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結婚の申し込み?①

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 コンコン、と扉を叩く音がする。私は読んでいた本に栞を挟むと、ぱたんと閉じて返事をした。

「はーい、どなた?」
「アリーチェ、私よ。いいかしら」

 部屋に入って来たのは、いつも通り朝帰りをしたアミフェ姉さまだ。燃えるように赤くうねる髪に黒翡翠の瞳、目尻がちょっぴり上がった美人で自慢の姉。美しすぎてモテモテで……ちょっと夜遊びが激しいけれど。

「もう、夕べも出かけていたら疲れちゃって」
「姉さま、昨夜も寝ていないの?」
「そうなの、閣下おじさまが離してくれなかったのよ」

 ふわぁ、とあくびをした姉さまは、私の座るソファーの隣に座った。たわわに実るむっちりとした胸の谷間がくっきりと見える服を着て、まだ寝たりないといった顔をしている。

「アリーチェ、いつものお願いできる?」
「もうっ、仕方がないなぁ」

 手を伸ばして姉さまの腰に触れると、もわもわと黒い煙のようなもやが立ち上る。私にしか見えないそれを払うように、手を左右に振って散らす。

 十代の後半を過ぎた頃から、私には不思議な力が現れた。人にまとわりつく黒く霞がかった靄が見え、埃を払うように手を振ると、それをきれいに失くすことができる。

 払われた人は疲れがなくなるのか、スッキリとした顔を見せてくれた。やりすぎると疲れるからほどほどにしているけれど、家族である姉さまは遠慮しないで頼んでくる。

「はい、終わりました」
「はぁーっ、生き返るっ! アリーチェ、いつもありがとうっ」

 姉さまは腕を伸ばすと私の後頭部を抱え込むようにして抱きしめた。すると豊満な胸が顔面にきて、押しつぶされる。

「わぷっ、ね、姉さま! く、くるし……」
「もうっ、本当にアリーチェは可愛いんだからっ!」
「そ、そんなこと……ありまへっ」

 ちゃんと話をしたいのに、胸を押しつけるようにぐりぐりとされ、頬に柔肌が触れる。

「もうっ、アリーチェはいつもそう言って。この白くて柔らかい肌にくりっとした菫色の瞳、ぽってりとした唇で、もう誰が見ても本当に可愛いのに!」
「姉さま。でも姉さまだけですよ、そんなことを言うのは」
「本当に貴族の男たちは見る目がないんだからっ!」

 そう言うけれど、むにゅっと胸を押しつけてくる姉さまの方がよほど美人だ。私は背も低くて童顔だから、男の人からはそうした対象には見られないらしい。それは別に構わないのだけれど。

 目の前にある谷間を見ると、姉さまの白い肌に誰かに吸い付かれたような痕があった。

「あれ、姉さま。こんなところが赤くなっていますよ」
「え、やだっ、ほんと! もうっ、見えるところにはつけないで、って、いつも言ってるのに」
「……またですか?」
「そうなのよ! 昨夜は盛り上がったから、私も油断しちゃったわ……」

 姉さまはようやく胸を離すと、あははと言いながら頭をかく。あっけらかんとしている姉のことが大好きだけど、実は母親が違う。アミフェ姉さまとはいわゆる異母姉妹だ。

 姉さまの母親は南国からきた踊り子だった。私達の父親であるベルカ子爵が結婚する前に、閨教育を兼ねて身体を重ねた時に授かった子どもだ。

 踊り子だった母親は娘を産むと、赤子を置いてすぐに旅芸人のところへ戻ってしまう。ベルカ子爵と私の母は、その子も娘の一人として育てることに決め、その後結婚した二人から私が生まれた。

 母親は違っても、私達は姉妹として仲良く育った。けれど姉さまは年ごろになると身体つきが変わっていく。踊り子だった母親も見事な身体つきをしていたらしく、それを受け継いだのか豊満な胸にくびれた腰、張りのある臀部と男性を魅了する身体に育った。

 おおらかな姉さまは、未婚であるにも関わらず性に奔放な性格だ。避妊薬を飲めば大丈夫と言って、男性からの誘いを断ることはない。

 ここシャリアード王国は開放的なお国柄のため、子爵令嬢といっても正妻の娘ではないから大目に見られている。

 それに比べ私の背は低く、顔は母親に似て少し幼く見える。胸の大きさだけは姉さまにも劣らないけど、妖艶な美女と言われる姉に対して私はどう見てもちんちくりんだ。

 さらに人込みの中に行くと、黒い靄が目についてしまう。あまり払いすぎると眠くなるため、自ずと人前に姿を出すことを控えていた。

 そうしているうちに、姉さまは男性を手玉にとる『魅惑の子爵令嬢』と呼ばれるようになる。

 けれど本人はいたって気にすることはなく、武勇伝とばかりに胸を張っていた。私にとって、誰が何を言っても彼女はキラキラと輝く誇らしい姉だ。

「アリーチェ、そういえばお父様がもうすぐ来られるわね」
「ええ、大事な話があるらしいけれど……何かしら」

 普段は領地にいるお父様が来ると聞き、王都にあるベルカ子爵の屋敷タウンハウスに滞在する私たちは顔を見合わせた。姉さまは「またお説教かしら」と頭をかきながら遠くを見る。

 けれど父親が持ってきたのは、適齢期の娘には当たり前すぎる話だった。
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