魔道士(予定)と奴隷ちゃん

マサタカ

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十章

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『ご主人様、おはようございます』

 
 え? 天使? あ、違う。ルウだ。

 
「なにぼぉ~っとしているのですか。また遅くまで研究なさっていたのですか』

 テキパキと朝食の準備をして動き回っているルウ。尻尾がフリフリと揺れているのも相まって忙しない様子。いつもの朝の光景。はあぁぁぁぁ・・・・・・・・・かわいい。いとおしい。毎度のことだけど、見ていて飽きない。ずっとこの光景だけで生きてたい。

『早く食べてください。それとも奴隷の作ったくそ不味い料理なんて食べたくないという意志表示ですか?』
『そんなわけないだろ!? ただ感動してただけだわ』
『必死に否定するのが気持ち悪いです。それと毎度のことですがうるさいです。私の耳を使い物にできなくしてやるという悪意しかありません。ツッコミは心の中だけでお願いします』

 じゃあツッコませないようにそっちも抑えてほしい。愛してるからいいけど。

『責任転嫁はやめてください』
『なんで心のツッコミまでわかるんだ!』

 ぽわわわとした温かい気持ちは長続きしない。ルウの突拍子もない発言で、崩れ去ってしまう。もうここまでくると、わざとやってるんじゃないかって疑うレベルだ。
 
『お粗末様でした。さっさと歯を磨いて今日の毒素を、すいません。汚物を奇麗にしてください』

 毒素。汚物。まぁこの子はウェアウルフで人一倍口臭に敏感なんだから仕方ないよね、と自分を慰める。次からはも少しオブラートに包んでほしい。まぁ好きだからいいけど。

『今日は帰りが遅くなる』

 ローブを着込むのを手伝ってもらいながら、予定を伝える。そのとき『もう、またですか?』『食事を温め直すの大変なんです』『めんどうなので残飯でいいですか? ちょうど処理に困っているんです』と小言を表情を変えないで言ってくるから、申し訳なさを苦笑いで表現する。

「夕食終わったら工房に篭るよ」
『もう魔法と心中したらどうですか?』
「それも・・・・・・・・・悪くないなぁ」

 ルウと出会う前だったら可能だった。けど、今はルウと一緒に幸せになりたいし、幸せになりたい。まだ恋人になっていないけど。だから・・・・・・・・・。

『本気になって考えこまないでください。さっさと私の食い扶持を稼いできてください。具体的にはドラゴン肉が毎日食べられるくらいにならないと私はご主人様の子供を産むことは天地が割れるほどありませんから』
「つまり早く私のために魔道士になってください愛しのご主人様♪ ってこと?」
『殴りますよ?』

 調子にのってしまった。早々と外に出て、箒に跨がる。そのまま飛び立とうとしたけど、あることを忘れていたので降りてすませておかなきゃ。

「ルウ」
『なんですか?』
「好きだよ」
『・・・・・・・・・』
「いってきます」

 一日一回しか愛を伝えることはできない。帰ってきたら言うタイミングが見つからない。だから毎日いつ伝えるかタイミングを探っている。今がベストだって、伝えたいっておもったんだ。

『・・・・・・・・・』

 うう、恥ずかしい。いつまで経っても慣れない。ルウも俯いてしまってるし。いたたまれなくなって、逃げるように箒に跨がって――

『ご主人様の好意のお返しというわけでは決してありませんが、どうぞ』
「へ?」

 尻尾を持って俺に差しだすような体勢に。

『どうぞ。倒錯的フェチシズムを発散しておいてください。ご主人様は奴隷のウェアウルフの女の子とその尻尾がお好きという異常性癖者なので、いつ性欲が爆発して捕まるかわかりません。なのでどうぞ』
「そこまでひどくねぇよ?」

 いつもの行為なのに、なんだろう。ずいぶん長い間やってなかったような違和感は。昨日もやったはずなのに。今だって腕がむずむずしているのに。

『ではやらなくていいのですね? 『もふもふタイム』』
「いいわけないだろおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 ルウの尻尾めがけて、飛びつく。人目なんてもう気にしていられない。違和感? そんなことこの尻尾の魅力にはかなわない。どうでもいい。なにも考えられない。

「いただきまぁああああああああああああああああす!! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・あれ?」

 望んでいた感触はなく、さっきまで目の前に存在していた尻尾は消えていた。いや、尻尾だけじゃない。ルウもいなくなっている。景色も一変。冷たく臭い檻の空間。机の羊皮紙、よだれ。自分の状況、記憶。すべてを事細か分析して、夢だったと受け入れるのに何分かかっただろう。とにかく、絶望するのには充分すぎた。

「う、うう、うえぇっ・・・・・・ヒッグ、ヒク・・・・・・・・・」

 こんなのってありかよ。こんなのあんまりじゃねぇか。ちくしょお・・・・・・せめてあと一分、いや十秒あればルウと『もふもふタイム』できたってのに・・・・・・・・・。最近こんな夢ばっかりじゃねぇか。ルウの夢をみて、

「ちきしょおお・・・・・・絶対許さねぇ・・・・・・・・・」

 悲しみも怒りも絶望も、発散させる術は一つしかない。魔法の研究。義眼の魔法の改善だ。ゆっくりとだけど、いい方向に進んでいる。魔法そのものを完成させることはできない。材料も時間も足りない。場所も最悪、適していない。けど、体への負担、義眼の取り外しはなんとかできるんじゃないかと希望がみえてきた。

 具体的な方法だけど、魔法を発動させるのに構成されている一部分を抽出する。それを別の形で埋めて構成しなおす。けど、どの部分を抽出するか。省略・消失させると構造がおかしくなって余計悪くなる。悩みどころである。そんなわけで、今指がとまっている。

 最初は、勇気が必要だった。この魔法の失敗がトラウマになっていたから。けど、日に日に悩むことも迷うこともなくなっている。日に日に増していくルウと会えない時間、ルウへの気持ち、さみしさ。それら負の感情が原動力になって研究を進めている。

 ルウへの想いが、トラウマを凌駕したのだ。

 とはいえ、羊皮紙がなくなっているので書く場所がないから困っている。寝床の壁、天井、机の後ろ。それから服を破いて羊皮紙変わりに。さすがに看守にバレて禁止されそうになった。罰しよう禁止しようとしてきたけど、俺自身魔法が使えず魔力も封じられているからか、どう取り扱っていいかわらないらしい。けど、残りのインクも羊皮紙も取り上げられた。

「おい、面会だ。こい」

 面会? 誰だろう。シエナは来ないはず。ネフェシュも来るんだとしたら人目を避けるはず。研究所の人たちだって一度も来てないから今更面会なんてありえない。だとすれば・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルウしかない?

「おい、早くしろ。それとも――」
「すいません行きます!」

 ウキウキとテンションの高い俺に面喰らうと、鍵を外した看守に連行される。一瞬牢屋を一瞥したあと、「ひぇ・・・・・・」と驚いたけど、なんだろう。まぁどうでもいい。ルウに会えるんだから。久しぶりだなぁ。なに話せばいいかなぁ。今研究している魔法の話してもつまらないだろうし。あ、ルウは今どこにいるかも知りたいし。差し入れ持ってきてくれたのかな? 俺もなにか返したいなぁ。買ってきてって牢獄だから無理か。ははは。

 ああ~~~~~。緊張してきた。なに話せばいいんだろう。

「なんじゃ? 捕まっておるのに妙に嬉しそうじゃのう」
「くそがあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 天国から地獄に一気に引き戻された。さっきまでの幸福感はいない。今面会室で結界ごしに存在している人物に怨念のかぎりをぶつける。魔道士モーガン。

「許さねぇぞぉぉ・・・・・・・・・よくも俺を踏みにじったなあああああああ・・・・・・・・・! 絶対あんたをゆるさねぇぞおおおお!」
「なんのことじゃ?」
「返せ! 俺の気持ちを返せこの詐欺師!」
「本当になんのことじゃ」
「がっかりだよ! あんたのせいで俺はがっかりだよ!」
「おいアコ―ロン?」
「さぁ。なんのことでしょうかねぇ」

 モーガンは弟子、アコ―ロンと名前らしい、に宥められて、俺は看守に責められて。不承不承ながら座って対面する。こいつは、なんで来たんだ。ルウのことは抜きにしても、モーガンに対しては敵意しかない。

「お主、牢屋の中で怪しげなことをしているみたいじゃのう」

 怪しいこと? なに意味不明なことを。意図が読めないから押し黙るしかない。

「牢屋内あちこちに文字を書きまくっている、本人も四六時中独り言を呟いている、魔法かもしれない、それが原因で脱獄するんじゃないか、でも自分たちではどんな魔法かわからない、本人は否定している、いくら脅しても罰してもやめない、魔力は封じているけど不気味だし解析してくれないかと頼まれてのう」

 それのどこが怪しいっていうんだろう。たしかにちょっと普通の人からしたら理解できないかもしれないけど、ちゃんと理由があってしていることだし。危険なことじゃない。

「ただ魔法の理論と構築法を模索しているだけです。もし完成したとしてもここでは発動できません」
「まぁよい。あとで調べるわい」

 本人は欠伸をしながら残ったまま。なんだったら面会なんてしなくてよかったんじゃないか? 俺の魔法なんてこいつにとってはつまらないことだってのか? 初めて会ったときすごい人だって感動したけど、今となっては傲慢以外のなんでもない。腹立つ。

「しかし、まさかお主捕まるとはのう~。最近噂では聞いとったが」

 し、白々しい・・・・・・・・・・・・! お前のせいだろ?!

「まぁよくあることじゃし驚かんが」

 お前それ以上にヤバいことやってんだろうが。いけしゃあしゃあと。面の皮どうなってんだ。というかよくあることじゃなくてよくしてることなんじゃねぇの? あんたが。

 グっ! とあらゆる力をこめて我慢して振り絞った。

「いつもはそんなことせんのじゃがな。お主のことを覚えておったからなんとなくの。魔道士を志していた若者が、夢を絶たれてどんな顔をしておるか見てみるかと。今までそんな輩を実際に見たことなかったでの」

 殺してやりたい。こんな殺意は久しぶりだ。誰のせいでこうなった。感情に反応して魔力が暴走しかけている。封じている魔法が阻害して、痛みとして警鐘を告げている。そんな痛みさえ、感情を逆なでする。

「で、どんな顔してる?」
「不愉快な面しとるわ」
「ちょ、先生」
「己の甘さが招いたというのに、不満がありありと出ておるわい」
「俺の甘さだと?」
「面白いやつじゃなとおもうておった。じゃが、この程度とはのう。まぁ恋にうつつを抜かしておる時点でだめじゃとおもうとったが」
「なんの関係があるってんだ」
「おおありじゃわい。恋しとる余裕があったら研究せよ。仕事して金を稼ぐ時間があったら魔法に費やせ。食べ物がなかったら残飯だろうとごみだろうと食って餓えを満たせ。乞食だろうと奴隷だろうと立場にこだわらず二十四時間三百六十五日、糞尿を垂れ流して睡眠もしないですべてを捧げるべきじゃ」

 自分の持論を語ってるだけ。研究所でも、こういう輩はいる。自分は偉い、凄い、何故ならこうしているから、こうだから、こういうことをしているから。自慢。自画自賛。慣れたとはいえ、辟易する。わざわざこんなことを言うために来たのかと呆れていただろう。

 けど、モーガンは違う。そんな類いのものじゃない。言葉には、凄味があった。己を称えさせるためのものじゃない。本物としての力強さと説得力。熱意。鳥肌がたつ迫力。甘さとはすなわち覚悟のなさのことか。自分の生活に追われて、忙しさの合間に夢を叶える努力、それじゃ足りないと。もっと捨てろと。夢に必要ないものは捨てろと。

「もしわしが言うたとおりにしておったらこんなことになってなかったじゃろう」

 なるほど。なんとなくわかった。こいつがここに来た理由が。こいつは自分のためだったらなんでも犠牲にできるんだ。他人だろうなんだろうと。覚悟がない、魔道士になる努力をしていない、ある種の品定めをして。そして、品定めをされた俺は、こいつのために犠牲にされた。

「じゃああんたはこう言いたいのか? すべてを捧げていない俺は、魔道士になる資格はないと?」


 目指すべき存在、憧れだったままならただがっかりと失望しただけだろう。こんな人だったのかと。


「まぁそうじゃな」

 けど、納得できない。許せない。

「こんな牢屋の中に入れられても、仕方ないと納得しろと?」
「まぁそうじゃろうな」

 こいつと同じ存在にはなりたくない。見返したい。 

「あなた、誰かを好きになったことあるのか?」
「は?」

 なにを言いだすんだこいつは、とぽかんとした表情のまま横にいるアコ―ロンをチラ見。彼も頭を振っている。

「好きな人がいると、変わるんだよ。それまで魔法の研究さえできればいい。魔道士になること以外どうでもいい。そうなっちまうくらいに」
「「・・・・・・・・・」」
「それだけじゃない。魔法を創る原動力にもなるんだ。好きな子がいるから魔道士になるってやる気になるんだ。それまで気づかなかった新しい視点で、研究できる。牢屋の中でも好きな子と会えない辛さを糧にして研究しているんだ」

 俺にとって、ルウは犠牲にしていい対象じゃない。もうあの子なしの俺の人生はありえない。モーガンに罪を被せられた怒りだけじゃない。ルウを好きでいることも否定されているようで許せない。だから、これだけは言っておきたかった。

「好きな子がいるから、俺をこんな目に遭わせたやつをぶん殴ってやるって気持ちになる」
 
 モーガンはなにを考えているのか読めない。ただまっすぐにじぃ、っと俺と対峙している。

「アコ―ロン、荷物を」

 呼ばれて、鞄を開ける。中にあったすべてが飛びだした。その中にあったインクの蓋が開き、ふわっと黒い液状の塊から滴がぷくりぷくりと分裂していく。一つ一つのインクの滴が空中で浮いて、そのまま文字を形作る。いきなりのことで面喰らったけど、一体これはなんの魔法だ? 風魔法じゃないぞ。

「今おもいついた魔法の理論じゃ。お主、これでなんの魔法か解けるかの?」

 複雑なものじゃない。暗号なんて使われていないし、ごく普通の文字。難しいものじゃないし、簡単に読みこんでいける。俺を試すつもりなのか? だったらやってやんよ! 絶対に吠え面かかせてやんよ! と鼻息荒く挑戦を受ける。

 一見ではどこにでもある創作魔法の一部。けど、読めば読むほど混乱していく。理解できないからじゃない。理解できるからこそわからない。どんな魔法なのか。そもそもどうしてこれが魔法として成り立っているのか。

 内容はでたらめ。魔法の理論としては成立しているのが辛うじてわかる程度。既存のどの魔法にも当てはまらない。構築法が乱暴でめちゃくちゃ。それでいて発動が成功する筋が通っている呪文、発動方法。つなげ方、使う材料、魔力、必要なもの。どうしてこれで発動できるのか、どうしてこんなものおもいつくんだ? これで本当に魔法になるのか? 今おもいついただって? ありえない。

 いつしか、俺は恐怖している。魔道士モーガン。発想。思考回路。違いすぎる。これが本物なのか。

「まぁ、今はこんなものよりもすごい魔法研究しとるから解けても解けなくても関係ないがの。いつまで牢獄にいるかわからんが、慰めにでもするがいいわい。さて、さっさと終わらせて研究に戻ろうかの」

 欠伸をしたモーガンにつられて席をたち、二人揃って部屋を去っていった。勝てない。悟った。

「好きな人のことを糧にすれば、解けるんじゃないかの?」
「っ!」

 萎びていく心がピタ! ととまる。ムラムラとした気持ちが徐々に、徐々に燃えあがっていく。

 解いてやる。絶対この魔法解いてやる。それだけじゃない。今の俺が創っている魔法も、義眼の魔法ももっともっと魔法を創って、ルウへの気持ちと魔道士への気持ちを証明してやる。もうスパイとか濡れ衣とかそんなことはどうでもいい。一生牢屋の中でもいい。魔道士になる。試験。それらさえも今は蚊帳の外に置く。

 俺の個人的事情。もっといえば意地だ。

 牢屋に戻された俺は、さっそく研究に戻る。モーガンはもう調べ終わったらしい。危険なものではないと判断されたのか全部残っている。指を噛んで、インクが無くなってからやるようななったやり方、血で文字を書いていく。他に書けるものがないのだから仕方ない。それに、羊皮紙と違って壁と床だから何度も書き直すことができるから便利なんじゃないかっておもってる。

「おい、本当にあれ大丈夫なのか?」
「モーガン様が心配ないと言っていたんだ」
「禁止にしないのか? こえぇよ・・・・・・」

 なんだか看守がひそひそしているけど、どうでもいい。そんなことに気をとられてる暇はない。また寝落ちしないようにしないと。

 そういえば、モーガンはなんでここに来たんだろう。普通濡れ衣を着せた相手に会うなんてしたくないんじゃないか? そんな疑問も、すぐに振り払った。
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