幻想世界のバニーガールがスキル「ギャンブル無敗」で思うがままに人生を謳歌する、そんなちょっとエッチな物語

第52話 決着、そして……

「イスカ君！」

　ニハルは喜びの声を上げ、イスカに向かって両手を差し出した。

　そんなニハルのことを、ルドルフは砂上へ放り捨てる。ドサッ、と砂煙を立てて、ニハルは倒れ伏した。

「ふん、そこで待っていろ。奴の死に様を、目の前で拝むがいい」

　全身傷だらけでありながら、ルドルフは構わず、イスカへと向かっていく。

「よくもニハルさんに乱暴なことを！」

　イスカは、妖刀ミコバミを抜き、その切っ先をルドルフへと向けた。寄らば斬る、の意思を示し、牽制する。

　だが、ルドルフは怯まない。その程度のことでは脅されない。ニタァ、と不気味に笑い、自身もまた剣を抜いて、ズンズンと歩を進める。

　イスカを自分の間合いに捉えた瞬間、ルドルフは、ダンッ！　と地面を蹴り、豪速で相手に向かって斬りかかった。

　ゆらり、とイスカは体を揺らし、破壊力抜群の斬撃を紙一重でかわす。狙いを外された剣は、砂の上に叩きつけられ、砂煙を巻き上げた。

「ヤアッ！」

　気合いとともに、イスカは刀を横薙ぎに振った。

　ところが、その直後、ルドルフは信じられない行動に出た。イスカの攻撃を避けるどころか、逆に前へと進み出て、思いきり腹で受け止めたのだ。刃が肉へと食い込み、ぐう！　とルドルフは呻き声を上げる。だが、贅沢に脂肪のついた腹は、そう簡単には貫通しない。刃は浅いところで脂肪と筋肉によって食い止められ、それ以上入らなくなってしまった。

「な⁉」
「捕らえたぞ！　小僧ォオ！」

　イスカは急いで刀を引き抜こうとするが、ビクともしない。ルドルフが筋肉を締めて、刀を押さえ込んでしまっているのだ。

「死ねええい！」

　身動きの取れないイスカ目がけて、ルドルフは剣を振った。

　すぐにイスカは刀を手放し、バックステップで距離を取る。あわやというところで、ルドルフの剣は空を切った。

　なんという捨て身の一撃だろうか。まさに肉を切らせて骨を断つ。イスカは、どこかで、ルドルフのことを過小評価していた。まさか、自分の命を投げ捨てる勢いで、一太刀浴びせようという気概を見せてくるとは、思ってもいなかったのだ。

　かろうじてルドルフのカウンター攻撃は回避できた。しかし、武器となる妖刀ミコバミは、ルドルフの腹に刺さったままである。

　素手になったイスカに対して、ルドルフは圧倒的優位に立った。

「さあ、切り刻んでやろう！」

　そこから、一気に間合いを詰めてきて、豪快かつ無茶苦茶に剣を振り回してきた。もはや技術もへったくれもない攻撃であるが、武器を持たないイスカにとっては、どの一撃も防ぎようがない。ルドルフの腕力で放たれる斬撃は、当たれば致命傷となる。なんとか逃げ回るものの、防戦一方、なかなか反撃の糸口が掴めずにいる。

「あ！」

　ついにイスカは足がもつれて、砂の上に転んでしまった。

「とどめだ！」

　倒れているイスカに向かって、ルドルフは剣を振り下ろした。

「ええええい！」

　覚悟を決めたイスカは、ここで、ルドルフに対する意趣返し――先ほど、ルドルフがやったのと同じ手――あえて、自分から敵の攻撃に向かって突っ込むという行動に打って出た。

　ルドルフの剣が、肩に刺さる。骨を切り裂かれる激痛。

　けれども、イスカは怯まず、ルドルフの腹に食い込んだままの妖刀ミコバミに手を伸ばし、その柄を握った。

「ヤアア！」

　渾身の力を込めて、ルドルフの腹を切り裂いた。

　鮮血がほとばしる。

「ぐふっ！」

　ルドルフは血を吐くと、グラリと体を傾かせ、ドシャアアと横倒しに崩れ落ちた。かろうじて息はしているものの、そのまま動かなくなる。


「はあ……はあ……」

　イスカはなお気を抜かず、横たわっているルドルフに向けて、刀を構えている。

　やがて、相手がもう戦闘不能である、ということを悟ると、全身から力が抜けて、ドサッと膝をついた。

　肩には剣が深々と刺さっている。かなりの深手だ。

　ごぽっ、と血を吐いた。

「あ……れ……？」

　体から熱が引いていくのを感じる。それは、生命力の消失。

「僕……死ぬ……の……？」

　目の前がどんどん暗くなっていく。

「イスカ君！　イスカ君ーーー！」

　ニハルが駆け寄ってきた。傷ついたイスカの体に触ることができず、オロオロしている。

「あ、あ、どうしよう、どうしよう、こんなに剣が刺さっちゃって……！」

　すっかりパニック状態のニハルは、涙をボロボロとこぼしている。

　そんな彼女に対して、何か安心できる言葉をかけよう、と口を開いたイスカだったが、声のかわりに出てきたのは、血だった。

　急速に、闇が押し寄せてきた。

「いやああああ！」

　ニハルの悲痛な悲鳴が、砂漠にこだました。

　※　※　※

　それから、少しばかり時間が経った。

「うえええん……イスカ君、死なないでよお……」

　ニハルはひたすらに泣きじゃくっている。泣いたところでどうにかなるわけではないが、もはやできるのは涙を流すことだけ。

　怖くて、イスカの体に触れることすらできない。

　そんな彼女の背後から……何者かが、近寄ってきた。

　黒いローブに身を包んだ、無精髭を生やした男。髭のせいで年齢不詳に見えるが、顔立ちからして二十代後半といったところか。

「だ、誰……⁉」

　警戒の声を上げたニハルのことを無視して、ローブの男は、スッと身をかがめ、気絶しているイスカのことを眺めた。

「おやおや。こいつはもう助からんな」
「や、やめてよ、そんなこと言うの！」
「仕方ないだろ、生き死にを決めるのは、俺じゃない。神様だ」

　ローブの男はニハルのほうを振り向き、ニヤリと笑った。その口調、その表情、どこか飄々としている。

「が、俺なら、なんとかしてやれないこともない」
「うそ……⁉」
「ただし、取引だ」

　男は、ニハルの耳元へと口を寄せると、何かを囁いた。

「俺の女になるのなら、こいつを助けてやってもいいぜ」

　ニハルは目を見開いた。そして、男のことをドンッと突き飛ばし、距離を取る。

「さ、最低……！　そんな交換条件、飲めるわけが……！」
「じゃあ、このガキを見捨てるんだな？」
「……！」

　そんなことできるわけがない。愛するイスカが存在しない世界なんて、ニハルにとってはつらくて苦しい世界だ。

　イスカさえ生きていてくれれば、それでいい。イスカさえ助かるのならば……！

「わ、わかったわ……あなたの要求……飲むわ……」

　その言葉を聞いた瞬間、ローブの男は、イスカの肩に刺さっている剣を、ポンッと軽く叩いた。

　たちまち、剣は塵と化し、サラサラと崩れ落ちていく。どんな魔法を使ったのか、実に不思議な技だった。

　さらに、イスカの肩の傷は、何事もなかったかのように塞がっている。

「あああ！　イスカ君！」

　急いでニハルはイスカを抱き寄せて、ギュッと力の限り抱擁した。頬ずりし、そのぬくもりから、生命が確かにあることを感じ取る。

　しばらくそうしてから、ニハルは恐る恐る、ローブの男のほうへと顔を向けた。

「あ……あなたは、いったい……？」
「俺か？　名乗るほどの者じゃないが、まあ、強いて言うなら」

　ローブの男は静かに微笑む。

「人は俺のような存在をこう呼ぶ。悪魔、と」
「悪魔……⁉」
「それ。その手の甲」

　男に指さされ、ニハルは自分の手の甲を見てみた。

　いつの間にか、ピンク色の妖しい紋様が刻まれている。

「な、なによ、これ」
「淫紋だよ。お前が俺の女である、という証だ。そいつは一生外れることはない」
「え……」
「そのうち迎えに行く。それまでは好きに過ごしな」

　そう言って、男はローブを翻して、背を向けた。

　直後、砂塵が巻き起こり、男のことを包み込んだ。舞い飛ぶ砂が消え、視界が開けたときには、もうすでに男の姿はなかった。

「ん……」

　イスカは呻き声を上げ、目を開いた。

「あれ……？　僕、生きてる……？」
「よかった……！　よかったあ！」

　ニハルは、イスカのことをさらに強く抱き締める。

　ローブの男と交わしてしまった、とんでもない取引のことは、胸の中に引っかかりを残していたが――いまは、ただ、イスカが生きてくれていることを喜んでいたかった。