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盲目の聖女6

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「異議あり!」

 再びシャレールが声を上げると、「では、シャレール殿」と言って副議長は発言を促した。

「先見の聖女の力は天からの祝福であり、尊いものである。聖女であるユリアナ殿が、その力を否定するなどありえない。狂戦士と呼ばれるほど、第二王子は先の戦闘では怒りに任せ敵を切りつけたと聞くからには、元々が暴力的な方に違いない。自分の手に入らなかった美女を手籠めにし、神殿を汚したのだ!」

 神殿長の言葉に頷く聴衆も散見される。民衆の聖女信仰は堅く、またレオナルドの狂戦士という二つ名が悪い方に作用していた。

 両者の主張の違いに、膠着とした雰囲気がその場を占める。互いに折り合うことのできない説明に、一体何が真実なのか、人々はわからなくなっていた。

「ではここで、私の方から証人を呼びたいと思います。事件の内容から招聘を控えていましたが、本人からの強い希望があり、私が認めました。ユリアナ・アーメント嬢、どうぞお入りください」





 顔に白いベールをつけたユリアナが執事に手を引かれ入って来た。片足を引きずるようにしているが、しっかりと歩いている。聴衆は目の覚めるような白色のドレスを着たユリアナを見て、おおおっと感嘆の声を上げた。

 先見の聖女と呼ばれるユリアナが、初めて人々の前に姿を現した。薄いベールによって隠されているが、顔の造作が美しいことは一目でわかる。背筋を伸ばし、長い手袋に包まれた腕は細く、たおやかな姿をしている。首元までしっかりと襟が詰まった服は、彼女の誠実な人となりを表すようだ。

 慎ましやかな仕草でおじぎをすると、チリン、とお守り代わりに持ってきた鈴が鳴る。ユリアナは副議長の前にある証人席に立っていた。

 ――大丈夫、この鈴があるから、私は話すことができる。

 ユリアナはレームの置いていった鈴を緊張で汗をかいている手できゅっと握りしめた。足が震えてしまうけれど、彼を守るために自分はここで発言すると決めている。ユリアナは顎を上げて前を向いた。

 ユリアナの姿を見たレオナルドは腰を浮かせて立ち上がろうとするが、エドワードが彼の肩を抑えつける。

「兄上、なぜ彼女がいるのですか」
「……私も聞いていなかった。副議長の判断だろう、彼女を呼んだのは」
「だが」
「彼女が一番の当事者だ。控えろ、レオナルド」

 眉根を寄せ不満げな顔をしながらも、レオナルドは座り直した。ここで下手に動いては、陪審員達の心象も悪くなってしまう。口元を固く引き締め、視線を鋭くしながら周囲を見るに留めた。

「ユリアナ・アーメント侯爵令嬢、で間違いありませんね」
「はい」

 小鳥のさえずりのように涼やかな声をだしたユリアナは瞼を閉じながら答える。副議長はユリアナの紹介をした後、質問を始めた。

「この場にはレオナルド王子もいますが、構いませんか? 事前情報では衝立はいらないとのことですが、必要であれば用意します」
「大丈夫です。私はこのとおり目が見えませんので、衝立は必要ありません」

 コホン、とひとつ咳をした副議長は、「では」と言い審問会を進めていく。

「今回、争点のひとつは聖女の力を自ら捨てようとしたのか否かです。ユリアナ殿、いかがですか?」
「私は……、聖女の力を自ら捨てようと願いました」

 会場では驚きと共に、ユリアナを非難する声が起こる。聖女の祝福された力を否定するなど、教義に反するからだ。だがユリアナの説明を聞くと、人々は黙り込んだ。

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