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第四話 姉への想い、姉としての想い
謝りたい気持ち
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まさか輪島へ帰ってしまうのか、と藍子は恐れたが、荷物はまだ座敷の上に置いてある。ちょっと中座するだけのようだ。
「少し散歩してくる。ああ、どこかの誰かさんみたいに、何日もいなくなったりしないから安心しろ。一時間ほどで戻るつもりだ」
そう言って、大護は部屋を出ていった。
わざわざ戻りの時間を伝えてきた、ということは、それまでに気持ちの整理をつけておけ、と暗に言っているようなものだ。
今さら仕事の話は無し、とはしないだろうが、あまり藍子がテンションを低くしていると、大護自身のやる気に関わってきてしまう。
ちゃんと説明すべきなのだろうか、と藍子は悩む。
「とりあえず、遠野さんに謝ってきたほうが、いいんじゃないですか? この場所を提供してくれているのも、あの人ですし、怒らせたままはまずいですよ」
「そうだね。そうする」
うだつの上がらない日々を過ごしていた藍子に、晃は仕事を与えてくれた。それなのに、この大事な局面で、自分のことで頭がいっぱいになってしまい、彼に不愉快な思いをさせてしまった。そのことを、心の底から、謝りたい。
一階に下り、食堂に入った。遠野屋旅館はあまり規模が大きくないので、事務用の部屋は用意していない。朝食会場となる、収容人数一〇人くらいの広さの食堂が、日中は事務部屋となっている。
食堂の中には、晃の父がいる。
「あ、どうも。お邪魔します」
「藍子ちゃん、どうしたんだい?」
新聞を読んでいた晃の父が、顔を上げた。柔和な笑顔が印象的で、忙しい日々の中でも、ふんわりした癒しを与えてくれる人だ。
さっきまで沈んでいた気持ちが、晃の父の笑顔を見ることで、ほんの少しだけではあるが、やわらいだ気がした。
「晃さんは、こちらには……?」
「ああ、あいつなら、厨房のほうにいると思うけど」
「入っても構いませんか?」
「どうぞどうぞ、ご自由に」
許可を得た藍子は、食堂を通って、厨房に入った。
ちょうど、晃の母が、お味噌汁を作っているところだった。しかし晃の姿は無い。
「すみません、晃さん、いらっしゃいますか?」
「晃? ちょっと入ってきたけど、すぐに出ていったわ」
晃の母は、勝手口を指さした。
厨房の様子を見てから、すぐに外へと出たのだろう。自分も外に行こうかと藍子は思ったが、念のため、屋内を探してみることにした。
旅館の中を探し回ったが、晃はどこにもいない。やはり外に出ていったきり、戻ってきていないようだ。
スマホで、晃の番号に電話をかけても、出てこない。
「出てよお……」
泣きそうな声を上げて、長いこと発信し続けたが、全然繋がる気配は無い。これはもう無理か、と諦めて、電話を切ろうとした、その時だった。
『もしもし?』
晃が電話に出てきた。
「少し散歩してくる。ああ、どこかの誰かさんみたいに、何日もいなくなったりしないから安心しろ。一時間ほどで戻るつもりだ」
そう言って、大護は部屋を出ていった。
わざわざ戻りの時間を伝えてきた、ということは、それまでに気持ちの整理をつけておけ、と暗に言っているようなものだ。
今さら仕事の話は無し、とはしないだろうが、あまり藍子がテンションを低くしていると、大護自身のやる気に関わってきてしまう。
ちゃんと説明すべきなのだろうか、と藍子は悩む。
「とりあえず、遠野さんに謝ってきたほうが、いいんじゃないですか? この場所を提供してくれているのも、あの人ですし、怒らせたままはまずいですよ」
「そうだね。そうする」
うだつの上がらない日々を過ごしていた藍子に、晃は仕事を与えてくれた。それなのに、この大事な局面で、自分のことで頭がいっぱいになってしまい、彼に不愉快な思いをさせてしまった。そのことを、心の底から、謝りたい。
一階に下り、食堂に入った。遠野屋旅館はあまり規模が大きくないので、事務用の部屋は用意していない。朝食会場となる、収容人数一〇人くらいの広さの食堂が、日中は事務部屋となっている。
食堂の中には、晃の父がいる。
「あ、どうも。お邪魔します」
「藍子ちゃん、どうしたんだい?」
新聞を読んでいた晃の父が、顔を上げた。柔和な笑顔が印象的で、忙しい日々の中でも、ふんわりした癒しを与えてくれる人だ。
さっきまで沈んでいた気持ちが、晃の父の笑顔を見ることで、ほんの少しだけではあるが、やわらいだ気がした。
「晃さんは、こちらには……?」
「ああ、あいつなら、厨房のほうにいると思うけど」
「入っても構いませんか?」
「どうぞどうぞ、ご自由に」
許可を得た藍子は、食堂を通って、厨房に入った。
ちょうど、晃の母が、お味噌汁を作っているところだった。しかし晃の姿は無い。
「すみません、晃さん、いらっしゃいますか?」
「晃? ちょっと入ってきたけど、すぐに出ていったわ」
晃の母は、勝手口を指さした。
厨房の様子を見てから、すぐに外へと出たのだろう。自分も外に行こうかと藍子は思ったが、念のため、屋内を探してみることにした。
旅館の中を探し回ったが、晃はどこにもいない。やはり外に出ていったきり、戻ってきていないようだ。
スマホで、晃の番号に電話をかけても、出てこない。
「出てよお……」
泣きそうな声を上げて、長いこと発信し続けたが、全然繋がる気配は無い。これはもう無理か、と諦めて、電話を切ろうとした、その時だった。
『もしもし?』
晃が電話に出てきた。
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