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八章

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「判決を言い渡す。魔法士ユーグ、有罪。懲役三十四年」

 重々しいギャベルの音が響き渡る。呆然と立ち尽くす俺に、裁判長はスラスラと話を続けている。けど、右から入った情報は反対側の耳から抜けていく。傍聴人はざわめいているけれど、裁判官たちはもう仕事は終わったとお気楽モード。

「被告は魔法士でありながら自身の研究で創った魔法薬および魔導具を不正に外部の人間に渡そうとし、私腹を肥やそうとしていた。魔道士を志し、研究所に勤め、魔法のなんたるかを重々承知していたにも関わらず本来禁止されている行為を犯した罪は――」

 いやなにこれ? そもそもなんで俺ここにいるの? 

「よって、本人への乗除酌量の余地はなく反省と今後の再発防止のため執行猶予はなしとする。閉廷」

 意味がわからない。そもそも俺が逮捕されてから裁判が開かれるまでのスパンが短すぎる。昨日逮捕されたばかりだぞ? 午前中は質疑応答があって、罪状を読みあげて裁判官たちが話し合って、こちらの弁護も証言も最初から聞く素振りさえなかった。おかしいだろ。営舎にいるときはろくすっぽ取り調べすらなかったし、ここに来るまで罪状さえ知らなかったんだ。

「被告はすみやかに退出しなさい」
「ちょっと待て、いや待ってください! 俺は無実です! なにもしていません!」
「もう判決は下された。退出しなさい」
「証拠はあるんですか! いきなり逮捕して裁判っておかしいだろ!」
「君が知らなかっただけで、裁判とはこういうものだ」
「嘘つけ! 訴えるぞ!」
「これ以上の発言は侮辱と見なして罪を重ねるだけだぞ!」
「証拠は揃っているんだ! 証言もある! 見苦しい!」
「もし不服であるならば異議申し立てを行い、きちんとした手続きを踏まえて――」
「じゃあ異議あり!」
「じゃあってなんだ! ふざけているのか!」

 もうなりふりかまっていられない。このままじゃ確実に人生が終わる。必死に食い下がる。手続き? 関係ない。身に覚えのないことで三十年以上も時間費やしてたまるか。

 待てよ? けど、牢獄の中って食事出るんだよな? だったら働きながら研究なんてしないでも、牢獄の中で魔導書を創れるんじゃ? 

「もういい。連れていけ」

 
 裁判長が促すけど、考え事をしていて動けない。両側から肩を掴まれて強制的に移動される。やっと材料も手に入らないし試験も受けられないじゃん、というかあの子と一緒にいられないじゃんと気づいたときには既に遅し。扉が開いて、熱いほどの太陽光に目が眩む。

 目が慣れた頃には、一体これだけの人間がどうして集まれたのかと驚くほどの衆人環視に晒される。どこから集まってきたんだこいつら。暇人か。手と足に付けられた枷が重く、やっと一歩歩けば悪意のないひそひそ話が聞こえてくる。人だかりが自然と割れてぽっかりとした道を通り、重しを引きずりながら進んでいく。

「あれがユーグか」
「前々からヤバいやつだって噂はあったけどなぁ」
「知ってるか? 前に三十人殺したらしいぞ」
「私はセクハラしたって聞いたけど?」
「私同じところに住んでるけどよく奇声あげてるよー」
「夜な夜な女の子を攫って魔法の実験にしてるって」
「魔道士(予定)なんて呼ばれてるからなー。いつかやるとおもってた」

 あいつらぁ・・・・・・! 好き勝手ほざきやがって・・・・・・・・・! 今すぐ魔法をぶっ放したいけど、封じられている身としてはなにもできない。掌と体には魔法を発動できない措置を加えられているし、枷も魔導具でできている。どれだけ凶悪だとおもわれてるんだ。

「ご主人様」

 悔しさと怒りがない混ぜになった状態の脳が一気に覚醒する。声のした方向を探すと、すぐに見つかった。金色の髪の毛に尖った耳、ふさふさの尻尾。我が愛しの奴隷、ルウ。いつもと変わらない彼女はぽつねんと立ち尽くしこちらに視線を注いでいる。

 感情が読みにくい子だけど、俺にはわかっている。俺の心の恋人だということには変わりないから。以前あった事件を乗り越えて本当の主と奴隷になった俺たちの関係がやっと始まる。そのはずだった。なのに、無実の罪で逮捕されて牢獄に繋がれる。きっと不安で仕方ないだろう。それだけじゃない。驚いている。けど、俺の無実を信じてくれているに違いない。

 そうだ。俺はルウのためにも無実を晴らさなければいけない。我慢できず、駆け寄る。重しのせいでおもったようにいかないけど。牢役人も察してくれたのか腕を緩めて俺をとめようとはしない。

「ルウ」

 能面のような無表情の下には一体どんな感情が渦巻いているのか。髪質と尻尾のふわふわ加減からするときちんと風呂には入っているんだろう。食事は食べれたんだろうか。昨日は夕食中に騎士たちが押しかけて来たから。ああ、そんなことよりももっと言わなきゃいけないことが。信じていてくれ? 待っていてほしい? そんなありきたりな言葉なんて俺たちの間には不要。なら――

「愛して――」
「面会は月に一度、晴天の日だけでよろしいですか?」

 言わせてもらえなかった。

「っていうか諦めてるじゃねぇかああ!」
「だってもう判決は下ったのでしょう? 一度下った判決を覆すのは九割九分九厘無理だと教わりましたので」
「誰から教わったんだあああ! そんなこと!」
「シエナ様です」
「あのやろおおお! 余計なことをををををを!」
「あとご主人様のお気持ちはお断りさせていただきます」
「そしてふられた!」
「こんなところで告白されてもときめきません。場所と空気を大切にしてください」
「しかも的確にダメ出しされてる!」

 うう、なんだよぅ・・・・・・。なんでこんな目にあわないと。

「おいあんた。かわいそうだけどもういいだろう」

 妙に同情めいた牢役人が肩を摩ってくる。嬉しくない。

「諦めないでくれ! 俺無実だから! 頑張って無実だって証明するから! そのために毎日面会に来て! お願い!」

 膝をついて年下の女の子に縋りつかんばかりに張りついている俺は、さぞ惨めだろう。けど、ここでルウが去ってしまったら死んでしまう自信がある。

「無理です。私も新しい生活があるので」
「新しい生活ってなに!? 俺がいない生活のこと!? 受け入れないで! 抗って! 俺も抗うから!」
「とはいえ、私も今後生きて行かなければいけないので。場合によっては別の主を探さなければいけないでしょう」

 それは、誰か別の誰かの奴隷になるってことか? 別の誰かのお世話をして、別の誰かと寝食をともにして。別の誰かにあの尻尾も耳も匂いもすべて捧げるというのか?

「いやだ! 誰かのものにならないでくれ!」
「では命令なさってください」
「・・・・・・・・・できるわけないだろおおおおお!」
「我が儘もいい加減にしてください。お役人たちも困っていますよ」
「急に叱ってこないでくれ! お役人たちなんて気にしないで俺を一番に気にしてくれ!」
「ちっ・・・・・・。もうめんどくさいですね。お役人さま。この人早く連行してください」

 後ろにいる牢役人たちは痴話げんかとおもっているのか。躊躇っているらしいけど、時間の問題。ルウと話ができる時間のリミットが迫ってきている。必至に頼みこむと意気込みが強すぎて、腰に手を回して抱きつく。

「お願い! 絶対帰ってくるから! たとえ無理でも最悪脱獄するから!」
「脱獄!? おい今なんてった!」
「うるせぇ今大事なところなんだ邪魔すんなあ! お願いルウ見捨てないでええ!」

 牢役人が殺気だって力ずくでルウから引き剥がしてくる。というかルウも指を折らんばかりに離れる手伝いをしている。最後にはほっぺたにあたった尻尾の感触にうっとりとした瞬間、一気に引き剥がされてしまった。

「せめて! せめて面会来たとき『もふもふタイム』させて! それだけで生きられるから! というか今させてくれええ!」
「・・・・・・・・・気持ち悪いです」

「『もふもふタイム』ってなんだ!?」「わからんがなにかの隠喩ではないか!?」と騒ぐ牢役人のせいで、ルウと離されていく。二人がかりで押さえつけられて魔法が使えない俺は為す術がなく、そのまま引き立てられていく。ひらひらと無表情で遠ざかっていくルウが涙で滲んで見えなくなる。

「せめて! 週一! 週一でいいから! 俺に生きる活力をくれええ!」
「はぁ。では買い物帰りに忘れてなかったら立ち寄ります」
「休憩感覚!?」
「差し入れはなにがよろしいでしょうか。干し肉でいいでしょうか」

 うう、一体どうしてこんなことに・・・・・・・・・。ルウと、一目惚れした奴隷との新しい毎日が始まるはずだったのに・・・・・・、と自然と過去を振り返らずにはいられない。
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