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最大の使命
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◆◆◆《ルドヴィーク視点》
「ルドヴィーク様、先方から返答が届きました」
「うむ……で、今度は何といって断って来た?」
「いえ、了解とのことでございます」
「なに、本当か?」
質実剛健を形にしたような質素な執務室で、俺は筆頭執事であるデイモンドから手紙を受け取った。
「もちろんでございます。伝統と格式のあるこのバルシュ辺境伯からの申し出を断れる者など、王家の他にこのシャリアード王国には存在しておりません。もしいれば、この私が表に立って槍を持ち」
「あー、わかった。わかったから落ち着いてくれ」
デイモンドは既に引退してもおかしくない年齢だが、子どもよりも孫よりも魂を込めて育てた俺のことを心配して、未だ現役で働いている。さらには結婚するまでは辞めないと言い張っている。
そのデイモンドが「今度こそは」と言って持ってきた話が、ベルカ子爵令嬢との結婚だ。
「では、先方にすぐにこちらに来ていただけるように使いを出しておきましょう」
「だが、本当に大丈夫なのか? もしや噂を聞いたことがないとは思えぬが」
「大丈夫でございます。使者の話ですと、ご令嬢はルドヴィーク様にお会いしたことがあるとのことでした」
「……それでも、了解したというのか?」
顎に手をかけ記憶を手繰り寄せる。いつ、どこで出会っているのだろう。思い出そうとするが、ベルカ子爵令嬢と聞いてもピンとこない。舞踏会にも近年は出たこともなく、王都に行ったのは一年前だ。
「ふむ、奔放な令嬢の嫁ぎ先としてはまたとない話だからな……子爵も断れなかったのだろう」
はぁ、とため息を吐いて窓の外を見るとまだ冬は明けきらず、残雪があちこちに積もっている。雪のない王都に比べると、バルシュ辺境伯領は寒さも厳しく冬も長い。雪が降れば閉じこもるしかない地域だ。
「果たして、子爵令嬢が耐えられるか見ものだな」
「大丈夫でございます。こちらのご令嬢であれば、ルドヴィーク様を奮い勃たせてくださり必ずやお世継ぎを産んでくださるでしょう! 何といっても魅惑の子爵令嬢として、数多くの男性を虜にしていらっしゃるのですから!」
デイモンドは拳を握りしめると鼻息荒く主張した。代々、領主であるバルシュ家に執事として仕える家系の長としては、次代を見届けずにはいられないのだろう。
これまで何人もの貴族令嬢が婚約者候補としてやってきたが、ルドヴィークの顔を見るなり引きつった顔をして倒れてしまう。高貴な出身の令嬢であればあるほど、バルシュ辺境伯領に来てもすぐに帰ってしまった。
中には勇敢な令嬢もいたが、どう頑張っても閨事がままならない。
少年の頃に悲痛な事件にあった俺は、屈強な身体をしながらもアレを勃てることができなくなっていた。男性器が勃起しなければ性交はできない。
どんなに美しい娘でも不可能だったため……執事のセルジュが婚礼相手として見繕ったのは、性に奔放な令嬢だ。百戦錬磨の彼女であれば、アレを勃たせることができ、子づくりができるに違いないと思っている。
そんな簡単なことではないのだが、確かに妻がいないと余計な憶測を呼び煩わしい。陛下からもそれとなく圧力をかけられているから、結婚した方がいいのは確かだ。
といっても誰でもいいわけではない。だが、奔放な令嬢ならばある程度の自由を与えれば、お飾りの妻となることを了承するかもしれない。
そうであればまぁいいかと、噂のベルカ子爵令嬢へ結婚の申し込みをしたのはいいけれど。
「ルドヴィーク様、今度こそ子づくりしていただきますぞ!」
「はぁ……好きにしろ。どうせまた、私の顔を見て倒れるのがせいぜいだ」
「そんなことはございません。坊ちゃんの初恋の桃色ハンカチの女性は、恐れることなく笑顔を見せてくれたではありませんか!」
「……彼女のことは、もう言うな」
はぁ、と再びため息を吐きながらデイモンドに口止めするようにジロっと睨む。王都で助けた女性のことは、胸の奥にひっそりと留めておきたい。
自分と同じ黒い髪をふわりとさせ、菫色のつぶらな瞳で俺を真っすぐ見つめた女性。呪われて以来、笑顔を向けられることなどなかったのに、彼女は恐れることなくふわりと花がほころぶように目の前で笑ってくれた。
あの笑顔が忘れられない。
だがデイモンドは何としても、子爵令嬢を花嫁に迎えたいらしい。今度こそは逃すまいと、婚約期間など設けずに結婚式の手配をしている。
こうして遅い春が訪れはじめた季節に、アリーチェ・ベルカが長い旅路を終えてバルシュ辺境伯領に到着した。まさかアレを勃たせることが最大の使命だと知ることもなく、彼女は期待を胸に膨らませていたとは、俺は全く気がつかなかった。
「ルドヴィーク様、先方から返答が届きました」
「うむ……で、今度は何といって断って来た?」
「いえ、了解とのことでございます」
「なに、本当か?」
質実剛健を形にしたような質素な執務室で、俺は筆頭執事であるデイモンドから手紙を受け取った。
「もちろんでございます。伝統と格式のあるこのバルシュ辺境伯からの申し出を断れる者など、王家の他にこのシャリアード王国には存在しておりません。もしいれば、この私が表に立って槍を持ち」
「あー、わかった。わかったから落ち着いてくれ」
デイモンドは既に引退してもおかしくない年齢だが、子どもよりも孫よりも魂を込めて育てた俺のことを心配して、未だ現役で働いている。さらには結婚するまでは辞めないと言い張っている。
そのデイモンドが「今度こそは」と言って持ってきた話が、ベルカ子爵令嬢との結婚だ。
「では、先方にすぐにこちらに来ていただけるように使いを出しておきましょう」
「だが、本当に大丈夫なのか? もしや噂を聞いたことがないとは思えぬが」
「大丈夫でございます。使者の話ですと、ご令嬢はルドヴィーク様にお会いしたことがあるとのことでした」
「……それでも、了解したというのか?」
顎に手をかけ記憶を手繰り寄せる。いつ、どこで出会っているのだろう。思い出そうとするが、ベルカ子爵令嬢と聞いてもピンとこない。舞踏会にも近年は出たこともなく、王都に行ったのは一年前だ。
「ふむ、奔放な令嬢の嫁ぎ先としてはまたとない話だからな……子爵も断れなかったのだろう」
はぁ、とため息を吐いて窓の外を見るとまだ冬は明けきらず、残雪があちこちに積もっている。雪のない王都に比べると、バルシュ辺境伯領は寒さも厳しく冬も長い。雪が降れば閉じこもるしかない地域だ。
「果たして、子爵令嬢が耐えられるか見ものだな」
「大丈夫でございます。こちらのご令嬢であれば、ルドヴィーク様を奮い勃たせてくださり必ずやお世継ぎを産んでくださるでしょう! 何といっても魅惑の子爵令嬢として、数多くの男性を虜にしていらっしゃるのですから!」
デイモンドは拳を握りしめると鼻息荒く主張した。代々、領主であるバルシュ家に執事として仕える家系の長としては、次代を見届けずにはいられないのだろう。
これまで何人もの貴族令嬢が婚約者候補としてやってきたが、ルドヴィークの顔を見るなり引きつった顔をして倒れてしまう。高貴な出身の令嬢であればあるほど、バルシュ辺境伯領に来てもすぐに帰ってしまった。
中には勇敢な令嬢もいたが、どう頑張っても閨事がままならない。
少年の頃に悲痛な事件にあった俺は、屈強な身体をしながらもアレを勃てることができなくなっていた。男性器が勃起しなければ性交はできない。
どんなに美しい娘でも不可能だったため……執事のセルジュが婚礼相手として見繕ったのは、性に奔放な令嬢だ。百戦錬磨の彼女であれば、アレを勃たせることができ、子づくりができるに違いないと思っている。
そんな簡単なことではないのだが、確かに妻がいないと余計な憶測を呼び煩わしい。陛下からもそれとなく圧力をかけられているから、結婚した方がいいのは確かだ。
といっても誰でもいいわけではない。だが、奔放な令嬢ならばある程度の自由を与えれば、お飾りの妻となることを了承するかもしれない。
そうであればまぁいいかと、噂のベルカ子爵令嬢へ結婚の申し込みをしたのはいいけれど。
「ルドヴィーク様、今度こそ子づくりしていただきますぞ!」
「はぁ……好きにしろ。どうせまた、私の顔を見て倒れるのがせいぜいだ」
「そんなことはございません。坊ちゃんの初恋の桃色ハンカチの女性は、恐れることなく笑顔を見せてくれたではありませんか!」
「……彼女のことは、もう言うな」
はぁ、と再びため息を吐きながらデイモンドに口止めするようにジロっと睨む。王都で助けた女性のことは、胸の奥にひっそりと留めておきたい。
自分と同じ黒い髪をふわりとさせ、菫色のつぶらな瞳で俺を真っすぐ見つめた女性。呪われて以来、笑顔を向けられることなどなかったのに、彼女は恐れることなくふわりと花がほころぶように目の前で笑ってくれた。
あの笑顔が忘れられない。
だがデイモンドは何としても、子爵令嬢を花嫁に迎えたいらしい。今度こそは逃すまいと、婚約期間など設けずに結婚式の手配をしている。
こうして遅い春が訪れはじめた季節に、アリーチェ・ベルカが長い旅路を終えてバルシュ辺境伯領に到着した。まさかアレを勃たせることが最大の使命だと知ることもなく、彼女は期待を胸に膨らませていたとは、俺は全く気がつかなかった。
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