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第一章 出会い、出会われ、出会いつつ。
放課後ロールケーキ(4)
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「なんか多くね」
「やっぱり?」
数時間後、俺たちはあまりにも大量に生産されたロールケーキの山を見て、そう呟いた。
アニメや漫画の世界なら一人くらいは料理できないキャラが存在して、口に入れるのすら憚られるダークマターを作り出すのだろうが、残念ながらそんなおもしろいことをしてくれる人はこの部活にいなかった。
俺も星宮も料理ガチ勢すぎて、調理中に愉快な出来事はまったく起こらず。
「ま、少ないよりはマシだな」
「そうだね、たくさんの人に配ればいいだけだし。品切れになった方がダサい。うん」
自分たちにむりやり言い聞かせ、この一件は正当化させた。
俺がロールケーキを等分に切り、星宮がフィルムに入れてマスキングテープをぺたこら貼っていく。
「ねぇ、私おなかすいたからちょっと食べていい? てか食べるね」
星宮は俺の返答を待たずに、手元にあった一切れを口に運ぶ。もにゅもにゅと咀嚼した後。
「うんっっっっっま! 私天才かよぉぉぉ! 小鳥遊くんも食べな? 味見味見」
「今食べたら配る量が減るんだけど」
「まじ本当に美味いから! ふわふわひんやり低反発!」
「食レポが寝具の売り文句すぎるんだが」
とは言ったものの、星宮の反応を見て気になったので、一切れかじってみる。
歯を通そうとするとそれを受け入れる。それでいて柔らかすぎず、硬すぎず。食べ応えと存在感は申し分ない。
星宮の意向で極限まで甘さを控えたクレームシャンティは、生地の上品な甘みを邪魔しないどころか、相乗効果で引き立て合っていた。
「美味っ! こりゃ、無料で配るのはもったいないな。余裕で金取れるくね?」
「ほんとそれなすぎる」
あまりの美味しさに手が止まらず、しばらく二人ではもはもとロールケーキを食《は》んでいると、唐突に調理室の引き戸ががらららっと開いた。ケーキを咥えたまま首を引き戸に向けると、缶コーヒーを片手にした川瀬先生が立っていた。
なんかやつれている。すっごい頬が痩けている。
「よ、星宮、小鳥遊。様子を見に来た」
川瀬先生はそのまま調理室に入り、俺の隣の丸椅子にどかっと腰掛けた。それと同時に大きなため息を吐く。
「……これ、もらっていいか?」
未だ手つかずだったロールケーキを指差して尋ねてくるので、俺と星宮は食べるように促す。それを確認した川瀬先生はケーキをむさぼり始める。
「はぁー、くそうめぇ。二日ぶりにまともな食事だ」
二日間あんたに一体何があった。
「川瀬先生、あんた公務員でしょ。食いっぱぐれないでおなじみの公務員でしょ。なんで教え子に乞食してるんですか?」
というか少なからず缶コーヒーを買う余裕はあるんじゃないんですか。優先順位がコーヒー>食事なのおかしいですよ。コーヒージャンキーめ。
川瀬先生はロールケーキを三切れほど平らげたところで、俺の質問に答えてくれた。
「ほら、税金が……。あとソシャゲの課金してたら口座が空になった。いやー、請求見た時、俺もびっくりしたね。てへっ!」
「てへっ!」じゃねぇ。
「あっははー、せんせーやばすぎー」
笑いごとでもねぇよ。
大人たるもの金銭的余裕と精神的余裕はもつべきでは……。じゃないとモテないよ? 売れ残りになっちゃうよ?
まだ二十代だからって油断してると、まじで行き遅れになりかねないと思います。
それか未だに学生気分が抜けてないのかなぁ。もしかしたら飲み会で「ちょっとイイトコ見てみたーい!」とかやっちゃってるのかな。そんなアラサー嫌だ。目も当てられない。
五切れ目のロールケーキを胃に収めた先生は、テーブルに突っ伏して目を閉じる。そのままの状態で会話が続く。
「にしてもあれだなー。やはり部員が二人だけなのはつまらんな」
「俺は結構楽しいですけど」
「私もです」
星宮が賛同してくれてよかった……。「小鳥遊くんと二人なんてクソつまらない」とか言われたらうっかり首くくるところだった。あっぶねー。いやまじで危ない。
「でも二人だけで部活を回すの、きつくないのか」
「私はぜーんぜん。楽々ちゃんちゃんですよー」
星宮はマスキングテープを指に通して遊びながら答える。
「会計の仕事は誰がやってんだ?」
「小鳥遊くんです」
「記録は?」
「小鳥遊くんです」
淡々とさも当然のように答える星宮を見て、川瀬先生は苦笑いをする。
「ここは小鳥遊のワンマンチームかよ……。ということは部員が増えるのは絶望的か」
「生徒の作った作品食べて食費浮かせようとしてる人間に言われたくないんだよなぁ……」
と、スピーカーからジジッとノイズが走る。ピンポンパンポーンと音階を上がり、しわがれた声が流れた。
『川瀬優希先生、至急第一会議室にお越しください』
その声を聞いた川瀬先生は、やべっと言って立ち上がる。
「六時半から職員会議だったの完全に忘れてたわ。そんじゃ、ロールケーキごちそーさん」
…………既に二十分近く遅刻している件について。しっかりしてよ。まじで。
「やっぱり?」
数時間後、俺たちはあまりにも大量に生産されたロールケーキの山を見て、そう呟いた。
アニメや漫画の世界なら一人くらいは料理できないキャラが存在して、口に入れるのすら憚られるダークマターを作り出すのだろうが、残念ながらそんなおもしろいことをしてくれる人はこの部活にいなかった。
俺も星宮も料理ガチ勢すぎて、調理中に愉快な出来事はまったく起こらず。
「ま、少ないよりはマシだな」
「そうだね、たくさんの人に配ればいいだけだし。品切れになった方がダサい。うん」
自分たちにむりやり言い聞かせ、この一件は正当化させた。
俺がロールケーキを等分に切り、星宮がフィルムに入れてマスキングテープをぺたこら貼っていく。
「ねぇ、私おなかすいたからちょっと食べていい? てか食べるね」
星宮は俺の返答を待たずに、手元にあった一切れを口に運ぶ。もにゅもにゅと咀嚼した後。
「うんっっっっっま! 私天才かよぉぉぉ! 小鳥遊くんも食べな? 味見味見」
「今食べたら配る量が減るんだけど」
「まじ本当に美味いから! ふわふわひんやり低反発!」
「食レポが寝具の売り文句すぎるんだが」
とは言ったものの、星宮の反応を見て気になったので、一切れかじってみる。
歯を通そうとするとそれを受け入れる。それでいて柔らかすぎず、硬すぎず。食べ応えと存在感は申し分ない。
星宮の意向で極限まで甘さを控えたクレームシャンティは、生地の上品な甘みを邪魔しないどころか、相乗効果で引き立て合っていた。
「美味っ! こりゃ、無料で配るのはもったいないな。余裕で金取れるくね?」
「ほんとそれなすぎる」
あまりの美味しさに手が止まらず、しばらく二人ではもはもとロールケーキを食《は》んでいると、唐突に調理室の引き戸ががらららっと開いた。ケーキを咥えたまま首を引き戸に向けると、缶コーヒーを片手にした川瀬先生が立っていた。
なんかやつれている。すっごい頬が痩けている。
「よ、星宮、小鳥遊。様子を見に来た」
川瀬先生はそのまま調理室に入り、俺の隣の丸椅子にどかっと腰掛けた。それと同時に大きなため息を吐く。
「……これ、もらっていいか?」
未だ手つかずだったロールケーキを指差して尋ねてくるので、俺と星宮は食べるように促す。それを確認した川瀬先生はケーキをむさぼり始める。
「はぁー、くそうめぇ。二日ぶりにまともな食事だ」
二日間あんたに一体何があった。
「川瀬先生、あんた公務員でしょ。食いっぱぐれないでおなじみの公務員でしょ。なんで教え子に乞食してるんですか?」
というか少なからず缶コーヒーを買う余裕はあるんじゃないんですか。優先順位がコーヒー>食事なのおかしいですよ。コーヒージャンキーめ。
川瀬先生はロールケーキを三切れほど平らげたところで、俺の質問に答えてくれた。
「ほら、税金が……。あとソシャゲの課金してたら口座が空になった。いやー、請求見た時、俺もびっくりしたね。てへっ!」
「てへっ!」じゃねぇ。
「あっははー、せんせーやばすぎー」
笑いごとでもねぇよ。
大人たるもの金銭的余裕と精神的余裕はもつべきでは……。じゃないとモテないよ? 売れ残りになっちゃうよ?
まだ二十代だからって油断してると、まじで行き遅れになりかねないと思います。
それか未だに学生気分が抜けてないのかなぁ。もしかしたら飲み会で「ちょっとイイトコ見てみたーい!」とかやっちゃってるのかな。そんなアラサー嫌だ。目も当てられない。
五切れ目のロールケーキを胃に収めた先生は、テーブルに突っ伏して目を閉じる。そのままの状態で会話が続く。
「にしてもあれだなー。やはり部員が二人だけなのはつまらんな」
「俺は結構楽しいですけど」
「私もです」
星宮が賛同してくれてよかった……。「小鳥遊くんと二人なんてクソつまらない」とか言われたらうっかり首くくるところだった。あっぶねー。いやまじで危ない。
「でも二人だけで部活を回すの、きつくないのか」
「私はぜーんぜん。楽々ちゃんちゃんですよー」
星宮はマスキングテープを指に通して遊びながら答える。
「会計の仕事は誰がやってんだ?」
「小鳥遊くんです」
「記録は?」
「小鳥遊くんです」
淡々とさも当然のように答える星宮を見て、川瀬先生は苦笑いをする。
「ここは小鳥遊のワンマンチームかよ……。ということは部員が増えるのは絶望的か」
「生徒の作った作品食べて食費浮かせようとしてる人間に言われたくないんだよなぁ……」
と、スピーカーからジジッとノイズが走る。ピンポンパンポーンと音階を上がり、しわがれた声が流れた。
『川瀬優希先生、至急第一会議室にお越しください』
その声を聞いた川瀬先生は、やべっと言って立ち上がる。
「六時半から職員会議だったの完全に忘れてたわ。そんじゃ、ロールケーキごちそーさん」
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