28 / 64
占い師の女①
しおりを挟む
寝室を飛び出した私は着替え終わると、朝食を用意しているシェナのところに向かう。すると、ルドヴィーク様は「今夜も遅くなるが来る」と言って早々に屋敷を出てしまっていた。
「アリーチェ様、今朝は驚きました。ご領主様は、あんなにもお美しい方だったのですね」
「シェナもそう思う? どうやら黒い靄を払ったら、本来のお顔が表れたの。多分、恐ろしいと思われていたのは、靄のせいね。呪いか何かだったのかな……」
この不思議な力が、呪いを解くことができるとは知らなかった。黒い靄は単なる疲れだと思っていた。
でも、ルドヴィーク様ほどの黒い靄を持つ人に出会ったことはない。だから単にこれまで、呪われた人に会ったことがなかった……だけなのかも。
シェナもルドヴィーク様のお顔を思い出しているのか、ポーっとなっている。そう、あのお顔は美しすぎる。
「どうしよう……近くにいられる自信がない」
「何を言われるのですか! アリーチェ様のお顔も充分可愛らしく、隣に立つのにふさわしい方です」
「そうなのかなぁ……」
「そうです! このたわわなお胸にくびれた腰、すらっと伸びた手足に触れるとぴったりとくっつく白い肌! もう既にご領主様はメロメロではありませんか」
そう言われても、これまでアミフェ姉さまを身近に見ていたので自信がない。私には姉さまのような色気もなければ、男性を悦ばせる性技もない。
「ですがアリーチェ様。まだお妻のお役めを果たされていませんね」
「だって、靄を払ったら眠くなってしまって」
「だってではありません!」
シェナは怒っているけれど、起きたら目の前にあれほど美しい男性がいれば、心臓が止まっても仕方がないと思う。これまで普通に接していたけれど、あれは顔が見えなかったからだ。
「でも、朝から盛るのはダメだって……姉さまの格言があったわ」
「新婚さんは、朝からも盛るものだと聞いております! この耳年増の私が! 断言します!」
「そうなの?」
シェナはシェナでいろいろ物知りのようだ。王都にいた頃から側にいるけれど、ここにきてからは距離がぐっと近くなった。
「だったら……いけなかったのかしら」
「まぁ、本気で怒っているようなら、今夜も来るとは言われないでしょうから。大丈夫ですよ」
「そう、それならいいのだけど」
今朝は驚きもあって逃げ出してしまったけれど、結婚したからには覚悟を決めないといけない。ただでさえ、子どもっぽい容姿をしているのだから、呆れられると子づくりはできなくなる。
シェナに促されて朝食をいただくけれど、美味しいはずの柔らかいパンがなぜか固く感じるのだった。
◆◆◆
午後になると、シェナが息を切らして部屋に入ってくる。私は読んでいた本をパタンと閉じると、首をかしげた。
「そんなに急いで、どうしたの?」
「アリーチェ様、凄腕の占い師が来ております! いい機会なので、みて頂きましょう!」
「……占い師?」
シェナの話によると、城の中に流れの占い師がやってきてことごとく当てているという。城にいる女性の使用人たちが集まって、占ってもらっているようだ。
「でも、そんなの本当に当たるのかしら」
「いいではありませんか、アリーチェ様がお顔を出せば、使用人の皆さんも喜びます」
「そういうもの?」
「ええ、行きましょう!」
こうしてシェナに手をひかれ、私は屋敷を出ると広大な庭の一画にある東屋にやってきた。ここまで足を伸ばすのは初めてだ。
そこは女性たちが十人ほど集まっており、どうやら休憩時間に占ってもらっているらしい。きゃあきゃあとはしゃいだ声が聞こえてくる。
占い師の女性は真っ赤な服を着て、黄金の飾りを首にも髪にも手首にもじゃらじゃらとつけていた。服だけでなく、唇も真っ赤に染め、妖艶な雰囲気を醸し出している。
「あなたが噂の占い師の方なの?」
「これはこれは……ご領主さまの奥方ですね」
「まぁ、私のことがわかるのね」
目元に黒く色をつけ、長いまつ毛にくっきりとした眉。香りも独特なものを使っているのか、香木のような匂いが漂っている。
でも……人より少しだけ違うものが見える私には、彼女の中心がどす黒くなっているのを見つけてしまう。思わず怯んでしまい、視線を外す。
「ええ、よろしければ占いはいかがですか?」
「私は……いえ、いらないわ」
なぜか不吉な予感がする。とても美人なのに、その顔が仮面のように見えてしまう。近づくのは止めようと思ったその時。
「お前が無断で入って来た占い師か?」
「ルドヴィーク様?」
「アリーチェ様、今朝は驚きました。ご領主様は、あんなにもお美しい方だったのですね」
「シェナもそう思う? どうやら黒い靄を払ったら、本来のお顔が表れたの。多分、恐ろしいと思われていたのは、靄のせいね。呪いか何かだったのかな……」
この不思議な力が、呪いを解くことができるとは知らなかった。黒い靄は単なる疲れだと思っていた。
でも、ルドヴィーク様ほどの黒い靄を持つ人に出会ったことはない。だから単にこれまで、呪われた人に会ったことがなかった……だけなのかも。
シェナもルドヴィーク様のお顔を思い出しているのか、ポーっとなっている。そう、あのお顔は美しすぎる。
「どうしよう……近くにいられる自信がない」
「何を言われるのですか! アリーチェ様のお顔も充分可愛らしく、隣に立つのにふさわしい方です」
「そうなのかなぁ……」
「そうです! このたわわなお胸にくびれた腰、すらっと伸びた手足に触れるとぴったりとくっつく白い肌! もう既にご領主様はメロメロではありませんか」
そう言われても、これまでアミフェ姉さまを身近に見ていたので自信がない。私には姉さまのような色気もなければ、男性を悦ばせる性技もない。
「ですがアリーチェ様。まだお妻のお役めを果たされていませんね」
「だって、靄を払ったら眠くなってしまって」
「だってではありません!」
シェナは怒っているけれど、起きたら目の前にあれほど美しい男性がいれば、心臓が止まっても仕方がないと思う。これまで普通に接していたけれど、あれは顔が見えなかったからだ。
「でも、朝から盛るのはダメだって……姉さまの格言があったわ」
「新婚さんは、朝からも盛るものだと聞いております! この耳年増の私が! 断言します!」
「そうなの?」
シェナはシェナでいろいろ物知りのようだ。王都にいた頃から側にいるけれど、ここにきてからは距離がぐっと近くなった。
「だったら……いけなかったのかしら」
「まぁ、本気で怒っているようなら、今夜も来るとは言われないでしょうから。大丈夫ですよ」
「そう、それならいいのだけど」
今朝は驚きもあって逃げ出してしまったけれど、結婚したからには覚悟を決めないといけない。ただでさえ、子どもっぽい容姿をしているのだから、呆れられると子づくりはできなくなる。
シェナに促されて朝食をいただくけれど、美味しいはずの柔らかいパンがなぜか固く感じるのだった。
◆◆◆
午後になると、シェナが息を切らして部屋に入ってくる。私は読んでいた本をパタンと閉じると、首をかしげた。
「そんなに急いで、どうしたの?」
「アリーチェ様、凄腕の占い師が来ております! いい機会なので、みて頂きましょう!」
「……占い師?」
シェナの話によると、城の中に流れの占い師がやってきてことごとく当てているという。城にいる女性の使用人たちが集まって、占ってもらっているようだ。
「でも、そんなの本当に当たるのかしら」
「いいではありませんか、アリーチェ様がお顔を出せば、使用人の皆さんも喜びます」
「そういうもの?」
「ええ、行きましょう!」
こうしてシェナに手をひかれ、私は屋敷を出ると広大な庭の一画にある東屋にやってきた。ここまで足を伸ばすのは初めてだ。
そこは女性たちが十人ほど集まっており、どうやら休憩時間に占ってもらっているらしい。きゃあきゃあとはしゃいだ声が聞こえてくる。
占い師の女性は真っ赤な服を着て、黄金の飾りを首にも髪にも手首にもじゃらじゃらとつけていた。服だけでなく、唇も真っ赤に染め、妖艶な雰囲気を醸し出している。
「あなたが噂の占い師の方なの?」
「これはこれは……ご領主さまの奥方ですね」
「まぁ、私のことがわかるのね」
目元に黒く色をつけ、長いまつ毛にくっきりとした眉。香りも独特なものを使っているのか、香木のような匂いが漂っている。
でも……人より少しだけ違うものが見える私には、彼女の中心がどす黒くなっているのを見つけてしまう。思わず怯んでしまい、視線を外す。
「ええ、よろしければ占いはいかがですか?」
「私は……いえ、いらないわ」
なぜか不吉な予感がする。とても美人なのに、その顔が仮面のように見えてしまう。近づくのは止めようと思ったその時。
「お前が無断で入って来た占い師か?」
「ルドヴィーク様?」
145
お気に入りに追加
2,701
あなたにおすすめの小説
冷酷無比な国王陛下に愛されすぎっ! 絶倫すぎっ! ピンチかもしれませんっ!
仙崎ひとみ
恋愛
子爵家のひとり娘ソレイユは、三年前悪漢に襲われて以降、男性から劣情の目で見られないようにと、女らしいことを一切排除する生活を送ってきた。
18歳になったある日。デビュタントパーティに出るよう命じられる。
噂では、冷酷無悲な独裁王と称されるエルネスト国王が、結婚相手を探しているとか。
「はあ? 結婚相手? 冗談じゃない、お断り」
しかし両親に頼み込まれ、ソレイユはしぶしぶ出席する。
途中抜け出して城庭で休んでいると、酔った男に絡まれてしまった。
危機一髪のところを助けてくれたのが、何かと噂の国王エルネスト。
エルネストはソレイユを気に入り、なんとかベッドに引きずりこもうと企む。
そんなとき、三年前ソレイユを助けてくれた救世主に似た男性が現れる。
エルネストの弟、ジェレミーだ。
ジェレミーは思いやりがあり、とても優しくて、紳士の鏡みたいに高潔な男性。
心はジェレミーに引っ張られていくが、身体はエルネストが虎視眈々と狙っていて――――
【R18】初夜を迎えたら、夫のことを嫌いになりました
みっきー・るー
恋愛
公爵令嬢のペレーネは、婚約者のいるアーファに恋をしていた。
彼は急死した父に代わり伯爵位を継いで間もなく、ある理由から経済的な支援をしてくれる先を探している最中だった。
弱みに付け入る形で、強引にアーファとの婚姻を成立させたペレーネだったが、待ち望んでいた初夜の際、唐突に彼のことを嫌いだと思う。
ペレーネは離縁して欲しいと伝えるが、アーファは離縁しないと憤り、さらには妻として子を生すことを求めた。
・Rシーンには※をつけます。描写が軽い場合はつけません。
・淡々と距離を縮めるようなお話です。
表紙絵は、あきら2号さまに依頼して描いて頂きました。
【R18】9番目の捨て駒姫
mokumoku
恋愛
「私、大国の王に求婚されたのよ」ある時廊下で会った第4王女の姉が私にそう言った。
それなのに、今私は父である王の命令でその大国の王の前に立っている。
「姉が直前に逃亡いたしましたので…代わりに私がこちらに来た次第でございます…」
私は学がないからよくわからないけれど姉の身代わりである私はきっと大国の王の怒りに触れて殺されるだろう。
元々私はそう言うときの為にいる捨て駒なの仕方がないわ。私は殺戮王と呼ばれる程残忍なこの大国の王に腕を捻り上げられながらそうぼんやりと考えた。
と人生を諦めていた王女が溺愛されて幸せになる話。元サヤハッピーエンドです♡
(元サヤ=新しいヒーローが出てこないという意味合いで使用しています)
義兄様に弄ばれる私は溺愛され、その愛に堕ちる
一ノ瀬 彩音
恋愛
国王である義兄様に弄ばれる悪役令嬢の私は彼に溺れていく。
そして彼から与えられる快楽と愛情で心も身体も満たされていく……。
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
【R18】義弟ディルドで処女喪失したらブチギレた義弟に襲われました
春瀬湖子
恋愛
伯爵令嬢でありながら魔法研究室の研究員として日々魔道具を作っていたフラヴィの集大成。
大きく反り返り、凶悪なサイズと浮き出る血管。全てが想像以上だったその魔道具、名付けて『大好き義弟パトリスの魔道ディルド』を作り上げたフラヴィは、早速その魔道具でうきうきと処女を散らした。
――ことがディルドの大元、義弟のパトリスにバレちゃった!?
「その男のどこがいいんですか」
「どこって……おちんちん、かしら」
(だって貴方のモノだもの)
そんな会話をした晩、フラヴィの寝室へパトリスが夜這いにやってきて――!?
拗らせ義弟と魔道具で義弟のディルドを作って楽しんでいた義姉の両片想いラブコメです。
※他サイト様でも公開しております。
腹黒王子は、食べ頃を待っている
月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【R18】出来損ないの魔女なので殿下の溺愛はお断りしたいのですが!? 気づいたら女子力高めな俺様王子の寵姫の座に収まっていました
深石千尋
恋愛
バーベナはエアネルス王国の三大公爵グロー家の娘にもかかわらず、生まれながらに魔女としての資質が低く、家族や使用人たちから『出来損ない』と呼ばれ虐げられる毎日を送っていた。
そんな中成人を迎えたある日、王族に匹敵するほどの魔力が覚醒してしまう。
今さらみんなから認められたいと思わないバーベナは、自由な外国暮らしを夢見て能力を隠すことを決意する。
ところが、ひょんなことから立太子を間近に控えたディアルムド王子にその力がバレて――
「手短に言いましょう。俺の妃になってください」
なんと求婚される事態に発展!! 断っても断ってもディアルムドのアタックは止まらない。
おまけに偉そうな王子様の、なぜか女子力高めなアプローチにバーベナのドキドキも止まらない!?
やむにやまれぬ事情から条件つきで求婚を受け入れるバーベナだが、結婚は形だけにとどまらず――!?
ただの契約妃のつもりでいた、自分に自信のないチートな女の子 × ハナから別れるつもりなんてない、女子力高めな俺様王子
────────────────────
○Rシーンには※マークあり
○他サイトでも公開中
────────────────────
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる