太陽と月

ko

文字の大きさ
上 下
112 / 197
再燃する憎悪

109

しおりを挟む
思わず知らず工藤に縋るような視線を向けてしまう。

工藤は自ら篠崎に制裁を加えようとしている。しかも今回朔也が撃たれたこととは無関係に、一度は逃走を許した男への落とし前をつけると言う体で。

確かにおかしな話ではない。あの漁港からの帰り道、創世会に牙を剥くために逃げ出した篠崎に当事者である辰星会が手を下すと言うのなら、土門に小言の1つや2つ言われたとしても、大事には至らないだろう。

しかし朔也が撃たれた今、そこまでを辰星会にさせるべきではない。明星会が動くべきなのだ。
本部もそれを許すだろう。

そして何より極道としては些か繊細な工藤にあまり手荒なことはさせたくなかった。
実業家として大成する器を持った男に汚れ仕事をさせるのは朔也だけで十分なのではないだろうか。
もっとも朔也に汚れ仕事をさせるに当たって、自身も極道に身を落とした吾妻だが、工藤に対して今、同様のことができるわけではない。

『吾妻さん』

私も極道の端くれなのだから自身の汚名は自身で返上するのだと言う。

『それに吾妻さんは』

今は篠崎のような小物に時間も労力も割かず、明星会のため朔也のために時間を割く方が建設的なのではないかとも。

甘えてしまおうと思った。甘えてもいいのではないかと思った。

『篠崎のこと、お任せ致します』

座ったままではあるが深々と頭を下げる吾妻に恐縮するのは工藤の方だ。

ただの汚名返上であって、他意はないといい募るが、周囲からしたら工藤は、わざわざ返上しなければならないほどの汚名など負ってはいない。

冷酷な極道でありながら、冷静な実業家でありながら、明星会の、吾妻の荷物を半分いや、それ以上に背負おうとしてくれているのだ。

しかし、この時点で吾妻は、工藤の純粋で柔らかな感情には全く気づくことはできずにいた。
年甲斐もなく淡い想いを抱いている工藤に、バッサリとビジネスの提案をしてしまう吾妻は、正に空気の読めない男と言ったところだろう。

『であれば、工藤さん』

駅前の再開発は、辰星会のフロント企業の1つである不動産会社に任せます。と言いきってしまう。

いくつものテナントビルで利益を上げる明星会だが、土地開発に関してはあまり得意な分野ではない。しかし工藤はこれまでも様々な新規開発や再開発で辣腕を奮って来た男だ。
結果的に創世会への上納も多くなる。名案とばかりに提案する吾妻だが、工藤は苦笑いを浮かべ

『その話は、天海さんの目が醒めてからですね』

と言ったきり、ソファから立ち上がってしまう。

『こんな時に長居をしてご無礼致しました』

綺麗な所作で頭を下げ、薄暗い廊下を後にしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫に家を追い出された女騎士は、全てを返してもらうために動き出す。

ゆずこしょう
恋愛
女騎士として働いてきて、やっと幼馴染で許嫁のアドルフと結婚する事ができたエルヴィール(18) しかし半年後。魔物が大量発生し、今度はアドルフに徴集命令が下った。 「俺は魔物討伐なんか行けない…お前の方が昔から強いじゃないか。か、かわりにお前が行ってきてくれ!」 頑張って伸ばした髪を短く切られ、荷物を持たされるとそのまま有無を言わさず家から追い出された。 そして…5年の任期を終えて帰ってきたエルヴィールは…。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

夫に惚れた友人がよく遊びに来るんだが、夫に「不倫するつもりはない」と言われて来なくなった。

ほったげな
恋愛
夫のカジミールはイケメンでモテる。友人のドーリスがカジミールに惚れてしまったようで、よくうちに遊びに来て「食事に行きませんか?」と夫を誘う。しかし、夫に「迷惑だ」「不倫するつもりはない」と言われてから来なくなった。

とよとも
エッセイ・ノンフィクション
約50年生きて、自分の人生を振り返ると10歳頃から40歳過ぎまでハチャメチャだった。 18歳の時にヤクザとして生きる事を選び、殺されそうになった過去も当然ある。 7年間程ポン中として狂っていたがロングに行くことになり、出所してからは興味を持たなくなったがやはり後遺症はある。 10代の頃の出来事、少年院や刑務所での思い出を交えながら、ヤクザをやめてサラリーマンとして生きている自分を綴った。

えっと、幼馴染が私の婚約者と朝チュンしました。ドン引きなんですけど……

百谷シカ
恋愛
カメロン侯爵家で開かれた舞踏会。 楽しい夜が明けて、うららかな朝、幼馴染モイラの部屋を訪ねたら…… 「えっ!?」 「え?」 「あ」 モイラのベッドに、私の婚約者レニー・ストックウィンが寝ていた。 ふたりとも裸で、衣服が散乱している酷い状態。 「どういう事なの!?」 楽しかった舞踏会も台無し。 しかも、モイラの部屋で泣き喚く私を、モイラとレニーが宥める始末。 「触らないで! 気持ち悪い!!」 その瞬間、私は幼馴染と婚約者を失ったのだと気づいた。 愛していたはずのふたりは、裏切り者だ。 私は部屋を飛び出した。 そして、少し頭を冷やそうと散歩に出て、美しい橋でたそがれていた時。 「待て待て待てぇッ!!」 人生を悲観し絶望のあまり人生の幕を引こうとしている……と勘違いされたらしい。 髪を振り乱し突進してくるのは、恋多き貴公子と噂の麗しいアスター伯爵だった。 「早まるな! オリヴィア・レンフィールド!!」 「!?」 私は、とりあえず猛ダッシュで逃げた。 だって、失恋したばかりの私には、刺激が強すぎる人だったから…… ♡内気な傷心令嬢とフェロモン伯爵の優しいラブストーリー♡

弟に殺される”兄”に転生したがこんなに愛されるなんて聞いてない。

浅倉
BL
目を覚ますと目の前には俺を心配そうに見つめる彼の姿。 既視感を感じる彼の姿に俺は”小説”の中に出てくる主人公 ”ヴィンセント”だと判明。 そしてまさかの俺がヴィンセントを虐め残酷に殺される兄だと?! 次々と訪れる沢山の試練を前にどうにか弟に殺されないルートを必死に進む。 だがそんな俺の前に大きな壁が! このままでは原作通り殺されてしまう。 どうにかして乗り越えなければ! 妙に執着してくる”弟”と死なないように奮闘する”兄”の少し甘い物語___ ヤンデレ執着な弟×クールで鈍感な兄 ※固定CP ※投稿不定期 ※初めの方はヤンデレ要素少なめ

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

(完)妹が全てを奪う時、私は声を失った。

青空一夏
恋愛
継母は私(エイヴリー・オマリ伯爵令嬢)から母親を奪い(私の実の母は父と継母の浮気を苦にして病気になり亡くなった) 妹は私から父親の愛を奪い、婚約者も奪った。 そればかりか、妹は私が描いた絵さえも自分が描いたと言い張った。 その絵は国王陛下に評価され、賞をいただいたものだった。 私は嘘つきよばわりされ、ショックのあまり声を失った。 誰か助けて・・・・・・そこへ私の初恋の人が現れて・・・・・・

処理中です...