太陽と月

出逢い そして救出

11

パソコンが起動しメールを開けば、あの少年に関する調査の報告が上がってきている。

と言っても、少年本人と言うより少年と同居していた女に関する報告だったのだが。

氏名は長谷 美由紀。年齢は33歳。両親は美由紀が 
1歳の時に離婚。その後、風俗で生計をたてていた母親に引き取られたが、その母親も美由紀が4才の時に蒸発。男と駆け落ちしたのではないかと言う噂もあったようだが現時点で詳細は不明。美由紀は他に身よりはなかったため4才からは児童養護施設で過ごしている。
その後、中学校卒業と同時に繊維工場に就職。しかし2年ほどで退職し当然工場の寮からは退寮している。今から16年前、美由紀が17歳の時に件のアパートに移り住んだようだ。
アパートに引っ越してきた頃は同じ年頃の男と同棲していたようだが、その後一年程で男の姿はみられなくなった。
と、ある。

吾妻が調査した時には、同棲していた男がいたことまでは辿り着けなかった。戸籍謄本と住民票は確認していたが、美由紀に結婚歴はなく件のアパートに美由紀が住民票を移してからは、同じ住所(同じ部屋)に住民登録した人間はいなかった。
また美由紀が18歳から勤めていた菓子製造工場も炎星会どころか、暴力団絡みの会社ではなかったため、早々に調査は切り上げていた。

炎星会の悪事を暴くにあたっては吾妻の調査に何等問題はなく、不足もなかった。
しかし、隠されていた少年に辿り着けなかった自分に遣る瀬無さを感じ、そして自分は無能なのではないかとすら感じていた。

それよりも気になるのは15～16年前、美由紀が17歳の時に件のアパートに移り住んでいることだ。
しかも引っ越してきて一年程は同じ年頃の男と同棲していた形跡がある。佐伯が『少年の歳は15～6、若しくはそれ以上であることもあり得る』と言っていたことを思い出す。
ただの偶然の一致なのか、指し示す答えの1つなのか、いずれにしても全容が見えたわけではない。

引き続き長谷美由紀と、同居していた少年の事を調べるよう指示を出し、吾妻は組事務所の地下にある防音室へ下りた。

そこには蒴也が少年を連れ帰った後、組員によって連れてこられた長谷美由紀を待たせていた。
美由紀が蒴也のせいで怪我をしているのは想像に難くなかった。しかし佐伯に診察や治療を依頼する気にはなれなかった理由には気付かないふりをした。

防音室のドアを開けた吾妻は顔を顰めずにはいられなかった。
額と右肘、右膝から出血しているのが見て取れる。
それほど大した出血ではないものの、美由紀が今していることよりも先に自分から流れている血を拭うのが一般的な行動的ではないかと思うのだ。
美由紀は防音室の隅に備え付けられた小さな洗面所で一心不乱に手を洗っていた。
洗面所の正面の鏡には額から出血している自身が映っているのにも関わらず、手を洗い続けている。

その光景は異様で吾妻は美由紀に話し掛けることを躊躇った。