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第四章

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「ダストン殿下、お時間をくださりありがとうございます」

「ははっ、君たちが来るのは聞いていたからね。スーレルのカフスボタンを見たよ。彼の紹介であれば、時間をつくらなければ、ね。それで、君。アールベック卿だったかな」

「はっ、クレイグ・アールベックと申します。殿下には、まずこれを」

 クレイグが私を見て、お互いに頷き合う。そうしてクレイグが差し出したのは、十億ルータルの価値のある小切手だった。彼が私たちの商談に乗ってくれるのかどうか、その価値があるか、私たちは賭けにでた。

「これは……さすが、エール王国一の商会というべきか」

 いきなり望外の資金を目の前にして、さすがに彼も狼狽えたようだ。私たちの目的は何かと真意を訪ねるように話を促す。

「殿下には、成し遂げていただきたいことがあります。まずは、そのための資金でございます」

「私に何を望まれるのかな、宝石姫」

 ダストン殿下は、ほう、と一つ息を吐いて私を見た。彼については調べられる限り調べている。彼の望みは私たちの希望するものと変わらないはずだ。

「争いを、戦争を止めていただきたい。その上で、あなたが王位に立たれた際には、この十0倍の資金をお貸しすることが可能です」

 私が提案した後、その執務室には静寂が広がった。殿下と私たち二人の、呼吸する音だけが聞こえる。

「私が、王位についたとき。と申されたか、姫」

「はい、それが条件です」

 もう、フェーブ王に期待していない。こちらに来て知れば知るほど、彼が元凶となり国が疲弊していることがわかった。こんな外国人でもわかるのだ、身近にいる聡い王太子であれば、さらに理解しているだろう。

「一つ聞きたい。なぜ、それを今望むのか。エール王国の商会が私に投資する理由、が知りたい」

 それは正直な疑問なのだろう。わざわざ、私たちの商会が沈みゆくフェイルズ国に投資などしなくても、十分に利益は出ている。むしろ、賭けに近い投資を行うことは馬鹿げているのだ。

「そうですね、フェイルズ国の困窮した状況を鑑みて義に駆られて、と言っても殿下は信じられないでしょうね。正直に申しますと、私の父の国はブリス王国です。そして、私自身ブリス王国の学園の騎士科を卒業しています。何人もの仲間が、今回の戦闘に加わっています」

「なるほど、君は我がフェイルズ国の敵国の人間というわけか」

「そうとも言えますが、そうでもありません。私はエール王国民であり、ブリス王国人でもあるのです。そして、ブリス王国は長年辺境でフェイルズ国との争いをしていました。もう、終わりにする時です」

「……では、我が軍を叩けばいいであろう。商会の資金力があれば、人や武具を集めることもすぐにできる」

「えぇ、それも一つですが、でもそれでは根本的なことが変わりません。私は、フェイルズ国にもその歴史と力にふさわしい国となって欲しいのです。そして無暗に争いを起こさぬ国となってもらえれば、と思います」

「なるほど、それは一理あるな。……だが、それだけではあるまい」

 黒い目を光らせて、殿下は私を貫くように見つめてきた。声が震えそうになる。一体どこまで殿下は私のことを知っているのだろうか。でも今、伝えなければこの男は動かない。そんな不思議な確信を持った私は正直に話すことにした。

「殿下、私には婚約者がいます。彼は、今回の戦闘に騎士として参加し、そして……今、行方不明となっています。私は……こんなバカげた戦争を止めたいのです。そのために私のできることをして、戦いたいのです」

「はっ、バカげた戦争か。確かに。そうか、君の婚約者が行方不明なのか」

 そこまで説明すると殿下は、ようやく納得したのかまた考える姿勢をとり、椅子に座る。

「わかった。では、私も私のできることをしようではないか。君の婚約者の捜索がフェイルズで必要であれば、便宜を図ろう」
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