上 下
26 / 61
第一章

1-26

しおりを挟む


 ボーっとしていたからだろうか、思わず頭に浮かんだのは「あぁ、ウィルストン殿下は華やかな顔をしている人だなぁ」だった。ユウ君もハンサムだが、どちらかというと可愛い顔をしている。ワンコ系だ。

 母親は違っていても父親は同じためか、どこか似ている所があった。でも、ウィルストン殿下の方が万人を惹きつけるようなオーラを感じる。

 そのオーラが、今は真っ黒、な気がする。

「あ、殿下。ごきげんよう」

 本当ならば、淑女の礼をしなければいけないのに、思わず挨拶しかできなかった。

「君は、今までどこにいた」

 いつもの明るいテノールの声が、バスを響かせている。腕を組んで私を見下すように話す殿下は、明らかに怒気を含んでいた。

「は、はい。ユゥベール第二王子のアトリエにいました」

 誤魔化しても仕方がないので、そのままを正直に話す。答えながらも腕が震えてしまう。

「何故?」

 怒りのおさまらない、といった様子の殿下は、なおも食い下がるように私に質問を続ける。

「はい、ユゥベール殿下に絵のモデルを依頼されました。この、私のピンク髪が珍しかったからかもしれません」

 そう言って、髪を一房持ち上げて示す。殿下は眉を片方だけぴくっと持ち上げた。

「そうか、アトリエで、二人きりか?」

「えっと、隣の部屋には女官の方が控えておりました。それに、部屋はガラス戸が1面あり、パティオに面しています。中庭からは、どなたでも見ることができます」

 ふむ、といった風に考え始められた殿下は、それでも私を逃さないとばかりに立っている。

「君は、私の婚約者候補の自覚があるのかな? 私以外の男性と部屋で二人になるなど」

「ユウ君はそんな! 何もありませんっ」

 思わずユゥベール殿下のことをユウ君と言ってしまう。私にしてみれば、彼は弟のユウ君であって第二王子でも何でもない。

「ユゥクン? それは、ユゥベールの愛称か? この私でさえ、愛称で呼んでもらったこともないのに、部屋に二人で過ごしたこともないのに、アイツ、コロス……」

 えっと、最後何か恐ろしい言葉を聞いたのですけど。聞き間違いであって欲しい。

 もし、ウィルストン殿下がユゥベール殿下に怒りの矛先を向けて、私がアトリエに出入り禁止になってしまうとマズイ。というか嫌だ。

 必死になって、ここは許してもらわなければ。私は言葉を繋げていく。

「あの! ユゥベール殿下は真摯に絵を描いているだけで、何もありませんっ!」

 そう言ってから、思わず殿下の片方の手を持って、胸の前で拝むように手を私の両手で包み込んだ。

「ほ、本当に、絵のモデルをしただけです。少しおしゃべりしましたが、それだけです! 手も触っていません」

 背の低い私は、殿下の手を持ちながら上目遣いで目をうるうるさせて見つめる。

 その私の顔を見た殿下は、「うっ」と少し唸って私の目を覗きこんできた。

「私が触れるのは、殿下だけです、よ?」

 そう言って殿下の手を私の胸元に持ってくると、殿下はさらに目を泳がせるようにして息を一つ吐いた。

「君は、仕方ない。何をしているか、教えてあげよう。男を誘惑すると、こうなると覚えるんだな」

 そう言った殿下は、射るような視線で見つめながら、その白い手袋で私の頬を撫でる。

 手袋の布が滑るように私の頬から首筋に下がる。もう片方の手は、私がまだ両手で持ったままだ。

「で、殿下」

「黙って」

 そう言うと、細く長い人差し指で唇を抑えられる。

 その布越しの手の熱さがもどかしい。殿下の手からは電流が放たれたように私の身体を流れ、私を痺れさせた。

 その布をとって、直接触って欲しい、そんな欲求を覚える。

「君は、キスが好きだったよね」

 そう言って私の顎を持ち上げ顔を近づけてきた。キスされると思い、ギュッと目と唇を固く閉じる。

 でもウィルストン殿下は唇ではなく、額にチュっと唇を置いた。

 驚いた私が目を開けると、すぐ近くにアメジストの瞳が見える。

 それは、一見優しそうに見えてその奥に獰猛な欲望を溜め込んでいるように見えた。

「リアリム、好きだ。私のキスを、受けて欲しい」

 そっと名前を呼びながら、柔らかい唇を額にもう一度押し当ててきた。そのまま目元に唇を落とし、頬や、鼻筋や、口角にもバードキスを落とす。

 こつん、とウィルストン殿下の額が私の額に当たる。片方の手が、私の後頭部に回り髪を優しく撫でつける。
 
 アメジストの瞳がすぐ近くで優しく見つめる。

「リアリム、いいね」

 私の了解を得ているようで、有無を言わせぬ口調でウィルストン殿下はまたも顔を近づけてくる。

 さっきから心臓の音が痛いほど鳴っていた。怖いハズなのに。ここで殿下とキスしてしまったら、後には引けない予感がするのに、殿下の手を押しのけることができない。

 殿下のキスを肯定するかのように、私はまだ殿下の手を離すことができなかった。

 こんなに優しく、見つめながら囁かれると嫌と言えなくなる。

 ――ズルい、こんなに優しくされるなんて。

 私が落ちかけたその瞬間、後ろから声が聞こえる。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

どうして私が我慢しなきゃいけないの?!~悪役令嬢のとりまきの母でした~

涼暮 月
恋愛
目を覚ますと別人になっていたわたし。なんだか冴えない異国の女の子ね。あれ、これってもしかして異世界転生?と思ったら、乙女ゲームの悪役令嬢のとりまきのうちの一人の母…かもしれないです。とりあえず婚約者が最悪なので、婚約回避のために頑張ります!

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

死ぬはずだった令嬢が乙女ゲームの舞台に突然参加するお話

みっしー
恋愛
 病弱な公爵令嬢のフィリアはある日今までにないほどの高熱にうなされて自分の前世を思い出す。そして今自分がいるのは大好きだった乙女ゲームの世界だと気づく。しかし…「藍色の髪、空色の瞳、真っ白な肌……まさかっ……!」なんと彼女が転生したのはヒロインでも悪役令嬢でもない、ゲーム開始前に死んでしまう攻略対象の王子の婚約者だったのだ。でも前世で長生きできなかった分今世では長生きしたい!そんな彼女が長生きを目指して乙女ゲームの舞台に突然参加するお話です。 *番外編も含め完結いたしました!感想はいつでもありがたく読ませていただきますのでお気軽に!

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました

平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。 クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。 そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。 そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも 深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。

処理中です...