腹黒ピアニストは年上メイドを溺愛する

解雇

　目が覚めると、そこは病院の一室で。どうやら気絶した私は病院に運ばれてしまったらしい。全裸で壁に挟まったままセッ……して、意識を失うなんて、どうやってここまで来たのか、想像するだけで恐ろしい。

「いたたたた」

　どうやらお腹の辺りを擦っていたのか、かすり傷になっていた。今は病院で使われている手術着のような服を着ているけれど、これからどうしたらいいのかな。

　すると看護師さんが入って来て、私の様子を確認すると急いでお医者様がやって来た。とりあえず他に異常がないか調べることになった私に、驚くべきことが伝えられた。

「えええっ？　解雇？」
「はい、旦那様から突然、須藤さんに連絡するようにとのことでした」

　はい、と渡されたのは使用人室にあった私の私物の入ったトランクと、慰謝料代わりの小切手。メイド長は無言で渡すけれど、目が訴えていた。これ以上、坊ちゃまに関わってはいけない、と。

　きっと、私に執着し始めた坊ちゃまのことを心配されたのだろう。このまましばらく消えていれば、彼はフランスへ留学する。そうなれば自然に私のことも忘れてしまうだろう。

「わかりました」

　玉造財閥を相手に私は何もできない。受け取った小切手はすぐに現金に換えて、貯金した。こんな時に頼れる親がいたらよかったけど、父子家庭で育った私の父親は既に再婚して、新しい家庭を作り落ち着いている。私が今更会いに行っても邪魔なだけだ。

「どうしよっかなぁ～」

　ほとんど休みもなく働いていたから、しばらくのんびりしようか。そう思い、海岸を歩くけれど心はぽっかりと穴が開いてしまったようで、何もやる気が起こらない。水平線に沈む夕日を見ながら、私はボーっとするしかなかった。心の中に住んでいた坊ちゃまの写真は、一枚もないことに今更気がついた。

　このまま、私が消えても誰も気がつかない。誰も悲しまないのだろうな……、そう思うと胸の奥から悲しくなってきて、気がついたら涙がぽたぽたと流れ落ちていた。