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十章
Ⅱ
しおりを挟む知らない天井とふわふわで気持ちいいベッド。ユーグ様のところとは違いすぎる快適さ。かび臭さも異臭もまったくなく、逆に懐かしさすらある部屋で目覚めました。ぼんやりとした意識が覚醒していくにつれて、記憶が遡ります。起き上がろうにも鈍痛がそこかしこに駆け巡り、頭と視線を動かすことでしか状況の把握ができません。
私は確か河に落ちてしまったはず。凄まじい衝撃とそこかしこに入ってくる河の水、そして息苦しくなって遠ざかっていく星空。溺れてしまったのでしょう。だったら私をここまで運んだ人物がいるはず。警戒しなかったのは、まだ眠気がとれないからです。
あまり物がない空間は寂しいけれど、きっちりとした整理整頓されて清潔さ、そこかしこに置かれている小物が彩りを華やかにしています。かわいさすら漂っている空気は、ここの主は誰なのかという疑問を想起させます。
「う~ん、ムニャムニャ・・・・・・」
はっと気づいて、視線の逆側に、シエナ様が椅子に腰かけたまま眠っていました。背もたれに寄りかかり頭を真上にしている体勢は、きっと体勢的にも辛いはずです。私よりマシとはいえ、肉体的にも精神的にも回復できないんじゃ? と不安になります。
シエナ様がいるということは、きっとここは安全な場所なのでしょう。安心してもう一眠り・・・・・・しかけました。とはいえ、シエナ様にここでなにかあってはいけません。私一人ではユーグ様を助けるのに限界があります。いざというとき動けないのは困ります。まして、私は奴隷でシエナ様は騎士。怪我を負っているとはいえ私なんかよりご自身を優先するべきです。
さっそく私は立ち上がります。ベッドから起き上がることはなんとかできましたが、立ったときに体重のせいでしょうか、ピリッとした激しい痛みが。大丈夫、私は奴隷。これしきでへこたれていられません。椅子の脚をちょっとずつ引きずってベッドに近づけて、そのあとシエナ様を転がします。
その拍子で、かぶっていた毛布が取れかけます。どうやら服を着ていないらしく、躊躇ってしまいます。なにか着せたほうがよいでしょうか、と見回したところ、いつもの装束とブーツ、マントが干してあります。床には乾ききってない痕が。まさかシエナ様は溺れた私を助けたのでしょうか?
なんともいえない申し訳なさと感謝から、どうしていいかわからずただシエナ様を見つめることに。そうしていたら、あることを発見しました。毛布からのぞいている、どこか見覚えのある布らしきもの、そして色です。
「?」
まさか、シエナ様も怪我をしたのでしょうか。だとしたら、大丈夫なのでしょうか。おそるおそる、私は毛布を少しはだけさせます。そして、すぐにそれがなんなのか判断できませんでした。包帯ではなく、怪我もしていないのですが、そんなことどうでもよくなります。
それは下着でした。女性が一般的に身につける。そして、下着に包まれている胸襟にしては不自然な豊かさと柔らかさな二つの小山はどこからどう見ても私と同じもの。滑らかで丸みを帯びた肩。ゆっくり毛布をすべてとるとこれまた男性が身につけるには可愛すぎるシルエットの下着を履いているではないですか。
んんんんん~~~~~~???
最後の確認として、バッと股間に手を当てます。弄って探しますが、やはりあれがありません。男の人の象徴が。
「ん、んふぅ・・・・・・だめだネフェシュ・・・・・・こんなところで・・・・・・」
どんな夢をみているのか不明ですが、股を挟んで私の腕を絡めてしまいました。そのせいで体勢を崩して顔から股間にツッコんでしまい、息苦しくなります。そのまま私の腕を体全体でぎゅううううう、と抱きしめ、指を舐め回します。ます。い、痛いです。傷に響きます。そしてなぜかゾクゾクします。
「ん~~~。チュパ、れろ・・・・・・・・・ん? ネフェシュじゃない?」
ゆっくり拘束が解かれて、股間にダイブしている私を見下ろします。私と目があうと硬直。ギギギ、とおかしなぎこちなさで私たちは見つめ合ってしまいます。
「な、なにしているんだ・・・・・・・・・?」
「鍛錬です」
「なんのだ!!」
バッ! と毛布で全身を包み込んで、そのままベッドの上を転がって脱出。顔を真っ赤にして、ぷるぷるしています。
「き、君は、僕の、見たのかい?」
「なにをでしょうか」
「な、なにって・・・・・・その・・・・・・ゴニョゴニョ・・・・・・」
「すみません。聞き取りづらいのですが」
「ウェアウルフだろ! 聴覚どうした!」
「まだ怪我の影響が残っているのでしょう」
「鼓膜なんて傷ついていなかったぞ!」
「それで今後のことなんですがシエナ様のことはバレていません。なので――」
「流れをぶった切って終わらせるな! 勝手に終わらせるな!」
「終わらせなくてよいのですか? では聞いてもよいですか?」
「そ、それは・・・・・・・・」
まさかシエナ様のこんな姿を見られるなんて。いつもの優雅さも余裕もありません。騎士としての誇り高さ、気高いかっこよさが微塵も。あたふたと顔を赤くして、陸に上がった魚と同等に口を開け閉めしまくっています。
「そ、そうこれは他に着るものがなかったんだ! 変わりの下着も! それで以前連れ込んだ女の子が忘れていった下着を着ていたんだよ!」
「胸にも装着する意味あります?」
「あ、あるさぁぁ!? こうすると落ち着くんだ! 精神と筋肉が!」
事実だったとしたらドン引きです。ユーグ様を助けたあとは縁をきることを推奨するレベルです。この人はなんらかの罪に問えないでしょうか。まぁそんなわけないだろって私わかりきっていますけど。
「なるほど。わかりました。シエナ様が嘘をつくお方ではありませんし」
「う、うん。そうだよぉ!?」
「誰にも特殊な趣味があるのは仕方ありません。この秘密は、私がユーグ様を助けるまで誰にも漏らしません」
「せめて墓場まで持っていけよ!」
「けど、シエナ様の体にはいささか合っていないのではないでしょうか」
「そうそう。そうなんだよ。最近急に大きくなってきちゃってさ。嬉しくもあるけど辛くはあるんだ~。今度からサラシを巻いて押さえようかなって。それに下のほうも」
「いえ、そっちのほうではなく」
「あ、下のほう? こっちはこっちで気に入っているんだよ。紐で結んでいるんだけど、男物を上に履くと―――」
「あ」
紐を少し引っ張っていたのがいけなかったのでしょうか。下着が外れました。そのせいでツンツルツンな下半身を晒すことになっています。否が応でも、シエナ様の嘘に付き合って納得したフリは続けられません。もはやシエナ様は隠すことも言い分けもなさいませんし。
「「・・・・・・・・・」」
シエナ様は、油断なさったのでしょうか。ここまでくれば私もなんとなく察することができます。シエナ様は女のことであると。騎士団は男性しか入ることができません。だから騎士でいるために性別を偽っているのだと。
「「・・・・・・・・・・・・・・」」
お互いやっちまった・・・・・・・・・感が拭えません。自分から暴露したシエナ様はまだしも、なにゆえ私まで気まずくならなければいけないのでしょうか。私はなにも悪くありません。趣味ということで終わらせようとしたのに。けど、そうやって指摘できないいたたまれなさがずぅっと続きます。
「もう隠してもしょうがないよね・・・・・・」
フッ、と悲しげに笑ったシエナ様は上も残っている下着も外します。下着を私のほうへ投げて渡して、恥ずかしげもなく裸のまま直立しています。
「そうさ、僕は紐派だ」
「そこじゃありません」
まだ動揺しているのでしょうか。それとも最初からシエナ様はこんなに馬鹿だったのでしょうか。類は友を呼ぶとはいえ、やっぱりユーグ様の親友だけあるなぁ、と感心してしまいます。
と、そんなこと言っている場合ではありません。もっと先に確認しなければいけません。
「シエナ様、質問してよろしいでしょうか」
すべてを諦めてしまった、と投げやりな様子でこくんと小さく頷きました。
「ああ。わかっているよ。どうして女の子なのに騎士になったのかってことだろう? もういいか。僕が産まれたとき母が――」
「感傷に付き合わせないでください」
「えええええええええええええ!!?? ちょ、ええ!?」
うっるっっさ。ユーグ様といい、どうして皆声が大きいのでしょうか。耳がキ――――ン! となったじゃないですか。
「そんなどうでもいいことよりも、ユーグ様のことです」
「ぼ、僕の苦悩と挫折と汗と血を涙の半生をどうでもいいこと!? 物語にすれば四~六巻分くらい濃密で壮大なんだよ!?」
「別に興味ないです」
「え、えええええええ~~~~~~?」
だって私はユーグ様の奴隷ですから。優先すべきはわがご主人様なのです。それに、聞いてしまえばこの人は敵対心だけでなく、秘密を知られたことの恐怖心を持つでしょう。今後のユーグ様と生活していく上で、余計なトラブルはさけなければいけません。ひいてはユーグ様とシエナ様との仲もおかしくなります。
なので、あえてどうでもいいことと切って捨てます。ユーグ様の元で正しい奴隷を志している私は、主への気遣いができる子なのです。
「・・・・・・・・・君は・・・・・・・・・」
まだ呆けているシエナ様。けど、事態は一刻を争います。持ち去った魔導具とあの地図。そして今後すべきこと。話さなければいけないことは山ほどあるのです。口を開こうとしたとき、控えめなノックが。一気に警戒しますが、シエナ様は手で制します。毛布で体を隠し、小さく開けた扉の隙間からネフェシュ様がすぽん、と勢いよく入り込みます。
「この・・・・・・人をこき使いやがって・・・・・・・・・」
とんでもなく息切れしているので、あれからもずっと調べ回っていたのでしょうか。今何時ころなのかは不明ですが、窓から陽の光が差し込んでいるので、だいぶ時間が経っているはず。
「騎士団と団長は? どうだったんだい?」
私をチラ見しながら話しかけている姿は、まだ私を疑っているのでしょうか。まぁシエナ様にとって元々私は裏切り者でしたから仕方ないです。
「それどころじゃねぇ。落ち着いて聞け」
まだ喋れないのか。息が整ってからも中々ネフェシュ様は口をあけません。ひしひしと、深刻さがゆっくりと私の中に広がっていきます。
「ユーグの処刑が決まった。三日後だ」
くらりと、倒れそうになりました。
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