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沈黙の護衛騎士10

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 ◇ ◇ ◇


 十八歳で目が見えなくなると、ユリアナの世界は一変した。それまで当たり前にできたことができなくなる。初めの頃は受け入れる余裕もなく、泣いてばかりいた。

 それでも十五歳になった時から住んでいる森の屋敷であれば、部屋のつくりも物の在りかも把握できた。三年間の記憶を頼りに、見ることができずとも風景を思い浮かべることで補ってきた。

 杖は片足を支えるだけでなく、目の代わりとなった。視覚に頼れない分、他の感覚が鋭くなっていく。父はユリアナの傍に手を引くための世話人をおこうとしたが、人がいるといつ先見をしてしまうかわからない。

 なるべく周囲に人をおかず、ひとりで動くことができるようにとユリアナは訓練を重ねた。

 そのおかげで目が見えなくても、自分ひとりでできることは多かった。着替えも簡易なコルセットであれば、自分で着ることができる。服の置き場所も、以前と変わらない。服の色がわかるように目印をつくり、首筋などに刺繍をしている。簡単な化粧も自分でできるようになった。

 それでも、出来ないこともたくさんある。

「レーム、少し寒いから、暖炉に火をいれてくれる?」

 チリン、と鈴が鳴るのと同時に、男が動き始めた気配がする。

 流石に火を扱う時は人に頼んでいる。以前、自分で火をおこそうとして灰を被ってしまい、執事に怒られてしまった。それ以来、無理をしすぎないで人に頼ることも、大切だと思っている。

 しばらくすると、パチパチと薪に火がつきはじめた音が聞こえる。火のあたる方へ顔を向けると、男は薪が燃え広がらないように位置を変えているようだ。

「ありがとう。……今日は冷えるわね」

 チリンと鈴を鳴らして男はそのまま静かに立っている。

 ——本当に、声が出せないのね……。

 ユリアナは目が見えなくても、人の気配や息遣いなどを察知する感覚は鋭くなっていた。静かな屋敷にいれば、音だけで様々なことを判断できる。

 きっと、目の前には赤々と火が燃えているのだろう。少し熱すぎるくらいの熱が顔に刺さる。

「レーム、あなたはいつから声をだせないの? 生まれた頃から?」

 チリン、チリンと二回鳴る。そうすると、彼は後天的に話せなくなったということだ。

「……そうなの。私と同じなのね。私の目も、二年前から見えないの。あなたは? そうね、何年前から話せないのか、鈴を鳴らしてくれる?」

 たくさん鳴るかと思いきや、意外なことに鈴は一度も鳴らなかった。

「まぁ、レーム。あなたは最近、声を出せなくなったの?」

 チリンと鈴が鳴る。彼は声を失ってから一年も経っていないようだ。ユリアナは自分が目の光を失った直後のことを思い出してしまい、胸がギュッと掴まれたように痛くなる。

「そう……。それはまだ辛いわね。それでもいつか……、受け入れることが、出来るといいわね。私も時間がかかったけれど、……今はこうして、過ごせているわ」

 盲目となったことは、時間と共に受け入れられるようになった。

 もう二度とこの目に彼を映すことはできなくても、心の中にはいつでもレオナルドの姿を想い浮かべることができる。ユリアナは自分の心の中だけは自由だから、と彼を想い続けることを許していた。

 最後に視た彼は一瞬だったけれど、青い騎士服を着ていた。髪を後ろに撫でつけ、精悍で大人びた顔をしていた。緩やかに微笑んだ彼は、鈍く光る銀のように穏やかでありながら鋭い視線でユリアナを見つめていた。

 ——まだ、大丈夫。私は殿下の姿を思い出すことができる。

 日々薄れていく記憶の中で、彼の姿だけは忘れたくなかった。それでも二年という月日はユリアナから鮮明な彼の記憶を少しずつ奪っていく。

 レオナルドを思い出すことで、ユリアナは胸の痛みをやり過ごしていた。これまでも、辛いことがある度に彼の姿を思い出すことで乗り越えて来た。

 もう、二度と会えないとしても。二度と見ることは叶わなくても。ユリアナは一途にレオナルドを想い続けていた。


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