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アイリスとソルディーエル

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「今度は何をされた、アイリス。言え。」

 かつて優しい兄のような、爽やかな少年であった元王太子は、氷のような眼差しをして、周囲の人間を恐れさせていた。支配者であれば、瞳だけで人を従わせることのできる有能な王となったであろう。

「何もされなかったわよ。むしろ魔蔦を抑えていてくれたから、助かったわ。たまたまだけど。自分でも何とかできただろうけど、レオンが通りかかったから、ちょっと助けてもらっただけよ。」

「なら、火傷の痕をみせてみろ。手を火傷したと聞いたが、大丈夫なのか?」

「あ、それもレオンが治癒魔法つかってくれたから、跡も残らなかったよ。ほら、みて。」

 そう言って、両手をソルに見せた。治療を受ける前は、紐状に赤く痕がついていたが、今は完全に消えている。変態皇子ではあるが、魔力の扱い方は、優れていた。

「確かに、きれいになっているな。相変わらず、白くて美しいな、アイリスの手は。」

 ソルは、アイリスの手をとって、口元に引き寄せた。チュッという音を鳴らし、両方の手のひらに触れた。

 自身の手にソルの唇の感触を感じると、アイリスはレオンの舌の感触を思い出し、一瞬ビクッと身体をこわばらせた。

「アイリス?やっぱり、レオンに何かされたか?いや、聞き方を変えよう。どうやって治療を受けた?」

「そ、それは、その・・・火傷痕をなぞってもらっただけよ。その時の感触が気持ち悪かったから、思い出しちゃっただけ。痛いとか、そんなんじゃなかいから、大丈夫よ。」
 
 レオンの舌でなぞられた。とは言えなかった。そんなことを伝えれば、消毒と称して同じことをされかねない。それは避けたかった。

ソルは、握っていたアイリスの両手を、剣だこのできた固く、大きな手で包みながら、甘く優しく囁いた。

「卒業まで、あと1か月か。待ち遠しいな。卒業したら、すぐに婚約と、半年後には結婚式だ。可愛い私のスイレンの花。はやくお前を私のものにしたいよ。アイリス。」

 ソルはいつでも、将来はアイリスと結婚するものとして考えていた。しかし、運命はそれほど単純ではなかった。

「ソル兄さま・・・でも、帝国の赤の日にならないと、何もわからないわ。今は、何も約束できないのは、わかっているでしょ。」

 今、私はソルの婚約者ではない。王国がなくなった後、王族と上位貴族の間にあった約束、婚約などは、全て白紙となった。帝国は、容赦なく属国とした国を解体させ、緩やかに帝国へと帰属させるような政策を敷いていた。その代表が、『赤の日』と呼ばれる婚姻制度だ。

 『赤の日』、それは18歳となった王族・貴族の男女が集められ、婚約者を帝国が選定する。平民は基本的に対象とならないが、優秀と認められた帝国高等学園の卒業者などは、強制的に参加となる。支配層、エリート層を、帝国が支配するための施策。非常に評判は悪いが、家柄、性格、そして体質なども考慮され、相手が選定されると言われている。

 『赤の日』に選ばれた相手と2週間後、合同婚約式を行い、20歳になるまでに各自で結婚式を行う。それに従わない者は、帝国への反逆とみなされ、辺境での強制労働の対象となる。もちろん、貴族としての権利や、それまで努力して得た教育、地位なども全て取り消される。ようするに、強制集団結婚制度である。

属国となった地域の貴族は、基本的に帝国の貴族と組み合わされる。そうして、属国内での貴族間の結びつきを断ち切り、緩やかに帝国の支配に組み込まされていく。

ただし、赤の日に18歳となる者であっても、事前に申請すれば2回まで延期することができる。ソルは、その権利を行使し、これまで2回、参加していない。そして、今年は18歳となった私と組み合わさることができるよう、待っていた。

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