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八章
Ⅳ
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幸か不幸か。魔道士モーガンは今俺の魔導書を熟読している。捲る速さと音が緊張感を与える。隣に座るシエナと弟子の会話に耳を傾けて紛らわせたいけど、叶わない。
「ルウさんとユーグさんは、お付き合いをして長いんですか?」
「はい。もう付き合って一年以上になりますけど、いまだにラブラブです! ねー!? ユグたん!?」
ぎゅううぅぅ、と力強く抱きついてくるけど、腕が痛いのは演技に熱が入っているからじゃないだろう。尾行対象にバレるかもしれない。それほど接触してしまった俺への怒りがある。額にも青筋が浮かんでいるところをみると、相当なはず。けど、今はそれどころじゃない。
緊張しながらモーガンと話し始めて幾分。話の流れで、今所有している魔導書をモーガンが見せろと言ってきた。最初は耳を疑った。魔導書はそんな簡単に晒していいものじゃない。それはどんな魔道士に対しての共通事項のはず。それをこともなげに言ってきたのだ。しかし、これはいいチャンスなんじゃないかっておもった。目指すべき存在、現役の魔道士はどんな感想を持つのか。
モーガンの目には集中力がなく、どこか気怠さがある。出会ってから一度も熱が灯っているとかんじたことがなく、ルウとは違った無関心ぶりが印象的。それは、俺の魔導書を呼んでいる今も変わっていない。ページを捲る手が、止まった。どこのページで止まったのか、なんとなく察しがついた。
「この『紫炎』という魔法、今発動できるのかえ?」
「は、はい!」
「やってみせい」
立ち上がり、必要最小限の魔力で、掌に産み出す。俺のオリジナル魔法はいつもと同じくその場に留まっている。
「ここに入れてみぃ」
魔力を操作して、更に小さくした『紫炎』を、つんつんと示されたコップの中へ。少しもその形を揺らがせることなく、水分を蒸発させ続けながら白い煙を放ち続けている。モーガンは目を細めながら間近で観察を続けている。
「ふむ。通常の火系統とは根本から違っておるようじゃの。どんな構成で組み立てておる?」
魔導書を弟子に手渡したモーガンに、言葉につっかえないように説明を始める。
「この『炎獣』、『天啓』というのは完全な自立行動なんですか?」
時折、弟子にも聞かれて答える。双方の質問には淀みなく、そのたびに自信が持ててくる。
「わしの弟子よりも優秀じゃな。その齢で、ここまでできるとは大したやつじゃ」
「あははは・・・・・・」
「ありがとうございます」
「よかったねユーグ、いやユグたん。いやぁ、この人って本当に魔法しか取り柄がないんですよ~?」
褒められた。認められた。喜びがじんわりと広がっていく。我がことみたいにばしばしと肩を叩いて嬉しがっているシエナもあって、倍増してくる。
「しかし、魔道士にはなれんがの」
「「・・・・・・・・・え?」」
コーヒーカップを一口飲んで、弟子から奪った魔導書をこちらに放り投げてきた。信じられなくて、手元まで飛んできた魔導書をしばらく眺める。
「ど、どうしてでしょうか」
「だって目新しさがないんじゃもん」
ぽかん、と呆然するしかない。
「なるほど。『炎獣』、『天啓』。魔法自体に自立行動させる。今までとは違って魔法を操作するのに手間がない。いい着眼点じゃ。しかし、それが炎の魔法で構築されているのはなぜじゃ?」
「そ、それは・・・・・・・・・」
「そもそも、なぜ炎魔法にこだわる? お主が元々火属性じゃからじゃろう。己の使いやすい魔法に囚われておる。発想が雑なんじゃ。アレンジもされておるが、既存の魔法から所々応用されておる。こだわらんでも性質に着目して燃焼、熱から発展させた魔法を創るべきではないかの?」
「・・・・・・・・・」
「義肢についても魔法薬についてもそうじゃ。まったく新しい、お主だけのものがない。それでは通用せんよ。魔道士にはなれぬ。古い価値観に囚われておるかぎりはの。じゃからその顔も隠すはめになったんと違うか? ん?」
「・・・・・・・・・これは、魔法の失敗で」
「ほぉ? その失敗した魔法は完成させたのかえ?」
「いえ、させてはいません。魔導書にも載せていません。最低な魔法なので」
「じゃから、だめなんじゃよ。完成させてもおらぬ中途半端な魔法を、なにゆえ昇華させぬ」
「それは、魔道士は自ら魔法を創りだして。けど俺の魔法はそれと反対の魔法なんです。だから封じています。未完成ですが完成させるつもりもありません」
「くだらん! まったくもってくだらん!」
カップが激しく打ち鳴らす。モーガンが触れていないにもかかわらず。それだけじゃない。まるでモーガンの怒気に感応しているのか、机が、椅子が、建物自体が揺れている。明らかに魔法の気配だ。
「どんな魔法であろうと、個人的価値観で、感傷で、完成もさせずなにが封じるじゃ。お主はそれほど偉い存在なのか? 図にのるな! 例えどんな魔法であろうと、おそろしい魔法であろうと完成させるのが魔道士じゃ。つまらんこだわりなぞ研究の妨げにこそなれど助けになどならんわ! むしろなぜ放っておく! 失敗作として放置しておけばいざというとき暴走するおそれがあるじゃろう! それをお主の価値観のみで! 少なくともわしだったらどんな魔法であろうと創ったら必ず完成させる! それが責任というものじゃ!」
それ以降も、細かいところでのダメ出しは延々に続いていく。弟子が気の毒がったのか、とめてくれなければ永遠にとまらなかったかもしれない。シエナが肩を摩って、キッとモーガンを睨みつける。
「なんじゃ? ルウとやら。お主、わしに意見したいことでもあるんかえ?」
迷っているのか。ここで下手に反論したりすれば、正体がばれるかもしれない。けど、友人である俺を貶された怒りを、我慢できない。そんなところだろう。俺はそんなシエナに落ち着かせるよう促して、改めてモーガンと向き合った。
「ありがとうございます!」
「「「ん?」」」
礼として頭を下げた俺に、素っ頓狂な声を出した。顔を上げると目を丸くしているけど、なにか驚くことがあっただろうか。けど、それどころじゃない。興奮しているし、喜んでいる今の俺にとっては。
「現役の魔道士に、そんな貴重な意見をもらえるなんて、光栄です! これを糧に、次は精進したいとおもいます!」
「え、ユーグ? なんで君笑顔なの?」
「は? なんでってお前こそなんでだよ」
「ええ~・・・・・・・・・? ふ、普通落ち込まない? 怒らない?」
「なんで落ち込んだり怒る必要があるんだよ。だって教えてもらったんだぜ? だめなところ」
「ええ・・・・・・・・・・・・・・・」
「やっぱり他人の、それもプロからもらえる意見は違うじゃねぇか。自分じゃ気づけなかったところも、すぐにわかったんだぜ!? あ、そうだモーガン先生! いえ、モーガン様!」
「さ、様? じゃと?」
「はい! 他にダメなところはありますか!? もっと教えてください!」
「なんでそんなに子供みたいに目をキラキラさせてるんですか・・・・・・・・・」
そうだこいつはこんなやつだったっていう諦め。この人おかしいっていう恐怖。こいつなに? っていう不審。三者三様の視線が注がれ続けているけど、どうでもいい。魔導書を見ただけで判断できる造形深さと知識は本物。その本物の話がもっと聞きたい。知りたい。それによって次は新しい魔法を創れるかもしれないという期待。自分にはない画期的な思考。教えてもらうだけで楽しいし面白い。
「あ、先生。いらっしゃいました」
弟子が扉が開いた音に反応した。きっと待ち合わせをしていた人物だったんだろう。丁寧な挨拶をして、弟子と立ち話をしている。姿格好から、商人なんだろうか。
「残念じゃが、時間切れじゃ」
「そうですか・・・・・・・・・貴重な時間をありがとうございました。ルウ、行こうか」
「・・・・・・・・・」
「ルウ?」
シエナはジッと弟子と一緒に話している人物を観察し続けている。騎士としての真剣さが垣間見えることから、あの男になにかあるんだろうか。「そうね、じゃあおいとましよっか」と一瞬で満面の笑みで立ち上がるのは流石の切り替えの早さ。
「最後のアドバイスじゃが、お主はそのおなごと一生付きおうていくつもりかえ?」
「どうでしょうか。まだわかりません」
「そうか。なら早めに別れておくことをお勧めするぞえ」
「「え?」」
「恋愛にかまけている時間が、魔道士に必要か? 仕事に割く時間があれば、どれだけ魔法の研究に費やせる? そんな甘いものではないぞ。わしでも寿命とすべての時間を使うてもまだ足りんと願うているくらいじゃ。皇帝からの命令や仕事をすべて弟子に丸投げせざるを得ないしの」
それは、人としてだめじゃね?
「好いた者とともになることを諦めて、文字通りすべてを犠牲にする覚悟がなければ魔道士にはなれん。わしのようにな」
最後の言葉が、引っかかった。この人の言葉が正しいなら今の研究所も、シエナとの友情も捨てなければいけない。シエナはまだしも、それじゃあ生活ができない。それに、今の俺にはどうしても犠牲にできないものがある。愛しの奴隷、ルウだ。あの子を犠牲にする、諦めるなんて論外。だから反論しようとすればできる。けど、躊躇ってしまった。
この人も、過去なにか犠牲にしたことがあったんだろうか。実感めいた重さがあったから。
「ご主人様? いったいここでなにをなさっているのですか?」
あ、ルウの声だ。反射的に心が弾んだ。買い物帰りなのか、手提げ籠には大量の荷物が。それを代わりに持とうと近づいたけど、パシン! と手を叩き落とされた。え? なんで?
「外から眺めさせていただきました。ずいぶんとかわいらしいお嬢さんとご一緒だったのですね。腕を組んだり」
あ、まずい。勘違いしてる。ここでは説明できない。
「それも、あ~んしてもらったりユグたんと呼ばれたり。愛を囁かれていましたね。いちゃいちゃらぶらぶでしたね」
やばい。最初から見られてた。というかどうしてそのとき入ってこなかったんだ。
「いや、あのな? ルウ。これはな? ちょっと事情がな?」
「私のことが好きだと告白していたにもかかわらず、遊びだったのですね」
「いや違うよ? 本気だよ?」
「いえよろしいのです。私はご主人様のことをなんっっっとも。これっっっぽっっっちも好きではありませんし。どこの誰と発情しあっていてもかまいません。たとえ私に毎晩毎晩足腰たたないレベルで悶絶させられていても、それは奴隷ですから甘んじて耐えています」
「ちょ、お前! 違うって!」
「ただご主人様の節操のなさに絶望しているだけでございます。こんなすけこまし野郎に今後一生仕え続けなければいけないのかと。舌を噛み切ってもよろしいですか?」
「違うんだああああ!」
説明したくても、ここじゃできない。モーガンも弟子達も、なんじゃなんだと色めきだって注目してるし。というかモーガン様すごいワクワクしてません? 俺の魔導書読んでたときより楽しそうにしてません? あなたにとっては俺の魔導書より修羅場なんですか? とにかくとりあえず外に出てシエナにも説明を頼んで――
「ちょっとユグたんこの女は誰なの!? この女にも好きって言ってたの!? 騙してたわけ!?」
「はああああああああああああああああああああああああ!!??」
こいつなにやっちゃってんの? 本当にこいつなにやってんの!?
「最低! 私の純血を奪っておいて! 女の敵! 魔法馬鹿! いかれポンチ! 凶人と紙一重の研究好きやろう!」
「ふざけたことほざいてんてんじゃねええええええええ!!」
「純血? もうこの人とそこまで進んでいるのですか? おめでとうございますご主人様。今夜はお祝いですね。ならもう今夜から私の夜伽は必要ございませんね。この人に癒やされてくださいませ」
「違うんだああああああああ!! ちょっと二人ともこっち来てくれえええええええ!!」
「いやああ! 触らないで! けがらわしい! お父様に言いつけてやる! 縛り首! 縛り首よおおおおおお!」
なんなんだシエナの演技力! こいつの嘘! お父様って誰だ! どういう設定!? こうする必然性がどこにあるってんだあああああ!!
「もう二度と私の前に現われないでえええええええええええええええええ!」
「へぶし!?」
シエナは最後、俺にビンタをして走り去って行った。腰の回し方、手首のスナップ、腕の振り、筋力、どれをとっても完璧。吹き飛ばなかったのが不思議なくらい。「びえええええええええええええええん!」という鳴き声が段々と遠ざかっていく。
「それではご主人様、お話しは家に帰ってからゆっくりと。じっくり聞かせていただきます。決して怒っているわけではないのであしからず」
胸ぐらを掴まれて尋常じゃない膂力で引きずられながら、店を後にするしかなかった。
「ルウさんとユーグさんは、お付き合いをして長いんですか?」
「はい。もう付き合って一年以上になりますけど、いまだにラブラブです! ねー!? ユグたん!?」
ぎゅううぅぅ、と力強く抱きついてくるけど、腕が痛いのは演技に熱が入っているからじゃないだろう。尾行対象にバレるかもしれない。それほど接触してしまった俺への怒りがある。額にも青筋が浮かんでいるところをみると、相当なはず。けど、今はそれどころじゃない。
緊張しながらモーガンと話し始めて幾分。話の流れで、今所有している魔導書をモーガンが見せろと言ってきた。最初は耳を疑った。魔導書はそんな簡単に晒していいものじゃない。それはどんな魔道士に対しての共通事項のはず。それをこともなげに言ってきたのだ。しかし、これはいいチャンスなんじゃないかっておもった。目指すべき存在、現役の魔道士はどんな感想を持つのか。
モーガンの目には集中力がなく、どこか気怠さがある。出会ってから一度も熱が灯っているとかんじたことがなく、ルウとは違った無関心ぶりが印象的。それは、俺の魔導書を呼んでいる今も変わっていない。ページを捲る手が、止まった。どこのページで止まったのか、なんとなく察しがついた。
「この『紫炎』という魔法、今発動できるのかえ?」
「は、はい!」
「やってみせい」
立ち上がり、必要最小限の魔力で、掌に産み出す。俺のオリジナル魔法はいつもと同じくその場に留まっている。
「ここに入れてみぃ」
魔力を操作して、更に小さくした『紫炎』を、つんつんと示されたコップの中へ。少しもその形を揺らがせることなく、水分を蒸発させ続けながら白い煙を放ち続けている。モーガンは目を細めながら間近で観察を続けている。
「ふむ。通常の火系統とは根本から違っておるようじゃの。どんな構成で組み立てておる?」
魔導書を弟子に手渡したモーガンに、言葉につっかえないように説明を始める。
「この『炎獣』、『天啓』というのは完全な自立行動なんですか?」
時折、弟子にも聞かれて答える。双方の質問には淀みなく、そのたびに自信が持ててくる。
「わしの弟子よりも優秀じゃな。その齢で、ここまでできるとは大したやつじゃ」
「あははは・・・・・・」
「ありがとうございます」
「よかったねユーグ、いやユグたん。いやぁ、この人って本当に魔法しか取り柄がないんですよ~?」
褒められた。認められた。喜びがじんわりと広がっていく。我がことみたいにばしばしと肩を叩いて嬉しがっているシエナもあって、倍増してくる。
「しかし、魔道士にはなれんがの」
「「・・・・・・・・・え?」」
コーヒーカップを一口飲んで、弟子から奪った魔導書をこちらに放り投げてきた。信じられなくて、手元まで飛んできた魔導書をしばらく眺める。
「ど、どうしてでしょうか」
「だって目新しさがないんじゃもん」
ぽかん、と呆然するしかない。
「なるほど。『炎獣』、『天啓』。魔法自体に自立行動させる。今までとは違って魔法を操作するのに手間がない。いい着眼点じゃ。しかし、それが炎の魔法で構築されているのはなぜじゃ?」
「そ、それは・・・・・・・・・」
「そもそも、なぜ炎魔法にこだわる? お主が元々火属性じゃからじゃろう。己の使いやすい魔法に囚われておる。発想が雑なんじゃ。アレンジもされておるが、既存の魔法から所々応用されておる。こだわらんでも性質に着目して燃焼、熱から発展させた魔法を創るべきではないかの?」
「・・・・・・・・・」
「義肢についても魔法薬についてもそうじゃ。まったく新しい、お主だけのものがない。それでは通用せんよ。魔道士にはなれぬ。古い価値観に囚われておるかぎりはの。じゃからその顔も隠すはめになったんと違うか? ん?」
「・・・・・・・・・これは、魔法の失敗で」
「ほぉ? その失敗した魔法は完成させたのかえ?」
「いえ、させてはいません。魔導書にも載せていません。最低な魔法なので」
「じゃから、だめなんじゃよ。完成させてもおらぬ中途半端な魔法を、なにゆえ昇華させぬ」
「それは、魔道士は自ら魔法を創りだして。けど俺の魔法はそれと反対の魔法なんです。だから封じています。未完成ですが完成させるつもりもありません」
「くだらん! まったくもってくだらん!」
カップが激しく打ち鳴らす。モーガンが触れていないにもかかわらず。それだけじゃない。まるでモーガンの怒気に感応しているのか、机が、椅子が、建物自体が揺れている。明らかに魔法の気配だ。
「どんな魔法であろうと、個人的価値観で、感傷で、完成もさせずなにが封じるじゃ。お主はそれほど偉い存在なのか? 図にのるな! 例えどんな魔法であろうと、おそろしい魔法であろうと完成させるのが魔道士じゃ。つまらんこだわりなぞ研究の妨げにこそなれど助けになどならんわ! むしろなぜ放っておく! 失敗作として放置しておけばいざというとき暴走するおそれがあるじゃろう! それをお主の価値観のみで! 少なくともわしだったらどんな魔法であろうと創ったら必ず完成させる! それが責任というものじゃ!」
それ以降も、細かいところでのダメ出しは延々に続いていく。弟子が気の毒がったのか、とめてくれなければ永遠にとまらなかったかもしれない。シエナが肩を摩って、キッとモーガンを睨みつける。
「なんじゃ? ルウとやら。お主、わしに意見したいことでもあるんかえ?」
迷っているのか。ここで下手に反論したりすれば、正体がばれるかもしれない。けど、友人である俺を貶された怒りを、我慢できない。そんなところだろう。俺はそんなシエナに落ち着かせるよう促して、改めてモーガンと向き合った。
「ありがとうございます!」
「「「ん?」」」
礼として頭を下げた俺に、素っ頓狂な声を出した。顔を上げると目を丸くしているけど、なにか驚くことがあっただろうか。けど、それどころじゃない。興奮しているし、喜んでいる今の俺にとっては。
「現役の魔道士に、そんな貴重な意見をもらえるなんて、光栄です! これを糧に、次は精進したいとおもいます!」
「え、ユーグ? なんで君笑顔なの?」
「は? なんでってお前こそなんでだよ」
「ええ~・・・・・・・・・? ふ、普通落ち込まない? 怒らない?」
「なんで落ち込んだり怒る必要があるんだよ。だって教えてもらったんだぜ? だめなところ」
「ええ・・・・・・・・・・・・・・・」
「やっぱり他人の、それもプロからもらえる意見は違うじゃねぇか。自分じゃ気づけなかったところも、すぐにわかったんだぜ!? あ、そうだモーガン先生! いえ、モーガン様!」
「さ、様? じゃと?」
「はい! 他にダメなところはありますか!? もっと教えてください!」
「なんでそんなに子供みたいに目をキラキラさせてるんですか・・・・・・・・・」
そうだこいつはこんなやつだったっていう諦め。この人おかしいっていう恐怖。こいつなに? っていう不審。三者三様の視線が注がれ続けているけど、どうでもいい。魔導書を見ただけで判断できる造形深さと知識は本物。その本物の話がもっと聞きたい。知りたい。それによって次は新しい魔法を創れるかもしれないという期待。自分にはない画期的な思考。教えてもらうだけで楽しいし面白い。
「あ、先生。いらっしゃいました」
弟子が扉が開いた音に反応した。きっと待ち合わせをしていた人物だったんだろう。丁寧な挨拶をして、弟子と立ち話をしている。姿格好から、商人なんだろうか。
「残念じゃが、時間切れじゃ」
「そうですか・・・・・・・・・貴重な時間をありがとうございました。ルウ、行こうか」
「・・・・・・・・・」
「ルウ?」
シエナはジッと弟子と一緒に話している人物を観察し続けている。騎士としての真剣さが垣間見えることから、あの男になにかあるんだろうか。「そうね、じゃあおいとましよっか」と一瞬で満面の笑みで立ち上がるのは流石の切り替えの早さ。
「最後のアドバイスじゃが、お主はそのおなごと一生付きおうていくつもりかえ?」
「どうでしょうか。まだわかりません」
「そうか。なら早めに別れておくことをお勧めするぞえ」
「「え?」」
「恋愛にかまけている時間が、魔道士に必要か? 仕事に割く時間があれば、どれだけ魔法の研究に費やせる? そんな甘いものではないぞ。わしでも寿命とすべての時間を使うてもまだ足りんと願うているくらいじゃ。皇帝からの命令や仕事をすべて弟子に丸投げせざるを得ないしの」
それは、人としてだめじゃね?
「好いた者とともになることを諦めて、文字通りすべてを犠牲にする覚悟がなければ魔道士にはなれん。わしのようにな」
最後の言葉が、引っかかった。この人の言葉が正しいなら今の研究所も、シエナとの友情も捨てなければいけない。シエナはまだしも、それじゃあ生活ができない。それに、今の俺にはどうしても犠牲にできないものがある。愛しの奴隷、ルウだ。あの子を犠牲にする、諦めるなんて論外。だから反論しようとすればできる。けど、躊躇ってしまった。
この人も、過去なにか犠牲にしたことがあったんだろうか。実感めいた重さがあったから。
「ご主人様? いったいここでなにをなさっているのですか?」
あ、ルウの声だ。反射的に心が弾んだ。買い物帰りなのか、手提げ籠には大量の荷物が。それを代わりに持とうと近づいたけど、パシン! と手を叩き落とされた。え? なんで?
「外から眺めさせていただきました。ずいぶんとかわいらしいお嬢さんとご一緒だったのですね。腕を組んだり」
あ、まずい。勘違いしてる。ここでは説明できない。
「それも、あ~んしてもらったりユグたんと呼ばれたり。愛を囁かれていましたね。いちゃいちゃらぶらぶでしたね」
やばい。最初から見られてた。というかどうしてそのとき入ってこなかったんだ。
「いや、あのな? ルウ。これはな? ちょっと事情がな?」
「私のことが好きだと告白していたにもかかわらず、遊びだったのですね」
「いや違うよ? 本気だよ?」
「いえよろしいのです。私はご主人様のことをなんっっっとも。これっっっぽっっっちも好きではありませんし。どこの誰と発情しあっていてもかまいません。たとえ私に毎晩毎晩足腰たたないレベルで悶絶させられていても、それは奴隷ですから甘んじて耐えています」
「ちょ、お前! 違うって!」
「ただご主人様の節操のなさに絶望しているだけでございます。こんなすけこまし野郎に今後一生仕え続けなければいけないのかと。舌を噛み切ってもよろしいですか?」
「違うんだああああ!」
説明したくても、ここじゃできない。モーガンも弟子達も、なんじゃなんだと色めきだって注目してるし。というかモーガン様すごいワクワクしてません? 俺の魔導書読んでたときより楽しそうにしてません? あなたにとっては俺の魔導書より修羅場なんですか? とにかくとりあえず外に出てシエナにも説明を頼んで――
「ちょっとユグたんこの女は誰なの!? この女にも好きって言ってたの!? 騙してたわけ!?」
「はああああああああああああああああああああああああ!!??」
こいつなにやっちゃってんの? 本当にこいつなにやってんの!?
「最低! 私の純血を奪っておいて! 女の敵! 魔法馬鹿! いかれポンチ! 凶人と紙一重の研究好きやろう!」
「ふざけたことほざいてんてんじゃねええええええええ!!」
「純血? もうこの人とそこまで進んでいるのですか? おめでとうございますご主人様。今夜はお祝いですね。ならもう今夜から私の夜伽は必要ございませんね。この人に癒やされてくださいませ」
「違うんだああああああああ!! ちょっと二人ともこっち来てくれえええええええ!!」
「いやああ! 触らないで! けがらわしい! お父様に言いつけてやる! 縛り首! 縛り首よおおおおおお!」
なんなんだシエナの演技力! こいつの嘘! お父様って誰だ! どういう設定!? こうする必然性がどこにあるってんだあああああ!!
「もう二度と私の前に現われないでえええええええええええええええええ!」
「へぶし!?」
シエナは最後、俺にビンタをして走り去って行った。腰の回し方、手首のスナップ、腕の振り、筋力、どれをとっても完璧。吹き飛ばなかったのが不思議なくらい。「びえええええええええええええええん!」という鳴き声が段々と遠ざかっていく。
「それではご主人様、お話しは家に帰ってからゆっくりと。じっくり聞かせていただきます。決して怒っているわけではないのであしからず」
胸ぐらを掴まれて尋常じゃない膂力で引きずられながら、店を後にするしかなかった。
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