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九章
Ⅴ
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追跡してどれくらい経ったでしょうか。途中使いまであるネフェシュ様と合流し、追跡しながら上方を交換しあっていますが、私にはちんぷんかんぷんです。ゲオルギャルスは営舎に帰るのか別れてしまいました。
色街から外れて、見慣れた場所にやってきました。市場です。昼間にあった活気と賑わいがなく、シーンと静まりかえっているのも相まってこわくなってきます。市場の通りを抜けて木造の建物に入っていきました。私が追いかけようとするものの、シエナ様に阻まれました。外には見張りは誰もいないのですが、よほど警戒しているのでしょう。
かとおもったら、私たちの周囲がずぶずぶと沈んでいきました。足元が柔らかくなっただけでなく、どんどん地面に飲み込まれていきます。泥とは違うひんやりとした柔らかさと匂いから、シエナ様の魔法によるものだと思い至ります。ネフェシュ様は、外で待機。なにか異常があったら知らせる役だとか。
そのまま地面の下を、どんどん進んで行きます。先頭のシエナ様が進むたび、前方に道が広がっていくので、魔法ってすごいなぁっておもいました。
「まぁ、ご主人様のほうがすごいですけど」
「いきなりなんでどや顔?」
そこは奴隷として、主の名誉を守らなければいけませんから。殊勝な奴隷であることに、えへんと胸を張ります。シエナ様は無視するので、そのまま黙って従わざるをえません。
建物内部の真下にやってきたのでしょうか。ガヤガヤとした音と人の気配がします。ゆっくり進みながら私に人の気配がない場所を探させますが、ちょっと難しいですね。土の中って音が伝わりづらいですし。ようやく安全な場所を探し当てて、上方の土を移動させて侵入するのも一苦労です。
外からじゃわかりませんでしたけど、なにかの倉庫なのでしょうか。木箱があちこちにあって、埃っぽいです。シエナ様は木箱を開けて中を改めて行きます。けど、中身は普通の商品のようです。市場で売られている物と大差ありません。
「やはり、商人は共和国と繋がっているな」
え? どこかおかしいところがあったんでしょうか?
「これ、この果物。それからこの布、鉱石。全部共和国でしか手に入らない物なんだ。戦争が終わったとはいえ、共和国とはまだ商いを自由に再開させていない。民間レベルでも禁止されたままだ。お偉い人たちは、交渉をしているけど」
どこ産の物かでそこまで判断できるのでしょうか。
「じゃあご主人様を助けることができるのですね?」
「いや、まだ弱いよ。これじゃあ密輸・密売で捕まえても言い逃れされる。すぐに釈放されるのがおちさ。もっと確固たる証拠・・・・・・そうだね。共和国とやりとりしてる手紙を押さえられれば。そこから調べていって証拠を集めていけば」
だめなのか・・・・・・・・・。尻尾と耳が力なく垂れていくのをかんじます。そこから移動して、魔導具を保管している部屋へ。大きな物から小さい物。用途も不明な魔導具をいくつか持ち出します。
「バレないでしょうか」
「僕たちが侵入したってことを知られなければ、ここで働いている人たちが責められるだけさ。心苦しいけど」
そうだろうか。なんとなく、シエナ様はもう何度もしている風ですけど、自分に言い聞かせているんじゃないかっておもいました。
誰かがやってくる気配がして、慌てて隠れます。シエナ様はいつの間にか剣を用意しています。ここで働いているのでしょうか。普段の私が着ているのと同じ格好、そして『隷属の首輪』が付けられていました。奴隷です。なにをしにきたのでしょうか。
「おい、ここでなにしてやがる!」
「へぇ。なにか物音がしたので様子を」
「そんなこと言って、怠けていたんだろうが!」
「いえ、そんな――」
「口答えするな!」
持っていた棒で、奴隷が殴られました。体を傷つける生々しい攻撃音と呻き声。私はただじっと縮こまっているだけでバレないでほしいと願っているだけでした。
二人が部屋からいなくなって、シエナ様と私だけになって、ほっと安心しました。
「君は恵まれているね」
シエナ様の呟きは、さっきの奴隷とユーグ様と重ね合わせたのでしょうか。意図は不明ですけど、たしかに、と実感せざるを得ません。
それからもシエナ様は私に話しかけることは積極的にしないまま、調べていきます。途中見つかりそうになりましたけど、中々これだ! と決定的な証拠を見つけられません。次の部屋を調べたら、今日はもう退散しようと決めてから、さっきまでとは違う部屋に入りました。
ご主人様の工房に似ています。けど所々違う箇所があって、奥のほうに机と椅子が一組ずつ。探っていくと、なにやら地図が出てきました。帝都のものなのでしょう。色が違う印がついています。こじんまりとした殺風景な室内は、さっきまでと違って何に使われる部屋なのか、読めません。
「いやいや。モーガン様はいつ私と直接あっていただけるのですかな、アコーロン様?」
「すみません。先生はお忙しい人なので」
ぴくぴく。耳が反応します。どうやらまたこの部屋に誰かがやってくるようです。しかもさっきとは違って隠れられるところがありません。困ってしまいます。
シエナ様が私に抱きつき、そのまま急速に足の支えが消えて、胸と股がひゅん、としました。侵入したのと同じ魔法でしょう。隠れたのとほぼ同時に部屋に入ってきた気配が。ホッ・・・・・・と安心しました。間一髪助かりましたけど、シエナ様に抱きしめられているのでちょっと生き苦しいです。
「それと、例の魔法士についてですが」
「あ~。研究所の。それがどうかしましたか?」
「それの奴隷が、嗅ぎ回っているそうです。先日も、魔導具を持っていた私の奴隷がやられました」
「ほう?」
男性といっても、シエナ様はユーグ様とずいぶん違いますね。女性と男性によって、匂いというのはまったく別物なのです。女性の匂いは汗と体臭だけでなく、別のものが混じっている独特な匂いがします。シエナ様の体臭はそれに近いです。それと体の柔らかさ。ごつごつとした固さや筋肉が皆無です。胸のあたりもなんだか・・・・・・・・・不自然な感触がしています。
「ウェアウルフの奴隷だそうです」
「その奴隷、なにか特別な力を備えているのでしょうか?」
「そこまでは・・・・・・・・・。計画を急いだほうがいいのでは?」
「しかし、変に動いたらまた怪しまれるでしょう。現状維持のほうがよい、と先生もおっしゃっています」
そんなことよりも計画? いったいなんのことでしょう。
「しかし、それから買い揃えた奴隷は、予定通り農場に移しました。繋いでおります」
「繋いだだけですか。副作用は?」
「おこっていません。作動もしていないので」
繋ぐ。副作用。作動。なにやら不穏です。この人たちはただのスパイなのでしょうか。それとも、もっととんでもないことをしでかすのでは? 不吉な予感がとまりません。シエナ様も同じだったのか、伝わってくる心臓の鼓動が早くなってきてます。
「わかりました。それでは注意するのはウェアウルフの奴隷だけでよろしいので?」
「ええ。騎士団はゲオルギャルス様が押さえてくれるそうですし。なぁに、奴隷一人いたところでたかが知れていますよ。すぐに捕まえられるし処分できます。いざとなったら私たちで使ってやってもいいですし」
「けど、その奴隷のおかげで私たちは助かっているでしょう」
「助かる? とんでもない。こちらが奴隷を助けているのですよ。労働力にしてやって、使ってやって、存在理由を与えてやっているのです。むしろ感謝されてしかるべきなんですよ。はっはっは」
世の中いろいろな人がいますねぇ。とりあえず、商人の方は嫌いです。
「それでは今日はここで。次また使いを出しますよ」
話は終わったみたいです。このまま立ち去って、私たちも―――。
「おや?」
「どうかされましたかな、アコーロン様」
「いえ。ここには誰か入るのですか?」
「とんでもない」
「そうですか・・・・・・・・・フッ!」
っ!? なんでしょうか。私の体が引っ張られていきます。あれよあれよという間に上に引っ張られて、床を突き破って上体だけ飛びだしてしまいました。
「ウェアウルフ。『隷属の首輪』。こいつが。やはり」
弟子、アコーロンと呼ばれた人が私に手を翳します。見えない力に吸い寄せられてるのか。そのまま私の体が引き寄せられていきます。アコーロンの振りかぶった爪先が顔面に直撃する前に、仰け反って顎を掠めます。そのまま手をついてキュキュキュキュキュ! と摩擦で力を軽減しつつ体を回転、両足でアコーロンの棒立ちになっている足を狩ります。
「ふぎゃ!」
吸い寄せる力が消えて、自由になった私はバッ、と跳躍して机の上で獣の体勢になって様子を窺います。床下にまだいるシエナ様と目が合いました。シエナ様は自分も出るかどうか迷っているのでしょう。このままでは相手にも知られてしまう。私は咄嗟に天井へと飛んでそのまま着地、膝に力を溜めて反動を強めて商人へとぶつかります。商人はそのまま壁へと叩きつけられて、衝撃で地図が剥がれました。
即座に扉から脱出を図りますが、アコーロンが立ち塞がります。
「たいしたものだ。どうやってここを突き止めたんだ?」
「奴隷ですので。主以外の問いかけには答えられません」
アコーロンは指でなにかを摘まんでいます。あれは、私の毛でしょうか? もしかして、抜け落ちた私の毛で侵入に気づいたのでしょうか。迂闊です。けど、それはお風呂に入れてなくて、抜け毛が増えてしまったからです。私の落ち度ではないでしょう。
「そうか。生意気な奴隷め」
「主が変人なので」
「たしかにな」
この人も、変わった魔法を使うのでしょうか。ユーグ様じゃないので、私には分析も正体もわかりませんが、だからこそ迂闊には動けません。得体の知れない魔法を使うという不気味さから、じりじりとにじり寄ってくるアコーロンに気圧されてしまいそうです。
たまらず、椅子をぶん投げます。アコ―ロンはそれを素手で砕きました。そのまま顔面目掛けて拳を繰りだしますが、
「っ!?」
壊れて飛び散った破片が、また集まってきました。椅子の形に戻る過程で私の腕も巻き込まれて釘や尖った部分があちこちに刺さります。急激に重みを増した腕にバランスを崩してしまいます。そのまま椅子にどっかりと座ったアコ―ロンは、私の二の腕を蹴り続けます。あちこち刺さっている箇所の傷が広がって鋭い痛みが走ります。膝に頭突きをしますが、軽やかに避けられました。
腕にくっついている椅子のせいで、身動きできません。アコ―ロンは窓を壊して私に破片を投げてきます。まともに動けない体に、破片が襲いかかります。いくつか破片が私の体に突き刺さります。
そのまま私に、また引き寄せる力が働いて窓まで移動してしまいます。新たにできた破片が筋肉と皮膚を裂いて別の破片と繋がって、また傷と痛みを生み出します。気持ちの悪い浮遊感が消えた頃には、元通りの形になった窓に組み込まれていました。
取り込まれた、という説明はふさわしくないかもしれません。体に突き刺さっている破片が体内に残ったま別のパーツと密接にくっついてしまって、元の状態に戻っているみたいです。破片がない箇所は、窓から弾かれていて、不自然な形で私が窓と一体化してしまっている。自分でもなにを言っているかわかりません。脱出しようにも、このままでは酷い重傷となるでしょう。それでいて、手と一体化している椅子の自重に引っ張られて常に激痛が走っている状態なんです。
アコ―ロンは気絶している商人の様子を確認して、手を翳します。曲がっていた鼻がゴキゴキと音を立てて修復され、垂れていた血が割れていた額に吸い込まれていき、どこからともなく飛んできた歯が口の中に入って、欠けていた部分にスポ! とはまり亀裂もなにも残すことなく、元の姿を取り戻していきます。
「お前、どうやって侵入した?」
私のお腹、窓と一体化している部分を叩きます。衝撃で傷口の痛みが強くなります。喋らない私に業を煮やしたのか、乱暴に引っ張って、窓にくっついている皮膚と筋肉が、剥がれて私の体から分離していきますが食いしばって耐えます。
「あああっ!」
ブチィ! と千切れた感触と焼けるような痛みには我慢できず、叫んでしまいます。別の箇所、今度はいきなり引き千切られました。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・あ、なたたちはどうしてこんなことを・・・・・・・・・?」
聞かずにはいられませんでした。激痛に耐えながらですから、声も震えてまともに喋れませんけど。
「ユーグ様・・・・・・は、ご主人様は・・・・・・魔道士になりたかったんですよ・・・・・・今も諦めていないんですよ・・・・・・なのに、どうして・・・・・・」
もっと聞かなければいけないこともあったろうに。
「魔道士なんてのはな、頭がおかしいんだよ。普通と思考回路が違うんだ。けど共通していることがある。自分のことしか考えていないってことさ。自分さえよければ満足するのさ」
私のユーグ様は、絶対違う。そんな魔道士になんてならない。自信があります。
「モーガン・・・・・・は、なにをしようとしているんですか・・・・・・・・・? ただお金儲けのためですか・・・・・・?ここにあった・・・・・・・・・魔導具をどうするんですか・・・・・・? 計画とはなんですか?」
「・・・・・・ここで死ね」
懐からナイフを取り出して、私に迫ってきます。今更抵抗しようとしますけど、無駄みたいです。非常にこんな意味不明な魔法なのに、どうしてあっさりと私を殺さないんだろう? と。
「大変です! あ、あれ?」
「どうした?」
扉が開いて、慌てた様子の奴隷が姿を現しました。私たち、そして部屋をみて逡巡しましたけど、アコ―ロンに促されて我に返ったのでしょう。
「火事です!」
「なに!?」
「倉庫のあちこちから火が!」
「くそ! 消化に当たれ!」
私を一瞥した後、アコ―ロンは商人を抱えた奴隷と出て行きました。私が逃げられないから後回しにしたのか、それとも家事にかこつけて始末するのか。どちらにせよこのままではいけません。なんとか脱出しなければ。
「ずいぶんなザマだな」
外のほうからネフェシュ様の声がします。
「シエナ様が、そこに・・・・・・」
「ああ、あるじ殿なら心配いらねぇ。もうとっくに脱出してるぜ」
ああ、そうですか。けど、それも仕方ないのかもしれません。シエナ様の足手まといになると判断されたのですから。もし私でもシエナ様が危機に陥ったら切り捨てますし。
「どうなってんだ? これは」
「それは・・・・・・・・・おそらく魔法です」
「なるほどな・・・・・・・・・ちょっと待ってろ」
ジュウウウ、となにかが溶けていく音がしますけど、なにをしているんでしょう? と、いきなりベキメキ! と私の体が窓ごと床に落ちていきます。
「へぶちゅ!」
激しく顔を打ちつけてしまいました。そのまま背中に乗ってる重みもあって鼻が痛いです。
「悪くおもうな。よっこいせっと」
どうやら窓ごと運びだすつもりです。外に出れましたが、ネフェシュ様の力ではキツいのか、時折落下しかけてひやひやします。
「あるじ殿が死んでくれれば、もっといろいろできる。だから文句ならあるじ殿にな」
? どういうことでしょうか、という疑問はすぐにどうでもよくなります。そんなことよりも、今は脱出できたことを安心しましょう。なんらかの地図と魔導具等々。これだけでユーグ様を助けられるとはおもいませんが、一歩前進したといえるでしょう。
それにしても、箒で空を飛ぶのとは違うのですね。痛みさえなければ寝てしまいそうです。そういえば箒は――
ミシ。
・・・・・・なんでしょう。いやな予感がします。
ミシミシミシ。
私が乗っている窓が、なんだか不穏な音を立てています。そこかしこに小さい亀裂が生じて、数を増して伸びてます。まさか。いえ、私の体重が重いからではないですけど、それとは無関係で、部屋で圧し潰されたときの衝撃が原因なんでしょうけど。
それどころじゃありません。緊急事態です。このままでは。
「ネフェシュ様。できればどこかで一旦下ろして」
バゴン!
「「あ」」
小気味いい破壊音がして、私は落下していきます。
色街から外れて、見慣れた場所にやってきました。市場です。昼間にあった活気と賑わいがなく、シーンと静まりかえっているのも相まってこわくなってきます。市場の通りを抜けて木造の建物に入っていきました。私が追いかけようとするものの、シエナ様に阻まれました。外には見張りは誰もいないのですが、よほど警戒しているのでしょう。
かとおもったら、私たちの周囲がずぶずぶと沈んでいきました。足元が柔らかくなっただけでなく、どんどん地面に飲み込まれていきます。泥とは違うひんやりとした柔らかさと匂いから、シエナ様の魔法によるものだと思い至ります。ネフェシュ様は、外で待機。なにか異常があったら知らせる役だとか。
そのまま地面の下を、どんどん進んで行きます。先頭のシエナ様が進むたび、前方に道が広がっていくので、魔法ってすごいなぁっておもいました。
「まぁ、ご主人様のほうがすごいですけど」
「いきなりなんでどや顔?」
そこは奴隷として、主の名誉を守らなければいけませんから。殊勝な奴隷であることに、えへんと胸を張ります。シエナ様は無視するので、そのまま黙って従わざるをえません。
建物内部の真下にやってきたのでしょうか。ガヤガヤとした音と人の気配がします。ゆっくり進みながら私に人の気配がない場所を探させますが、ちょっと難しいですね。土の中って音が伝わりづらいですし。ようやく安全な場所を探し当てて、上方の土を移動させて侵入するのも一苦労です。
外からじゃわかりませんでしたけど、なにかの倉庫なのでしょうか。木箱があちこちにあって、埃っぽいです。シエナ様は木箱を開けて中を改めて行きます。けど、中身は普通の商品のようです。市場で売られている物と大差ありません。
「やはり、商人は共和国と繋がっているな」
え? どこかおかしいところがあったんでしょうか?
「これ、この果物。それからこの布、鉱石。全部共和国でしか手に入らない物なんだ。戦争が終わったとはいえ、共和国とはまだ商いを自由に再開させていない。民間レベルでも禁止されたままだ。お偉い人たちは、交渉をしているけど」
どこ産の物かでそこまで判断できるのでしょうか。
「じゃあご主人様を助けることができるのですね?」
「いや、まだ弱いよ。これじゃあ密輸・密売で捕まえても言い逃れされる。すぐに釈放されるのがおちさ。もっと確固たる証拠・・・・・・そうだね。共和国とやりとりしてる手紙を押さえられれば。そこから調べていって証拠を集めていけば」
だめなのか・・・・・・・・・。尻尾と耳が力なく垂れていくのをかんじます。そこから移動して、魔導具を保管している部屋へ。大きな物から小さい物。用途も不明な魔導具をいくつか持ち出します。
「バレないでしょうか」
「僕たちが侵入したってことを知られなければ、ここで働いている人たちが責められるだけさ。心苦しいけど」
そうだろうか。なんとなく、シエナ様はもう何度もしている風ですけど、自分に言い聞かせているんじゃないかっておもいました。
誰かがやってくる気配がして、慌てて隠れます。シエナ様はいつの間にか剣を用意しています。ここで働いているのでしょうか。普段の私が着ているのと同じ格好、そして『隷属の首輪』が付けられていました。奴隷です。なにをしにきたのでしょうか。
「おい、ここでなにしてやがる!」
「へぇ。なにか物音がしたので様子を」
「そんなこと言って、怠けていたんだろうが!」
「いえ、そんな――」
「口答えするな!」
持っていた棒で、奴隷が殴られました。体を傷つける生々しい攻撃音と呻き声。私はただじっと縮こまっているだけでバレないでほしいと願っているだけでした。
二人が部屋からいなくなって、シエナ様と私だけになって、ほっと安心しました。
「君は恵まれているね」
シエナ様の呟きは、さっきの奴隷とユーグ様と重ね合わせたのでしょうか。意図は不明ですけど、たしかに、と実感せざるを得ません。
それからもシエナ様は私に話しかけることは積極的にしないまま、調べていきます。途中見つかりそうになりましたけど、中々これだ! と決定的な証拠を見つけられません。次の部屋を調べたら、今日はもう退散しようと決めてから、さっきまでとは違う部屋に入りました。
ご主人様の工房に似ています。けど所々違う箇所があって、奥のほうに机と椅子が一組ずつ。探っていくと、なにやら地図が出てきました。帝都のものなのでしょう。色が違う印がついています。こじんまりとした殺風景な室内は、さっきまでと違って何に使われる部屋なのか、読めません。
「いやいや。モーガン様はいつ私と直接あっていただけるのですかな、アコーロン様?」
「すみません。先生はお忙しい人なので」
ぴくぴく。耳が反応します。どうやらまたこの部屋に誰かがやってくるようです。しかもさっきとは違って隠れられるところがありません。困ってしまいます。
シエナ様が私に抱きつき、そのまま急速に足の支えが消えて、胸と股がひゅん、としました。侵入したのと同じ魔法でしょう。隠れたのとほぼ同時に部屋に入ってきた気配が。ホッ・・・・・・と安心しました。間一髪助かりましたけど、シエナ様に抱きしめられているのでちょっと生き苦しいです。
「それと、例の魔法士についてですが」
「あ~。研究所の。それがどうかしましたか?」
「それの奴隷が、嗅ぎ回っているそうです。先日も、魔導具を持っていた私の奴隷がやられました」
「ほう?」
男性といっても、シエナ様はユーグ様とずいぶん違いますね。女性と男性によって、匂いというのはまったく別物なのです。女性の匂いは汗と体臭だけでなく、別のものが混じっている独特な匂いがします。シエナ様の体臭はそれに近いです。それと体の柔らかさ。ごつごつとした固さや筋肉が皆無です。胸のあたりもなんだか・・・・・・・・・不自然な感触がしています。
「ウェアウルフの奴隷だそうです」
「その奴隷、なにか特別な力を備えているのでしょうか?」
「そこまでは・・・・・・・・・。計画を急いだほうがいいのでは?」
「しかし、変に動いたらまた怪しまれるでしょう。現状維持のほうがよい、と先生もおっしゃっています」
そんなことよりも計画? いったいなんのことでしょう。
「しかし、それから買い揃えた奴隷は、予定通り農場に移しました。繋いでおります」
「繋いだだけですか。副作用は?」
「おこっていません。作動もしていないので」
繋ぐ。副作用。作動。なにやら不穏です。この人たちはただのスパイなのでしょうか。それとも、もっととんでもないことをしでかすのでは? 不吉な予感がとまりません。シエナ様も同じだったのか、伝わってくる心臓の鼓動が早くなってきてます。
「わかりました。それでは注意するのはウェアウルフの奴隷だけでよろしいので?」
「ええ。騎士団はゲオルギャルス様が押さえてくれるそうですし。なぁに、奴隷一人いたところでたかが知れていますよ。すぐに捕まえられるし処分できます。いざとなったら私たちで使ってやってもいいですし」
「けど、その奴隷のおかげで私たちは助かっているでしょう」
「助かる? とんでもない。こちらが奴隷を助けているのですよ。労働力にしてやって、使ってやって、存在理由を与えてやっているのです。むしろ感謝されてしかるべきなんですよ。はっはっは」
世の中いろいろな人がいますねぇ。とりあえず、商人の方は嫌いです。
「それでは今日はここで。次また使いを出しますよ」
話は終わったみたいです。このまま立ち去って、私たちも―――。
「おや?」
「どうかされましたかな、アコーロン様」
「いえ。ここには誰か入るのですか?」
「とんでもない」
「そうですか・・・・・・・・・フッ!」
っ!? なんでしょうか。私の体が引っ張られていきます。あれよあれよという間に上に引っ張られて、床を突き破って上体だけ飛びだしてしまいました。
「ウェアウルフ。『隷属の首輪』。こいつが。やはり」
弟子、アコーロンと呼ばれた人が私に手を翳します。見えない力に吸い寄せられてるのか。そのまま私の体が引き寄せられていきます。アコーロンの振りかぶった爪先が顔面に直撃する前に、仰け反って顎を掠めます。そのまま手をついてキュキュキュキュキュ! と摩擦で力を軽減しつつ体を回転、両足でアコーロンの棒立ちになっている足を狩ります。
「ふぎゃ!」
吸い寄せる力が消えて、自由になった私はバッ、と跳躍して机の上で獣の体勢になって様子を窺います。床下にまだいるシエナ様と目が合いました。シエナ様は自分も出るかどうか迷っているのでしょう。このままでは相手にも知られてしまう。私は咄嗟に天井へと飛んでそのまま着地、膝に力を溜めて反動を強めて商人へとぶつかります。商人はそのまま壁へと叩きつけられて、衝撃で地図が剥がれました。
即座に扉から脱出を図りますが、アコーロンが立ち塞がります。
「たいしたものだ。どうやってここを突き止めたんだ?」
「奴隷ですので。主以外の問いかけには答えられません」
アコーロンは指でなにかを摘まんでいます。あれは、私の毛でしょうか? もしかして、抜け落ちた私の毛で侵入に気づいたのでしょうか。迂闊です。けど、それはお風呂に入れてなくて、抜け毛が増えてしまったからです。私の落ち度ではないでしょう。
「そうか。生意気な奴隷め」
「主が変人なので」
「たしかにな」
この人も、変わった魔法を使うのでしょうか。ユーグ様じゃないので、私には分析も正体もわかりませんが、だからこそ迂闊には動けません。得体の知れない魔法を使うという不気味さから、じりじりとにじり寄ってくるアコーロンに気圧されてしまいそうです。
たまらず、椅子をぶん投げます。アコ―ロンはそれを素手で砕きました。そのまま顔面目掛けて拳を繰りだしますが、
「っ!?」
壊れて飛び散った破片が、また集まってきました。椅子の形に戻る過程で私の腕も巻き込まれて釘や尖った部分があちこちに刺さります。急激に重みを増した腕にバランスを崩してしまいます。そのまま椅子にどっかりと座ったアコ―ロンは、私の二の腕を蹴り続けます。あちこち刺さっている箇所の傷が広がって鋭い痛みが走ります。膝に頭突きをしますが、軽やかに避けられました。
腕にくっついている椅子のせいで、身動きできません。アコ―ロンは窓を壊して私に破片を投げてきます。まともに動けない体に、破片が襲いかかります。いくつか破片が私の体に突き刺さります。
そのまま私に、また引き寄せる力が働いて窓まで移動してしまいます。新たにできた破片が筋肉と皮膚を裂いて別の破片と繋がって、また傷と痛みを生み出します。気持ちの悪い浮遊感が消えた頃には、元通りの形になった窓に組み込まれていました。
取り込まれた、という説明はふさわしくないかもしれません。体に突き刺さっている破片が体内に残ったま別のパーツと密接にくっついてしまって、元の状態に戻っているみたいです。破片がない箇所は、窓から弾かれていて、不自然な形で私が窓と一体化してしまっている。自分でもなにを言っているかわかりません。脱出しようにも、このままでは酷い重傷となるでしょう。それでいて、手と一体化している椅子の自重に引っ張られて常に激痛が走っている状態なんです。
アコ―ロンは気絶している商人の様子を確認して、手を翳します。曲がっていた鼻がゴキゴキと音を立てて修復され、垂れていた血が割れていた額に吸い込まれていき、どこからともなく飛んできた歯が口の中に入って、欠けていた部分にスポ! とはまり亀裂もなにも残すことなく、元の姿を取り戻していきます。
「お前、どうやって侵入した?」
私のお腹、窓と一体化している部分を叩きます。衝撃で傷口の痛みが強くなります。喋らない私に業を煮やしたのか、乱暴に引っ張って、窓にくっついている皮膚と筋肉が、剥がれて私の体から分離していきますが食いしばって耐えます。
「あああっ!」
ブチィ! と千切れた感触と焼けるような痛みには我慢できず、叫んでしまいます。別の箇所、今度はいきなり引き千切られました。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・・・・あ、なたたちはどうしてこんなことを・・・・・・・・・?」
聞かずにはいられませんでした。激痛に耐えながらですから、声も震えてまともに喋れませんけど。
「ユーグ様・・・・・・は、ご主人様は・・・・・・魔道士になりたかったんですよ・・・・・・今も諦めていないんですよ・・・・・・なのに、どうして・・・・・・」
もっと聞かなければいけないこともあったろうに。
「魔道士なんてのはな、頭がおかしいんだよ。普通と思考回路が違うんだ。けど共通していることがある。自分のことしか考えていないってことさ。自分さえよければ満足するのさ」
私のユーグ様は、絶対違う。そんな魔道士になんてならない。自信があります。
「モーガン・・・・・・は、なにをしようとしているんですか・・・・・・・・・? ただお金儲けのためですか・・・・・・?ここにあった・・・・・・・・・魔導具をどうするんですか・・・・・・? 計画とはなんですか?」
「・・・・・・ここで死ね」
懐からナイフを取り出して、私に迫ってきます。今更抵抗しようとしますけど、無駄みたいです。非常にこんな意味不明な魔法なのに、どうしてあっさりと私を殺さないんだろう? と。
「大変です! あ、あれ?」
「どうした?」
扉が開いて、慌てた様子の奴隷が姿を現しました。私たち、そして部屋をみて逡巡しましたけど、アコ―ロンに促されて我に返ったのでしょう。
「火事です!」
「なに!?」
「倉庫のあちこちから火が!」
「くそ! 消化に当たれ!」
私を一瞥した後、アコ―ロンは商人を抱えた奴隷と出て行きました。私が逃げられないから後回しにしたのか、それとも家事にかこつけて始末するのか。どちらにせよこのままではいけません。なんとか脱出しなければ。
「ずいぶんなザマだな」
外のほうからネフェシュ様の声がします。
「シエナ様が、そこに・・・・・・」
「ああ、あるじ殿なら心配いらねぇ。もうとっくに脱出してるぜ」
ああ、そうですか。けど、それも仕方ないのかもしれません。シエナ様の足手まといになると判断されたのですから。もし私でもシエナ様が危機に陥ったら切り捨てますし。
「どうなってんだ? これは」
「それは・・・・・・・・・おそらく魔法です」
「なるほどな・・・・・・・・・ちょっと待ってろ」
ジュウウウ、となにかが溶けていく音がしますけど、なにをしているんでしょう? と、いきなりベキメキ! と私の体が窓ごと床に落ちていきます。
「へぶちゅ!」
激しく顔を打ちつけてしまいました。そのまま背中に乗ってる重みもあって鼻が痛いです。
「悪くおもうな。よっこいせっと」
どうやら窓ごと運びだすつもりです。外に出れましたが、ネフェシュ様の力ではキツいのか、時折落下しかけてひやひやします。
「あるじ殿が死んでくれれば、もっといろいろできる。だから文句ならあるじ殿にな」
? どういうことでしょうか、という疑問はすぐにどうでもよくなります。そんなことよりも、今は脱出できたことを安心しましょう。なんらかの地図と魔導具等々。これだけでユーグ様を助けられるとはおもいませんが、一歩前進したといえるでしょう。
それにしても、箒で空を飛ぶのとは違うのですね。痛みさえなければ寝てしまいそうです。そういえば箒は――
ミシ。
・・・・・・なんでしょう。いやな予感がします。
ミシミシミシ。
私が乗っている窓が、なんだか不穏な音を立てています。そこかしこに小さい亀裂が生じて、数を増して伸びてます。まさか。いえ、私の体重が重いからではないですけど、それとは無関係で、部屋で圧し潰されたときの衝撃が原因なんでしょうけど。
それどころじゃありません。緊急事態です。このままでは。
「ネフェシュ様。できればどこかで一旦下ろして」
バゴン!
「「あ」」
小気味いい破壊音がして、私は落下していきます。
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相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

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