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第二章

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「ユウ君! 来たよ!」

 時間を少し遅れて、ユウ君のアトリエに到着する。

「あぁ、リア。丁度良かった、そこに座って」

 もう、絵はほとんど完成しているから、今日は最後のポージング。着替えないで光の当たり具合による陰影を確認すると、ユウ君は「ありがとう、とりあえず今回はここまでかな」と言って、私にソファーに座るように促した。

「何か飲む? 疲れただろ?」

 今日でとりあえず最後ということなので、二人でお祝いしようと冷えたエールをいただく。

「か・ん・ぱ~い! ウェ~イ!」

 カチャン、とグラスをぶつけ合う。こうした風習はこの世界にないので、久しぶりだ。

「んんっ、美味し~い!」

 ゴクッと飲むと、冷たい喉越しが気持ちいい。そうだ、かつては悩むことがあると、女友達とこうして飲み会をしていた。

 そのことを思い出すと、つい恋愛話をしたくなってしまう。

「ねぇねぇ、ユウ君、どう思う?」

 私はディリスお兄様からの「兄と呼ぶな」発言に、チャーリー様の「責任をとります」発言について、かいつまんで説明をした。

 私のつたない説明を聞いてくれるユウ君。でも、途中で「パねぇ」とか、「ウケるwww」とか、声が聞こえてくるのは何故だろう。

「リア、すっげぇ興奮して来た! やっぱマジかっけぇ!」

「ユウ君? どうしたの?」

 一通り話終わると、ユウ君は頬を赤らめて話し始めた。

「リア、この前の夜会で、イザベラ嬢にワインかけられただろう? あれ、分岐イベントだったんだよ!」

「えっ、それって、ゲームのイベントってこと?」

「そう! で、いろいろと選択肢がある中で、リアが選んだのは【イザベラ嬢にワインをかける】だったろ?」

「う、うん。そうだったね、それは、反省しているけど」

 すっと立ち上がったユウ君。手に拳をつくっている。

「リア、それって、ハーレムエンドなんだよ! ハーレム!」

「ハ、ハーレム? そ、それって、」

「そう! リア! 攻略対象を全部落としたってこと! パねぇ、まじ、かっけぇぇぇ~」

 よしっ、と掛け声をかけて喜んでいる姿を見て、私は口を開けてポカーンとしてしまう。

「リア! 僕も入れたら4人攻略だよ、ちょ~いい!」

 ちょ、ちょっと待って欲しい。私は初めから平凡な結婚がしたいだけで、複数の相手を持つような爛れた生活がしたいわけではない。

 情熱的な騎士のディリスお兄様に、冷静沈着な側近のチャーリー様。おちゃめな癒し系のユゥベール殿下に、典型的な王子様キャラのウィルストン殿下。

 それぞれが魅力的な人たちで、誰と結婚しても幸せな道が開けそうだけど、同時は違う。

「ユウ君、もうっ、私はそんなこと望んでいないのっ!」

「リア、なんで? 勿体ないじゃん、それぞれの性癖がすっげぇ面白いんだけど。チャーリーは足フェチで、兄上はオッパイフェチ、ディリスなんて、SM好きだぜ? あ、僕はおしりフェチだから、そっちを開発したいけど」

 さっ、最悪だっ、ここに変態がいた。そしてその性癖情報はいらない。私はユウ君に向かって叫んでしまう。

「もうっ、ユウ君なんて最悪! そんなこと言うユウ君なんて大っ嫌い!」

 私は怒りのままにアトリエから飛び出して、そのまま王宮の外まで出てしまった。

 いつものように、ユウ君の用意してくれた馬車に乗るのが嫌で、思わず私は街へ出る定期馬車に乗り込んだ。

 後に、この行動により混乱を引き起こすことになるとは、思いもしなかった。








 部下から報告を受けたチャーリーが、顔を青くする。

「どうした、チャーリー。何か不測の事態でも起こったか」

 このところ、第一王子としての執務室に籠り切りだ。陛下から回される仕事が多いこともあるが、何かに集中していたかった。

「殿下、リアリム嬢が、昨日から行方不明となっています。付けていた影が襲撃され、意識を失っていたため報告が遅れたようです」

「なにっ、どういうことだ? リアリムは伯爵邸にいるハズだろう!」

 ディリスを通じて、外出しないように依頼していたのだ。あのイザベラ嬢とのやり取りを考えると、スコット公爵から何かしら仕掛けてくる可能性があった。

「ですが、昨日王宮に来ていました。ユゥベール殿下のアトリエに用事があると。その後、どうやら定期馬車に乗り、王宮を出られたようです」

「何だと! よりによって定期馬車に乗るなど」

 主に王宮で働く平民が使う定期馬車、それは王都の中心地と王宮を1日に何回も往復している。誰が乗っていたのか、そしてどこで降りたのか、足取りが掴みにくい。

「それで、どこで影は襲撃されたのだ」

「はいっ、どうやらリアリム嬢はマルーク市場の近くで馬車を降りられたそうです。後をつけていた影によると、人混みの中でリアリム嬢を攫う者がいたので救出に向かったところ、後ろから襲撃されたとのことでした」

「よりによって、マルーク市場か。それで、なぜ報告が今日になったのだ」

「はいっ、どうやらミンストン伯爵邸では、王宮からリアリム嬢の宿泊についての連絡が王宮からあったと。そのため、帰宅されなかったのですが不思議に思われなかったようです」

 俺は机をドンっと叩く。聞けば、行方がわからなくなってから既に丸1日が経っている。

「リアリム、なんということだ」

 胸が張り裂けそうになる。1日、もう1日も経っているとは。一瞬、もう既に命を失っているかもしれない、という恐ろしい考えが頭をよぎる。

「スコット公爵の方はどうだ、動きがあるか?」

 念のために、公爵家にも影を走らせていた。だが、特に変わった動きはないと言う。

「王宮からの連絡を偽装した者は、見つかったか?」

「はい、ただ、伝言ゲームのようになっているのですが、今洗っているところです」

「見つけ次第、直ちに知らせろ」

 俺は一旦自分を落ち着かせるために、水を飲もうとコップをとる。ゴクリと飲むと、少し生ぬるい。

 マルーク市場、一緒に歩いたところだ。リアリムは何を考えて、一人でそんなところに行っていたのか。

 あそこは、各地方に向かう馬車の発着場でもある。そのため、そこからの足取りを掴むことが非常に難しい。

 リアリム、無事でいてくれ。俺のことを嫌ってもいい、頼むから生きていて欲しい。

 そんな身を引き裂かれるような思いに駆られた俺は、とにかく現場の確認と思い剣を握る。

「馬を用意しろっ。あと、ディリスを呼べ」

 俺は命令を下すと、まずは最後に会っていたはずのユゥベールの所へ向かった。


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