・・・・・・・・」
「しょうがない、と溜飲を無理やり下げて、我慢し続けてきただろう。見て見ぬ振りをしてきただろう。いいか、お前だけではない。お前の親友だけではない。こんな理不尽はずっと繰り返され続けてきたのだ。だが、私は変えたいと騎士団の長となって願うようになった」
私は、事の成り行きを見守るしかできません。騎士と騎士。その二人でしか通じ合えない話で、立ち入ってはいけないような気がして、そして実際に立ち入れなくて。
「お前の、騎士としての苦悩も気づいていた。かつて私が通った道だ。騎士団に入ったばかりの頃のお前は、キラキラと輝いていた。昔の私を見ているようだった。かつては私も理想を抱いていた。騎士に憧れ、騎士になった。お前のようにな。そんなお前が、ここ最近は澱んだ目で諦めてしまった顔で仕事をしている。かつての私のように」
「・・・・・・・・・」
「私たちだけではない。過去の、今いる騎士たち。皆同じ苦悩を抱いている。騎士団の長に就任し、よりよくその気持ちは強くなったのだ。だから私は変えたいのだ、騎士団だけではない。国さえも」
「国? この帝国ですか?」
おもわず問いかけた私を忌々しげに一瞥すると、ゲオルギャルスはすぐにシエナ様に視線を戻しました。
「不正に賄賂。そして仕事の押しつけあい。責任のなすりつけあい。上は腐っている。騎士団を変えても、上を変えなければ意味はない。私たちが死ぬかいなくなるか。どちらにせよまた同じことの繰り返しだ。お前の友が無実で処刑されるのも。私がこんな不正を行うのも、これで最後にする。だから――――」
す、と差しだされた手を、シエナ様は迷った様子で眺めています。
「共に、変えよう。この国を。親友を犠牲にしなければいけない腐った国を。なんだったら私が口をきいてユーグとやらを助けてやろう。処刑に及ばずとも、罪の軽減くらいはできる。改革を終えたあと、牢獄から出してやればいい」
「あ、」
だめ、その手を取ってはいけない。甘い言葉に騙されてるって、だけじゃない。ユーグ様どころじゃない。このままではシエナ様はだめになる。だめ。この人と同じになってしまう。ユーグ様と親友ではいられない。対等な立場での関係でいられなくなる。そんな予感があります。だから、とめないと。
「ダメです! シエナ様、この人が約束を守る保証なんてありません!」
「うおおおおおおおおおおおおおお!! 離せえええええええ!!」
「うっわ、これなんの生き物? モーガン様喜ぶかな」
「ユーグを助ける・・・・・・・・・僕は・・・・・・・・・・・・」
「シエナ・・・・・・・・・様・・・・・・・・・!」
だめだ、私の声は届いていない。焦点の合っていない暗い目でブツブツと呟いています。私はどうすればよいのでしょうか? どう動くべきなのでしょうか? わからない。だって私はただの奴隷ですから。ユーグ様のためだけの奴隷で、それ以外のことなんて。どう考えれば。
ユーグ様だったら、このときどうするでしょうか?
――――ルウ――――
教えてください、あなたならどうしますか?
――――ルウ――――
記憶でしょうか。私も切羽詰まっているのでしょうか。しきりにユーグ様の声が聞こえるように錯覚してしまいます。それも、頭の中に直接語りかけてきています。
「ご主人様・・・・・・・・・」
あなたの親友が、ピンチです。どうすればいいかわかりません。教えてください。
そんなことをしても無駄なのに、無力である私には願うことしかできません。
ここです。ルウはここです。助けてください。どうすればいいかわかりません、と。
「この奴隷はここで殺してもかまいませんか?」
「ああ。好きにしろ」
アコ―ロンが、ナイフを取り出して迫ってきます。ここで終わりなのでしょうか。ユーグ様ともう一度会うこともできないまま。けど、せめて私はこの人たちから目を背けないで居続けようと決めています。最後の最後まで、それがせめてもの意地だから。それしかできないから。
「俺の奴隷に触るな」
え?
ボッ、とアコ―ロンの服に小さい火が。すぐに燃え広がって火達磨になります。叫び声を上げるアコ―ロンの隙をついて、ネフェシュ様が離脱。これは、魔法。それも『紫炎』。ゲオルギャルスもシエナ様どころじゃありません。突如としておこった仲間の異変に周囲を警戒します。
四方八方から迫り来る、『炎球』によって距離ができ、空から紫色の炎の塊、『天啓』が、発動して攻撃を開始します。どこからともなく『炎獣』が現われ、私たち三人を載せて、ある人物のところまで運びます。
髪の毛も髭も伸びていて、汚れきっています。近づいていくごとに異臭が強くなって、棒きれみたいな細いシルエットの人物が在り在りと。そんなはずはない、とおもいながらも期待でドキドキがとまりません。
「やっぱりここにいたのか」
ユーグ様でした。いつもみたいににっこりとした笑顔は間違いようがありません。さすがの私もこれには呆けてしまいます。
「どうしてここに・・・・・・だって牢獄にいたのでは・・・・・・・・・?」
「うん、脱獄してきた」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
「は?」
「それで、牢獄の中で創った魔法の実験で、なんとかルウの場所がわかったから。まさか騎士団にいたとは」
「は?」
いや、なにとんでもないことをしてくれているんですかこの人。どうやって脱獄できたんですか。
「それよりも、ルウその傷は?」
「これはあの人たちにやられました。そんなことよりも――――」
「・・・・・・・・・・・・・・・ほぉ」
あ、しまった。とめようとしましたけど、間に合いませんでした。身体中のあちこちから炎がボッ! ボッ! とついては消えます。簡単にこうなる原因が想像できてしまうのが情けないような呆れるような。
「あいつらが・・・・・・・・・・・・ルウを・・・・・・・・・傷つけたのか・・・・・・・・・・・!!」
ただでさえげっそりとして怪しげな風貌に、怒りが灯ったものですから、ユーグ様の迫力は尋常ではありません。
「俺のルウを傷物にしやがって!!! ぶっ殺してやらああああああああああああああ!!!」
ゴォォォン! と全身から勢いよく吹き出す『紫炎』が、火柱をあげます。感情のまま魔法が暴走しているのでしょうか。とにかく、全身の炎は消えることなくメラメラと燃え上がり続けたままゲオルギャルスたちに突進、しかけましたが。
「うう、ご主人様。痛いです。ご主人様、どこかここではない別の場所へ」
「オッケェイ、地平線の彼方まで!」
単純、馬鹿なご主人様をなんとか操ることに成功しました。ふぅ、ここで戦っていても不利ですし、一旦逃げたほうがいいでしょう。
ゲオルギャルスたちは、ユーグ様の魔法で追いかける余裕はないですし、今のうちに逃げて――――
「ルウ、会いたかった」
なんでこのタイミングでそれを言うんですか。
「そうですか。私はもっと感動できる再会がしたかったです」
なんか・・・・・・・・・いつもどおりなユーグ様がむかつきます。
「好きだよ、ルウ」
「・・・・・・・・・・・・そんな寝言をほざいている暇があったら口を閉じてください。歯をちゃんと磨いていないでしょう。口臭で死ねます死んでくださいむしろ殺しますよ」
「牢獄じゃ歯ブラシなんてねぇよ!」
こんなときに、こんなことを言って、不思議なときめきを与えるのもむかつきます。おかしいってわかっているのに嬉しくなる私もむかつきます。ともあれ、ひとまず安全なところへ。
「おい、さっきから騎士団のやつら騒いでねぇか?」
「あ、あいつ! 元・魔法士ユーグ!」
「処刑されるんだろ!?」
「脱獄だ脱獄!」
「反乱だあ!」
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