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第一章

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「ウィルティム様。今度の差し入れのリクエストはありますか? 私、お菓子を作るのは得意なんですよ」

 今日はなんとなくクッキーにしたけれど、次はウィルティム様の好きなものを作りたい。
 ついでに話題も変えて、この鬱々とした気持ちを変えたかった。

「俺はまだ、君から信頼を得ていないのかな? うん、そうだね、次はフィナンシェとか、リクエストしようかな」

「フィナンシェ! わかりました。バターの香りがいいですよね、私も好きなので頑張りますね」

 ふふっと笑えば、ウィルティム様もにこっとしてくれる。
 細身であるが長身のウィルティム様は、いつも私を見下ろしている。

 でも、こうして階段で座っていると、段をずらせば視線を同じ高さにできる。

 ふっと日が差してきた。

「あっ、ウィルティム様の瞳、濃紺ですね、不思議。普段は黒に見えるのに」

「それを言うなら、君の瞳だって、普段は藍色なのに、今は空色になっている。近くでみないと、よくわからないけど」

「あ、私のこの秘密を知る人は少ないんですよ、ウィルティム様は特別です」

 そう言うと、「もっと良く見せて」と言いながら顔を近づけてくる。

 私もウィルティム様の色の変わる瞳をじっと見つめてしまう。

 ウィルティム様の吐息を感じる。ふと、彼の手がすっと頬に伸びてきた。

 剣ダコのある手がすっと頬を撫でると、そのまま下に伸びて顎を持ち上げる。

「、隙だらけだよ、リアリム」

 ドキン、と胸が弾ける。彼の顔が更に近づいてくる。

 も、もしかしてコレって、キス、されてしまうの? 私?

 転生前には、ちょこっと付き合った彼氏もいた。
 でも、この身体になってからは淑女教育を受けている私。もちろん恋愛ごとに免疫はない。

 この世界で18歳は、成人として認められている。結婚前にキスの一つや二つ、思い出にあってもいいんじゃないかなぁ~と思わなくもない。

 ドキドキしながら目をきゅっと閉じる。3、2、1




「コラ、二人とも距離が近すぎるぞ」

 戻って来たディリス兄さんの声が聞こえた途端、びくっと震えた私は思わずウィルティム様から距離をとってしまった。

 その途端、彼は私の肩を抱いて、ぐっと引き寄せた。

「なんだ、お前の妹に近づくのは罪なのか?」

「俺以外の男は、ダメだな」

 お前も嫉妬深いな、と言いながらウィルティム様は私から離れると、すぐにたち上がった。

「じゃ、リアリム。次に会った時は、悩みをきちんと話すこと。俺も、力になりたい」

 優しく微笑むと、二人は立ち去って行った。

 今日はディリス兄に相談して少しスッキリすることができたけど、実は何も解決していない。

 私は重い足取りで騎士団の鍛錬場を後にした。王宮でのお茶会まで、あと少し。



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