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九章

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 色街。男の欲望と女のたくましさが詰まったエロス渦巻く地域。要するにえっちなことができるお店が密集した場所です。建物は宮殿かよってくらいのレベルからオンボロレベルまでピンからキリまで存在しています。奴隷さんたちの情報と使い魔さんの話から、騎士団長ゲオルギャルスはここに通っているそうです。

 昼間は当然騎士団のお仕事なので、夜色街を見張らざるをえませんが、完全に昼夜逆転生活です。解決したあとの反動がこわいです。シエナ様は私が動くのを好んでないですけど、動かざるをえません。使い魔さんからもらったユーグ様のキモ――、こわい手紙が原因なのです。

 内容にドン引きしました。うわぁ、ひえぇ、と実際に声が出ていました。私と一緒にいられない抑圧された愛情がこもっていました。狂気をかんじました。このままではユーグ様は脱獄してしまうんじゃないか、自殺してしまうんじゃないかって考えたらいてもたってもいられません。ユーグ様だったらそれくらい平気でしでかすイメージがあります。

 シエナ様たちの調査は、芳しくないそうですし、このままちまちま待ってることもできません。遠回りな調査なんて時間がかかるだけでじれったいです。なので、おもいきった行動に移そうと覚悟してきました。このとことずっと色街で待ち伏せしていますから、今日ゲオルギャルスが来るといいんですけど。

 おなかへった。お肉が食べたい。食事は献上されていますが、皆冷えていて美味しくないものばかり。ユーグ様と一緒に食べていたなんでもない料理でさえ懐かしくて、おもいうかべるだけで涎がでます。

 塩なんてまどろっこしいものは私の舌には刺激が強すぎるだけなので表面を少し焼いたくらいのお肉にかぶりつきたいです。お肉の脂、食感、引きちぎったときのほどよい音。広がっていく味。お腹がないてしまい、こらえようとお腹をおさえます。けど、もしユーグ様を助けられたらユーグ様にお肉を死ぬほど食べさせてもらおう。そう決めたらなんとか我慢できます。耐え難きを耐えている私に、ユーグ様は感謝すべきです。愛を伝えるという方法以外で。

 そういえば、ユーグ様は今なにを食べているんでしょう。私よりマシな物を食べているんでしょうか。そうだといいな。空腹とは違う辛さで、胸が苦しくなりました。

「はぁ・・・・・・・・・」

 手持ち無沙汰から尻尾を抱えて、手櫛で撫でます。お風呂に入れていないし、櫛もないのでお手入れができてなくて毛がパサついています。ゴワゴワしていてユーグ様が褒めていたもふもふ加減は影も形もないです。この尻尾の手入れは毎日の日課で、ふわふわであることを心がけていました。それはユーグ様と出会う前からの習慣だったので、手入れができず萎びている尻尾を見ると落ち込んでしまいます。自慢の尻尾だったのに。

 こんな尻尾ユーグ様は喜んでくれないかな。

「なにを考えているんでしょうか私は」

 自分に自分でツッコんでそうじゃねぇだろと叱咤していると、ピクリと耳が音を感知しました。ついで匂いを探って急いで移動します。いました。ゲオルギャルス。騎士然とした服ではありませんが、聞いていた風貌通りです。

  あるお店に入っていったのを確認して、私も真っ正面から同じように入店します。怪しまれないために男装をしたのが功を奏しました。騎士隊がいない隙に部屋から持ってきたユーグ様の服というのが私的にはう~ん、となったのですが。『隷属の首輪』ができるだけ隠れるよう襟を立てていて顎がくすぐったいですが我慢しましょう。

 ここは女の人とお客さんがお酒が飲めるお店なのが雰囲気でわかりました。店内の微妙な暗さと女の人の服装もあって非常にいやらしいです。お酒を飲みながら楽しくお喋りしている人、愚痴を聞いてもらっている人、口説いている人と様々ですが、どうしてお金を払って女の人とお酒を飲んで話にくるのでしょうか。家族や知り合いとできないのでしょうか。不思議です。

「こんにちは~、はじめまして。お隣失礼します」

 奇麗な女の人が二人、隣に座ります。簡単に自己紹介をして、そのまま他愛ない世間話を。

「じゃあなに飲まれますか?」
「いえ、大丈夫です。お酒は飲みません。というか飲めません」
「え、なにしに来たんですか?」
「えっと、こういうお店は初めてですか~? どうして今日来てくれたんですか~?」
 
 適当にそれらしい理由をでっちあげたら納得してくれました。ユーグ様のお仕事を聞きかじっていたので、それも含めて研究所で働いていると話したらすご~い、かっこいい~と褒めてくれます。私にほどよく相槌を打ってくれたり同情してくれたり。それなりに過ごせていました。男の人だったら楽しめるんでしょうか、と終始不思議にかんじていました。

けど、ゲオルギャルスのことをすっかり失念していた私はお手洗いのフリをして、彼を探します。私の席からは離れた位置にいました。席に戻ってからさてどうするか。席を移動するのは不可能ですし、しょっちゅうお手洗いに行けば怪しまれます。女の人たちが離れてから、ピンと閃いた私はウェアウルフの聴覚を活かしてゲオルギャルスたちの声を探ることにします。

 全神経を聴覚に費やしますけど、頭が割れそうに痛くなりますし混乱します。数多ある音を拾いすぎているのでしょうか。むむむ・・・・・・・・・。他の人たちの声と音のせいで聞き分けるのが非常に難しいです・・・・・・。というか聞き分けるなんてしたことが一度もありません。

 もう慣れてしまいましたが、そもそも帝都で暮らしているときもできるだけ音を拾わないように心がけていました。例えば家にいるときも外の話し声、物音。買い物に行けば雑踏の喧噪とどうしようもなく敏感に聞いてしまうのです。成功できず、女の人たちが戻ってきました。というか何人か違う人です。

 私はここへ来た意味があったのでしょうかと柄にもなくおちこみます。しょぼぼんです。もう帰ろうかってとき、鋭い視線をかんじます。なんだろうとキョロキョロとしていたら、あるイケメンが私を般若の形相で睨んでいていました。誰でしょうか。両手を広げて女の人たちを抱きかかえているだけに、表情と一致していなくてシュールです。

 イケメンは女の子たちに短く伝えるとこちらへやってきます。

「やぁ、あなたもここに来ていたんですね。奇遇だなぁ」

 にこやかに笑って肩を掴んできますが、力が強くて折れるかとおもいました。この声と匂い。シエナ様?

「先輩、こっちにきませんか? なんだったら一緒に飲みましょう」

 あははははは、と笑っていない目に逆らえず、そのまま席を移動することに。髪色と長さ、服装が違うのはきっと変装なんでしょうか。

「どうしてここにいるんだお前はぁぁ・・・・・・・・・!」

 振り絞るように切羽詰まったシエナ様はそれ以上なにも語りません。手を組んで両肘をそれぞれ膝にのせて、顔を俯かせています。

「ゲオルギャルスを追っていて、このお店に辿りつきました」
「僕の話覚えてる?」
「すいません、ちょっと飲み物頼んでもいいですか? さすがに喉がカラカラで」
「僕の話聞いてる?」

 注文した飲み物をそれぞれ一気飲みします。はぁ、体の隅々まで水分が渡っていって生き返ります。

「ルウ。君は自分がなにをしているかわかっているのか?」
「当たり前です」

 私への嫌悪をもはや隠そうとしないで、ギロリと鋭い目つきをむけてきます。

「君のせいで、ユーグがどれだけ危機に陥るか・・・・・・。彼だけじゃない。僕らだって迷惑をこうむっている。余計な真似をするな」

 私はこのとき、冷静ではなかったんでしょう。ユーグ様を助けたいのになにもできず、それでもなにもしないではいられなくて、無力であると思い知らされて、そして私を嫌っているシエナ様にはシエナ様にお説教です。メンタル的にフルボッコです。

「ではシエナ様はなにをなさっているんですか?」

 ユーグ様を助けたいとおもうことさえ否定されたようで、我慢できませんでした。

「そもそもはあなたのせいでご主人様は無実で捕まったのですよ。ならあなたが助けなければいけないのではないですか?」
「それは・・・・・・僕にだって事情があるんだ。奴隷の君にはわからないだろうけどね」
「事情とはなんですか? 自分の上司が裏切り者だったことですか? それともご自身の立場ですか? 他の仕事で忙しいということですか? ああ、なんだかんだいってやっぱり自分が大切なんですか?」
「君は・・・・・・・・・なにも知らないくせに・・・・・・」
「知りません。シエナ様がなにも教えてくれませんし。指示すらくれませんし。騎士だなんだ親友だなんだと偉そうに言っていても、その間にご主人様を助けられなくなったらどう責任をとってくださるんですか?」

 なに勝手なことを。わかっていてもとまりません。

「具体的には、ご主人様が亡くなったあと、その奴隷である私の生活を保証してくれますか?」
「どうしてそこまで僕がしなきゃいけないんだ! それユーグのためじゃないし! ユーグ死んじゃってるし!」
「ご主人様はきっと最後にそう願うはずですよ?」
「たしかにあいつなら頼みこんできそう! 否定できないのがむかつくよ!」
「それからご主人様の遺産を私がすべて受け継げるように取り計らうとか」
「なんでそこまで考えているんだ! 奴隷が受け継げるはずないだろ! いいかげんにしろ縁起でもない!」
「ではどうするのですかっ」
「だから、今できる僕の最大限の努力をしているよ!」

 最大限ですか。ほう。

「親友の奴隷をこき使わないのは? 最大限の努力の賜物ですか?」

 ピク、とシエナ様は反応を示しました。私を見ながらお酒を呷ります。

「シエナ様が動きにくいというのなら、私が代わりに動きます。どんなことでもします。奴隷ですから。元々ご主人様が蘇生させてくれなければ、死んでいた身です。なんにでも耐えるつもりです」

 元々シエナ様には嫌われています。だからこれ以上嫌われてもかまいません。私のせいで迷惑をかけるかもしれません。けど、どうでもいいです。シエナ様が死んでもご主人様が助かれば最悪それでかまいません。

 だって私はユーグ様の奴隷です。主以外の人を気にかける必要はないでしょう。

「・・・・・・・・・」

 シエナ様は複雑そうな面持ちで黙りこんでいます。腕を組んで、指を揉んで、体勢を変え、ともかく落ち着きがありません。悩んでいるのでしょうか。しかし、私には心を読む術なんてありませんから、じっと答えを待つだけ。じれったいのをおさえて、固唾を飲んで見守ります。

 まぁ、最悪だめだと断言されても勝手に動きますけど。

「すべてを犠牲にしてもユーグを助けるためだけに動けるかい?」
「もちろんです。この身はご主人様のものなのですから。心以外ご主人様のための犠牲にする所存です」
「頑なに心は拒むのかい。ユーグが聞いたら泣くよあいつ」

 だってしょうがないじゃないですか。ユーグ様に対する感情がなんなのかまだわかっていないんですから。それなのに心まで捧げる尻軽奴隷ではないのです。

「一緒にいるのはモーガンの弟子。それと商人のところの使用人だ。三人がやりとりしているのは初めてだけど、今日はひとまず様子見だけ」

 はてな? いったいなんのことだろうと頭を捻って、ゲオルギャルスのことだと思い至ります。それで、シエナ様が肯んじてくれたんだと実感しました。

「どうやら団長が出るようだ。少し経ってから追いかけよう」

 私は気づきませんでしたが、後ろを振り向くとたしかにゲオルギャルスが帰る準備をしていました。そぉ~っと見ていたつもりですが、シエナ様に頭をガシ! と掴まれて力尽くで視線を横方向に変えられてしまいます。

「すぐには追いかけないのですか? 見失ってしまうかも」
「コツがある。それにこの辺りの道は把握しているよ」

 なにを話すでもなく、そわそわする私を無視して、女の子たちに歯が浮くようなセリフを囁いて盛り上がります。それから、じつに自然な形で店を出ます。

「さすがは男の方なのですね。私ではあんな風に話せません。騎士になってから身につけたのでしょうか?」

 無視されたので、余計な一言だったかな、と後悔しました。けど、私と口がききたくないってわけではないみたいです。だって、シエナ様は顔をくしゃくしゃにしていましたから。どこか既視感がありましたが、なんなのか納得できました。

 そうだ、ユーグ様の顔の傷を見たときと似ている。とても嫌で辛くて苦しい。触れられたくないことに触れてしまったと罪悪感をおぼえました。 
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