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第40話 青木ヶ原樹海ダンジョン⑪

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 ゲンノウとカルマ業の戦いは、激しさを増していく。

 周囲の木々を薙ぎ倒しながら、マントの形や大きさを自由自在に変えて、カルマ業はまさに悪魔じみた戦い方で、ゲンノウを追い込む。

 ゲンノウもまた、「ダンジョンクリエイト」で地形を変化させ、カルマ業の攻撃を防いでいるが、少しずつ押されているようだ。

 勝てる。カルマ業なら勝てる。

 俺とナーシャは、巻き添えを食らわないように、離れた場所から二人の戦いを眺めている。まさに頂上決戦。日本人最強Dライバーと、ダンジョンの創造者との戦い。俺達がどうにか出来る領域ではない。

 いきなり、ゲンノウは背を向けて、カルマ業から逃げ始めた。

「やった! 勝った! 勝ったぞ!」

 興奮して騒ぐ俺の横で、ナーシャは冷静な態度を崩さずにいる。

「まだ逃げるようなタイミングじゃなかったわ。何か狙いがあるのかもしれない」

 カルマ業も同じことを考えたようだった。あえて追撃せずに、マントを元のサイズに戻すと、俺達のほうへと戻ってきた。

「奴の動きが怪しい。一旦仕切り直しとするぞ。我輩についてこい」

 圧倒的な実力。これが日本で一番人気のDライバーか。強さも段違いで一番だ。

 と、その時、洞穴から誰かが出てきた。

 フラフラとよろめきながら、血まみれで、苦しそうに息をついている。

 それは、洞穴内で俺のことを襲ってきたDライバーの一人、母神ガイアだった。

「だ、大丈夫すか⁉」

 見るからに大変な状態だ。ガイアの右腕はもぎ取られたのか肘から先が無くなっており、応急処置として布で縛り付けている。左目からも血を流していて、片目しか見えていない様子だ。

「誰か……助け……て……」
「ゲンノウにやられたんすか⁉」
「あいつ……アタシらのことを……餌にするつもりだ……この樹海ダンジョンの餌に……」
「え?」
「みんな、やられた……ダンジョンに取り込まれて……」

 ガイアの足元の地面が、ボコボコと隆起する。

 それを見たカルマ業は、マントを翼のように広げると、俺とナーシャを両脇に抱えて、一緒になって空中へと浮かび上がった。

「業さん⁉ どうしたんすか⁉」
「わからぬが、まずいことが起きそうだ!」

 カルマ業は、ガイアのほうへ向かって飛んでいく。

「我輩の脚に掴まれ!」

 言われたとおりに、ガイアは無事な左腕を伸ばして、カルマ業の脚を掴もうとした。

 その瞬間、彼女の体は、地面の中に半分ほどズブリと沈んでしまった。

「あ! あああ! いやだ! いやっだあああ!」

 半狂乱になりながら、片腕を振り回し、地中から何とか抜け出そうとするガイア。しかし、大地は彼女を解放するどころか、むしろ締めつけ始めた。

 ベキベキと、骨の折れる、嫌な音が聞こえる。

「あああああ! ぎゃあああああ!」

 ガイアは絶叫を上げる。

 その全身を、さらに隆起した土が覆い尽くす。

 そして、土は一気に縮こまり――ガイアを瞬時に押し潰してしまった。

「……!」

 ナーシャは青白い顔で、目をそらした。

 それと同時に、彼方の空を見たナーシャは、何かに気が付いて、「あっ⁉」と声を上げた。

「あれ、見て! ゲート!」

 天蓋にも達するかと思われる、巨大で禍々しい黒門が、樹海の奥にそびえ立っている。いつの間に現れたのか、今まで全然気が付かなかった。

 大地が脈打ち、波のような動きで、ゲートへ向かって流れていく。

 まるで血液を送り込んでいるような印象を受けた。

「まさか、ダンジョンに取り込んだDライバー達のエネルギーを、ゲートに注入している……⁉」

 俺の読みは、おそらく合っている。

 なぜなら、ゲートが少しずつ開きかけているからだ。

「ダメだ! ゲートを開けさせちゃいけない! 強力なモンスターが飛び出してくる!」
「任せよ! 我輩が食い止めてみせようぞ!」

 カルマ業は、俺達を両脇に抱えたまま、一直線に空を飛んでゆく。目指すはゲート。

 不思議な光景だった。富士山と同じくらいの高さはある、巨大な黒門は、壁も無いのにそこに立っている。普通ならば、あれが開かれたとしても、扉の向こうには何もないことになるだろう。しかし、あれはゲートだ。異界へと通じる門だ。常識的な物理法則は通用しない。

 樹海の上を飛んでいると、あちこちから悲鳴が聞こえてきた。大勢のDライバーが犠牲になっているのだ。

「許さぬ……! よくも我輩の仲間達を……!」

 ギリッ、と歯噛みし、カルマ業はゲートを睨みつけた。

「閉まれええええい!」

 咆哮を上げ、マントを巨大化させると、それぞれビルほどの太さはありそうな、二本の黒い腕を伸ばした。轟音を上げながら、拳骨を作った腕は飛んでいき、こちら側に向かって開きかかっているゲートへと拳を叩きつけた。

 ゴオオオン! と天地に鐘のような音が鳴り響く。

「ぬおおおおおお!」

 さらに黒い腕は両手を広げて、ゲートを閉じようと押し込んでいく。

「やった! 閉まっていく!」
「すごいわ!」

 俺達が歓喜の声を上げた、次の瞬間――

 ブチュンッ、と気持ちの悪い音を立て、カルマ業の首から上がねじ切れてしまった。

「え……?」

 何が起きたのかを探る暇もない。

 首無し死体となったカルマ業は、力を失い、グラリと地上へ落下していく。俺達を抱え込んだまま。

「きゃああああ!」
「くそぉ! なんなんだよぉ!」

 この高さから地上に叩きつけられたら、ひとたまりもない。

 俺は恐怖心と戦いながら、タイミングを見計らっていた。チャンスは一瞬だけ、早くても遅くても、二人とも死んでしまう。

 やがて、森の木々が目の前まで迫ってきたところで、

「おおおおお!」

 俺は腕を伸ばして、木の枝を掴んだ――

 ――のと同時に、「ダンジョンクリエイト」を発動させる!

 たちまち、周囲一帯が、木々も含めて、全て湖に置き換わった。俺とナーシャは、湖面に叩きつけられ、そのまま水中へと沈んでいく。

 ナーシャはガトリングガンを湖底に捨てると、カルマ業の死体の腕を外し、さらに俺のことを引き上げて、水上へと浮かび上がっていく。

「ぷはあ!」

 息継ぎが間に合い、何とか生き延びた俺達は、湖岸へ向かって泳いでいく。

 岸に辿り着いたところで、精も根も尽き果てて、二人並んでグッタリと横たわった。

「何が起きたのよ……! どうして、カルマ業が、いきなり首を吹っ飛ばされたの……⁉」
「吹っ飛んだというより、ねじ切られた感じだったな……」
「どっちでもいいわよ! あれもまた、ゲンノウの技だっていうの⁉」
「いや、ありえない。『ダンジョンクリエイト』は色んな可能性を秘めた強力なスキルだけど、あんな芸当が出来るとは――」

 不意に、視線を感じた。

 いる。

 湖の上に、何かがいる。

 バッ! と慌てて起き上がった俺は、肌身離さず持っていたTAKUさんの日本刀を構えた。

 つられて、ナーシャも跳ね起きる。

「誰だ、お前は!」

 湖面より数センチ上に浮かぶ形で、幾重もの衣を纏った高貴で古風な女性が、宙にいる。

 彼女は余裕に満ちた笑みを浮かべて、俺達のことを見ている。

 そして、名乗った。

「わらわはイワナガヒメじゃ。わらわをこの地へ呼び戻したのは、うぬらか?」
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