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第一章

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 ボーっとしていたからだろうか、思わず頭に浮かんだのは「あぁ、ウィルストン殿下は華やかな顔をしている人だなぁ」だった。ユウ君もハンサムだが、どちらかというと可愛い顔をしている。ワンコ系だ。

 母親は違っていても父親は同じためか、どこか似ている所があった。でも、ウィルストン殿下の方が万人を惹きつけるようなオーラを感じる。

 そのオーラが、今は真っ黒、な気がする。

「あ、殿下。ごきげんよう」

 本当ならば、淑女の礼をしなければいけないのに、思わず挨拶しかできなかった。

「君は、今までどこにいた」

 いつもの明るいテノールの声が、バスを響かせている。腕を組んで私を見下すように話す殿下は、明らかに怒気を含んでいた。

「は、はい。ユゥベール第二王子のアトリエにいました」

 誤魔化しても仕方がないので、そのままを正直に話す。答えながらも腕が震えてしまう。

「何故?」

 怒りのおさまらない、といった様子の殿下は、なおも食い下がるように私に質問を続ける。

「はい、ユゥベール殿下に絵のモデルを依頼されました。この、私のピンク髪が珍しかったからかもしれません」

 そう言って、髪を一房持ち上げて示す。殿下は眉を片方だけぴくっと持ち上げた。

「そうか、アトリエで、二人きりか?」

「えっと、隣の部屋には女官の方が控えておりました。それに、部屋はガラス戸が1面あり、パティオに面しています。中庭からは、どなたでも見ることができます」

 ふむ、といった風に考え始められた殿下は、それでも私を逃さないとばかりに立っている。

「君は、私の婚約者候補の自覚があるのかな? 私以外の男性と部屋で二人になるなど」

「ユウ君はそんな! 何もありませんっ」

 思わずユゥベール殿下のことをユウ君と言ってしまう。私にしてみれば、彼は弟のユウ君であって第二王子でも何でもない。

「ユゥクン? それは、ユゥベールの愛称か? この私でさえ、愛称で呼んでもらったこともないのに、部屋に二人で過ごしたこともないのに、アイツ、コロス……」

 えっと、最後何か恐ろしい言葉を聞いたのですけど。聞き間違いであって欲しい。

 もし、ウィルストン殿下がユゥベール殿下に怒りの矛先を向けて、私がアトリエに出入り禁止になってしまうとマズイ。というか嫌だ。

 必死になって、ここは許してもらわなければ。私は言葉を繋げていく。

「あの! ユゥベール殿下は真摯に絵を描いているだけで、何もありませんっ!」

 そう言ってから、思わず殿下の片方の手を持って、胸の前で拝むように手を私の両手で包み込んだ。

「ほ、本当に、絵のモデルをしただけです。少しおしゃべりしましたが、それだけです! 手も触っていません」

 背の低い私は、殿下の手を持ちながら上目遣いで目をうるうるさせて見つめる。

 その私の顔を見た殿下は、「うっ」と少し唸って私の目を覗きこんできた。

「私が触れるのは、殿下だけです、よ?」

 そう言って殿下の手を私の胸元に持ってくると、殿下はさらに目を泳がせるようにして息を一つ吐いた。

「君は、仕方ない。何をしているか、教えてあげよう。男を誘惑すると、こうなると覚えるんだな」

 そう言った殿下は、射るような視線で見つめながら、その白い手袋で私の頬を撫でる。

 手袋の布が滑るように私の頬から首筋に下がる。もう片方の手は、私がまだ両手で持ったままだ。

「で、殿下」

「黙って」

 そう言うと、細く長い人差し指で唇を抑えられる。

 その布越しの手の熱さがもどかしい。殿下の手からは電流が放たれたように私の身体を流れ、私を痺れさせた。

 その布をとって、直接触って欲しい、そんな欲求を覚える。

「君は、キスが好きだったよね」

 そう言って私の顎を持ち上げ顔を近づけてきた。キスされると思い、ギュッと目と唇を固く閉じる。

 でもウィルストン殿下は唇ではなく、額にチュっと唇を置いた。

 驚いた私が目を開けると、すぐ近くにアメジストの瞳が見える。

 それは、一見優しそうに見えてその奥に獰猛な欲望を溜め込んでいるように見えた。

「リアリム、好きだ。私のキスを、受けて欲しい」

 そっと名前を呼びながら、柔らかい唇を額にもう一度押し当ててきた。そのまま目元に唇を落とし、頬や、鼻筋や、口角にもバードキスを落とす。

 こつん、とウィルストン殿下の額が私の額に当たる。片方の手が、私の後頭部に回り髪を優しく撫でつける。
 
 アメジストの瞳がすぐ近くで優しく見つめる。

「リアリム、いいね」

 私の了解を得ているようで、有無を言わせぬ口調でウィルストン殿下はまたも顔を近づけてくる。

 さっきから心臓の音が痛いほど鳴っていた。怖いハズなのに。ここで殿下とキスしてしまったら、後には引けない予感がするのに、殿下の手を押しのけることができない。

 殿下のキスを肯定するかのように、私はまだ殿下の手を離すことができなかった。

 こんなに優しく、見つめながら囁かれると嫌と言えなくなる。

 ――ズルい、こんなに優しくされるなんて。

 私が落ちかけたその瞬間、後ろから声が聞こえる。


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