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第三章
3-8
しおりを挟む広間に入ると、皆が一斉にこちらをみる。緊張して思わず下を向きそうになると、声が降りてくる。
「リア、私がついているから、ほら、顔を上げて」
隣に立つ殿下が、優しく見つめてくれると、胸の中がホッと暖かくなった。大丈夫、この人の隣に立つと決めたのは私なのだ。
「はい、殿下」
柔らかく微笑んで、足を進める。王の座に座る陛下の前に来ると、私は膝を曲げて挨拶をする。
「よく来てくれた、リアリム・ミンストン嬢。顔を上げよ」
顔を上げると、ウィルストン殿下によく似た紫色の瞳をした陛下がいた。少し皺もあるその顔は、きっと年を取った時の殿下なのだろう、とてもそっくりだ。
「それでは、これより婚約の儀を行う」
そう、告げられると突然、ウィルストン殿下が「少し時間をいただきたい」と、進行を止めた。
「殿下?」
何だろう、不思議に思って彼の方をみると、彼はトラウザーズのポケットから何かを取り出した。
「リアリム、こんなところで済まないが、これを受け取って欲しい」
殿下が持ち出したのは、綺麗に包装された小物だ。
「これは、殿下、何ですか?」
「うん、君に開けて欲しい」
ガサゴソと包装を解いて開けると、そこにはピンク色のパンツが入っていた。
「でっ、殿下っ! こんな日に、何考えているんですかっ!」
一体何の冗談なのか、婚約式の前にパンツ、それもレースの透けたパンツだ。
「いや、その、あの祭りの日に渡そうと思っていたのだ。だが出られなかっただろう、だから、今君に渡そうと思って」
そう言うと、コホン、と咳を一つした殿下は私をまっすぐに見つめてきた。
「リアリム・ミンストン嬢。私は君を愛し、守ると誓う。私と、結婚して欲しい」
(プロポーズがないって文句を言ったけど、こっ、こっ、こっ、こんな公開プロポーズは望んでいなかった!)
でも、痛いほどの視線を感じる。ここにいる大勢の招待客が、私の言動を一つも逃さない、と見つめている。
「ん? どうした、リア?」
コテン、と首を傾げた殿下に、何故かイラっとした私。
(殿下がそう来るのであれば、私も、)
私は自分の用意していたあるものを、ドレスの裾から取り出した。
「ウィルストン殿下、結婚のお申込み、喜んでお受けいたします。実は私も、こちらを用意しておりました」
そう言って赤い布を渡す。彼はそれを受け取ると、ひらりと広げた。
「うおっ!」
声を上げたのは、後方にいたユゥベール殿下だった。そう、それは彼にだけわかる、異世界パンツ。
「リア、これは?」
「はい、殿下に、私も下着を用意させていただきました。形状は変わっていますが、フンドシ、という名前のパンツです」
「リア、何やってんの……」
後ろでユウ君が呟いているのが聞こえる。私もまさか、公衆の面前で行うつもりはなかった。けれど、やっぱり私は「やられたらやり返す」性格らしい。
にこりと笑ってウィルストン殿下を見ると、彼は不思議そうな顔をしている。
私たちの目の前にいる陛下が「ゴホン」と咳をする。はっと意識を取り戻した私たちは、陛下を見ると、彼はにやりと少し意地悪そうな顔をして笑った。
「よろしいか、二人とも。ようやくプロポーズも出来たことだし、今から婚約の儀を行うぞ」
「はい、陛下」
「はい」
二人で隣に立ち、用意された婚約宣誓書が読まれた。その後、私たちはそれにサインをする。
「これで、二人の婚約が成り立った。結婚の儀は、これより1年後とする」
陛下が宣言されると、周囲にいた人たちが一斉に笑顔で拍手を送ってくれた。それは、音のシャワーのように私たちに祝福を浴びせてくれる。
「ウィル!」
私は思わず、涙で滲む目を手に持っていた布で抑えた。戸惑いもあったけれど、彼と一緒に歩むと決心して、こうして婚約することができた。嬉しさで胸がいっぱいになり、涙があふれてくる。
「リア、それは、君の目を抑えているのはパンツだ」
ハンカチと思って使った布は、確かに先ほど贈られたパンツだった。
『のっ、のぉぉぉーーーー!』
声にならない叫び声をあげる。この日の宣誓は後に、パンツ婚約式と呼ばれることになった。全くもって不名誉であるっ。
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