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第29話 青木ヶ原樹海ダンジョン①

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「かなり集まったわね」

 ナーシャは会場を見渡しながら、感心の声を上げた。

 樹海近くの道の駅跡には、100名を超すDライバー達が集結している。

 デモ、と称しながらも、規模としては少人数だけれど、それでもDライバー自体が日本で数百名と言われている中で、100名というのは、かなり集まったほうだと言えるだろう。

 道の駅の広場(かつては駐車場として使われていたけど、青木ヶ原樹海がダンジョン化して、道の駅が廃墟になってからは、ただの広場になっている)に設けられたステージ上に、五人ほど立っている。

 その真ん中で、一際目立つのが、Dライバーで最も稼いでいる配信者、カルマ業《ごう》だ。

 異様な風体だ。白塗りの上から、悪魔じみたメイクを施しており、さながらビジュアル系メタルバンドのボーカルといった印象。実際、カルマ業は自らのことを「ダンジョン攻略の悪魔」と称している。

 喋り方も独特だ。

「今日は我輩の企画に参加して、殊勝であるぞ、貴様ら!」

 いきなりのマイクパフォーマンス。

 一部のDライバー達は、歓声を上げて、手を振っている。中には、カルマ業と同じようなペイントを顔に施している奴もいる。ファンなんだろう。

「この度のダンジョン規制法案の要綱を見たか? 我輩達がこれまでに命を懸けてダンジョンを探索し、その一部始終をカメラに収めて、配信してきた。その努力に報いるどころか、まったく認めようとしない政府のやり方に、我輩は断固抗議する!」

 今度は、大多数のDライバーが同調の反応を示した。「そうだそうだー!」と声を上げるライバーもいれば、「政府なんかぶっ潰せ!」と過激なことを言うライバーもいる。

「今日のダンジョン探索は、好きにやるがよい! もちろん、樹海の原生林を傷つけることは絶対にあってはならない! ライバー同士での衝突も法度である! そういった基本的なマナーを守った上で、楽しくダンジョン配信を行おうではないか!」

 喋り方はところどころデスボイスを効かせていて、高圧的ではあるものの、言っている内容はだいぶまともだ。このあたりのバランス感覚が、老若男女問わず人気を集めている要因なのだろう。

 カルマ業の挨拶が終わったところで、今回のイベントの運営側からあらためて注意事項について説明が入った。

 このイベントは、カルマ業が所属しているDライバー事務所が主催する形となっている。そこのスタッフであろう女性が、淡々と、要点だけかいつまんで話をした。とは言え、難しいルールは何も無く、さっきカルマ業が挨拶で言ったことが禁止事項としてはほぼ全てである。

「それでは、スタートだ!」

 カルマ業の号令とともに、青木ヶ原樹海ダンジョンの探索が始まった。

 空は快晴。富士山もクッキリと見えており、清々しい秋晴れである。ピクニックにでも来ているような気分だ。

 ナーシャが支給してくれたドローンカメラの調子もよく、スマホで俺自身の配信画面を見てみると、背後からの映像が映し出されている。自分で自分の後ろ姿を見るのも、妙な気分だ。

 さっそくコメントが流れてきた。

《:おはようさん、がんばれよー》

《:今日はどんなミラクルを見せてくれるのか、期待大》

《:ランクEだからな、そんな大したモンスターも出ないだろ》

《:のんびりやってください、応援しています》

 その中で、キリク氏もまたコメントをよこしてくれた。

《キリク:油断するなよ。ダイダラボッチの時のこと、忘れるな》

 さすが一番最初の配信から追ってきてくれているキリク氏だ。よくわかっている。あれはランクDのダンジョンで起こったハプニングだ。ここ青木ヶ原樹海はランクEとは言え、似たようなことが起きるかもしれない。

「もちろん気をつけるさ」

 俺は後方のドローンカメラに向かって声をかけた。果たして、音声が無事に収録されているのか、わからない。まだまだ、慣れていない。

 最初は100名超のDライバーが揃って進んでいたけれど、樹海の奥へと進むにつれて、どんどんその数は減っていった。それぞれ、独自に配信を行うため、映像映えするスポットを探しに行ったのだろう。

 俺とナーシャは、最初から洞穴を目指している。江ノ島ダンジョンと同様に、内部は鍾乳石や氷柱《つらら》等できらびやかに飾られており、配信映えするとの評判だ。

 マップを見ながら、目当ての洞穴を探していると、気が付けば同じ方向を目指しているのは5人だけになっていた。

「あ、TAKUさん」

 見知った顔を見つけて、俺は親しげに声をかけた。

 TAKUもまた、俺のことを見ると、ニッコリと笑みを浮かべた。相変わらず爽やかな、好青年スマイルだ。

「やあ、カンナ君。同じ場所を目指しているのかな。奇遇だね」
「今日は、タックン軍団は連れてきてないんすか?」
「たまにはソロでやりたくてね。久々にドローンカメラを使うから、なかなか苦労はしているけど」

 と、TAKUは自分の後ろに浮いているドローンを指さした。

「いつもはカメラマン用意していますもんね」
「ところで、ここにいる5人は、みんな同じ洞穴に入ろうとしているんだよね。せっかくだから、お互い自己紹介しないか?」

 全員立ち止まり、一斉にTAKUのほうを見た。どうやら目的地は、読み通り、みんな一緒らしい。

「私はアナスタシア。御刀アナスタシア。ナーシャ、って呼んでくれていいわ」
「僕はTAKU。タックンと呼ばれてるから、そっちでもいい。お好きなほうで」

 二人が名乗ったのに続けて、俺も自己紹介した。

 そして、残る二人も名乗っていく。

「あ、あの……私……リコリスって言います……リコって、呼んでください……よ、よろしくお願いします……」

 人見知りなのか、リコはどもりながら、自信なさげに自己紹介する。決して目を合わせようとしない。
 彼女は、セミロングヘアのおとなしそうな女の子だ。年齢的には、俺やナーシャと同じくらいだろう。学校の教室にいたら、物静かに隅っこの席で読書でもしていそうな、そんな雰囲気を醸し出している。とてもDライバーとは思えない。

 それから、最後の一人が、前へと進み出てきた。

 口髭をたくわえた、いかにも紳士然とした中年男性。ダークグレーのコートを羽織っており、革の手袋をはめている。穏やかな笑みをたたえながら、その中年紳士は、重低音が心地良い美声で、自己紹介を始めた。

「私はゲンノウ。よろしく」

 その声を聞いた時、俺はなぜか、懐かしさを覚えた。

 だけど、なぜ懐かしく感じたのかは、みんなでまた洞穴を目指して歩き始めてからも、結局わからずじまいであった。
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