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終話 友禅の未来
友禅祭り
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五月一七日。
卯辰山の麓にある龍国寺に、加賀友禅の作家達が、集まっていた。
毎年開催されている「友禅祭り」だ。
友禅の始祖・宮崎友禅斎。京都で最初に生み出した友禅の技法を、金沢に友禅斎本人が持ち込んで、独自に発展を遂げたものが、加賀友禅である……と言われている。
そのため、友禅斎の命日である五月一七日には、必ず加賀友禅の作家達が集まって、祭祀を行っているのである。
車も駐めにくいような場所なので、特に遠方の作家については無理をせず、ではあるが、金沢市内に在住している作家は、なるべく出席するようになっている。
とはいえ、強制できるものでもなく、時代の流れか、近年は、出席しない作家も徐々に増えてきている。
(去年より、少し、人が減ったかな)
龍国寺に到着した綾汰は、周りに集まった作家を見て、そう感じた。
高齢化が進んでおり、若手も入ってこない中、また独自のスタイルで他の作家とは関わらずに仕事をしている作家もおり、年々、寂しくなってきている。
作家デビュー前にも、何度も千都子のお供で友禅祭りに出席していた綾汰は、作家の減少が、そのまま加賀友禅の未来を示しているようで、なんだか、寂しさを感じてしまう。
(せめて、僕だけでも、かの友禅斎に、加賀友禅の未来を守ってもらうようにお願いしよう)
母が愛した加賀友禅の世界。
それを、時代の流れ「程度」のことで、失いたくはなかった。
「綾汰、何をぼんやりしているんだい。こっちに来な」
「はい」
千都子に呼ばれて、行ってみると、口髭、禿頭、ガッシリした肉体の大柄な男が、千都子の横に立っており、綾汰と目が合った瞬間、グワハハハハと大声で笑い出した。
「おお! あんたが上条綾汰か! 雑誌の記事を見たぞ! 血は繋がっていないのに、よく静枝さんと似とるな!」
「初めまして、上条綾汰です」
挨拶して、お辞儀してから、その体勢のまま上目づかいにチラリと見た。
それで、あなたは? どちら様? という無言のメッセージである。
「俺は花山というもんだ! よろしくな!」
「ええと……失礼します。去年は、いらっしゃってませんでしたよね?」
どれだけ記憶を辿っても、この大声でやかましい禿頭マッチョというインパクト大の男と、出会った覚えがない。
「会っているわけがないさ。今度、審査を受ける予定の、まだ修行中の男なんだよ」
千都子に言われて、なるほど、と綾汰は合点がいった。
それにしても、見た目は四〇代前半か、かなり遅くにこの世界に入ったと見える。
「元々は自衛隊におったんだがな、まあ、色々とあって、坊主の世界に入り、それで色々とあって、加賀友禅の世界に入ったんだ! よろしくな!」
ガハハハ、と笑いながら、花山は握手を求めてきた。綾汰も手を差し出し、手を握り合ったが、あまりの相手の握力の強さに、口元は笑いながらも、顔をしかめた。
加賀友禅の作家として協会に認定されるには、審査が必要だ。作品を見せながら、師匠と一緒に並んで、面接を受ける。そんな場を、この大雑把な振る舞いの花村が切り抜けられるのだろうか、と他人事ながら綾汰は心配になった。
卯辰山の麓にある龍国寺に、加賀友禅の作家達が、集まっていた。
毎年開催されている「友禅祭り」だ。
友禅の始祖・宮崎友禅斎。京都で最初に生み出した友禅の技法を、金沢に友禅斎本人が持ち込んで、独自に発展を遂げたものが、加賀友禅である……と言われている。
そのため、友禅斎の命日である五月一七日には、必ず加賀友禅の作家達が集まって、祭祀を行っているのである。
車も駐めにくいような場所なので、特に遠方の作家については無理をせず、ではあるが、金沢市内に在住している作家は、なるべく出席するようになっている。
とはいえ、強制できるものでもなく、時代の流れか、近年は、出席しない作家も徐々に増えてきている。
(去年より、少し、人が減ったかな)
龍国寺に到着した綾汰は、周りに集まった作家を見て、そう感じた。
高齢化が進んでおり、若手も入ってこない中、また独自のスタイルで他の作家とは関わらずに仕事をしている作家もおり、年々、寂しくなってきている。
作家デビュー前にも、何度も千都子のお供で友禅祭りに出席していた綾汰は、作家の減少が、そのまま加賀友禅の未来を示しているようで、なんだか、寂しさを感じてしまう。
(せめて、僕だけでも、かの友禅斎に、加賀友禅の未来を守ってもらうようにお願いしよう)
母が愛した加賀友禅の世界。
それを、時代の流れ「程度」のことで、失いたくはなかった。
「綾汰、何をぼんやりしているんだい。こっちに来な」
「はい」
千都子に呼ばれて、行ってみると、口髭、禿頭、ガッシリした肉体の大柄な男が、千都子の横に立っており、綾汰と目が合った瞬間、グワハハハハと大声で笑い出した。
「おお! あんたが上条綾汰か! 雑誌の記事を見たぞ! 血は繋がっていないのに、よく静枝さんと似とるな!」
「初めまして、上条綾汰です」
挨拶して、お辞儀してから、その体勢のまま上目づかいにチラリと見た。
それで、あなたは? どちら様? という無言のメッセージである。
「俺は花山というもんだ! よろしくな!」
「ええと……失礼します。去年は、いらっしゃってませんでしたよね?」
どれだけ記憶を辿っても、この大声でやかましい禿頭マッチョというインパクト大の男と、出会った覚えがない。
「会っているわけがないさ。今度、審査を受ける予定の、まだ修行中の男なんだよ」
千都子に言われて、なるほど、と綾汰は合点がいった。
それにしても、見た目は四〇代前半か、かなり遅くにこの世界に入ったと見える。
「元々は自衛隊におったんだがな、まあ、色々とあって、坊主の世界に入り、それで色々とあって、加賀友禅の世界に入ったんだ! よろしくな!」
ガハハハ、と笑いながら、花山は握手を求めてきた。綾汰も手を差し出し、手を握り合ったが、あまりの相手の握力の強さに、口元は笑いながらも、顔をしかめた。
加賀友禅の作家として協会に認定されるには、審査が必要だ。作品を見せながら、師匠と一緒に並んで、面接を受ける。そんな場を、この大雑把な振る舞いの花村が切り抜けられるのだろうか、と他人事ながら綾汰は心配になった。
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