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沈黙の護衛騎士7
しおりを挟むセイレーナ王国は周辺国と違い、国王中心の絶対王政ではない。
地方を治める貴族から成る貴族院と、民衆の信心を扱う神殿、そして外交と軍事を司る王家がそれぞれ同等の権利を持っている。対外的には王家が国の代表となっているが、三つの権力は分立し、互いに協力や監視をしながら国を治めていた。
貴族院の議長、神殿長、そして国王による合議制という独特の政治体制は先進的であり、国を豊かなものとしていた。だがそのために隣国による侵略行為もあり、辺境では気の抜けない状況が続いている。
それでも王都では平和な日々が緩やかに流れていく中で、ユリアナは音楽会の当日を迎えていた。
瞳と同じ紫色のドレスを着たユリアナは、普段はおろしている髪を上げ編み込むようにしてまとめている。真珠のネックレスが白い肌に映え、清楚な雰囲気を醸し出していた。右腕にはレオナルドから貰ったブレスレットをはめ、爪を桃色に染めていた。
王宮に着いたら最後の練習のために、レオナルドの控室に来るように言われている。本番を前に一度、彼に横笛の練習の成果を聞かせて欲しいと伝えられていた。
普段より大人びた姿のユリアナが部屋へ入ってくると、レオナルドはゴクリと喉を鳴らして立ち上がる。そして彼女に近づくと顔を寄せて耳元で囁いた。
「ユリアナ、今日は……凄く綺麗だ」
「殿下にそんなことを言われるなんて。……初めてです」
「っ、ごめん。前から思っていたけど、今日は特に綺麗だ」
最近ぐっと背の伸びたレオナルドは、細身の身体に合わせて仕立てられた白の豪奢なフロックコートを着ている。同色のクラバットにはアメジストの宝石のついたピンが使われ、正装をまとった姿は普段以上に大人びて美しい。
——私のこと綺麗って言うけど、殿下は私の何倍も素敵だわ。
普段はつけていない香水を使っているのか、香りのよい柑橘系の匂いがする。爽やかな彼らしい、清涼感のある匂いに思わずトクリと胸を高鳴らせた。
「さぁ、音楽会の前にユリアナの音を聞かせて欲しい」
青年になったばかりのレオナルドは、耳元を赤く染めながらユリアナに手を伸ばした。カエルを渡したかつての少年は、照れくさそうにしながら細い手に触れる。
その瞬間、ユリアナは鮮明な映像を見てしまう。
王家の紋章のついた馬車が、武装した集団に囲まれていた。黒い装束を着た者たちは、顔を覆うようにしていて何者かわからない。首領らしき者が「この馬車の中に王子がいるはずだ、引きずり出せ」と言っている。
馬車の中にはレオナルドがいて、驚いた顔をしていた。そして武装集団に手足を縛られると、連れ去られていく。彼を攫うことが狙いだったのか、集団はすぐに引き上げていった。
「あ、ああっ……!」
「ユリアナ、どうした、大丈夫か?」
いきなりうずくまるユリアナを心配したレオナルドは、同じように膝を屈め彼女の手をとった。するとユリアナは目を潤わせ、声を絞り出すようにして彼に訴えた。
「レオナルド殿下、明日は出かけるのをお止めください」
「……それは、どうして?」
「殿下の馬車が襲われます。……殿下は、誘拐されそうになっていました」
「なぜ明日だと?」
「殿下は黒の喪服を着ていました。確か、祖父であられる先王様の命日ではないかと」
王子は一瞬息を呑んで、ユリアナをじっと見つめた。琥珀色の瞳が紫の瞳に真実かどうかを問いかけている。
「なぜ、ユリアナがそれを予言できる」
「……っ、私には先見の力があるから」
ユリアナは項垂れるようにして下を向いた。決して他言してはいけないと、きつく言われている。それも、王族には決して悟らせてはいけないと父は言っていた。それでも、伝えずにはいられなかった。
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