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沈黙の護衛騎士2

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 ユリアナはセイレーナ王国でも屈指の権力を持つアーメント侯爵家の令嬢として生まれた。漆黒の髪と紫の瞳を持ち、傾国の美女とまで称えられた母親の美貌を受け継いでいる。兄弟はいるが年の離れた末娘として、両親の愛情を一身に受けていた。

また彼女は侯爵令嬢として、王国に生まれたふたりの王子達と過ごす集まりの為に、幼い頃から月に何度か王宮に出向いていた。

 黄金色に輝く髪に、深い湖のように澄んだ碧い瞳を持つ聡明な長兄のエドワードに対し、明るい小麦色の髪に琥珀色の瞳をしたやんちゃな弟のレオナルド。王子達の性格は違うが兄弟仲は良く、常に一緒に行動している。

 ユリアナより少し年上の彼らの為に、将来の側近、婚約者候補として年と近い子どもたちが集められた。皆、高位貴族の子息や令嬢ばかりだ。その中でもユリアナは年齢が一番低かったが、内側から輝くような美貌を持つ美少女であった。

 けれど、七歳になったばかりのユリアナは見かけによらずお転婆な少女だった。王宮に来ては花壇に隠れ、枝ぶりの良い木にも登ろうとする。けれど登ったところで降りられなくなったところを王子たちに見つかってしまい、レオナルドにからかわれてしまう。

「ユリアナ! こんな低い木なのに降りられないのか?」

 ——もう、レオナルド様は木登りが上手だからって! こ、怖くなっちゃったの!

 言葉にできず震えていると、するすると登ってきたレオナルドが隣に座る。

「俺が来たからには、もう大丈夫だ。ほら、背中につかまって。降りるぞ」
「う、うん」
 
 ユリアナはレオナルドの背に乗り首に手を回すと、彼は来た時と同じようにするすると降りていく。地上に降り立った時には、手を広げて待っていたエドワードに抱き着いてしまう。

「ユリアナ、大丈夫か?」
「エドワード様、……怖かった」

 よしよしと頭を撫でられると、心から安心してしまう。顔を上げて見上げるとエドワードは太陽のように朗らかに笑っていた。

ユリアナは屈託のない性格から、王子達から殊更可愛がられていた。こんな日々がずっと続くといいなと、幼心に思っていた。

 けれどとうとう、王宮で木に登ったことを聞いた両親からこっぴどく叱られてしまう。ユリアナはしゅんとしながら王子たちとのいつものお茶会に来ていた。

「ユリアナ、今日は何して遊ぼうか? 追いかけっこか、かくれんぼか?」
「レオナルドさま、私はもう淑女なので外では走りません!」

 ぷい、と顎を上げたユリアナを見て、ふたりの王子達がくつくつと笑い始める。王宮にある広大な庭園に天幕が張られ、今日は外で遊ぶことになっていた。王族であっても子ども時代は伸び伸びと育ってほしい。王と王妃の願いのまま、彼らは自由に育っていた。

「でも、ユリアナが大人しくなると、つまらないな」
「あぁ、そんなのユリアナらしくないぞ」
「そんなこと言っても、もう走りません!」

 頬をぷくっと膨らませ、ユリアナは悔しそうにスカートの裾を持った。本当は思いっきり身体を動かして遊びたい。けれど、口うるさい|家庭教師(カヴァネス)からは淑女は走らず、口を開けて笑わないと教えられたばかりだ。

 ——私はもう、淑女なの!

 可愛らしい仕草のユリアナを見て、ふたりの王子たちは堪えきれず笑顔になる。殊の外ユリアナを気に入っているレオナルドは、降り注ぐ日差しの中で手を差し伸べた。

「ほら、ユリアナ。これで元気になってくれ」
「なあに?」

 レオナルドは何かを渡そうとして拳を突き出した。胸の前で両手を皿のように広げたユリアナの手に、彼はポトリと緑の物体を置く。

「ひゃああっ!」

 手のひらに置かれたものは、鮮やかな緑色をしたカエルだった。ユリアナが驚いて声を上げた途端、カエルはぴょんと跳んで芝生の上に降り立ってしまう。

「カエルさん!」

 ユリアナは驚きつつも、手の中から逃げたカエルを探すようにしゃがみ込んだ。カエルとはいえ、レオナルドのくれたものだ。それに、綺麗な緑色をしていた。もっと見てみたいと、ユリアナは目を輝かせてカエルを探し始めた。

「……お前、他の令嬢にあんなものを渡したら気絶されるぞ」
「ユリアナだから、大丈夫だっただろ?」
「悪戯するのも、いい加減にしておけよ」

 さほど背の高さの変わらない弟の頭をぽんと叩いたエドワードは、仕方がない奴だなと言いながら他の子弟達の方へと歩き始めた。レオナルドはユリアナの近くに行くと、一緒になってカエルを探し始める。

「レオナルドさま、せっかくくれたカエルが見つからないの」
「ああ、だったら池の方にいけば、まだ他にもいっぱいいるぞ」
「本当? 見てみたい!」

 すくっと立ち上がったユリアナは、レオナルドの手をとると今にも走り出そうとして引っ張った。

「あれ、ユリアナはもう外では走らないんだよな」
「もうっ、今は特別です! レオナルドさま、早く行きましょう!」

 屈託なく笑うユリアナの手に引かれるようにして、レオナルドはゆっくりと足を進める。結局、ユリアナは逸る心を止めることができなくなり、——いつの間にか走り出していた。

 心地よい風が吹き抜ける中、ユリアナは幸せなひとときを過ごしていくけれど、無邪気な子ども時代はあっという間に過ぎ去っていく。


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