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八章

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 帝都の夜を歩いたのは、初めてではありません。公衆浴場や外食をする機会は多かったですし、泊まりこみの仕事をするご主人様に届け物をすることもありました。もう帝都に慣れきっていました。けど、街灯が頼りなく光っている暗い道を歩いている今、どうしようもなく不安で仕方ありません。

 別に一人でさみしいというわけではありません。ご主人様、ユーグ様と住んでいた部屋は現在騎士隊がいて、追い出されてしまいました。行く当てもなく彷徨っているだけですが、今後の生活がどうなるのか。その一点のみです。

 寝る場所は問題ありません。公園や路地裏は不衛生ですが、なんとでもなっています。困ったのは食べ物です。生きるのには食べ物がなくてはいけません。自然の摂理です。なので帝都ではお金がなければ生きていけません。家にあったお金は騎士隊に没収されました。魔法士ユーグの持ち物で奴隷が所有していいものではない、と。

 市場や普通のお店で働こうともしましたが、皆雇ってくれません。愛想よくしてくれる人たちもです。それは私が奴隷だから。そして投獄されたユーグ様の所有物だから。皆なにも言いませんでしたけど、顔がありありと語ってくれました。最初は薄情だなって。でも次第に皆初めから私を奴隷という所有物、他人として接していただけだったんだなってわかりました。

 キロ様のお屋敷には行けません。あの人たちにも迷惑をかけてしまうからです。そんなこと、ユーグ様が望まないでしょう。ご主人様は、今頃なにをしているんでしょうか。牢獄では食事が必ず出るんでしょうか。最初は呑気にそのうちシエナ様が釈放させてくれるだろうと甘く考えていましたけど、その気配がありません。

 シエナ様に会いに行きたいけど、私はあの人に嫌われています。なにより、騎士団はご主人様を捕らえた人たち。下手をすれば捕まってしまうでしょう。牢獄に行って面会させてくれと願ったけど、足蹴にされて追い払われて以降、こうして夜にしか様子を窺いにいけませんし。

 お腹減った・・・・・・・・・。もう何日も残飯しか食べれていません。それも私みたいな奴隷、主から食事を満足に与えられていない人たちと争って勝ちうるしか手段がないのです。か弱き乙女である私では為す術がありません。皆餓えた野獣でした。

「クイーン様、どうぞこちらへ」

 食堂の食べ残しを廃棄するゴミ捨て場の近く。そこへ来たら恭しく奴隷が頭を下げて招いてくれます。そして精一杯の特等席にどっかりと座るとお皿に載った食べ物(残飯)が並べられます。満足するまで食べたら、あとは皆で平等に分けさせます。か弱い私がこの辺で一番強い奴隷を倒してしまってから、こんな扱いを受けています。困ったものです。弱肉強食。強い者に媚びへつらい、群れなければ生きられないのは生物の性分ですけど、奴隷だと事実として強く実感せざるを得ません。

「クイーン様。最近新しく現われた奴隷がシマを荒らし回っております。そのせいで」

 めんどくさい。どうして私がこんな目に遭わなければいけないのでしょう。私はご主人様と一緒に暮らしていられればそれでよかったのです。それなのに、どうして奴隷の食べ物漁りのテリトリー争いに巻き込まれなければいけないのでしょう。人生設計が崩れました。

 それはユーグ様のせいです。仮に無実だとしても、冤罪をかぶせられる行動をしたからです。お友達とはいえ、憧れの魔道士だからといって、ホイホイ喜んで協力して会って話をして。はっきり言って自業自得。そんなユーグ様に愛想を尽かさない私を褒めてほしいくらいです。

「褒めなさい、私を」
「え!? あ、えっと。クイーン様はすごいです。頑張ってます。超強いです」

 嬉しくありません。ご主人様の愛の言葉のほうがちょっとましなくらいです。苛立った私は余計なことまで思い出してしまいます。

 あの人は私のことを好きだと普段からおっしゃっているのに。そのくせ仕事、研究に熱中して、私のことなんてたまにしか夢中になりません。別にユーグ様のことが好きだとかそんなわけではまだありません。まだ違います。私が自分で奴隷になることを肯んじましたけど。けど、それには事情がありますし。なのにユーグ様は自分のしたいようになさって。本当に私のことが好きなのかと疑いたくなるのは仕方ないでしょう。

 それに、ものぐさであること。どこでもかまわず好きだとおっしゃられて慣れてありがたみがなくなること。そして、時折私を見つめて好きだと伝えてくること。研究しているときの真剣で純粋に楽しんでいること。買い物帰りに荷物を持ってくれること。不意打ちに好意を伝えられて優しくされると、うわあああああああああああ! となにかを我慢できなくされてしまうこと。ユーグ様がその後のことを考えもしないで行動したせいで、こうして私がひとりぼっちになってしまったこと。もしかしたらずっと私はこうして一人で生きるのかと、不安にさせること。

 なによりも、ユーグ様と一緒じゃないと落ち着かない体にされてしまったこと。変な意味ではなく。なにはともあれ、本当にユーグ様には困ったものだということ。これに尽きます。
 
「あの、それでクイーン様。荒らし回っている奴隷なんですけど」

 私を褒め続けていた奴隷たちが、期待の視線を送ってきます。さっきの話。テリトリーのことでしょう。うんざりとしましたけど、私の態度に気を許したのかべらべら話し出します。どうでもよかろうな気持ちでしたけど、次第に話の内容にのめり込んでしまいました。

 その奴隷は、共和国訛りある、最近帝都にやって来た商人に買われた奴隷、どうも魔導具を所有している、そして昼間見かけたとき、ローブ姿とよく緒だった、いきなり姿を消す、騎士団の辺りをよく物色している。かいつまんだところ、こんなところです。

 まさか、とはおもいますがユーグ様の件と連想せざるをえません。物を持つことが許されていない奴隷が魔導具を持っているなんて通常ありえません。帝都にやってきた商人というのも、ユーグ様を告発した人と重なります。姿を消す、騎士団の辺りを物色しているのはわかりませんが。

「その奴隷は今どこにいますか? 普段はどこに?」
「へ? それはまだわかりやせんが」
「情報を集めてください」

 のぞまないとはいえ、この際クイーンなる立場を利用しない理由はありません。奴隷の人たちは普段は仕事をしていて、こうして夜食べ物を漁りに来るのだって大変なこと。難しいでしょうけど、この奴隷たちだって自分たちの都合に付き合わせるのですから、それくらいは我慢してほしいものです。

 私みたいな奴隷になにができるのか。奴隷である私にどこまでできるのか。けど、少し頑張ってみますか。それにしても、奴隷に助けてもらわないといけないなんて、ユーグ様が大魔道士になるのはずっと先になりそうです。さすがは魔道士(予定)。けど、だからこそ放っておけません。

「それでは、クイーン様」
「もうその呼び方はやめてください」
「ではなんとお呼びすれば?」
「そうですねぇ・・・・・・・・・魔道士(予定)の奴隷と。お願いします」
「「「呼びつらいです」」」

 ツッコまれて、呼び方に拘ってしまうあたり私も大概毒されているなって、なんとなくおかしくなりました。
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