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第二部

プロローグ

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 四方を石壁で固められ、蟻の入り込む余地がない空間に、火が灯った。頑丈な拘束で身を縛られ荒々しく木戸が開いて、のろのろと遅い男を急かして椅子に座らされる。対面しているミノタウロスの表情は不遜でブスッとしている。背もたれに上体をあずけて大きく仰け反る姿勢をとったのは僕、シエナが少年だからだろう。要するに舐め腐っているわけだ。

「どうしてここに連れられて来たのか、もう散々話をしただろうから省略するよ。君は誰と繋がっている? 他の仲間は?」

 仕事モードのキリッとした表情も、相手からしたら無理して強がっているだけとしか受取られないのだろうか。鼻を鳴らしてハッ! と馬鹿にした笑いをしたあと、ニタニタと明後日の方向へ顔を向けてしまう。こんな手合いにはもう慣れてしまっているから今更怒ったりはしない。

「君にはスパイ容疑がかかっているんだよ。他の捕まえた者たちからも話を聞いたけど。もう皆喋っているんだよ」

 かまをかけてみるけど、変化はなし。よほど忠誠心があるのか。それともこれから自分が受ける仕打ちを想像できないからか。

「主殿。どうする?」

 僕の使い魔であるネフェシュが虫の羽音めいた飛行音を携えてやってきた。僕は黙って頷いて、前から決めていたことを実行させる。木戸が閉まったあと、おもむろに立ち上がって蝋燭を手に取る。

「君には家族がいるのかい? 生きて会いたいとおもわないのかな」

 少しだけ、ほんのわずか。反応を示した。

「出稼ぎで帝都にやってきたと周囲に説明しているよね。村の名前はドラゴ村だっけ。これから調査に行くけど。そこにいるのかな。それとも共和国かな」

 この男が共和国からやってきたというのは、スパイであることからも一目瞭然。珍しいことじゃない。帝国のスパイだって共和国にいるし、お互い様。だからといってスパイを見逃す理由はない。スパイを捕まえたのは別の騎士隊、グリフォン隊の役目だった。彼らには他の仕事があったから捕まえたスパイの尋問が我らマンティコア隊に丸投げされた。
 
 しょっちゅうだからもう仕方ないけれど、最後までてめぇらでやれやって考えてしまうのも仕方ないだろう。ただでさえ忙しいのに別の仕事を回されたのだから。少しでも楽に追われるようにこうやって話術で情報を引き出さればいいんだけど。

「・・・・・・・・・」

 ミノタウロスは、もうなにも反応しない。目を閉じて意地でも喋らないと意志表示している。どうやら少し手荒なことをしなければ終わらないみたいだ。うんざりして、溜息をはく。

「ガキが」
「ん?」
「騎士の装束が似合ってねぇんだよ。身の丈に合うようオーダーメイドで仕立て直してもらったらどうだ?」
「・・・・・・・・・」
「いっぱしの大人ぶってるんじゃねぇぞ。こちとら命がけなんだ。子供の遊びに付き合ってる暇はねぇんだよ」

 プチッ♪

 蝋燭を手に取って、男の瞼に突き刺す。絶叫とともに暴れ回るミノタウロスをそのまま突き飛ばして椅子ごと床に倒れさせる。醜く焼けた瞼を押さえながら呻いているミノタウロスの足の腱を即座に『錬成』したレイピアで断つ。
 挑発。動揺を誘っている。開き直っている。必死に言い聞かせているけれど、我慢できない。

 皮膚を斬っていく。顔を。血が流れている傷口を、転がっている蝋燭で焼いていく。小さい悲鳴をあげながら傷つけるたびに身を捩り逃げるミノタウロスのお腹に爪先を叩き込む。

「オラアアア!! 誰が子供だあああ!! 誰の身長が妖精サイズだあああ!!」
「ひ! い、言ってな――」
「うるさああああああああい!! 今しゃべってるのは僕だああ!! 殺すぞおおおお!!」
「いや殺しちゃだめだろ」

 ツッコミに荒々しく振り向くと、ネフェシュが呆れた様子でなにかを抱えてやって来た。

「なにやってんだよ。こいつにはなにもしないんじゃなかったのか? これだけ見せてびびらせるって」
「予定変更する。道具持ってきて」
「・・・・・・・・・こっちの身になれよ」
「なにか言ったかな? 君もこの男みたいに今すぐ殺せるんだよ。ああ、違った。君の場合は呪い殺すだったね」
「・・・・・・・・・チッ。いずれ殺してやる」

 ブツブツと呟きながら使い魔が去り際にすべての燭台に火をつけていった。明るい空間になったからか、少し冷静さが戻ってきた。ミノタウロスの焼けた瞼を切り落とし、角を引っ張り上げてネフェシュが運んできたものを強制的に確認させる。

「あ、あ?」
 
 最初、それがなんなのか瞬時には把握できなかったんだろう。説明がなければそれが生きた人間だった痕跡すらないのだから。

 全身の皮膚をすべて削ぎ取られた上で焼かれている。両肩と両太ももから先はなく、男性器は切り刻まれ開かれて真ん中のあたりで切断。睾丸も動揺。髪の毛は皮膚ごと無くなっていて鼻、耳、顎は切り落とされている。舌と歯を抜き取られて、右目は潰されている。足で転がして臓器がない空っぽなお腹もしっかりと見せてやる。

 巨大な芋虫ではないとわかったのは僅かな呼吸音とまだ残っている左目のおかげだろう。尋常ではないくらい怯え始める。これを行ったのは僕と使い魔で、もちろん全員に対してするつもりはなかった。ただ、この男が一番情報を持っているとかんじたし、事実そのとおりだった。それと見せしめとして用意しておけば他のやつらは喋りやすくなるだろうって魂胆があった。

「君の言う通り、僕は子供さ。だから加減ができなくてこんなザマにしてしまった」

 木戸の開く音、ネフェシュが懸命に持ってきた重々しい金属音にも怯えている。面白くはない。もう慣れたこととはいえ、仕事だし割り切っている。

「次からは気をつけようとおもっていたけど、腹がたってしまったんだ。だから憂さ晴らしをさせてもらうよ。君も喋るつもりがないようだし」

 並べられている鋸、やっとこ、爪はぎ、やすり、金槌、ナイフ。その他錆びて生々しい血痕がべっとりと付着した拷問器具の数々。使い魔は両手でその中から睾丸潰しを手に取ってキリキリと微調整している。これから自身におこるであろうことが想像できたのか。縺れる舌であわあわとミノタウロスは必死に喋ろうとしている。

「しゃ、喋るよ。だから――」

 ただ怯えて口走ったことには信憑性がない。何度も何度も拷問をして、繰り返し問いかける。そして、他のやつの話と照らし合わせて、一致した部分を重要視する。そこまでやらないと大勢を捕まえた意味と拷問の意味がない。金槌で肩、肘、両手、足、踵、膝を砕く。抵抗できなくなったところで、猿ぐつわを噛ませてネフェシュから受取った機具を準備する。


 転職しようかな。乱暴にズボンを破かれた音を聞きながらなんとなくおもった。それとも出世すればなにか変わるんだろうか。意義がある仕事だけど、血なまぐさい役目に慣れて、罪悪感も自己嫌悪もなく作業めいた拷問をしていると途端に虚しくなる。

 子供の頃憧れていた騎士になって早数年。現実を少なからず知ってときめきが無くなっている。綺麗事、華やかさ、胸を張れることばかりじゃない。それが現実で、世の中の仕組みだって理解できるくらいには成長している。けど、虚しくなる。親友に負けたくない、見習わないといけないって頑張ってはいるけれど。それだけでなく、使い魔のことだってある。

 ああ、胸躍るような役目が振ってこないものか。

「準備できたぞ。主どの」
「ん? ああ、ありがとう愛しのネフェシュ」

 まさか、このときの拷問があんなことにつながるなんて予想だにしていなかった僕は夕食どうしようかなって呑気に妄想しながら拷問を行い続けた。
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