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森の奥の屋敷7
しおりを挟む穏やかな日々が過ぎていき、冬が終わりを告げる。季節はもう、春になろうとしていた。小鳥たちのさえずりが頻繁に聞こえてくる。
「今日は、温かくなったわね。そろそろ雪も解けてきたのかしら」
「そうだな、まだ日陰には残雪が残っているが、庭も地面が見えるようになってきた」
「だったら、そろそろ庭を歩いてみたいわ」
ユリアナはレオナルドに声をかけると、彼はようやく「わかった」と言って頷いた。そして散歩用の靴をとってくると言って部屋を出ていく。
ユリアナは仕立屋が来た日の夜、自分がどうしたらいいのかを考え、ひとつのことを決めていた。
——神殿に行こう。音楽会の日にスカラ様にお願いして、この屋敷から連れ出して貰おう。
いくら追い出そうとしても、レオナルドは出て行かないだろう。だったら、自分が屋敷を離れるしかない。でも盲目の自分では、レオナルドに見つからないで屋敷を出ることはできそうにない。万一出ることができても、生きていくことは簡単ではない。
だから、手助けしてくれる人が必要になる。しかも王家からも、侯爵家からもユリアナを引き渡せと要求されても、断ることができる存在といえば神殿しかない。
スカラは以前、元聖女であっても名の知られているユリアナであれば、できることがたくさんあると言っていた。具体的なことまで聞いていないけれど、自分の存在が誰かの助けになるなら、使って欲しい。
ちょうど良く音楽会へ彼女を招待していたから、スカラが来ることになっている。ユリアナが消えた後も、たくさんの訪問客のある日であれば、探すことも困難を極めるだろう。
そうすれば、レオナルドから離れることができる。そして、彼を自由にすることができる。
だから、それまでは――。
レオナルドとの日々を大切に過ごそうと、ユリアナは決めていた。落ち込んだり、泣いたりすればレオナルドのことだからユリアナの気持ちに気付いてしまうだろう。それだけは避けたくて、ユリアナはこれまでと変わらない様子で暮らしていこうと決めていた。
彼との思い出もたくさんつくっておきたかった。
「……ねぇ、レーム。今日は馬に乗って、湖まで行ってみたい。もう、氷は溶けているでしょう?」
ユリアナが可愛らしくおねだりすると、レオナルドはもう反対しなかった。
ユリアナを軽々と馬上にのせたレオナルドは、ゆっくりと森の中を進んでいく。以前と違い、心地よい春の風が吹き抜けていく。うっそうとした森の中を時折小鳥がピチチと鳴きながら飛んでいた。
「すっかり春になってきたわね。これなら音楽会も、外でできるかしら」
「そうだな。森の色がすっかり変わって、鮮やかな緑になっているよ」
「森の香りも、なんだろう……、爽やかになってきたわね」
以前は雪が全ての音を吸収していたが、今は葉と葉の擦れる音まで聞こえてくる。ユリアナは全身を使って森を味わっていた。
「ユリアナは本当に……、ここが好きなんだな」
「ほんと、結婚式もお葬式も、全部森でできたらいいのにね。森の中はこんなにも気持ちがいいから」
「結婚式も?」
「ええ、だって森にいる小鳥たちと一緒にお祝いできるなんて、とっても素敵だわ」
ユリアナは軽い気持ちで答えていた。先見した映像では、レオナルドの後ろには祭司らしき人が立っていたが、場所までは特定できなかった。単に自分なら、慣れない大勢の前で誓い合うよりも、森の屋敷でこぢんまりとした結婚式がしたい。
「そうか……」
レオナルドは顎に手をかけると、考え込むようにして頷いた。
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