太陽と月

出逢い そして救出

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炎星会の情報を得る為に借りたアパートは、築50年超で木造2階建て全4世帯。1階に2世帯、2階にも2世帯入居可能であるにも関わらず、2階西側1部屋に入居者がいるだけで残りは全て空室となっていた。

建物の老朽化が進み、大家も取り壊しを検討しているのだが、2階西側に入居している女が退去に首を縦に振らず今に至っているらしい。

蒴也の右腕である若頭補佐の吾妻維新が調査した結果、大家も入居者の女も炎星会とは無関係であることは確認済みだったので特に気に留めることなく、蒴也はアパートの2階東側の部屋に、ひっそりと引越したのだ。

新規の入居は全て断っていた大家に敷金礼金を弾み、半年だけ入居したい旨を伝え、全額前払いで家賃を支払えば、二つ返事で即日入居可能と相成った。

とは言え半年も経たずに、炎星会の悪事を暴くことができるだろう。長居するつもりは毛頭ないのだから、この部屋に利便性だとか快適性を求めるつもりはない。

ないのだが、薄い壁は嫌でも隣の『音』を漏洩させる。女の一人暮らしだと聞いていた部屋からは、時折幼い子供の声が聞こえてくるのだ。
しかも、決まって入居者と思しき女が出かけた夕方から帰宅する朝方までの間だけ。

声が聞こえるだけで姿を見たことのない隣人は、いったいどんな生活をしているのか、女の一人暮らしなのに、なぜ子供の声が聞こえるのか、そして女が帰宅して暫くは生活音がするにも関わらず、その他の時間は至って静かなものだった。

些か気味の悪さを感じるような、か細い子供の声は心霊現象などは全く興味のない蒴也に僅かな疑問を抱かせていた。
聞いていて不快になる声音ではないのだが、説明し難い違和感を覚えた。

さりとて、そればかりを気にかけていられるわけではない。
蒴也がこの部屋に籠り2週間が経った頃、隣のスナックで動きがあった。
時刻は午前10時。こんな時間からご苦労なことだ。

盗聴器からの会話に耳を傾ければ、待ちかねた情報が届けられる。
20日後の夜、瀬取りが行われるらしい。大量の薬物を積んだ船は、北陸にある小さな漁港に接岸予定で、その後、薬物は陸路で東京まで運ばれるらしい。

自分の情人イロの店で、随分と大胆な相談だが盗聴に気付き、ガセネタを掴ませる為の言動であるとは考えにくい。篠崎自ら取引相手のチャイニーズマフィアの名前までを口にしていたからだ。

真か偽りかの問題ではなく、このチャイニーズマフィアとの関係を吹聴するようなことがあれば、それだけで身の安全が保障されなくなることは篠崎とて理解しているだろう。

1日に2度  宅配ピザや蕎麦屋の出前に扮した幹部連中が  入れ替わり立ち替わりアパートの部屋に顔を出す。
食事や飲み物だけでなく蒴也の決済印が必要なフロント企業の書類や炎星会の行動が記録されたUSBメモリ等を配達するためだ。
そして下っ端に、それをさせないのは万が一の情報漏洩防止と蒴也の安全を慮ってのことなのだろう。

今日も宅配ピザの顔をした松花堂弁当を受け取り  支払いをする体ていで現金の間に挟んだSDカードを渡す。

それが組事務所に届けられれば数時間いや数十分の内に吾妻から連絡が来ることだろう。