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第51話 ニハルの正体
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ルドルフは傷ついた足で砂を踏みしめながら、ヨロヨロと、砂漠の先を目指して進んでいく。その肩には、ニハルを担いでいる。
「くそ……! くそ……!」
何度も毒づく。その目は怒りで爛々と輝いている。
どうして、こうなった。そんなことばかり考え続けている。
かつてルドルフは帝国でも五本指に入るほどの騎士であった。戦場に出れば敵無しで、無敵の強さを誇った。人々から賞賛も受けた。自分は誰よりも優れているのだと自信に満ちていた。
それなのに、騎士の称号を剥奪された。
何がいけなかったのか、ルドルフにはわからない。
ただ、自分は、望むがままに女を抱き、人生を楽しんでいただけだ。それの何が悪い、と思っていた。
『騎士の名を汚す振る舞い、それゆえに、あなたは騎士ではいられなくなったのです』
同じ騎士の少女からは、そのように指摘された。
生意気なことを言いやがる、とルドルフは腹を立てたのを憶えている。なんなら、いつか手を出してやろうと思っていた少女なだけに、その彼女に上から目線で物を言われるのはどうにも我慢がならなかった。
しかし、気がつけば、辺境のカジノへと追いやられてしまっていた。
これまで散々帝国のために貢献してきたというのに、なんて扱いだ、と恨みに思った。
ならば、このカジノに、俺だけの楽園を築き上げようではないか――そう開き直ったルドルフは、カジノの王として、傍若無人に振る舞うようになった。
だが――とうとう、そのカジノも、追われることとなった。
「どこまで逃げるつもりなの?」
ニハルに問われたルドルフは、フン! と鼻を鳴らした。
「知るか。とにかく、一旦撤退する。これは戦略的撤退だ。体勢を立て直してから、逆に攻め返してやる」
「当てもないのに、この砂漠をわたろうっていうの?」
「ああ、そうだ。俺をなめるな。この程度の砂漠、踏破することなどわけはない」
「無理よ。あなたは逃げ切れない」
「ははははは、笑わせてくれる! 俺を誰が追ってこれるというのだ!」
「イスカ君」
「あのガキか! 妖刀ミコバミなぞを使いおって! あれさえなければ、俺の勝ちだった! 勝ちだったんだ!」
だが――と、ルドルフはニヤリと笑った。
「所詮は、道具頼りで俺に勝てただけだ。実力で勝ったわけではない。それに、さすがにこうなれば追ってくることは不可能だ。あの屋上から落ちて、無事でいられるはずがないからな。俺のように『大砲(カノン)』が使えるならば別だが」
「イスカ君は必ず追いついてくるわ。私のことを絶対に助けてくれるもの」
「面白いことを言う。だが、虚しい希望だな」
「『賭けてみる』?」
クスッ、とニハルは笑った。
「『イスカ君が追いついてきたら私の勝ち』。そうしたら――」
「その賭けには乗らん」
「――え?」
ニハルの顔が曇る。
その様子を観察していたルドルフは、何かを理解したかのように、頷いた。
「やはりな。あの時、お前をモノにしようとした日、お前は俺にコインを使った賭けをふっかけてきた。特に気にもしていなかったが、よくよく考えれば違和感のあることだった。その後も、お前はカジノで快進撃を繰り返した。お前がギャンブルに強い、という話なんて聞いたことがなかったのにな。どうも不自然だと思っていたが、これで、確信が持てた」
ルドルフの目が険しくなる。
「お前はギャンブルに関するスキルを持っているのだろう?」
ニハルは答えない。ただひたすら沈黙を貫いている。
「であれば、これまでのこと、全てに説明がつく」
「私は、普通の女の子だよ」
なんとかニハルはその一言を絞り出した。
その言葉に、あらゆる意味が込められている。
スキルと呼ばれるものは、神から祝福を受けたものだけが使える。神からの祝福は、スキルを与える創造の女神クーリアを信じる者にのみ与えられる。クーリア教が広まっているガルズバル帝国には、それゆえに、スキル持ちが多い。
ごく稀に、クーリア以外の神から祝福を受けて、スキルを持つ者もいる。そういった者が持つスキルは、レアスキルと呼ばれる。効果は千差万別なので、必ずしもレアスキルであれば優秀、というわけではないが、たいていの場合、他とはかぶらない珍しい能力である。
ニハルは、クーリア教の信者ではない。そんな自分がスキルを与えられるはずがない。そう、主張したかったのである。
ところが――
「何を言うか。お前は普通の女ではないだろう。砂漠の民メルセゲルの姫、ニハルよ」
「え」
ニハルの顔に動揺が走った。
「まさか、あの滅んだメルセゲル王国の姫が、奴隷として売られているとは思わなかった」
「ど、どうして、それを」
「調べたんだよ。この一年をかけて、徹底的にな。お前は俺好みの女だ。だから、骨の髄までしゃぶりつくしてやろうと思ってな、素性を洗っていたんだ」
「私は、違う。そんな王国の姫なんかじゃ、ない」
「とぼけても無駄だ。メルセゲル王国は、ネフティス王国との争いに敗れて、滅びた。しかし、王族は全員逃げ続けている、と聞いている。その姫ニハルもまた、そうだ。まさか偽名も使わずに、本名で渡り歩いているとはな」
「……だから、私に執着していたわけ?」
「ああ、そうだ。一国の姫を手籠めに出来る機会なんぞ、そうそう訪れんからな。ただでさえ俺好みだというのに、ますます、抱きたい気持ちが強くなった」
肩に担いでいるニハルの尻へと、ルドルフは手を添え、いやらしく撫で回し始めた。
「いや……! ちょ、やめて……!」
「くくく、ここからは二人きりだ。ゆっくり楽しもうではないか」
などとやり取りをしていると、突然、背後から、怒りの声が飛んできた。
「ニハルさんから汚い手をどけろ!」
イスカだった。
イスカが、追いついてきたのだ。
「くそ……! くそ……!」
何度も毒づく。その目は怒りで爛々と輝いている。
どうして、こうなった。そんなことばかり考え続けている。
かつてルドルフは帝国でも五本指に入るほどの騎士であった。戦場に出れば敵無しで、無敵の強さを誇った。人々から賞賛も受けた。自分は誰よりも優れているのだと自信に満ちていた。
それなのに、騎士の称号を剥奪された。
何がいけなかったのか、ルドルフにはわからない。
ただ、自分は、望むがままに女を抱き、人生を楽しんでいただけだ。それの何が悪い、と思っていた。
『騎士の名を汚す振る舞い、それゆえに、あなたは騎士ではいられなくなったのです』
同じ騎士の少女からは、そのように指摘された。
生意気なことを言いやがる、とルドルフは腹を立てたのを憶えている。なんなら、いつか手を出してやろうと思っていた少女なだけに、その彼女に上から目線で物を言われるのはどうにも我慢がならなかった。
しかし、気がつけば、辺境のカジノへと追いやられてしまっていた。
これまで散々帝国のために貢献してきたというのに、なんて扱いだ、と恨みに思った。
ならば、このカジノに、俺だけの楽園を築き上げようではないか――そう開き直ったルドルフは、カジノの王として、傍若無人に振る舞うようになった。
だが――とうとう、そのカジノも、追われることとなった。
「どこまで逃げるつもりなの?」
ニハルに問われたルドルフは、フン! と鼻を鳴らした。
「知るか。とにかく、一旦撤退する。これは戦略的撤退だ。体勢を立て直してから、逆に攻め返してやる」
「当てもないのに、この砂漠をわたろうっていうの?」
「ああ、そうだ。俺をなめるな。この程度の砂漠、踏破することなどわけはない」
「無理よ。あなたは逃げ切れない」
「ははははは、笑わせてくれる! 俺を誰が追ってこれるというのだ!」
「イスカ君」
「あのガキか! 妖刀ミコバミなぞを使いおって! あれさえなければ、俺の勝ちだった! 勝ちだったんだ!」
だが――と、ルドルフはニヤリと笑った。
「所詮は、道具頼りで俺に勝てただけだ。実力で勝ったわけではない。それに、さすがにこうなれば追ってくることは不可能だ。あの屋上から落ちて、無事でいられるはずがないからな。俺のように『大砲(カノン)』が使えるならば別だが」
「イスカ君は必ず追いついてくるわ。私のことを絶対に助けてくれるもの」
「面白いことを言う。だが、虚しい希望だな」
「『賭けてみる』?」
クスッ、とニハルは笑った。
「『イスカ君が追いついてきたら私の勝ち』。そうしたら――」
「その賭けには乗らん」
「――え?」
ニハルの顔が曇る。
その様子を観察していたルドルフは、何かを理解したかのように、頷いた。
「やはりな。あの時、お前をモノにしようとした日、お前は俺にコインを使った賭けをふっかけてきた。特に気にもしていなかったが、よくよく考えれば違和感のあることだった。その後も、お前はカジノで快進撃を繰り返した。お前がギャンブルに強い、という話なんて聞いたことがなかったのにな。どうも不自然だと思っていたが、これで、確信が持てた」
ルドルフの目が険しくなる。
「お前はギャンブルに関するスキルを持っているのだろう?」
ニハルは答えない。ただひたすら沈黙を貫いている。
「であれば、これまでのこと、全てに説明がつく」
「私は、普通の女の子だよ」
なんとかニハルはその一言を絞り出した。
その言葉に、あらゆる意味が込められている。
スキルと呼ばれるものは、神から祝福を受けたものだけが使える。神からの祝福は、スキルを与える創造の女神クーリアを信じる者にのみ与えられる。クーリア教が広まっているガルズバル帝国には、それゆえに、スキル持ちが多い。
ごく稀に、クーリア以外の神から祝福を受けて、スキルを持つ者もいる。そういった者が持つスキルは、レアスキルと呼ばれる。効果は千差万別なので、必ずしもレアスキルであれば優秀、というわけではないが、たいていの場合、他とはかぶらない珍しい能力である。
ニハルは、クーリア教の信者ではない。そんな自分がスキルを与えられるはずがない。そう、主張したかったのである。
ところが――
「何を言うか。お前は普通の女ではないだろう。砂漠の民メルセゲルの姫、ニハルよ」
「え」
ニハルの顔に動揺が走った。
「まさか、あの滅んだメルセゲル王国の姫が、奴隷として売られているとは思わなかった」
「ど、どうして、それを」
「調べたんだよ。この一年をかけて、徹底的にな。お前は俺好みの女だ。だから、骨の髄までしゃぶりつくしてやろうと思ってな、素性を洗っていたんだ」
「私は、違う。そんな王国の姫なんかじゃ、ない」
「とぼけても無駄だ。メルセゲル王国は、ネフティス王国との争いに敗れて、滅びた。しかし、王族は全員逃げ続けている、と聞いている。その姫ニハルもまた、そうだ。まさか偽名も使わずに、本名で渡り歩いているとはな」
「……だから、私に執着していたわけ?」
「ああ、そうだ。一国の姫を手籠めに出来る機会なんぞ、そうそう訪れんからな。ただでさえ俺好みだというのに、ますます、抱きたい気持ちが強くなった」
肩に担いでいるニハルの尻へと、ルドルフは手を添え、いやらしく撫で回し始めた。
「いや……! ちょ、やめて……!」
「くくく、ここからは二人きりだ。ゆっくり楽しもうではないか」
などとやり取りをしていると、突然、背後から、怒りの声が飛んできた。
「ニハルさんから汚い手をどけろ!」
イスカだった。
イスカが、追いついてきたのだ。
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