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沈黙の護衛騎士20
しおりを挟む初めて淹れてくれた紅茶からは、格段に上手になっている。もう、茶器を扱う時に音を立てることもない。ユリアナは部屋中に満ちる香りに満足しながらテーブルに近づくと、カップを渡そうとした男の手に触れてしまう。
男は手袋をはめていなかった。彼の素肌に触れた瞬間、ユリアナは大きく目を見開いた。
——あああ!
ぱあっとユリアナの目の前に映像が広がっていく。たくさんの陽の光を受けて輝く、小麦色の髪をなびかせたレオナルドが笑っている。
——まさか! 彼は!
ドクっと全身の血が激流のように身体を巡る。
ユリアナの見た映像にはレオナルドが映っていた。ということはレームは、声の出せない護衛騎士はレオナルドということだろうか。今、目の前に広がった映像は間違いなく先見した未来だ。それも、手を触れた男の未来に違いない。
——レオナルド殿下が、……ここにいる!
なぜ、どうして彼が自分の傍にいるのだろう。かつての彼はすらっとした青年だった。騎士団に入りかなりの武功を立てたと聞いているけど、あんなにも体つきが変わるものだろうか。
……本当にレームはレオナルド殿下なのだろうか。
だがレオナルドであれば楽譜が読めることも、紅茶を淹れるのが下手だったことも、指導が厳しいことも納得できる。負けず嫌いで完璧主義なのも……、ちょっとだけ理解できる。
ユリアナは落ち着かなくなり、カップを持つ手をカタカタと震わせた。いつもと違う様子にレームが傍に近寄るが、何も言えずユリアナも口を開かない。
ユリアナは先見した映像を振り返っていた。
彼の後方には司祭服を着た人がいて、目の前には白い髪の女性が向き合って立っていた。後ろ姿の為、彼女の顔は見えないけれど服装からするときっと、結婚式の光景で……彼の妻となる女性だろう。
——殿下はとても、幸せそうだわ。笑って新婦となる女性を見つめていた。
自分とは違う、光を受けて白く輝く髪の女性を優しく見つめていた。心臓をキュッと掴まれたような痛みを覚えながらも、ユリアナは心から安心して呟いた。
「……良かった」
レオナルドの未来が幸せで良かった。かつてのように、危険な未来を視なくて良かった。以前と違い、この先見の内容を決して変えたくはない。——彼には何としても幸せになって欲しい。
ポツリと零した声をレームは拾うけれど、問いかけることはない。ただじっと、ユリアナの傍に沈黙して立っていた。
冷めた紅茶を口にしたユリアナは、傍に立つ男に震える声で問いかけた。
「明日、帰るの?」
チリン、と鈴が鳴る。彼が傍にいられるのは、今日で最後となる。レオナルドが来た理由を知りたいけれど、声を出さずにレームという護衛騎士に扮しているのは、ユリアナに正体を明かさないためだろう。きっと何か事情があるに違いない。
ユリアナは黙ったまま、……レオナルドをレームとして扱うことに決めた。
——贖罪、なのかもしれない。
二年前、王宮で会った時に彼は「杖になりたい」と言っていた。それを、十日間だけでも行うことでユリアナの犠牲に報いたいのだろうか。——そうとしか思えない。
危険な状況に陥ったことは何らレオナルドの罪ではないけれど、彼のために自分が犠牲になったことは否めない。きっと、良心の呵責があったのだろう。
——だとしたら、少しくらいわがままを言ってもいいかな……。
一日だけでも、彼に思いっきり甘えて過ごしてみたい。幼い頃のように、彼と過ごしてみたい。
「ねぇ、レーム。今日が最後だから……、貴方に甘えてもいいかしら?」
これまでもかなり我儘を言っているのに、さらに甘えたいと言うユリアナの言葉を聞き、男はビクッと身体を震わせた。だが、否定することはなくチリンと鈴を一度だけ鳴らす。
「だったら、私。一度でいいから野外で演奏してみたいの。バイオリンが確か倉庫にあったけれど、レームは弾けるかしら?」
レオナルドであれば、問題なくバイオリンを弾けるだろう。久しぶりだとしても『鳥は空へ』も演奏できるに違いない。チリン、と鳴る鈴を聞いたユリアナは、さっと立ち上がると外套を取りに行く。
「時間がもったいないわ、さっそく庭に行きましょう!」
頬を桃色に染めたユリアナは、水を得た魚のように生き生きとした顔になった。
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