79 / 88
第五章
5-11
しおりを挟む
「レーヴァン、もう、行かないと」
「あぁ……」
「あの、離してくれる?その……私が貴方から一本とれた時を再現したくて、こんなことしちゃったけど……」
「もう、二度とするな」
やはり、かつてのレーヴァンがここにいるように感じる。私を叱るレーヴァン、いつも私は叱られてばかりいた。
「クローディア、もう少し、このままで……」
鍛錬場から人が消えたのを見て、レーヴァンが私を抱く力を強めた。もう、彼に抱きしめられるのはこれが最後になるのだろう。私はそう思うと、自然と腕を彼の背中に回した。
「レーヴァン、私」
あなたが好きなの。どうしようもなく、あなたが好き。このまま、私をどこかに攫って欲しい。そして何もかも忘れるように抱いて欲しい。
彼の前で流すまいと我慢していた涙がほほを伝う。彼の厚い胸元のシャツを濡らしてしまう。いけない、と顔を上に向けると、レーヴァンと目が合った。
「クローディア……」
その目は、やはりかつてと同じように甘く、蕩けるように優しい目で私を見ている。そのまま彼の顔が降りてきて、唇を塞がれそうになる。
けれど、私はそれを両手で止めた。
「レーヴァン、ダメよ……もう、ダメなの」
「なぜだ、君は俺の婚約者だろう」
婚約者、そう、レーヴァンは私の婚約者だ。そして、私にはもう一人の婚約者がいる。私はレーヴァンの口を手で押さえながら言葉を漏らした。
「三年もクレイグに支えられてきたの。……愛されてきたの。彼を捨てることは、……出来ない」
涙でぐしゃぐしゃになる。これが最後となる抱擁なのに、こんな醜い顔を見せたくはないのに。流れて来る涙を止めることは出来ない。
「もう、さよなら、なの。レーヴァン」
あなたの幸せを願っているわ。私は私で、幸せになるから。そう決意して言葉をかけると、レーヴァンの腕の力がスッと抜けた。その隙に私は置いてあった上着をとり、走って彼のところから去った。
鍛錬場から出ていくとき、レオンとすれ違うが泣いている私を見て、彼も何かを悟ったのだろう。レオンは言葉を飲み込んで、伸ばした手を止めた。
「レオン、もう、今からエール王国に行くわ。……レーヴァンを、お願いね」
レオンにそう告げると私は、滞在先のホテルに向かうために走っていく。鍛錬場には、まだ動けなくなっているレーヴァンが残っていた。
「レーヴァン隊長、何があったんですか? 俺がいない間に……、クローディアが泣いていましたが」
レオンはまだ鍛錬場で呆然としているレーヴァンを見つけ、声をかけた。
「隊長、レーヴァン隊長?」
「あ、あぁ……レオン、いつも済まないな。騎士団員たちは走り込みに行ったか?」
クローディアの残していった剣を拾い上げたレーヴァンが、落ち着いた声でレオンに話しかけた。
「え、えぇ。いつも通りのメニューですが、隊長、どうしてそれを」
レオンは頭をガシガシと掻くレーヴァンを見つめ、ハッと顔色を変えた。
「隊長、もしかして記憶が戻りましたか!」
「……あぁ、まだはっきりとしないところもあるが、ほぼ思い出したようだ」
ポロリと出たクローディアのおっぱいを見て、記憶が嵐のように戻ってきた。彼女のおかげで、忘れていた記憶を取り戻すことが出来た。彼女のおっぱいを隠したくて抱きしめたら、全てが繋がった。
だが、今ここにクローディアはいない。
「隊長、では! クローディアに伝えてきます」
「待て、それは待ってくれ」
レーヴァンが焦ってレオンの腕をつかみ、彼を止めた。
「隊長、どうしてですかっ、クローディアはあれだけ待っていたんですよ、レーヴァン隊長が戻ってくるのを、その記憶が戻るのを」
「わかっている、だが……彼女が選んだのはクレイグだ。もうすぐ、結婚式だろう。このまま俺がいても……」
下を向くレーヴァンを見たレオンは、急に「あーっ、くそっ」と叫ぶとレーヴァンの胸倉をつかんで叫ぶように言葉を放った。
「このドヘタレっ! クローディアは……、クローディアはもうエール王国に帰ってしまうぞ、それでいいのかっ! あんたの愛は、そんなもんだったのかっ?」
「それは……」
レオンはレーヴァンが言葉を発する前に、「隊長、失礼しますっ」と言っていきなりレオンは彼をガツンと殴りつけた。
右のカウンターが見事に入って、レーヴァンは「いてぇ」と唸りながら頬を抑えた。
「見損なったよ、隊長。俺、アンタのこと男の中の男だと思っていたけど……。クローディアには、あんたにしか埋められないこころの穴があるんだよっ、アンタでなければ……」
拳を握り締めながら、レオンが呟く。記憶を取り戻したレーヴァンは、ペッと口の中にたまった血を吐いて、そして顔を上げてレオンを見た。その目はもう、何かを決意したように瞳の奥を滾らせていた。
「すまん、レオン。目が覚めたよ。……そうだな、俺がするべきことは一つだな」
「隊長……」
「レオン、クローディアの滞在しているホテルはどこだ、それと馬を貸してくれ」
「隊長! はいっ、ホテルはロイヤルです、中央の。場所はわかりますか?」
レーヴァンが決意したことを察したレオンも、思わず声を喜ばせる。
「ロイヤルか、わかった」
そう言ったレーヴァンは、クローディアの後を追いかけるために馬を駆けた。その目にはもう、迷いはなかった。
「あぁ……」
「あの、離してくれる?その……私が貴方から一本とれた時を再現したくて、こんなことしちゃったけど……」
「もう、二度とするな」
やはり、かつてのレーヴァンがここにいるように感じる。私を叱るレーヴァン、いつも私は叱られてばかりいた。
「クローディア、もう少し、このままで……」
鍛錬場から人が消えたのを見て、レーヴァンが私を抱く力を強めた。もう、彼に抱きしめられるのはこれが最後になるのだろう。私はそう思うと、自然と腕を彼の背中に回した。
「レーヴァン、私」
あなたが好きなの。どうしようもなく、あなたが好き。このまま、私をどこかに攫って欲しい。そして何もかも忘れるように抱いて欲しい。
彼の前で流すまいと我慢していた涙がほほを伝う。彼の厚い胸元のシャツを濡らしてしまう。いけない、と顔を上に向けると、レーヴァンと目が合った。
「クローディア……」
その目は、やはりかつてと同じように甘く、蕩けるように優しい目で私を見ている。そのまま彼の顔が降りてきて、唇を塞がれそうになる。
けれど、私はそれを両手で止めた。
「レーヴァン、ダメよ……もう、ダメなの」
「なぜだ、君は俺の婚約者だろう」
婚約者、そう、レーヴァンは私の婚約者だ。そして、私にはもう一人の婚約者がいる。私はレーヴァンの口を手で押さえながら言葉を漏らした。
「三年もクレイグに支えられてきたの。……愛されてきたの。彼を捨てることは、……出来ない」
涙でぐしゃぐしゃになる。これが最後となる抱擁なのに、こんな醜い顔を見せたくはないのに。流れて来る涙を止めることは出来ない。
「もう、さよなら、なの。レーヴァン」
あなたの幸せを願っているわ。私は私で、幸せになるから。そう決意して言葉をかけると、レーヴァンの腕の力がスッと抜けた。その隙に私は置いてあった上着をとり、走って彼のところから去った。
鍛錬場から出ていくとき、レオンとすれ違うが泣いている私を見て、彼も何かを悟ったのだろう。レオンは言葉を飲み込んで、伸ばした手を止めた。
「レオン、もう、今からエール王国に行くわ。……レーヴァンを、お願いね」
レオンにそう告げると私は、滞在先のホテルに向かうために走っていく。鍛錬場には、まだ動けなくなっているレーヴァンが残っていた。
「レーヴァン隊長、何があったんですか? 俺がいない間に……、クローディアが泣いていましたが」
レオンはまだ鍛錬場で呆然としているレーヴァンを見つけ、声をかけた。
「隊長、レーヴァン隊長?」
「あ、あぁ……レオン、いつも済まないな。騎士団員たちは走り込みに行ったか?」
クローディアの残していった剣を拾い上げたレーヴァンが、落ち着いた声でレオンに話しかけた。
「え、えぇ。いつも通りのメニューですが、隊長、どうしてそれを」
レオンは頭をガシガシと掻くレーヴァンを見つめ、ハッと顔色を変えた。
「隊長、もしかして記憶が戻りましたか!」
「……あぁ、まだはっきりとしないところもあるが、ほぼ思い出したようだ」
ポロリと出たクローディアのおっぱいを見て、記憶が嵐のように戻ってきた。彼女のおかげで、忘れていた記憶を取り戻すことが出来た。彼女のおっぱいを隠したくて抱きしめたら、全てが繋がった。
だが、今ここにクローディアはいない。
「隊長、では! クローディアに伝えてきます」
「待て、それは待ってくれ」
レーヴァンが焦ってレオンの腕をつかみ、彼を止めた。
「隊長、どうしてですかっ、クローディアはあれだけ待っていたんですよ、レーヴァン隊長が戻ってくるのを、その記憶が戻るのを」
「わかっている、だが……彼女が選んだのはクレイグだ。もうすぐ、結婚式だろう。このまま俺がいても……」
下を向くレーヴァンを見たレオンは、急に「あーっ、くそっ」と叫ぶとレーヴァンの胸倉をつかんで叫ぶように言葉を放った。
「このドヘタレっ! クローディアは……、クローディアはもうエール王国に帰ってしまうぞ、それでいいのかっ! あんたの愛は、そんなもんだったのかっ?」
「それは……」
レオンはレーヴァンが言葉を発する前に、「隊長、失礼しますっ」と言っていきなりレオンは彼をガツンと殴りつけた。
右のカウンターが見事に入って、レーヴァンは「いてぇ」と唸りながら頬を抑えた。
「見損なったよ、隊長。俺、アンタのこと男の中の男だと思っていたけど……。クローディアには、あんたにしか埋められないこころの穴があるんだよっ、アンタでなければ……」
拳を握り締めながら、レオンが呟く。記憶を取り戻したレーヴァンは、ペッと口の中にたまった血を吐いて、そして顔を上げてレオンを見た。その目はもう、何かを決意したように瞳の奥を滾らせていた。
「すまん、レオン。目が覚めたよ。……そうだな、俺がするべきことは一つだな」
「隊長……」
「レオン、クローディアの滞在しているホテルはどこだ、それと馬を貸してくれ」
「隊長! はいっ、ホテルはロイヤルです、中央の。場所はわかりますか?」
レーヴァンが決意したことを察したレオンも、思わず声を喜ばせる。
「ロイヤルか、わかった」
そう言ったレーヴァンは、クローディアの後を追いかけるために馬を駆けた。その目にはもう、迷いはなかった。
7
お気に入りに追加
214
あなたにおすすめの小説
すれ違う思い、私と貴方の恋の行方…
アズやっこ
恋愛
私には婚約者がいる。
婚約者には役目がある。
例え、私との時間が取れなくても、
例え、一人で夜会に行く事になっても、
例え、貴方が彼女を愛していても、
私は貴方を愛してる。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 女性視点、男性視点があります。
❈ ふんわりとした設定なので温かい目でお願いします。
美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛
らがまふぃん
恋愛
こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。
*らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る
新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます!
※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!!
契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。
※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。
※R要素の話には「※」マークを付けています。
※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。
※他サイト様でも公開しています
嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜
みおな
恋愛
伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。
そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。
その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。
そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。
ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。
堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・
記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~
Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。
走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる