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六章

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 食器が鳴る音だけが支配する重苦しい空気にはいつまでも慣れない。せっかくの手料理さえのんびりとあじわうこともできない。俺自身が招いたという事実が一層気分を滅入らせてくる。少し仕事で留守にする。そんな簡単なことでさえも伝えるのに躊躇する。

「いやぁ旦那、騎士団てのはこわい人たちですねぇ」
 だからなにも買うつもりはなくても、ルウとの時間を避けるためこうしてマットと無駄話を繰り広げている。

「ほとんどやくざですよやくざ。何日も調べられて店の帳簿とか商品とか全部調べられて、やっと解放されて営業再開できたんですから」
「話は知ってるよ。災難だったな」
「いえね? 客商売ですからお客さんの顔は覚えるようにしていますよ? けど旦那みたいな馴染みは別で、初めてとかそんなに来ないお客さんのことまで覚えちゃいませんて。それに、どの商品を買っていったとかまでなんて。変にうわさになって少ないお客さんがさらに減っちゃっても騎士団は責任とっちゃくれませんからねぇ。旦那とは違って商売ですから」

 それは魔道士(予定)とかルウとのことを言ってんのか?

「しかし、旦那もお忙しいんでしょうねぇ。ルウちゃんがよく話してくれますから」
「どういうことだ?」

 忙しいのは当たり前だけど、それとルウの話にどうつながる? 

「ルウちゃんがこの店に来るとき、よく言うんですよ。ご主人様はお忙しいです、変わりに自分が素材を買いに来たと。そろそろご主人様が必要な素材を補充しておきたくて、とか」

 ・・・・・・・・・ルウが俺の変わりに来ていたのなんて初耳だ。最近は一緒にいる時間を意図的になくしているというのに、俺を気遣ってくれている・・・・・・。それも、フった相手のことを・・・・・・!

「う、ううう・・・・・・」
「旦那、いきなり泣いてどうしたんですか!?」

 優しすぎる・・・・・・好きすぎる・・・・・・・・・。いとおしい・・・・・・。けど、それはあくまで奴隷として主への忠誠心、個人的感情からではないと、必死に自分に言い聞かせて二十分。散々泣きじゃくってやっと落ち着いた。

「ルウはよく来るのか?」
「え、ええ。あと、市場に行くときとか帝都で歩いているときとかよく買い物しているときも見かけやすよ。お店の人たちに可愛がられていやした」
「そうか」
「『あんな変人で大変だねぇ』『負けちゃいけないよ』って励まされていやした」
「・・・・・・・・・そうか」

 どうやら俺のうわさはとんでもなく広がっているらしい。改めて、俺ルウのことなんにも知らないんだなぁ。市場の人とかマットの店によく来るとか初耳だし。

「それと、こないだ病院に入るところ見やした」

 おそらく入院している商人のお見舞いだろう。意識は戻ったらしいけど、まだ安静が必要って話を聞いた。けど、それって俺がやらなきゃいけなかったんじゃ? ルウは俺の代わりとして見舞っていたんだろうか?

 人として駄目じゃね? 俺。

「あ、そうだ。『隷属の首輪』を無効化できる人について知ってるかって聞かれたこともありやした」

 ぴくり、と反応してしまう。ルウがそれを尋ねた意図はもうなんとなくわかっている。けど・・・・・・。

「ああ。以前その話になったからだろうな。マットは知ってるのか?」
「ええ、商売人ですから。情報っていうのも武器になりやすからね。金や交換条件で無効化してくれる業者がいるとか帝都のどっかにいるとか」
「具体的な方法とか場所とかも?」
「そこまではさすがに。けど、そんな危ないもんに手を出そうとは思っちゃいやせん。健全でまっとうな商売を基本にしているんで。それに、下手に関わったら逮捕されちまいまさぁ。逃亡奴隷は投獄か処刑。それに協力したやつもすべからくってね。まぁ、そうじゃないと皆奴隷は逃げだしちまうし、だからこそそんな抜け道みたいなこと商売にしている輩も現れるんですけどね」

 ルウが逃亡しようとしている。俺のところからいなくなる。前はこわかった。なにがなんでも阻止したかった。けど、シエナと話したからか、今は落ち着いていられる。マットとなんでもないこととして話題にできる。それでも、なにかの勘違いであってほしい。そんな願いは消えなかった。

家に帰ってその件について尋ねることもしなかった。結局、遺跡調査の件を話せたのはその日の夜。浴場から戻ってくる道でだった。

「そうですか」

 やはり、反応は淡泊すぎるものだった。けど、内心は安心しているだろう。ひょっとしたら喜んでいるかもしれない。なにしろ望まない相手なんだから。それが、わかるようになっても、今は自嘲していられる。

「すぐ帰れないだろうな。なにしろあの大魔道士の遺跡だから」

 ぴく、と耳が大きく跳ねた。

「あの、大魔道士なのですか? そこには、やはり魔法士や魔道士には重要ななにかが眠っているのでしょうか」
「あるかもしれないし、ないかもしれない。過去の遺跡っていうのはそんなもんだ」

 ぴく。ぴくぴくぴく。質問を返す度に耳が連動しているかのように動く。興味を持ったんだろうか? ルウのこんな反応珍しいな。

「では、準備をしなければなりませんね。私はそのような旅をしたことはないのですが、なにが必要でしょうか」
「大した物はいらないさ。まぁ、俺は慣れているから」
「では、私はご主人様の指示をもらって準備いたします」

 それから家に戻ってから、ルウに必要な物を教えてあっという間に荷造りは終わった。あとは食料だが、前日に買っておけばいいだろう。忘れた物がないか確かめているとき、不思議なことに荷物が二人分あった。

「おいルウ、どうしてこんなにあるんだ?」
「どうしてって、二人分必要でしょう」

 予備としてという意味なら、いらない。最悪の状況になれば荷物は少なくして、身軽でいられたほうがいいからだ。

「心配のしすぎだって」

「心配というよりも、初めてですから。ご主人様は慣れていても」

 ん?

「最悪ご主人様のをお借りするというのは奴隷として心苦しいですし」

 んんん???

「なぁ、もしかして、一緒に付いてくるつもりか?」
「もしかしなくても最初からそのつもりです。奴隷ですから」
「えええええええええええ!?」

 うるさい、という無言の抗議。不愉快そうな視線と耳を畳んでいるルウに、慌てて口を押さえる。けどすぐに自分を取り戻す。いやいやいやいや、無理だ。駄目だ。折角離れて色々考えられる機会なのにルウがいたら意味ないだろ。第一どんな危険があるかわからない。守りきれないかもしれない。

「私はいらないということですか?」
「いやそうじゃなくて」
「足は引っ張りませんしご迷惑もおかけしません。もしもの場合、捨ててしまわれても――――」
「できるわけないだろそんなこと!」

 つい叫んでしまった。はっ、となったけどもう遅い。ルウも俯いてしまい、それからなんとなく気まずくなって、双方とも無言。第一なんでよりによってついてこようとするんだろう? 逃げだそうとしているのに。まさか遺跡調査しているときに俺を闇討ちするつもりなのか? その後逃げだすつもりなのか?

「ならば、命令してください。ここにいろと。付いてくるな、待っていろと命じてください」

 けど、そんな考えを導きだした自分を恥じた。本当にルウが遺跡調査で闇討ちを企てているのなら、こんなこと言いだすわけがない。なにより、ずるいだろそれ・・・・・・。そんなことできるわけないじゃないか。フラれたとはいっても、自分の最低さを知っても、ルウに命令はしないって決意を破るつもりはさらさらない。

「どうして、そこまで付いてこようとするんだ?」
「・・・・・・・・・私はご主人様の、ユーグ様の奴隷ですから。それでは理由になりませんか? ご主人様のお役にたちたい、お助けしたいと願うことは許されないのですか?」
 本音だったら、少しは嬉しかっただろう。けど、できない。奴隷だから、忠誠心でそう言っているから。
「・・・・・・じゃあ頼むよ」
「はい」
 結局、断りきることができなかった。俺の気持ちか彼女の気持ちか。どちらを優先したんだろう。
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