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五章
Ⅲ
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「いやぁ来てくださってありがとうございます」
人の良さそうな笑顔とふくよかな体型。人の上に立つ雰囲気をまといながらも親しさを覚えるのは商人特有の処世術か、それともこの人物の人柄か。とにかく、初対面でも悪い感情を抱く人じゃない。
「いやいや、シエナ殿の紹介というから、少し心配だったのですよ。いえね、あの人を疑うわけではありませんが」
「はっはっは。少しはお役にたてるかと」
得意ではない愛想笑いと握手後に続く他愛ない世間話に、内心舌を巻く。こんな状況に追いやった友人、シエナと自分が恨めしい。逃亡奴隷達の一団のとき、シエナがじかに取り調べをした。特におかしなことはなく、スムーズに進んだ。終り頃、シエナが疲れたため息をついて、まぶたの上から目を揉み、欠伸を繰り返していた。のどの奥が見えるほどのだらしなさも、どこか悲痛さを帯びていさえもいる。
「大変そうだな」
「いやなに、例の件で煮詰まっていてね」
苦笑いにも力がない。少し頬が削げているようで、肌にも張りがない。
「それで、今回のこれだろう? それだけじゃなくて、知り合いにあるお願いをされていて、どうしようか悩んでいるし」
「・・・・・・手伝えるのなら、手伝いたいくらいだがな」
例の件。つまり植物と動物の暴走のこと。証拠はないのに、どうしてもエドガーと関連付けてしまって俺が罪悪感を抱いてしまう。そのために出た言葉だったが、シエナは真に受けたらしい。
「ん?」
「ん?」
自分のうかつさを、まず呪った。シエナは聞き逃さなかったのか、気品ある顔立ちにはふさわしくないにやりとした微笑と光ったと錯覚する目つき。嫌な予感が強まる。
「そうかそうか。手伝ってくれるか。ありがたい。流石用字さすがは我が用字わが友、帝都一の魔法士、将来の魔導士(予定)」
(予定)に怒る気もツッコむ気もなく、なんとか逃げだしたかった。
「いや、まだ断言したわけじゃないしそれに仕事とか魔導書作りとか――」
「いや実は知り合いの商人がね? ある宝石を手に入れたらしいんだよ。しかしどうやら魔法がかかっていて箱を開けることができていない。それでどうにかならないかと相談されて」
聞けよこら。
「しかし、君にうってつけじゃないか。僕以上に魔法に精通している」
楽観的。人の善意を信じて疑わない。強引。傍若無人。どれにしてもたちが悪い。というか俺にはなんのメリットがない。そんなことよりもっと大切にしなければいけないことができたばっかりだというのに。
「まぁまぁ、それにルウちゃんも連れてってさ。君の活躍を目撃させなよ。君の不安も解消されるでしょ?」
「あ?」
「ふっふっふ。君のことなどお見通しさ。おおかた、逃亡奴隷のことを知って、『隷属の首輪』をどうにかして外して逃げないか、と不安なんだろう?」
図星すぎてぐうの音もでない。なんでこいつこんなに俺のこと見通せるの? こいつには隠し事一切できないの? こわっ。
「それで、ユーグが騎士である僕がさじを投げた問題を解決すれば、すてき! ご主人様! ってなって逃げようとしないくなるってことさ」
ただでさえ高すぎるソプラノボイスをこれでもかと強めた裏声。ルウのまねをしているんだろうけど、少しも似ていない。本当ならあきれてて鼻で笑って断るところだが、
「・・・・・・本当にそうなるか?」
「え? あ~、うん。うん、多分。きっと。おそらく」
わらにもすがりたい今の俺が興味を持つには十分すぎる理由だ。前のめりになって、何度も確認する。それくらい俺はルウを失いたくない。側にずっといてほしい。だってまだ告白すらしていない。なのに、ある日いきなりいなくなったときのことを想像したら、絶望しかない。生きていけない。
「多分だと? そんな曖昧さで納得できるはずないだろ? ああ?」
「きゅ、九割九分九厘は」
引き気味のシエナの言葉に、逡巡。
「ユーグはあの子のことになるとわれを失うね。さっさと告白すればいいのに」
「おまえ、恋したことあるか?」
「ん!? ん~、あ~、んん? まぁ、なきにしもあらず、かなぁ?」
反応から、ないと判断できる。あからさまに焦ってるし。いろんな女性に声をかけてるから、恋人の一人二人はいたはずじゃないか? けど、逆に本命はいないってことか?
「そんな簡単に告白できたら、苦労しねぇよ」
散々悩んだ末、俺はシエナの手伝いを引き受けることにした。
「もしこれでうまくいかなかったら、責任とれよ? 命をもって」
「だから君、われを失いすぎだって。普段そんなこわいこと言わないだろ」
そんな流れで、知り合いの商人の屋敷を訪ねた今日このごろ。。ルウにも事情を説明しているが、どうして自分も同行するのか疑問を抱いていた。適当な理由で半ば納得させたけど。というか、あんなことがあったというのに、ルウはいつもどおりすぎる。家にいるときも、そうじゃないときも。俺が勝手に不安がってるだけなんだろうか?
「それで、早速例の品を」
「ああ、はい。おい、あれを持ってこい」
小さいハンドサイズの呼び鈴を鳴らすと、女性がやってきた。ルウと同様に粗末な服装をしている。少し変わっているのが右腕を隠すように体半分を布で覆っている。そして、首に『隷属の首輪』があった。
こっそりとルウの反応をうかがう。やはり表面上変化はない。けど、そのハーピィに注目している。自分以外の奴隷と関わったことがないからだろうか。器用にも翼にのせた盆を、机に置く。断ってからその盆にある箱を手に取って角度を確認して探っていく。
「おお、そうだ。おい、なにか軽くつまめる物でも作って持ってこい」
会話の途中で、自らの奴隷にそう命じた。はい、と返事をして、奴隷が部屋を去ろうとする。
「ご主人様、お手洗いに行ってもよろしいでしょうか?」
「え? あ、ああ」
それでは、と軽く頭を下げてハーピィと一緒に出て行ってしまった。途中で戻ってくるだろうとすぐに調査を開始する。ほどなく、魔法を解除できた。一種の防御魔法で、独特のアレンジがなされていたから簡単だった。それでも、俺は意気消沈していた。調査を終えてもルウが戻ってこなかったからだ。
ルウに良いところ見せたかったのに・・・・・・。そもそも今日ここに来たのはそれが理由だったのに・・・・・・。
「ですから、魔法士によっては魔法陣や形に、己の血や皮膚を混ぜるんです。それで、本人以外は解除できない魔法も存在します」
仕方なく、褒めてくれる商人に魔法の説明をする。商人は聞き上手でいいタイミングで相づちをうってくれて、質問をしてくれたからそこそこテンションがあがった。
「ほぉ~。一言で魔法といっても奥が深いのですなぁ~」
つい嬉しくなって、熱が入って語ってしまった。それが嬉しくてもっと魔法について語ってしまった。箱を開けられて目当てのものを手にすることができたからか、商人は上機嫌でにこにこと話を聞いてくれた。一段落してから、話題はお互いの仕事のことに移っている。
「しかし、あなたも奴隷を持っているのですね。いいですよね、奴隷。普通の者を雇うより賃金はかかりませんしなにより周りにアピールできるでしょう? ただ散歩しているだけでも。ステータスをわかりやすく証明できる。はっはっはっは。しかもどんな命令にも従わせられる。こんなにいい物はない」
「う~ん。どうでしょうか」
今まで奴隷についてのメリットなんて考えたこともなかったから、曖昧にしか返せない。それからも商売の話とかしていたけど、トイレに行きたくなったので中断してもらった。さっきとは違う奴隷の子に案内され、トイレに行って気づいたけど、この屋敷には奴隷しかいないのだろうか。皆『隷属の首輪』を付けている。それに、目がキラキラしている。
なんだか違和感を抱きながら歩いていたからか、帰りに迷ってしまった。誰か通りかからないかと願いつつ屋敷をさまよう。通りかかったドアの向こうから、話し声が。案内してもらえないかと少し隙間からうかがうと、どうも調理場らしい。見覚えのある金色の耳と尻尾がちらり。
ルウだ間違いない。顔は見えていないけど。どうしてここに?
さらに近づいて中の様子をうかがうと、ルウは誰かと一緒らしい。
「どうも申し訳ありません。手伝っていただいて」
「いえ」
なぜだかルウはあの奴隷の子、ハーピィの調理を手伝っているらしい。どういうことだろう。
「けど、片手で生きるというのは、大変なのでしょうね」
「日常生活には慣れましたが、それでもこういったことはどうも」
会話と、肉眼で観察してたことから察するに、奴隷の子は片腕がないらしい。それで、ルウは手伝うことにした、という流れなのだろう。
ううう、優しい。尊い。好き。つい涙が出そうになるのを我慢する。
「けれど、この家の主様はひどい人ですね。あなたにそんなことを命じるだなんて。別の人もいるのに」
「いえ、奴隷ですから。それに、私はそんな命令をしてくださるご主人様には感謝をしているのですよ」
「・・・・・・え? 感謝、ですか?」
「ええ。最初からこんな状態で売られていた私だと承知して、奴隷として買ってくださったのですから」
「・・・・・・それでどうして感謝できるのですか?」
「私の家は貧乏でね。母親と私と弟と妹がいて、それで私は出稼ぎで、帝都に来たの」
よくある話だ。この世界ではありふれた、どこにでもある話。珍しくもない。
「それで、私が働いていたお店のお客さんがね。私の翼をどうしても食べてみたくなったって」
「え? それって」
「それが許されるお店で、それが許される身分の人だったの。お金もよかったしね」
すぐには信じられなかったのか、ルウは黙ってしまった。俺も同じだ。世間を知っているつもりでも、それでも驚いてしまった。貴族や金持ちの中には横柄で勝手なやつがいるけど、そんなことがあるだなんて。
「美味しかったらしいわ、私の翼。それで、私はまともに働けなくなって、かんせんしょう? というのにもなって。お店も首になって、それで奴隷商人に捕まって、売られて、ご主人様に買われたの。このお屋敷にいる他の子達も、皆似た境遇よ」
「救われたって、どうして救われたという言い方を? おかしいではないですか。奴隷にされて、物として扱っているんでしょう?」
「誰も私を買ってくれなかった。まともに働けなかったし、自分のこともなにもできなくなってた。そんな私をあえて選んで、買ってくれたのよ? 感謝しなきゃ罰が当たるわ。買われたお金で家族は裕福になったし」
「そんなの・・・・・・おかしいじゃないですか。それでなにゆえに感謝なさるのですか?」
「なにゆえって」
「あなたにとって、その腕を奪った人とここの主様は、同じ対象ではなかったのですか? 字ひどい目にして、それで、片腕も・・・・・・なくなって」
「ご主人様が腕を奪った人、その人なわけではないもの」
珍しく、ルウは取り乱しているのか、声が上擦っていた。
「憎くはないのですか? ここから逃げたくならないのですか?」
「ならないわ」
「どうして」
「だって、憎くないし逃げる理由もないもの。この奴隷としての生活に満足しているの。奴隷でも私を普通の五体満足と同じように扱ってくれるんだから。こんな体になった私を、あえて慰み者にしないで、普通の使用人と同じように仕事を与えて、当たり前のことを当たり前に命じて、できるようにしてくださっているから」
「それは――」
「普通の人と違うところがある側の人っていうのはね、周りの視線以上に、普通の人以上に自分を責めてしまうの。それこそ死にたくなるくらい」
言葉を失っているのか、暫し沈黙が支配する。
「あなたは、どうなの? 今のご主人様のところから逃げたいの? 憎いの?」
心臓が、暴れるように大きく脈動する。それこそ、俺が今一番知りたいこと、そして知りたくないことだった。全神経を目と耳に注いで、ルウに注目し、固唾を飲んで見守る。聞きたい。聞きたくない。離れるべきだ。もし――。自問自答が繰り返され、足が縫われたように動かない。そして願う。
「わかりません」
やっと答えたのは、それだけだった。
「最近、ご主人様のところから逃げたいのか。憎みたいのか。そもそもどうしたいのか。わからないのです。自分でも迷ってしまうのです」
ぼうぜんとしてしまった。期待していた以外の言葉すぎた。だってそれは以前は逃げたいと、憎んでいたってことじゃないか? 憎む? どうして俺を?
「あなたのご主人様、良い人そうだけど」
「ええ。すてきな人です。私に優しくしてくださったり。えっちなこともお命じになりませんし。私を気遣ってくださいます。憂さ晴らしに暴力も振るいませんし食事やお風呂も」
好意的で、ちょっと照れる。ってそれよりも理由だ理由。
「けど、時折気持ち悪かったりこわかったり意味不明だったり心配になったり、唸ったり叫んだり」
うおおお・・・・・・! マイナス評価がぶっちぎってるじゃねぇか・・・・・・! 廊下の真ん中で思わず両膝をついて落ち込む。油断すると涙がでそうだ。
「けど、だからこそ迷ってしまうんです。だからこそ、苦しいのです」
「苦しい? どうして?」
「だって――」
うう・・・・・・だめだ。これ以上聞いていられない。きっと、ルウはこれ以上の不満をもらすに違いない・・・・・・! 憎い理由とかもうどうでもいい・・・・・・! 俺の悪いところとか嫌な所とか・・・・・・そんなの耐えられない。
こっそりと、できるだけ悟られないように、泣くのをこらえて静かにその場を後にした。
人の良さそうな笑顔とふくよかな体型。人の上に立つ雰囲気をまといながらも親しさを覚えるのは商人特有の処世術か、それともこの人物の人柄か。とにかく、初対面でも悪い感情を抱く人じゃない。
「いやいや、シエナ殿の紹介というから、少し心配だったのですよ。いえね、あの人を疑うわけではありませんが」
「はっはっは。少しはお役にたてるかと」
得意ではない愛想笑いと握手後に続く他愛ない世間話に、内心舌を巻く。こんな状況に追いやった友人、シエナと自分が恨めしい。逃亡奴隷達の一団のとき、シエナがじかに取り調べをした。特におかしなことはなく、スムーズに進んだ。終り頃、シエナが疲れたため息をついて、まぶたの上から目を揉み、欠伸を繰り返していた。のどの奥が見えるほどのだらしなさも、どこか悲痛さを帯びていさえもいる。
「大変そうだな」
「いやなに、例の件で煮詰まっていてね」
苦笑いにも力がない。少し頬が削げているようで、肌にも張りがない。
「それで、今回のこれだろう? それだけじゃなくて、知り合いにあるお願いをされていて、どうしようか悩んでいるし」
「・・・・・・手伝えるのなら、手伝いたいくらいだがな」
例の件。つまり植物と動物の暴走のこと。証拠はないのに、どうしてもエドガーと関連付けてしまって俺が罪悪感を抱いてしまう。そのために出た言葉だったが、シエナは真に受けたらしい。
「ん?」
「ん?」
自分のうかつさを、まず呪った。シエナは聞き逃さなかったのか、気品ある顔立ちにはふさわしくないにやりとした微笑と光ったと錯覚する目つき。嫌な予感が強まる。
「そうかそうか。手伝ってくれるか。ありがたい。流石用字さすがは我が用字わが友、帝都一の魔法士、将来の魔導士(予定)」
(予定)に怒る気もツッコむ気もなく、なんとか逃げだしたかった。
「いや、まだ断言したわけじゃないしそれに仕事とか魔導書作りとか――」
「いや実は知り合いの商人がね? ある宝石を手に入れたらしいんだよ。しかしどうやら魔法がかかっていて箱を開けることができていない。それでどうにかならないかと相談されて」
聞けよこら。
「しかし、君にうってつけじゃないか。僕以上に魔法に精通している」
楽観的。人の善意を信じて疑わない。強引。傍若無人。どれにしてもたちが悪い。というか俺にはなんのメリットがない。そんなことよりもっと大切にしなければいけないことができたばっかりだというのに。
「まぁまぁ、それにルウちゃんも連れてってさ。君の活躍を目撃させなよ。君の不安も解消されるでしょ?」
「あ?」
「ふっふっふ。君のことなどお見通しさ。おおかた、逃亡奴隷のことを知って、『隷属の首輪』をどうにかして外して逃げないか、と不安なんだろう?」
図星すぎてぐうの音もでない。なんでこいつこんなに俺のこと見通せるの? こいつには隠し事一切できないの? こわっ。
「それで、ユーグが騎士である僕がさじを投げた問題を解決すれば、すてき! ご主人様! ってなって逃げようとしないくなるってことさ」
ただでさえ高すぎるソプラノボイスをこれでもかと強めた裏声。ルウのまねをしているんだろうけど、少しも似ていない。本当ならあきれてて鼻で笑って断るところだが、
「・・・・・・本当にそうなるか?」
「え? あ~、うん。うん、多分。きっと。おそらく」
わらにもすがりたい今の俺が興味を持つには十分すぎる理由だ。前のめりになって、何度も確認する。それくらい俺はルウを失いたくない。側にずっといてほしい。だってまだ告白すらしていない。なのに、ある日いきなりいなくなったときのことを想像したら、絶望しかない。生きていけない。
「多分だと? そんな曖昧さで納得できるはずないだろ? ああ?」
「きゅ、九割九分九厘は」
引き気味のシエナの言葉に、逡巡。
「ユーグはあの子のことになるとわれを失うね。さっさと告白すればいいのに」
「おまえ、恋したことあるか?」
「ん!? ん~、あ~、んん? まぁ、なきにしもあらず、かなぁ?」
反応から、ないと判断できる。あからさまに焦ってるし。いろんな女性に声をかけてるから、恋人の一人二人はいたはずじゃないか? けど、逆に本命はいないってことか?
「そんな簡単に告白できたら、苦労しねぇよ」
散々悩んだ末、俺はシエナの手伝いを引き受けることにした。
「もしこれでうまくいかなかったら、責任とれよ? 命をもって」
「だから君、われを失いすぎだって。普段そんなこわいこと言わないだろ」
そんな流れで、知り合いの商人の屋敷を訪ねた今日このごろ。。ルウにも事情を説明しているが、どうして自分も同行するのか疑問を抱いていた。適当な理由で半ば納得させたけど。というか、あんなことがあったというのに、ルウはいつもどおりすぎる。家にいるときも、そうじゃないときも。俺が勝手に不安がってるだけなんだろうか?
「それで、早速例の品を」
「ああ、はい。おい、あれを持ってこい」
小さいハンドサイズの呼び鈴を鳴らすと、女性がやってきた。ルウと同様に粗末な服装をしている。少し変わっているのが右腕を隠すように体半分を布で覆っている。そして、首に『隷属の首輪』があった。
こっそりとルウの反応をうかがう。やはり表面上変化はない。けど、そのハーピィに注目している。自分以外の奴隷と関わったことがないからだろうか。器用にも翼にのせた盆を、机に置く。断ってからその盆にある箱を手に取って角度を確認して探っていく。
「おお、そうだ。おい、なにか軽くつまめる物でも作って持ってこい」
会話の途中で、自らの奴隷にそう命じた。はい、と返事をして、奴隷が部屋を去ろうとする。
「ご主人様、お手洗いに行ってもよろしいでしょうか?」
「え? あ、ああ」
それでは、と軽く頭を下げてハーピィと一緒に出て行ってしまった。途中で戻ってくるだろうとすぐに調査を開始する。ほどなく、魔法を解除できた。一種の防御魔法で、独特のアレンジがなされていたから簡単だった。それでも、俺は意気消沈していた。調査を終えてもルウが戻ってこなかったからだ。
ルウに良いところ見せたかったのに・・・・・・。そもそも今日ここに来たのはそれが理由だったのに・・・・・・。
「ですから、魔法士によっては魔法陣や形に、己の血や皮膚を混ぜるんです。それで、本人以外は解除できない魔法も存在します」
仕方なく、褒めてくれる商人に魔法の説明をする。商人は聞き上手でいいタイミングで相づちをうってくれて、質問をしてくれたからそこそこテンションがあがった。
「ほぉ~。一言で魔法といっても奥が深いのですなぁ~」
つい嬉しくなって、熱が入って語ってしまった。それが嬉しくてもっと魔法について語ってしまった。箱を開けられて目当てのものを手にすることができたからか、商人は上機嫌でにこにこと話を聞いてくれた。一段落してから、話題はお互いの仕事のことに移っている。
「しかし、あなたも奴隷を持っているのですね。いいですよね、奴隷。普通の者を雇うより賃金はかかりませんしなにより周りにアピールできるでしょう? ただ散歩しているだけでも。ステータスをわかりやすく証明できる。はっはっはっは。しかもどんな命令にも従わせられる。こんなにいい物はない」
「う~ん。どうでしょうか」
今まで奴隷についてのメリットなんて考えたこともなかったから、曖昧にしか返せない。それからも商売の話とかしていたけど、トイレに行きたくなったので中断してもらった。さっきとは違う奴隷の子に案内され、トイレに行って気づいたけど、この屋敷には奴隷しかいないのだろうか。皆『隷属の首輪』を付けている。それに、目がキラキラしている。
なんだか違和感を抱きながら歩いていたからか、帰りに迷ってしまった。誰か通りかからないかと願いつつ屋敷をさまよう。通りかかったドアの向こうから、話し声が。案内してもらえないかと少し隙間からうかがうと、どうも調理場らしい。見覚えのある金色の耳と尻尾がちらり。
ルウだ間違いない。顔は見えていないけど。どうしてここに?
さらに近づいて中の様子をうかがうと、ルウは誰かと一緒らしい。
「どうも申し訳ありません。手伝っていただいて」
「いえ」
なぜだかルウはあの奴隷の子、ハーピィの調理を手伝っているらしい。どういうことだろう。
「けど、片手で生きるというのは、大変なのでしょうね」
「日常生活には慣れましたが、それでもこういったことはどうも」
会話と、肉眼で観察してたことから察するに、奴隷の子は片腕がないらしい。それで、ルウは手伝うことにした、という流れなのだろう。
ううう、優しい。尊い。好き。つい涙が出そうになるのを我慢する。
「けれど、この家の主様はひどい人ですね。あなたにそんなことを命じるだなんて。別の人もいるのに」
「いえ、奴隷ですから。それに、私はそんな命令をしてくださるご主人様には感謝をしているのですよ」
「・・・・・・え? 感謝、ですか?」
「ええ。最初からこんな状態で売られていた私だと承知して、奴隷として買ってくださったのですから」
「・・・・・・それでどうして感謝できるのですか?」
「私の家は貧乏でね。母親と私と弟と妹がいて、それで私は出稼ぎで、帝都に来たの」
よくある話だ。この世界ではありふれた、どこにでもある話。珍しくもない。
「それで、私が働いていたお店のお客さんがね。私の翼をどうしても食べてみたくなったって」
「え? それって」
「それが許されるお店で、それが許される身分の人だったの。お金もよかったしね」
すぐには信じられなかったのか、ルウは黙ってしまった。俺も同じだ。世間を知っているつもりでも、それでも驚いてしまった。貴族や金持ちの中には横柄で勝手なやつがいるけど、そんなことがあるだなんて。
「美味しかったらしいわ、私の翼。それで、私はまともに働けなくなって、かんせんしょう? というのにもなって。お店も首になって、それで奴隷商人に捕まって、売られて、ご主人様に買われたの。このお屋敷にいる他の子達も、皆似た境遇よ」
「救われたって、どうして救われたという言い方を? おかしいではないですか。奴隷にされて、物として扱っているんでしょう?」
「誰も私を買ってくれなかった。まともに働けなかったし、自分のこともなにもできなくなってた。そんな私をあえて選んで、買ってくれたのよ? 感謝しなきゃ罰が当たるわ。買われたお金で家族は裕福になったし」
「そんなの・・・・・・おかしいじゃないですか。それでなにゆえに感謝なさるのですか?」
「なにゆえって」
「あなたにとって、その腕を奪った人とここの主様は、同じ対象ではなかったのですか? 字ひどい目にして、それで、片腕も・・・・・・なくなって」
「ご主人様が腕を奪った人、その人なわけではないもの」
珍しく、ルウは取り乱しているのか、声が上擦っていた。
「憎くはないのですか? ここから逃げたくならないのですか?」
「ならないわ」
「どうして」
「だって、憎くないし逃げる理由もないもの。この奴隷としての生活に満足しているの。奴隷でも私を普通の五体満足と同じように扱ってくれるんだから。こんな体になった私を、あえて慰み者にしないで、普通の使用人と同じように仕事を与えて、当たり前のことを当たり前に命じて、できるようにしてくださっているから」
「それは――」
「普通の人と違うところがある側の人っていうのはね、周りの視線以上に、普通の人以上に自分を責めてしまうの。それこそ死にたくなるくらい」
言葉を失っているのか、暫し沈黙が支配する。
「あなたは、どうなの? 今のご主人様のところから逃げたいの? 憎いの?」
心臓が、暴れるように大きく脈動する。それこそ、俺が今一番知りたいこと、そして知りたくないことだった。全神経を目と耳に注いで、ルウに注目し、固唾を飲んで見守る。聞きたい。聞きたくない。離れるべきだ。もし――。自問自答が繰り返され、足が縫われたように動かない。そして願う。
「わかりません」
やっと答えたのは、それだけだった。
「最近、ご主人様のところから逃げたいのか。憎みたいのか。そもそもどうしたいのか。わからないのです。自分でも迷ってしまうのです」
ぼうぜんとしてしまった。期待していた以外の言葉すぎた。だってそれは以前は逃げたいと、憎んでいたってことじゃないか? 憎む? どうして俺を?
「あなたのご主人様、良い人そうだけど」
「ええ。すてきな人です。私に優しくしてくださったり。えっちなこともお命じになりませんし。私を気遣ってくださいます。憂さ晴らしに暴力も振るいませんし食事やお風呂も」
好意的で、ちょっと照れる。ってそれよりも理由だ理由。
「けど、時折気持ち悪かったりこわかったり意味不明だったり心配になったり、唸ったり叫んだり」
うおおお・・・・・・! マイナス評価がぶっちぎってるじゃねぇか・・・・・・! 廊下の真ん中で思わず両膝をついて落ち込む。油断すると涙がでそうだ。
「けど、だからこそ迷ってしまうんです。だからこそ、苦しいのです」
「苦しい? どうして?」
「だって――」
うう・・・・・・だめだ。これ以上聞いていられない。きっと、ルウはこれ以上の不満をもらすに違いない・・・・・・! 憎い理由とかもうどうでもいい・・・・・・! 俺の悪いところとか嫌な所とか・・・・・・そんなの耐えられない。
こっそりと、できるだけ悟られないように、泣くのをこらえて静かにその場を後にした。
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