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第62話 カジノは誰が地か
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「私もよくわからないの。あいつは、いきなり現れて、私のことを……」
ユナは、悪魔のことについて話せる範囲で話をした。
その話を聞きながら、ネネは、うんうんと頷いている。口元には穏やかな笑みを浮かべて、しかし、眼差しは真剣そのもの。
「それで、あなたは、どういう素性なのかしらぁ?」
来た。やはりこの質問を投げかけられると思っていた。
すでに心の準備ができていたユナは、ここから先については、嘘をつくことにした。
「旅の戦士よ。行く当てもなく、放浪しているの」
「出身は?」
「ヴェストリア帝国」
ガルズバル帝国に匹敵する一大勢力、ヴェストリア。あそこなら、国の体制も、文化も似ているから、何か問われたとしても嘘を言いやすい。
「ふぅん……」
ネネはしげしげとユナのことを見つめている。
不意に、ドキッ、とユナの胸の内にいやな予感が去来した。
まるでこちらの心を見透かしているかのようなネネの目つき。心の奥底まで丸裸にされているような、恐ろしい感覚がある。
「あなた、嘘ついているわねぇ」
「え」
「ガルズバル騎士団、第一隊隊長ユナ。私のことをだまそうとするなんて、悪い子ねぇ」
「!」
ユナは咄嗟に椅子から立ち上がろうとしたが、背後から、ジャヒーによって肩を押さえられ、椅子に固定されてしまった。ジャヒーはものすごい力だ。抵抗できなくもないが、渡り合うには無傷というわけにもいかなそうだ。せめて剣を所持していれば、なんとかなったのだが。
「わ、私を、どうする気なの」
「そうねぇ。このカジノには、ルドルフが作った地下牢があるわぁ。そこに閉じ込めて、スライム責めとかどうかしらぁ」
「ひっ」
聞いたことがある。ルドルフの趣味。自分好みのバニーガールを調教するために、スライムで責め苦を与える、という拷問を繰り返し行っていた、という話だった。その拷問が、自分に対して行われると聞いて、ユナは顔を青ざめさせた。
「でもぉ、『悪魔』の話は本当だったからぁ、少しチャンスを与えてあげてもいいわぁ」
「な、なによ、チャンスって」
「あなたをコリドールまで送るのぉ。そこで、ニハルに会ってもらうわぁ。あとは、ニハル次第」
「そんなの、おとなしく従うもんか!」
ジャヒーの手を払いのけて、ユナは最後の抵抗とばかりに、テーブルの上に飛び乗った。そこから、ネネに向かって駆けてゆく。
ネネは悠然と構えたまま、微動だにしない。
「あらぁ、それは悪手よぉ」
あとちょっとで、ネネに攻撃を当てられる間合いまで入る、というところで、急に、何かに体をがんじがらめに縛られて、身動きが取れなくなった。
両腕、両脚、胴体に、髪の毛が絡みついている。
ものすごく長い髪の毛だ。強度は高く、ちょっとやそっとでは千切れそうにない。自分の背後から伸びてきている。
「な、なんなの⁉」
ユナは後ろを振り返った。
ジャヒーの髪だ。彼女の髪が伸びて、ユナの体を拘束しているのだ。
「スキル……!」
なにが起きているのかを理解したユナは、無駄なあがきとわかりつつも、髪の毛を切断しようと必死でもがく。だが、徒労に終わった。
「お前、おとなしくしろ」
「離して!」
「ネネ。こいつ、私、連れていく。いいか?」
ジタバタしているユナのことは意に介せず、ジャヒーはネネへと伺いを立てた。
ネネはゆっくりと頷いた。
「お願いねぇ」
※ ※ ※
街道を馬車は行く。
荷台の上には、檻が乗せられており、その中にユナが収まっている。
相変わらず、彼女は髪の毛で拘束されている。
ジャヒーはスキルで髪を伸ばしたまま、馬を進ませる。時おり振り返っては、ユナの様子を見て、彼女が何もできないことを確認すると、また前へと向き直る。
「もともと、あのカジノは、帝国の領地よ。それを勝手に奪ったのはニハル。大義は私達のほうにあるわ」
「さらに、その前、あのオアシスは、砂漠の民のもの」
ユナの文句に対して、ジャヒーは即座に言い返してきた。
「お前達、ガルズバルが、あの地を奪った。ニハルも、砂漠の民。奪い返しただけ」
「ニハルって、砂漠の民なの?」
それは初耳だった。
「多く語らない。でも、見ればわかる。私と同じ肌の色。あれは、砂漠の民」
「じゃあ、カジノ奪還は、復讐のため……?」
「それ、違う。ルドルフ、悪逆非道。ニハルと、その仲間、抵抗しただけ。そしたら、カジノが落ちた」
「だったら、ルドルフだけ倒して、カジノは帝国に返せばよかったじゃない」
「皆、それを望まなかった」
グッ、とユナは言葉に詰まった。
近年において、ガルズバル帝国に反旗を翻す者達が次々と現れている。いまの皇帝はかなり老いており、判断力が鈍っているだけでなく、統治に関して失政続きだ。そのことは騎士団の中でも知られている事実。人心が離れているのは間違いない。
その反動として、騎士団の名声が高まってきている。中には、団長のアーフリードを次期皇帝に、と推す声もあるくらいだ。
ルドルフを騎士団から追放したのは、アーフリード。しかし、そのルドルフを完全に国外追放とせず、カジノに天下りさせたのは、皇帝の考え。
今回、ニハルにカジノを奪われてしまったのは、ある意味では、人々の皇帝に対する反感の表れであるとも言えた。
ユナの胸中は複雑な思いでグチャグチャになっている。正義を愛する心が、ひょっとして、自分達が使えている帝国こそ悪なのではないか、という風に囁きかけている。しかし、騎士団の人間として、帝国に対する忠誠心もある。
自分はどうすべきか。なお、ユナは悩み続けていた。
ユナは、悪魔のことについて話せる範囲で話をした。
その話を聞きながら、ネネは、うんうんと頷いている。口元には穏やかな笑みを浮かべて、しかし、眼差しは真剣そのもの。
「それで、あなたは、どういう素性なのかしらぁ?」
来た。やはりこの質問を投げかけられると思っていた。
すでに心の準備ができていたユナは、ここから先については、嘘をつくことにした。
「旅の戦士よ。行く当てもなく、放浪しているの」
「出身は?」
「ヴェストリア帝国」
ガルズバル帝国に匹敵する一大勢力、ヴェストリア。あそこなら、国の体制も、文化も似ているから、何か問われたとしても嘘を言いやすい。
「ふぅん……」
ネネはしげしげとユナのことを見つめている。
不意に、ドキッ、とユナの胸の内にいやな予感が去来した。
まるでこちらの心を見透かしているかのようなネネの目つき。心の奥底まで丸裸にされているような、恐ろしい感覚がある。
「あなた、嘘ついているわねぇ」
「え」
「ガルズバル騎士団、第一隊隊長ユナ。私のことをだまそうとするなんて、悪い子ねぇ」
「!」
ユナは咄嗟に椅子から立ち上がろうとしたが、背後から、ジャヒーによって肩を押さえられ、椅子に固定されてしまった。ジャヒーはものすごい力だ。抵抗できなくもないが、渡り合うには無傷というわけにもいかなそうだ。せめて剣を所持していれば、なんとかなったのだが。
「わ、私を、どうする気なの」
「そうねぇ。このカジノには、ルドルフが作った地下牢があるわぁ。そこに閉じ込めて、スライム責めとかどうかしらぁ」
「ひっ」
聞いたことがある。ルドルフの趣味。自分好みのバニーガールを調教するために、スライムで責め苦を与える、という拷問を繰り返し行っていた、という話だった。その拷問が、自分に対して行われると聞いて、ユナは顔を青ざめさせた。
「でもぉ、『悪魔』の話は本当だったからぁ、少しチャンスを与えてあげてもいいわぁ」
「な、なによ、チャンスって」
「あなたをコリドールまで送るのぉ。そこで、ニハルに会ってもらうわぁ。あとは、ニハル次第」
「そんなの、おとなしく従うもんか!」
ジャヒーの手を払いのけて、ユナは最後の抵抗とばかりに、テーブルの上に飛び乗った。そこから、ネネに向かって駆けてゆく。
ネネは悠然と構えたまま、微動だにしない。
「あらぁ、それは悪手よぉ」
あとちょっとで、ネネに攻撃を当てられる間合いまで入る、というところで、急に、何かに体をがんじがらめに縛られて、身動きが取れなくなった。
両腕、両脚、胴体に、髪の毛が絡みついている。
ものすごく長い髪の毛だ。強度は高く、ちょっとやそっとでは千切れそうにない。自分の背後から伸びてきている。
「な、なんなの⁉」
ユナは後ろを振り返った。
ジャヒーの髪だ。彼女の髪が伸びて、ユナの体を拘束しているのだ。
「スキル……!」
なにが起きているのかを理解したユナは、無駄なあがきとわかりつつも、髪の毛を切断しようと必死でもがく。だが、徒労に終わった。
「お前、おとなしくしろ」
「離して!」
「ネネ。こいつ、私、連れていく。いいか?」
ジタバタしているユナのことは意に介せず、ジャヒーはネネへと伺いを立てた。
ネネはゆっくりと頷いた。
「お願いねぇ」
※ ※ ※
街道を馬車は行く。
荷台の上には、檻が乗せられており、その中にユナが収まっている。
相変わらず、彼女は髪の毛で拘束されている。
ジャヒーはスキルで髪を伸ばしたまま、馬を進ませる。時おり振り返っては、ユナの様子を見て、彼女が何もできないことを確認すると、また前へと向き直る。
「もともと、あのカジノは、帝国の領地よ。それを勝手に奪ったのはニハル。大義は私達のほうにあるわ」
「さらに、その前、あのオアシスは、砂漠の民のもの」
ユナの文句に対して、ジャヒーは即座に言い返してきた。
「お前達、ガルズバルが、あの地を奪った。ニハルも、砂漠の民。奪い返しただけ」
「ニハルって、砂漠の民なの?」
それは初耳だった。
「多く語らない。でも、見ればわかる。私と同じ肌の色。あれは、砂漠の民」
「じゃあ、カジノ奪還は、復讐のため……?」
「それ、違う。ルドルフ、悪逆非道。ニハルと、その仲間、抵抗しただけ。そしたら、カジノが落ちた」
「だったら、ルドルフだけ倒して、カジノは帝国に返せばよかったじゃない」
「皆、それを望まなかった」
グッ、とユナは言葉に詰まった。
近年において、ガルズバル帝国に反旗を翻す者達が次々と現れている。いまの皇帝はかなり老いており、判断力が鈍っているだけでなく、統治に関して失政続きだ。そのことは騎士団の中でも知られている事実。人心が離れているのは間違いない。
その反動として、騎士団の名声が高まってきている。中には、団長のアーフリードを次期皇帝に、と推す声もあるくらいだ。
ルドルフを騎士団から追放したのは、アーフリード。しかし、そのルドルフを完全に国外追放とせず、カジノに天下りさせたのは、皇帝の考え。
今回、ニハルにカジノを奪われてしまったのは、ある意味では、人々の皇帝に対する反感の表れであるとも言えた。
ユナの胸中は複雑な思いでグチャグチャになっている。正義を愛する心が、ひょっとして、自分達が使えている帝国こそ悪なのではないか、という風に囁きかけている。しかし、騎士団の人間として、帝国に対する忠誠心もある。
自分はどうすべきか。なお、ユナは悩み続けていた。
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