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三章

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 一緒の空間にいるだけで妙な緊張感が張りつめている。明るいやりとりは一切できず、ふとした拍子に泣きそうだ。昼間のシエナのアドバイスがなかったら、耐えられていなかっただろう。

 早々に夕食を食べたあと、工房で研究して気分転換をはかる。けど、やはりスランプは治っていない。試しに何か作ってみようとしても、集中力が続かない。作業は続けられるが、正直しんどい。

 そもそも、モチベーションが一年前と比べて落ちている。意欲、熱意。欠けてしまっているなんてレベルじゃない。皆無なんだ。仕方なしに戸棚の薬草とか根っことか、羊皮紙とか整理整頓して気分転換を図ってみた。その途中、傷薬が減っていたので補充することにした。

 この傷薬を作るのは慣れたもので、難しい手順や道具も必要ではない。薬草を潰して、それを擂り鉢でごりごりと粉にする。特殊な液体を加えてどろっとするまで混ぜていく。

 フラスコの中の水を、弱めの火で温めてコポコポと泡ができるまで待つ。日に干して乾いている根っこを軽く刻んで、フラスコの中に入れようとして、

「あっぶねぇ~」

 危ういところだった。慣れすぎていたせいで油断していたんだろう。本来の根っこと隣のを間違えてしまっていた。しかもそれがお湯に触れると爆発してしまう危険なもの。最低だったテンションは更に下落し続ける。

「はぁぁぁぁ~・・・・・・」

 初歩的なミスをしたという事実が、自己嫌悪に走らせる。そのまま傷薬を作るなんて、とてもじゃないができない。一先ず火を消して、椅子に腰掛ける。

 なにもかも上手くいかないのではないか。ルウのことも、研究も、もしかしたら仕事も。そんな被害妄想すら下手すれば絶対そうだという確信になってしまいかねない。以前から抱いていた疑念、恐怖がよみがえる。
 そもそも自分の夢すら叶えられていない俺が誰かを好きになる権利なんてあったのか。

 コンコン。

 いや、ルウみたいな最強に可愛い子に一目惚れするのなんて自然の摂理だ。世界の真理だ。真実だ。

「失礼いたします」

 なのに俺はなんて愚かなんだ。この馬鹿野郎。

「ご主人様」
「うわあああああああああああああ!!??」

 突然超至近距離で声をかけられたことにびっくりしすぎて、戸棚にぶつかってしまった。そのせいで薬品とか材料とかが床にぶちまけそうになったけど、絶妙なバランスと反射神経でキャッチしていく。安堵するのも束の間、いきなり現れていたルウに軽く驚く。

「ど、ど、どうしたんだいきなり! ノックくらいしてくれ!」
「しましたが。それも二度も。入るとき、断りも入れました」
「え? そうなのか?」

 ルウがしたと言うならそれが真実。落ち度は俺にある。それよりも耳に触れた吐息が、まだ生々しく残っている。ぞくぞくとした妙な快感も。なんとかして落ち着きを取り戻さないと、ルウの前で平静でいられない。
 しかし、何故ルウは工房に? なにか用件でもあったのだろうか。

「これはなんの研究ですか?」
「研究じゃない。ただ薬が減っていたからそれの補充をしていたんだ」

 ついさっきミスって爆発しかけたが。敢えて教える必要はないだろう。恥ずかしさと疑問を誤魔化すために、棚に落としそうになった物達を戻していく。

「ならば私も手伝ってよろしいでしょうか」

 え!?

「どうしたんだよいきなり」
「いえ、奴隷ですので」

 それにしてもおかしな態度をとり続け、最低限のコミュニケーションすら命令がないとしてくれないルウから提案なんて・・・・・・。怪しいとは言わないけど。

「ご迷惑ならばやめますが」

 ・・・・・・ずるい。仮にも好きな子にそんな言い方をされると断れない。

「じゃあ頼むよ。じゃあまずこの根っこを適当に刻んでくれ」
「かしこまりました」

 少し観察してみたが、ルウは普通に指示通りの作業をしてくれている。おかしなところはない。一々命令を要求することもない。

「こちらも、同様にすればよろしいのでしょうか?」
「ああ。そうなんだけど、本当、急にどうしたんだ?」
「どうした、とは?」

 可愛く小首を傾げ不思議がっているのが・・・・・・もうたまらんくらいいとおしい。ってそれどころじゃない。


「主を手伝うのも奴隷ですので」
 命令じゃないことは一切しなかったのに。もう謎すぎてなにがなんだかわからない。頭がおかしくなりそう。

「もしかしたら、私は足手まといでしょうか。やはり迷惑でしょうか。私のような奴隷がいると集中できないとかなにか失敗するとか、ご主人様の素材に触られたくない研究に手出ししてほしくないということでしょうか」
「そんなわけないだろ!」

 なんてことを言うんだ。ただこの工房にいてくれているだけで充分役立っている。この世に存在しているだけで俺にとっては奇跡みたいなことだというのに。そうだ、ポジティブに考えよう。ルウと一緒に研究をするなんて、それはもう共同作業、夫婦、もしくは運命共同体じゃないか。二人で創ったものが魔道士の試験で認められでもしたら、それは公に二人の関係を認められたも同然。

 良いこと尽くめじゃないか。なんだか照れてしまうな。

「しかし、ここは寒いですね」

 肩を摩るルウ。慣れていたけど、そういえばこの工房は大分室温が低い。慣れていないルウには厳しいのか。慌てて魔法を操作する。

「? なんだか少し温かくなって」

 『紫炎』の魔法を応用して、室内の温度を上昇させた。これが実は地味に難しい。ただでさえ高温の『紫炎』だから、調整を失敗すればここはサウナみたいになるだろう。

「魔法とは便利ですね」

「戦場でいるときに発明した応用だ。なんてことはない」
「・・・・・・戦場でですか?」

 冬、雪が積もっている場所や凍える場所でも寝たり戦ったりしなければいけなかった。だから、そんなところでは普通に過ごすことなんてできない。なんとかできないかっておもいつきからできた魔法。

「魔導書には記しておいたけど、なんてことはない。それに、古代の魔法士とか魔道士とかは、もっと難しい魔法をぽんぽんぽんと発明していたし、そもそも温度を操作するなんて誰でも――」
「はぁ、なるほど。さすがは魔道士(予定)であらせられます」

 お前までそれを使うのか! 

「そんなことよりも、魔道士(予定)様。あ、間違えましたご主人様。これを使えばいいのでしょうか?」
「・・・・・・その根っこは似ているけど傷薬の材料ではない。それをお湯に漬けると爆発してしまうからな」

 きっと言い間違えただけなんだ。うん、そうに違いない。馬鹿にしてるんじゃない。

「はいわかりました」
「見分け方はこっちが曲がっていて、こっちは真っ直ぐで――」

 解説をしようと一瞬ルウから目を離したのが悪かったのか。ぽい、とフラスコの中に持っていた根っこを放り投げた。

あ、まずい。走り出したが、フラスコの中で火花が散った。

 ボン!! けたたましい爆発音と閃光が室内を一瞬で包む。爆風で吹き飛ばされて体が上下逆さまになった状態であることを把握できたのは、どれくらい経ってからだろう。とにかく立ってみると、黒い煙と焦げ臭さが部屋に充満していた。咳きこみながら、急いですべきことをする。

「怪我はないか?」

 まず一番大切な存在、ルウの安全確認。全身煤だらけでボロボロではあるものの、大きな外傷はなさそうだ。

「なんであれを入れた?」
「危険とおっしゃっていたので、効果をじかに試してみたかったのです」
「好奇心は大切だ。なら仕方ないな」

 なんでも体験することで、本当に危険なことであると認識できる。それは糧になる。だからルウは悪くない。悪いとすればとめられなかった俺。

材料とか薬とか、いくつか駄目になってしまったが、魔導書は無事だし。何よりルウが貴重な体験をできた。それだけで十分だ。

「申し訳ございません。手伝うつもりが逆に迷惑をかけてしまいました。どうぞ罰をお与えください」
「必要ないよ」

 反省しているみたいだし、可愛いし好きだから許す。そんなことよりも、材料とか壊れたやつとか、買い足さないといけない。けど、もうお金が殆どない。まだ給料日は遠い。ここで材料費だとか使ったりしたら、今度こそ破産する。少しの間、研究から離れるしかないな、これは。

工房を一通り眺めて、呆然となってしまったが、なんとか踏ん切りをつけることにした。スランプもあるし、いい機会だろう。

「じゃあ少し掃除をしよう」
「それはご命令ですか?」

 ・・・・・・淡い希望は、すぐに砕け散った。結局ルウの変化の理由もわからない。研究は一時中断して、ルウのことを解決しよう。そう考えながら一人で掃除の準備を始めた。
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