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第三章

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 広間に入ると、皆が一斉にこちらをみる。緊張して思わず下を向きそうになると、声が降りてくる。

「リア、私がついているから、ほら、顔を上げて」

 隣に立つ殿下が、優しく見つめてくれると、胸の中がホッと暖かくなった。大丈夫、この人の隣に立つと決めたのは私なのだ。

「はい、殿下」

 柔らかく微笑んで、足を進める。王の座に座る陛下の前に来ると、私は膝を曲げて挨拶をする。

「よく来てくれた、リアリム・ミンストン嬢。顔を上げよ」

 顔を上げると、ウィルストン殿下によく似た紫色の瞳をした陛下がいた。少し皺もあるその顔は、きっと年を取った時の殿下なのだろう、とてもそっくりだ。

「それでは、これより婚約の儀を行う」

 そう、告げられると突然、ウィルストン殿下が「少し時間をいただきたい」と、進行を止めた。

「殿下?」

 何だろう、不思議に思って彼の方をみると、彼はトラウザーズのポケットから何かを取り出した。

「リアリム、こんなところで済まないが、これを受け取って欲しい」

 殿下が持ち出したのは、綺麗に包装された小物だ。

「これは、殿下、何ですか?」

「うん、君に開けて欲しい」

 ガサゴソと包装を解いて開けると、そこにはピンク色のパンツが入っていた。

「でっ、殿下っ! こんな日に、何考えているんですかっ!」

 一体何の冗談なのか、婚約式の前にパンツ、それもレースの透けたパンツだ。

「いや、その、あの祭りの日に渡そうと思っていたのだ。だが出られなかっただろう、だから、今君に渡そうと思って」

 そう言うと、コホン、と咳を一つした殿下は私をまっすぐに見つめてきた。

「リアリム・ミンストン嬢。私は君を愛し、守ると誓う。私と、結婚して欲しい」

(プロポーズがないって文句を言ったけど、こっ、こっ、こっ、こんな公開プロポーズは望んでいなかった!)

 でも、痛いほどの視線を感じる。ここにいる大勢の招待客が、私の言動を一つも逃さない、と見つめている。

「ん? どうした、リア?」

 コテン、と首を傾げた殿下に、何故かイラっとした私。

(殿下がそう来るのであれば、私も、)

 私は自分の用意していたあるものを、ドレスの裾から取り出した。

「ウィルストン殿下、結婚のお申込み、喜んでお受けいたします。実は私も、こちらを用意しておりました」

 そう言って赤い布を渡す。彼はそれを受け取ると、ひらりと広げた。

「うおっ!」

 声を上げたのは、後方にいたユゥベール殿下だった。そう、それは彼にだけわかる、異世界パンツ。

「リア、これは?」

「はい、殿下に、私も下着を用意させていただきました。形状は変わっていますが、フンドシ、という名前のパンツです」

「リア、何やってんの……」

 後ろでユウ君が呟いているのが聞こえる。私もまさか、公衆の面前で行うつもりはなかった。けれど、やっぱり私は「やられたらやり返す」性格らしい。

 にこりと笑ってウィルストン殿下を見ると、彼は不思議そうな顔をしている。

 私たちの目の前にいる陛下が「ゴホン」と咳をする。はっと意識を取り戻した私たちは、陛下を見ると、彼はにやりと少し意地悪そうな顔をして笑った。

「よろしいか、二人とも。ようやくプロポーズも出来たことだし、今から婚約の儀を行うぞ」

「はい、陛下」
「はい」

 二人で隣に立ち、用意された婚約宣誓書が読まれた。その後、私たちはそれにサインをする。

「これで、二人の婚約が成り立った。結婚の儀は、これより1年後とする」

 陛下が宣言されると、周囲にいた人たちが一斉に笑顔で拍手を送ってくれた。それは、音のシャワーのように私たちに祝福を浴びせてくれる。

「ウィル!」

 私は思わず、涙で滲む目を手に持っていた布で抑えた。戸惑いもあったけれど、彼と一緒に歩むと決心して、こうして婚約することができた。嬉しさで胸がいっぱいになり、涙があふれてくる。

「リア、それは、君の目を抑えているのはパンツだ」

 ハンカチと思って使った布は、確かに先ほど贈られたパンツだった。

『のっ、のぉぉぉーーーー!』

 声にならない叫び声をあげる。この日の宣誓は後に、パンツ婚約式と呼ばれることになった。全くもって不名誉であるっ。

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