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第14回 作品の打ち切り、そして彼女にフラれる

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「残念ながら、ファイティング☆ウィッチは1巻で打ち切りです。発行部数に対して、この2週間ほどでどれだけ書店で売れたか、の基準を超えるか超えないかですが、ファイティング☆ウィッチはあまり売れなかったので」

 担当編集の説明を聞きながら、私は頭の中が芯から冷やされてゆくような、気持ちの悪さを感じていた。この気持ちの悪さは何だろう、と思って、すぐにその正体がわかった。

 祖母が亡くなった時と同じ感覚だった。

 あるいは、中学生の時から飼っていた愛犬が亡くなった時か。

 頭の中で組み立てられていた『ファイティング☆ウィッチ』の世界が、ガラガラと音を立てて崩れてゆくような気がした。

「あの……一つ聞きたいことがあるのですけど」
「はい、何でしょう」
「例えば、続きを独自に、同人誌とかで出すことは可能でしょうか?」

 一巻では色々と伏線を残したまま終わっているし、せっかく二巻の原稿も書いていたのだから、読者のためにも、ちゃんと作品が完結するところまで書き上げたい、という想いがあった。

 商業ベースでなくてもいい。一度世に出した自分の作品に対して、終わりまで書き切るという形でケジメをつけたかった。

 しかし、担当編集は難色を示した。

「うーん……それを止める権利は、こちらには無いですけど、あまりオススメできませんね。うちの編集部の誰かが、逢巳さんが同人誌で続きを書いているのを見つけたら、『あいつ何やってるんだ』と悪い印象を抱かれかねないですから」

 ショックだった。編集部に悪印象を抱かせてしまえば、今後電撃文庫で作品を書かせてもらえなくなる可能性が非常に高かった。そんなリスクを負ってまで、続きを同人誌で出すなんてことは、出来っこなかった。

「これにめげずに、次回作でぜひ挽回してください」

 最後に、そんな応援の言葉をもらって、担当編集との電話は終わった。

 静かになった部屋の真ん中で、ポツンと、立ち尽くす。

 棚に飾ってある『ファイティング☆ウィッチ』を手に取り、パラパラとページをめくった。

 登場人物紹介のイラストを見ているうちに、視界がぼやけてきた。

 涙がとめどなく溢れてくる。

「あああああ……!」

 その場で崩れ落ち、嗚咽を漏らした。

 もう二度と『ファイティング☆ウィッチ』を書くことは許されない。この作品は、死んでしまった。それは、一つの世界が消失するのと同じ悲劇だった。自分の頭の中に築かれていた作品世界が崩壊してゆくのを、痛いほどに感じていた。

 登場人物達の悲しそうな表情が見える気がした。

「私達、もう書いてもらえないの?」

 そんな風に訴えかけられているような気がした。

「ごめん……本当にごめん……!」

 泣きながら、自分の作品のキャラクター達に謝った。

 何がいけなかったのだろうか、と自問自答するも、答えは出なかった。一所懸命、面白くなるようにと思って書いたのだから、それも仕方なかった。客観的に分析できるほど冷静ではなかった。

 そして、悔しさと恥ずかしさがこみ上げてきた。

 家族も、友人達も応援してくれていた。会社の親しい同僚にも「実は本が出る」と打ち明けていた。それなのに、その人達に、作品の続きを読んでもらうことが出来ない。頑張ったけど駄目でした、という報告をしなければいけない。

 もっと辛いのは、面白いと思って読んでくれた読者がいたのだとしたら、その人達に対して不義理を働いてしまうことだった。一般の読者に対しては、打ち切り報告はしたくなかったからだ。もしかしたらワンチャンスあって、打ち切りが撤回になるかもしれない……そんな根拠のない淡い希望を抱いていたので、Twitter等で「打ち切られました」という報告は口が裂けてもしたくなかった。でも、そうなると、もしも続編を待ち望んでいる人達がいたら、その人達を延々と待たせてしまうことになる。

 苦しかった。どうすればいいのか、何をすればいいのか、まったくわからなかった。

 癒しが欲しかった。誰かに慰めてほしかった。

 金沢にいる彼女へ、メッセージを送った。『ファイティング☆ウィッチ』が打ち切りになった報告をした。しかし、あまり弱いところを見せても仕方がないので、続けて「次に向けて頑張る!」と書いて送った。

 戻ってきた彼女からの返事は、実に冷めた、気のないものだった。

 それ以来、彼女の態度が段々と冷たくなっていった。もともと遠距離恋愛なので、会う機会が限られている中、二人の関係が安定していなかったのもある。だけど、あからさまに、打ち切り報告以降、彼女の振る舞いは変化していった。

 翌月、フラれた。

 最後に会った時のことはよく憶えている。大雨が降る金沢市内で、広い駐車場に停めた車の中で、彼女はこう言ってきた。

「作家をやるような人は信用できない」

 手の平返しだった。自分が作家デビューするという話を一緒に喜んでくれたり、『ファイティング☆ウィッチ』を2冊も買ってくれたり、無条件で応援してくれているのだと思っていた。

 それが、打ち切りが決まった途端に、このザマである。

 その日は結論が出ず、後日、最終的に別れることになった。向こうからは切り出してこなかったので、こちらから電話をかけようとしたら、拒否された。仕方なくTwitterのメッセージ機能を使ってやり取りし、こちらから「じゃあ別れる?」と聞いたところ、「うん」と返事が返ってきた。実にあっさりとした終わり方だった。

 自分が惨めだった。『ファイティング☆ウィッチ』の打ち切りで、彼女に見限られたようなものだった。もしも重版に次ぐ重版、というような売れ方をしていたら、結果は変わっていたかもしれない。

「見てろよ……! 次の作品は、絶対にヒットさせてやる……!」

 悔しさは、いつしか次の作品にかけるパワーへと転換されていった。
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