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第一章
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しおりを挟む「ウィルストン殿下。そこまでですよ」
側近のチャーリー様が、いつもの如く殿下を止めた。
あと少しで唇にキスされるところだった。チャーリー様の声を聞いた殿下は、私の顔に近づけていた顔を上げて、射殺すように彼を睨んでいる。
「また、お前か、チャーリー」
その言葉を聞いて、はっとした私はウィルストン殿下の手をパッと放した。今まで夢中になって握っていたが、そのことに気づいていなかったのだ。
傍から見れば、私もまるで合意して殿下とくっついていたようなものだ。
噂にでもなると、そのままなし崩し的に私が婚約者に選定されてしまうかもしれない。
「リアリム、私の想いを受け止めて欲しい。王子としてではなく、私個人として、」
切なそうな瞳で訴えるようにウィルストン殿下は囁いてきた。
「殿下。ここは廊下ですよ、わきまえてください。さ、次の予定が詰まっていますから、逃げないでくださいね」
そう言うと、チャーリー様はウィルストン殿下の腕を引いて進み始める。
「うぉっ、チャーリー、お前っ、あと少しだったんだぞ、少しは空気を読め!」
「そんな発情した猿でもあるまいし、王宮の廊下でがっつかないでください」
そんな冗談のような軽口を言い合いながら、二人はその場を離れようとした。
「リ、リアリムっ、次に王宮に来るときは、私と会うようにっ!それがアトリエに行く条件だっ」
そう叫びながら、ウィルストン殿下は引きずられるようにして行ってしまった。
(び、びっくりした!)
二人が見えなくなるまで見送ると、私はその場にしゃがみこんだ。
あと少しで、ウィルストン殿下のキスを受けてしまうところだった。あの時、私は拒んではいなかった。そのことが恐ろしかった。
(ま、まさか、私。いや、そんなことないよ、私が好きなのは、ウィルティム様だから、)
けして私は流されやすい性格でも、チョロインでもない。でも、さっきは殿下を押しのけることができなかった。
(私って、どうしよう。こんなにもフラフラするなんて、)
次にウィルストン殿下に迫られたら、避ける自信がない。避けなければ、きっと婚約者に選ばれてしまう。
恐ろしい予感に、私は先ほどの計画を思い出す。やはり、婚約者選定から逃れるためには、一発ヤルしかない。
大きく息を吸って、そして吐いた。覚悟を決めた私は、スッと立つとまずは家に帰るために馬車乗り場の方向へ進んでいった。
「ねぇ、ディリスお兄様。騎士団の皆さんが良くいく居酒屋って、あるの?」
いつものように、焼き菓子を持ってきた私は休憩時間のお兄様を捕まえることができた。
「ん?あぁ、あるにはあるが、なんだ、今度は酒場に興味があるのか?」
そう言いながら、お兄様は今日のマドレーヌを美味しそうに頬張っている。
「どんな所にいくのかなぁって。ね、私も行ってみたいって言えば、連れて行ってくれる?」
そう言った途端、ディリスお兄様はごふっと言って咳き込んでしまう。
「そ、それは、難しいかな、よっぽど女性冒険者とかなら、行くかもしれないが、な、」
「ふーん、そうなんだ。女性冒険者ねぇ」
「お兄様が行ったお店で、一番騎士様に流行中のお店って、どこ?」
「そうだなぁ、居酒屋なら、やっぱりマミーエルの店だな。あそこの焼き鳥は美味い。エールも美味かった」
「そっか。マミーエルね」
にこっと笑った私は、そう言えば、といってあの人を探す。
「どうした、ウィルティムなら、最近は忙しそうだから、こっちには来ていないぞ」
「えっ、騎士団に所属しているわけではないの?忙しいって、他にも何か仕事をしているの?」
そう言った途端、またもディリスお兄様はごふっと咳き込んだ。
「そ、そういう訳ではないが、いや、そう、そうだ。彼は他の騎士団からの仕事を頼まれることがあるから、忙しそうだな」
お兄様はちょっと言いよどんで答えた。今日、会えないのは残念だったけど、いい機会だから、お兄様に聞きたかったことを質問した。
「そう言えば、ディリスお兄様。お兄様って、私と血のつながったお兄様ですよね」
「うえっ、お、お前! な、何で、なんでそんなことを聞いてくるんだ?」
「えっと、ちょっと噂で聞いてしまって、でも、血のつながった兄弟なのに、おかしいなって思って」
ちらっと見ると、ディリスお兄様は頭を抱えるようにして「あちゃ~」と呟いている。
「リアリム、その噂を聞いて、お前はどう思ったんだ?」
お兄様は少し眉を寄せるようにして、聞いてきた。
「へ? もちろん、お兄様は私のお兄様に違いないので、不思議な噂だなぁって」
「そっか、そうだよ、な。うん。いや、噂なんて、どこからでも出るからな。言いたい奴に、言わせておけ」
「そうよね、でもお兄様と血がつながっていなかったら、私はお兄様と結婚できるのかな? あ! そしたら私の理想の平凡な暮らしができるのかな? ふふっ、スゴイ想像だね!」
何と言っても、伯爵家を継ぐディリスお兄様は優しいし、私がお菓子を焼くのをとても楽しみにしてくれている。理想の結婚相手が、こんなにも身近にいた! と思うけれど。
「でも兄妹だから、仕方ないよね! ざんねぇ~ん!」
マドレーヌの残りをまとめると、ディリスお兄様に渡す。少しはウィルティム様に届くといいのだけど、遠征しているのかな。
休憩時間の終わる時間が近いから、お兄様に挨拶をして家に帰ることにする。
私は今のさりげない会話が、どれだけディリスお兄様の心をえぐっていたのか、想像もできなかった。切なそうに私の後ろ姿を見つめているとは、思いもしなかったのだ。
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