10 / 67
沈黙の護衛騎士10
しおりを挟む◇ ◇ ◇
十八歳で目が見えなくなると、ユリアナの世界は一変した。それまで当たり前にできたことができなくなる。初めの頃は受け入れる余裕もなく、泣いてばかりいた。
それでも十五歳になった時から住んでいる森の屋敷であれば、部屋のつくりも物の在りかも把握できた。三年間の記憶を頼りに、見ることができずとも風景を思い浮かべることで補ってきた。
杖は片足を支えるだけでなく、目の代わりとなった。視覚に頼れない分、他の感覚が鋭くなっていく。父はユリアナの傍に手を引くための世話人をおこうとしたが、人がいるといつ先見をしてしまうかわからない。
なるべく周囲に人をおかず、ひとりで動くことができるようにとユリアナは訓練を重ねた。
そのおかげで目が見えなくても、自分ひとりでできることは多かった。着替えも簡易なコルセットであれば、自分で着ることができる。服の置き場所も、以前と変わらない。服の色がわかるように目印をつくり、首筋などに刺繍をしている。簡単な化粧も自分でできるようになった。
それでも、出来ないこともたくさんある。
「レーム、少し寒いから、暖炉に火をいれてくれる?」
チリン、と鈴が鳴るのと同時に、男が動き始めた気配がする。
流石に火を扱う時は人に頼んでいる。以前、自分で火をおこそうとして灰を被ってしまい、執事に怒られてしまった。それ以来、無理をしすぎないで人に頼ることも、大切だと思っている。
しばらくすると、パチパチと薪に火がつきはじめた音が聞こえる。火のあたる方へ顔を向けると、男は薪が燃え広がらないように位置を変えているようだ。
「ありがとう。……今日は冷えるわね」
チリンと鈴を鳴らして男はそのまま静かに立っている。
——本当に、声が出せないのね……。
ユリアナは目が見えなくても、人の気配や息遣いなどを察知する感覚は鋭くなっていた。静かな屋敷にいれば、音だけで様々なことを判断できる。
きっと、目の前には赤々と火が燃えているのだろう。少し熱すぎるくらいの熱が顔に刺さる。
「レーム、あなたはいつから声をだせないの? 生まれた頃から?」
チリン、チリンと二回鳴る。そうすると、彼は後天的に話せなくなったということだ。
「……そうなの。私と同じなのね。私の目も、二年前から見えないの。あなたは? そうね、何年前から話せないのか、鈴を鳴らしてくれる?」
たくさん鳴るかと思いきや、意外なことに鈴は一度も鳴らなかった。
「まぁ、レーム。あなたは最近、声を出せなくなったの?」
チリンと鈴が鳴る。彼は声を失ってから一年も経っていないようだ。ユリアナは自分が目の光を失った直後のことを思い出してしまい、胸がギュッと掴まれたように痛くなる。
「そう……。それはまだ辛いわね。それでもいつか……、受け入れることが、出来るといいわね。私も時間がかかったけれど、……今はこうして、過ごせているわ」
盲目となったことは、時間と共に受け入れられるようになった。
もう二度とこの目に彼を映すことはできなくても、心の中にはいつでもレオナルドの姿を想い浮かべることができる。ユリアナは自分の心の中だけは自由だから、と彼を想い続けることを許していた。
最後に視た彼は一瞬だったけれど、青い騎士服を着ていた。髪を後ろに撫でつけ、精悍で大人びた顔をしていた。緩やかに微笑んだ彼は、鈍く光る銀のように穏やかでありながら鋭い視線でユリアナを見つめていた。
——まだ、大丈夫。私は殿下の姿を思い出すことができる。
日々薄れていく記憶の中で、彼の姿だけは忘れたくなかった。それでも二年という月日はユリアナから鮮明な彼の記憶を少しずつ奪っていく。
レオナルドを思い出すことで、ユリアナは胸の痛みをやり過ごしていた。これまでも、辛いことがある度に彼の姿を思い出すことで乗り越えて来た。
もう、二度と会えないとしても。二度と見ることは叶わなくても。ユリアナは一途にレオナルドを想い続けていた。
3
お気に入りに追加
470
あなたにおすすめの小説
【完結】魔王の婿取り~忠臣だったはずの宰相に監禁されて、なぜか溺愛執着されています~
鉄紺
恋愛
魔王ダールと宰相のクェントは、よき王と忠実な家臣である。
そんな二人には別の顔がある。ダールの性欲処理のため、夜毎彼女の身を慰める間柄だったのだ。
ある時ダールは正式に婿を迎える意向をクェントに伝える。それは二人の関係の清算を意味した。
しかしクェントはダールに積年の恋慕を募らせていた。狂気にも似た独占欲が、自身が仕えるべき女王を監禁するという暴挙に走らせる。
「お前が俺を捨てるって言うんなら――お前を殺して俺も死ぬよ」
この話は、心を確かめ合う前に身体だけ繋がってしまった男女が、遠回りしながら愛を得るまでのお話です。
(R18シーンが含まれる話はタイトルの末尾に「※」マークを付けています。ご参考になさってください)
※ムーンライトノベルズ様でも掲載しております
【完結】浮気者と婚約破棄をして幼馴染と白い結婚をしたはずなのに溺愛してくる
ユユ
恋愛
私の婚約者と幼馴染の婚約者が浮気をしていた。
私も幼馴染も婚約破棄をして、醜聞付きの売れ残り状態に。
浮気された者同士の婚姻が決まり直ぐに夫婦に。
白い結婚という条件だったのに幼馴染が変わっていく。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】愛しい人、妹が好きなら私は身を引きます。
王冠
恋愛
幼馴染のリュダールと八年前に婚約したティアラ。
友達の延長線だと思っていたけど、それは恋に変化した。
仲睦まじく過ごし、未来を描いて日々幸せに暮らしていた矢先、リュダールと妹のアリーシャの密会現場を発見してしまい…。
書きながらなので、亀更新です。
どうにか完結に持って行きたい。
ゆるふわ設定につき、我慢がならない場合はそっとページをお閉じ下さい。
【R18】仏頂面次期公爵様を見つめるのは幼馴染の特権です
べらる@R18アカ
恋愛
※※R18です。さくっとよめます※※7話完結
リサリスティは、家族ぐるみの付き合いがある公爵家の、次期公爵である青年・アルヴァトランに恋をしていた。幼馴染だったが、身分差もあってなかなか思いを伝えられない。そんなある日、夜会で兄と話していると、急にアルヴァトランがやってきて……?
あれ? わたくし、お持ち帰りされてます????
ちょっとした勘違いで可愛らしく嫉妬したアルヴァトランが、好きな女の子をトロトロに蕩けさせる話。
※同名義で他サイトにも掲載しています
※本番行為あるいはそれに準ずるものは(*)マークをつけています
【R18】一度目の別れはあなたから、二度目の別れは私から
桜百合
恋愛
沙良は、四年間付き合った幼馴染で彼氏の健斗から別れを告げられる。まだ健斗への恋心が残る沙良は彼を忘れるために、彼との関係を絶って一から生活をやり直そうと決意する。
元々一途だったはずなのにクズになった彼氏が、彼女を失って激しく後悔し、縋って縋って縋りまくるテンプレのお話です。ムーンライトノベルズ様にも掲載しております。
※序盤、彼氏が結構クズです。元サヤハッピーエンドが苦手な方はご遠慮ください。ただただ縋るヒーローが書きたくて始めたお話ですので、設定はかなりゆるふわです。
※毎日更新予定。
【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」
リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」
「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」
「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」
リリア
リリア
リリア
何度も名前を呼ばれた。
何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。
何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。
血の繋がらない、義理の妹ミリス。
父も母も兄も弟も。
誰も彼もが彼女を愛した。
実の娘である、妹である私ではなく。
真っ赤な他人のミリスを。
そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。
何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。
そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。
だけど、もういい、と思うの。
どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。
どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?
そんなこと、許さない。私が許さない。
もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。
最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。
「お父様、お母様、兄弟にミリス」
みんなみんな
「死んでください」
どうぞ受け取ってくださいませ。
※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします
※他サイトにも掲載してます
【R18】英雄となった騎士は置き去りの令嬢に愛を乞う
季邑 えり
恋愛
とうとうヴィクターが帰って来る——シャーロットは橙色の髪をした初恋の騎士を待っていた。
『どうしても、手に入れたいものがある』そう言ってヴィクターはケンドリッチを離れたが、シャーロットは、別れ際に言った『手に入れたいもの』が何かを知らない。
ヴィクターは敵国の将を打ち取った英雄となり、戦勝パレードのために帰って来る。それも皇帝の娘である皇女を連れて。——危険を冒してまで手に入れた、英雄の婚約者を連れて。
幼馴染の騎士 × 辺境の令嬢
二人が待ちわびていたものは何なのか
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる