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第一章 出会い、出会われ、出会いつつ。
アオハルレシピ
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「なんだこれ。お前まじで文系の才能ないな」
渾身の反省文を読んで、ハーフツインの川瀬先生がぼやいた。どうして。
「なんであんたが読むんだよ……」
「田中先生は部活行ってるから、かわりに顧問である俺が責任者やってるんだよ。見てやってる分感謝しろ」
川瀬先生は一度読み終わった原稿用紙を、再び最初から雑に読み始めた。
先生、顧問のくせにあんまり部活来ないじゃん。こんなときばっかり顧問を名乗られても困る。
そもそも、俺はこの時間に田中が職員室にいないのは知っている。こんな駄作を見せたら書き直しをくらうに決まっている。だからあえて放課後のこの時間を狙ったのだ。田中のデスクにぼんって置いて終わりのはずだったのに。くそ、珍しく川瀬先生が仕事しているのが仇となった。先生、たまにはサボれ。息抜きも大事よ?
「この作文の内容について物申したいこともたくさんあるが、今はよかろう」
川瀬先生は原稿用紙の束をノートパソコンのディスプレイ裏に差し込んだ。そして缶コーヒーで一度間を置く。
「料理部の調子はどうだ?」
「いいんじゃないですか。問題点をあげるとするなら、小桜が普通に料理できちゃうことですね。あと星宮が制御できないのと、奏太がうざい」
小桜はあの性格のくせに、いったいどうして料理できるのか。この前授業中に後ろ振り返ったらあいつ、編み物してたからな。勉強しろ。小桜の隣の奏太は机の下でジャンプ読んでるし……。勉強しろ。
星宮に関しては言っても聞かないだろうし、逆にそれで大人しくなったら星宮じゃなくなるから、そのままでいいです。このままかわいく料理部のマスコット兼部長をがんばってください。
「楽しそうでよかったな! 四月のお前、すっげーつまんなそうだったし。うんうん、いい傾向だ」
川瀬先生は腕を組んでうむと頷いた。
「今の説明に楽しそうな要素なかったと思うんですけど」
「そんなことはない。小鳥遊が他人のことを気にかけるなんて日が来るなんて、俺は思わなかったよ」
言われて初めて気がついた。料理部と聞いて最初に浮かんだものが、料理ではなくあのバカ共のことだったのだ。
「人と関わるのは総じて楽しい場合が多い。孤独はつらいからな……。あ、でも好きで一人でいるなら別にいいんだぞ。フランスには『選んだ孤独はよい孤独』って言葉があるくらいだ」
「蠱毒は選べませんけど」
「上手いこと言ったつもりか。蠱毒は中国だろ」
しょうもない話題で二人して軽く笑った後。
「あ、そうそう。時に小鳥遊、アオハルレシピはどうなった?」
「なんだよその頭悪い単語は」
いい大人がアオハルとか言ってる時点でもう相当頭悪い。
川瀬先生はこてっと首を捻る。ハーフツインの遊び毛がはらりと揺れた。
「星宮から聞いてないのか? アオハルレシピ」
「聞いてねぇよ。で、それ何」
「月峰高校料理部に伝わる習わしでな。なんかこう……自分の高校生活をレシピで表現する伝統があるんだと」
「聞いといてあれだけど何言ってるかわかんねぇ……」
俺に伝わっていない時点でその伝統、滅んじゃいませんか。ていうか料理部自体が今年まで滅んでただろ。
川瀬先生はこほんと咳を吐いて、椅子に座り直す。
「そんなわけだから、お前も考えておけよ。反省文は田中先生に渡しておくから、今日は帰ってよし」
「うす」
踵を返し、職員室の扉を閉めた。
アオハルレシピ。
仮に、本当にそんなものが存在するとして。俺は一体何を作るのだろうか。
今断言できることがあるとすれば、俺が作る「アオハルレシピ」が美味しいものになるわけがないことだけ。もし美味しく、甘美なものが作れたのだとしたら、それは嘘だ。見えても掴むことのできない虚像、まやかし、偽造品。
だから、ほっぺたが落ちるほど美味しい「アオハルレシピ」とやらを完成させることがあれば、それはきっと嘘に違いない。
今も昔も、往々にして青春に嘘はつきもの。その二つはニコイチ。俺はその事実をとうに知っている。
俺の作るお菓子の香辛料は、とっくの昔からずっと「嘘」なのだから。
渾身の反省文を読んで、ハーフツインの川瀬先生がぼやいた。どうして。
「なんであんたが読むんだよ……」
「田中先生は部活行ってるから、かわりに顧問である俺が責任者やってるんだよ。見てやってる分感謝しろ」
川瀬先生は一度読み終わった原稿用紙を、再び最初から雑に読み始めた。
先生、顧問のくせにあんまり部活来ないじゃん。こんなときばっかり顧問を名乗られても困る。
そもそも、俺はこの時間に田中が職員室にいないのは知っている。こんな駄作を見せたら書き直しをくらうに決まっている。だからあえて放課後のこの時間を狙ったのだ。田中のデスクにぼんって置いて終わりのはずだったのに。くそ、珍しく川瀬先生が仕事しているのが仇となった。先生、たまにはサボれ。息抜きも大事よ?
「この作文の内容について物申したいこともたくさんあるが、今はよかろう」
川瀬先生は原稿用紙の束をノートパソコンのディスプレイ裏に差し込んだ。そして缶コーヒーで一度間を置く。
「料理部の調子はどうだ?」
「いいんじゃないですか。問題点をあげるとするなら、小桜が普通に料理できちゃうことですね。あと星宮が制御できないのと、奏太がうざい」
小桜はあの性格のくせに、いったいどうして料理できるのか。この前授業中に後ろ振り返ったらあいつ、編み物してたからな。勉強しろ。小桜の隣の奏太は机の下でジャンプ読んでるし……。勉強しろ。
星宮に関しては言っても聞かないだろうし、逆にそれで大人しくなったら星宮じゃなくなるから、そのままでいいです。このままかわいく料理部のマスコット兼部長をがんばってください。
「楽しそうでよかったな! 四月のお前、すっげーつまんなそうだったし。うんうん、いい傾向だ」
川瀬先生は腕を組んでうむと頷いた。
「今の説明に楽しそうな要素なかったと思うんですけど」
「そんなことはない。小鳥遊が他人のことを気にかけるなんて日が来るなんて、俺は思わなかったよ」
言われて初めて気がついた。料理部と聞いて最初に浮かんだものが、料理ではなくあのバカ共のことだったのだ。
「人と関わるのは総じて楽しい場合が多い。孤独はつらいからな……。あ、でも好きで一人でいるなら別にいいんだぞ。フランスには『選んだ孤独はよい孤独』って言葉があるくらいだ」
「蠱毒は選べませんけど」
「上手いこと言ったつもりか。蠱毒は中国だろ」
しょうもない話題で二人して軽く笑った後。
「あ、そうそう。時に小鳥遊、アオハルレシピはどうなった?」
「なんだよその頭悪い単語は」
いい大人がアオハルとか言ってる時点でもう相当頭悪い。
川瀬先生はこてっと首を捻る。ハーフツインの遊び毛がはらりと揺れた。
「星宮から聞いてないのか? アオハルレシピ」
「聞いてねぇよ。で、それ何」
「月峰高校料理部に伝わる習わしでな。なんかこう……自分の高校生活をレシピで表現する伝統があるんだと」
「聞いといてあれだけど何言ってるかわかんねぇ……」
俺に伝わっていない時点でその伝統、滅んじゃいませんか。ていうか料理部自体が今年まで滅んでただろ。
川瀬先生はこほんと咳を吐いて、椅子に座り直す。
「そんなわけだから、お前も考えておけよ。反省文は田中先生に渡しておくから、今日は帰ってよし」
「うす」
踵を返し、職員室の扉を閉めた。
アオハルレシピ。
仮に、本当にそんなものが存在するとして。俺は一体何を作るのだろうか。
今断言できることがあるとすれば、俺が作る「アオハルレシピ」が美味しいものになるわけがないことだけ。もし美味しく、甘美なものが作れたのだとしたら、それは嘘だ。見えても掴むことのできない虚像、まやかし、偽造品。
だから、ほっぺたが落ちるほど美味しい「アオハルレシピ」とやらを完成させることがあれば、それはきっと嘘に違いない。
今も昔も、往々にして青春に嘘はつきもの。その二つはニコイチ。俺はその事実をとうに知っている。
俺の作るお菓子の香辛料は、とっくの昔からずっと「嘘」なのだから。
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