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第二章 オオカミ少女は信じない

白米三合の破壊力

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 俺と奏太かなたは、星宮ほしみやと合流しながら体育館の出口へ向かい、犬走いぬばしりへと出た。その数秒後に小桜こざくらが遅れてやってくる。

「そろそろお昼らしいので、料理を運びまーす! 私たちの大本命だよ、がんばってこー!」

 星宮がこぶしげてワンステップでぴょんとジャンプした。

「やっとか……」

 まだ午後練が残っているどころか、明日も仕事があるという事実から目を背けたくなった。

「あたしはかなたちのおにぎり食べたい! すーぱー美味しそうだったし」

 ぴょこぴょこ跳ねるように進む星宮の後ろを、小桜が小走りで追った。

「ヨツギとツユリは月峰ダッシュが待ってるからほどほどに。あれ一周だけでもだいぶきついぞ」

 奏太に言われて思い出した。今日の午後、一番きついんだった。

「私、嚥下力えんげりょく強い方だから! いっぱい食べてもだいじょぶ」

「嚥下力と吐き気の相関性ってあるのかよ」

 問うと、星宮は手を背中に回し、進行方向とは逆の俺たちを見て、後ろ歩きをしながら首を捻った。

「さぁ。でも、弱いよりはいいでしょ」

「ツユリの理論立て、雑過ぎるの草」

 俺たちは階段を上がり、調理室へ。先頭の星宮が引き戸に手をかける。

 ………………ガッ。

 そうだった。土曜日に調理室なんて凶器が大量にある部屋が空いているわけがない。包丁とかフライパンとかまじ凶器。意外と殺傷力の高いのは、オーブンからあっつあつの天板を取り出すときに使う、金属のアレ。正式名称がわからないのだが、大体「ガッチャン」で通じる。ガッチャンは殴ってよし、投げてよしの最強鈍器。ドンドンドン、鈍器~。はいはい殿堂殿堂。

「鍵、俺取ってくるからちょっと待ってろ」

「よつぎちがやさしい! ありがちょ!」

 小桜から変な礼を述べられながら階段をくだる。
 
 職員室の扉を開けると、土曜日だからか部活に行っているのか、教員の人数が少なかった。
 少ない教員の中で、異彩を放っているのが一人。頭に冷えピタ貼ってノーパソをカタカタはじいている男(仮)。あんたは納期間際のクリエイターか。
 
 俺は職員室に入り、冷えピタ男(仮)のデスクへ向かう。

川瀬かわせ先生、調理室の鍵貸してください」

「なんだ小鳥遊たかなし、バレー部はどうした」

 川瀬先生は声だけで俺を小鳥遊たかなし夜接よつぎだと認識したようで、手を止めず画面を見ながらの会話となった。

「昼休憩なんで、料理をあっためて体育館に運ばないとで。先生は何してるんですか」

「仕事」

「はいはいおもしろいおもしろい。冗談はいいから。で、何してるんですか」

「仕事だっつってんだろ」

 あの川瀬先生が休日に学校で仕事⁉ わかる、わかるよ? 川瀬先生は言われた仕事はきちんとこなすのは知っている。でもこの人、自分から仕事するようなタチじゃなかったきがするんだけどなー。なんか川瀬先生が遠くに行ってしまったようで少し寂しい。

 川瀬先生のことだから、今年の夏コミに向けて同人小説とかを必死こいて執筆しているのかと思ったよ……。俺は執筆どころかコミケに参加したことすらないので、どのくらい前までに原稿を仕上げなければいけないのかとかは知らないが、五月なかばの今は忙しかったりするのではないでしょうか。

「先生、今年の夏コミは何のコスプレするんですか」

「今年は行かんよ。お前らの活動を優先するつもりだ」

「はい?」

 言ってる意味がよくわからなかったので、間抜けな声が出てしまった。ここでようやく、川瀬先生は手を止めてこちらを向いた。

「今年は顧問として部活を持ってるからな。お前らの活動についていく」

 いっけね、あまりにもかっこいいことを言われたので一瞬血迷った。トゥンク……となってしまった。見た目に惑わされるな……。この人は男(仮)! かわいくても男(仮)!

「夏休みなんかすんの? 休みたいんですけど」

 月峰つきみね高校は進学校のため長期休暇の課題量が多く、それに加えて夏期講習があるのだ。それ以外の予定はあまり入れたくないのが本音である。
 部活をするのは別にいい。活動内容が料理だから全然いいのだ。俺が嫌なのは、夏の暑い日に月峰高までわざわざ登校することだ。
 うだる暑さの中、五キロ以上離れた山の上の月峰高まで到達する自信がない。途中でばてて動けなくなるどころか、クーラーのいた家からでることすら無理。
 せめて学校にクーラーでも設置してくれるならがんばれるかもしれないが、月峰高は建物の構造上エアコンの設置が不可能らしい。そのため一つの教室にたった一台の家庭用扇風機しか設置されないのだ。地獄かよ。

「部活で海行かね?」

 川瀬先生が人差し指を立てて俺を誘った。

「行かねぇよ。遠いし暑い。あと混んでる」

 宮城県の海水浴場といったら、七ヶ浜しちがはま東松島ひがしまつしま塩釜しおがま石巻いしのまきあたりだろうか。仙台市からは少し距離がある。

「小鳥遊は星宮と小桜の水着姿は見たくないのか?」

「星宮の水着姿は去年見てます。一緒に葛岡くずおかの温水プール行ったんで」

「お前、そういうところズルいよな」

 星宮の水着はロングたけのパーカータイプでスカートがかわいらしい、スタイリッシュなラッシュガードだった。エロくはないけど超かわいい。エロくないのがむしろエロいとかいう謎。マジ天使。肌の露出は少ないが、そこらへんのビキニを着た女性の百倍の破壊力がある。
 
「ま、海は冗談として。何かでかいことやりたいよな」

「計画が大胆な割には内容スカスカで無謀すぎませんかね」

 川瀬先生は座ったままぐっと伸びをすると、指をぱきゃぱきゃ鳴らした。そして引き出しの中から調理室の鍵を取り出した。

「ん、ほれ」

「あざます」

 きびすを返して俺が職員室を出ようとすると。

「星宮の水着姿はどうだった?」

「思い出だけで白米三合は食える」
 
 それだけ言って職員室を後にした。
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