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第二章

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「ディリス、何かわかったか」

 彼と合流した俺は、急ぎウィルティムの姿となってマルーン市場に向かった。

「いや、どうやら、人混みに紛れていたようだな」

 目撃情報があれば、少しは追いかけるヒントになるのだが、どうやら、ここではこれ以上の情報が得られないだろう。

「しかし、リアリムはどうしてこの市場に来たのだろうな」

「あ、あぁ、一度、二人でここに来たことがある」

 もしかすると、リアはあの日を思い出していたのかもしれない。あの、甘酸っぱい二人の初めてのデート。

「ここで、二人で串刺し肉を食べたんだ」

 あの時は、淑女らしからぬ仕草で豪快に肉を頬張る彼女に驚いたが、嘘のない笑顔が可愛くて、俺は彼女の笑顔をずっとみていたいと思ったのだ。

 あの日はずいぶんと遠いようだが、まだ数日しか経っていない。

「リアリムが、串刺し肉ですか、アイツ、本当に何でも食べるな」

「あぁ、驚くことばかり言っていたな。インフレとか、貨幣価値がどうのとか」

 二人で、リアリムの規格外の行動や言動を思い出す。

「ウィル、リアリムは意外と行動力がある。ただの淑女じゃないから、一日や二日、野宿になろうが生き延びるタフさがある。信じよう」

 ディリスもつらいだろうが、彼は俺を慰めるかの如く、肩に手を置いた。

「あぁ、そうだな」

 苛立つ気持ちを抑えるが、俺の脳裏には彼女の笑顔ばかりが思い出される。それは甘い感情を伴うハズが、今は痛みしか湧き上がらない。

 彼女の笑顔をもう一度みたい。この手に、もう一度抱きしめたい。

 あの夜、この手は確かに彼女の細い腰を掴み、己の滾る想いを何度もぶつけた。これでいいのか、と思いつつも差し出された身体を拒むことなどできなかった。

 今も、彼女の胎の中には芽吹いた命がいるのかもしれない。いや、いて欲しい。そうすれば、思い切った彼女のことだ、俺との婚姻も気持ちを切り替えて進んでくれるだろう。

 卑怯かもしれないが、どうやってでも彼女を手放したくはない。

 だが、今は感傷に浸る時ではない。俺は意識を切り替えると、リアリムを攫った犯人を捕まえるべく聞き込みを続けた。





 その時、粉屋の親父がピンク色の髪の少女を覚えていた。

「あの可愛いお嬢さんか。あぁ、あんたはあの時一緒にいた騎士様だね、覚えているよ。小麦粉を買ってくれて依頼、何度か配達しているからね」

 市場の角に位置する店にいた親父に、昨日の昼間にリアリムをみなかったか、聞いてみる。

「昨日も彼女が一人で来たのだが、みなかったか?」

「昨日か、ちょっと待ってくれ、おーい!」

 粉屋の店主は、妻らしき人物と話をすると、彼女は要領を得たのか「ちょっと待っててよ、騎士様。今、近所に聞いて回ってくるよ」と言い、ささっと店を出てしまった。

「アイツの方が、噂話を集めるのが上手いのさ、騎士様たちは目立つから、ちょっと待ってくれよ」

「かたじけない、本当に助かる」

 今は、この市井の人たちが支えてくれることに素直に感謝する。一刻も早くリアリムを見つけ出し、また彼女とこの市場を歩きたい。

 僅かな足跡をたどるため、俺とディリスは再び来ることを伝え、一旦市場を後にした。


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