太陽と月

陽の試練 蒴也の忍耐

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吾妻からの膨大な量のメールに全て目を通し終える頃には太陽が西に傾きつつあった。朝から夕方までかかって、やはり風俗店のオープニングスタッフのことだけが引っ掛かる。他は恙無く決裁を済ませ各フロント企業に後を託すこととなった。

件の風俗店は、様々なタイプと年齢層のスタッフを広く集め、細かな顧客のニーズに対応できる会員制の売り専バーとして1ヶ月後にオープンを控えている。

この風俗店の企画運営にあたるフロント企業は、顧客の性差は無関係に複数の風俗店を抱えている。全ては会員制で料金設定は高いが、だからこそ運営上大きな問題もなく蒴也の野生の勘が発動したこともなかったのだが、今回ばかりは何かが違うのだ。

『スタッフの募集はどんな方法で？』

蒴也が問えば間髪入れずに吾妻が答える。

『100%紹介です』

同系列の風俗店のスタッフからの紹介だと言う。既存スタッフは全て身元も明らかで、前科まえがあるスタッフもいるものの明星会に牙を向くような輩は皆無だ。

では何に引っ掛かったのか。再度面接予定者の名簿に目を通しても違和感の正体は具体的なものにはならなかった。

『一般企業のそれとは違いますから、いつもは店長の面接のみですが』

役員面接を設定するかと吾妻が問う。

『いや。店長と俺と2人で面接だ』

さほど時間をかける暇もないだろう。１ヶ月後のオープンから逆算すれば、そろそろ研修を始めたい時期なのだ。

風営法の触りから接客、酒や料理の知識も必要だ。そして性技までをキャスト全員に仕込むには多くの時間を費やすことになる。
高額な料金を支払うゲストに対して金額に見合ったサービスを提供するためには時間が必要なのだ。

『明後日、夕刻から10人の面接が予定されていますが』

何日かに分けて1日あたり10～15人の面接を設定している。

『同席されますか？』

それに小さく頷いた朔也は紙ベースで上がってきている大量の報告書を鞄にしまう。
炎星会が動かないのだ。今日は朔也がここにいる必要はない。

早く帰宅し陽を愛でて、陽が寝付いたら報告書に目を通せばいい。
そそくさと帰り支度を始める朔也に

『陽くんの健康診断の件ですが』

吾妻は明後日の午前中に予約を入れてはどうかと提案する。大きな医療センターなのだ。正規の手順を踏めば予約は随分と先になってしまったはずだ。
しかし咲恵自身が人脈を駆使して最短で予約を入れると吾妻とも話したのだろう。

『咲恵さんに頼んでみるか』

朔也自らスマートフォンをタップし咲恵に連絡をすれば、二つ返事で予約を入れてくれると言う。
急だから、聞いてみないとわからないけど、との但書きが付いたものの一旦通話を切った咲恵から、ものの数分で折り返しの連絡が来たのだった。

『明後日の9時。総合内科で予約が取れたわよ』

咲恵も同行してくれると言う。一刻も早くと受診を促していた咲恵の声音に幾分かの安堵が滲んでいた。